動きだす者たち 二人目
この物語に出てくる、所在地、団体、及びに、心霊関連は全てフィクションです。
昔、頭の中で未来を描いた。
それを考えると、今、俺が居る場所は、あの時、探してた場所ではない。
こんなことを望む俺は贅沢だし、自己中で、我がままだと思うけど。
別に、総本山で無くてもよかったんだ。
本当は、囲い師でも無くてもよかったんだ。
もういい加減、こっちは頭に来てる。
だから、ケリを付けようぜ。
ハッピーエンドに成らないのなら、一層のこそ、俺が全部ぶち壊してやる!
一 動きだす者たち
東京都、渋谷区。
以前に来た時、アンナが好きだと言っていた、中途半端な高さの、雑居ビルの屋上からのぞく風景は――――正直、つまらなかった。
冬のイルミネーションに彩られ、夜なのに明るすぎるこの場所は、星は見えず余計なものばかりが目につく。
路地中に張り巡らされた電線や、その下を行き場のない人々が群れを成し歩く姿。
ビルの外壁にはエアコンの室外機が所狭しと並び、配線と配管だらけで綺麗さのかけらもない。
雑音がうるさく、周りの高いビルには見下ろされ、埃で汚れ、ごちゃごちゃとしたこんな風景の、どこがそんなに良かったのか、アンナの考えが今一つ解らない。
まぁ、今度聞けばいいかと、篠田 俊はその風景から目線を外し、ドアに向かいながらスマートフォンを取り出した。
その時、冬の冷たい風が吹き抜ける。
それが、なんだか、アンナに文句を言われたようで、軽く口元を上げた。
文句も非難も、あとで存分に聞くことにしよう。
だから………
「さぁ、始めようか」
―――― 二人目 ――――
表参道から少し入った住宅街。
その場所の十字路にたたずむのは、白人で十代の少女。
ジーンズ生地のホットパンツに、派手な原色のタイツを合わせ、自己主張の強いちじれたの金髪を、所々、青やらオレンジやらピンクやら派手にカラーリングしている。
彼女は二人目。
上高井 翠の次に篠田により式守神に憑いててもらった、魔法使い、左ききのニナ。
左ききのニナは携帯電を耳に当て、複雑な表情を浮かばせていた。
「In this place? Are you insane? No.You're mistaken.I know, I'll follow the instructions.(この場所で? アンタ正気か? いや、そう言うつもりはない。わかっている、指示には従う)」
電話越しの相手に弱気に頷いてから、電話を切ると軽くため息を吐いた。
その様子からして、どうやら今の会話内容に納得していない様子である。しかし断ることが出来なかったのか、左ききのニナは周りを確認してから行動に移す。
彼女は背中の後ろに意識を集中すると、何もいない空間に、ざわッと気配が現れた。
「Come on.My Guardian Deity.Bifukumonmaein! (来い、我が式守神、美福門前院!)」
現れたのは、濃い赤を基調とした辻ヶ花の振袖に、袴姿の女性だ。
細身で、切れ上がった目と顎が印象的な美人ではあるが、その整えられた顔には、どこか人の弱みを探るような卑しさが滲み出ていた。
過去、天皇を騙したとされる、強力な霊体である。
左ききのニナは、今のナインワードとの電話の内容を思い浮かべていた。
彼は、こんな住宅街の真っ只中で式守神を出せと言う。
真夜中で人通りがないとはいえ、いったいどういった意味があるのだろうか?
この場所に、倒す敵か霊体でもいるのであろうか?
しかし、意味が解らなくても、左ききのニナはそれを断れずにいた。
この指示は、式守神に憑かれる前に篠田とした約束だ。本当はそんな約束、無視してもよかったのだが、ナインワードから守る様にきつく言い聞かされている。
ナインワードに反抗するのは不味い。下手をすれば殺されてしまう。
「Well, what do you think will happen? Bifukumonmaein. (さて、何が起こると思う? 美福門前院)」
そう振り返った時、飛んできた矢が美福門前院の左肩をえぐった。
「What?! (なっ?!)」
霊体に物理攻撃は効かないはずなのに、その矢は美福門前院の霊体を削って貫通していく。
突然の攻撃に、左ききのニナは慌てて近くの電柱の陰に飛び込むと敵を探した。
何処からの狙撃されたか解らない。
肩をえぐられた美福門前院は、落ち着いて、逆の手でさっさっと肩辺りをなでる。すると、まるで手品のように肩から先が元に戻った。
しかしすぐに、電柱からはみ出していた美福門前院を、再び矢が貫く。
暗闇の中、街灯の灯りしかないと言うのに、その狙いは正確だ。
「Fucking! (クソっ!)」
そう短く悪態をつくが、今回ははっきりと分かった。
「It's on the roof!(上だな!)」
古風な弓矢による攻撃は、近くの五階建ての大きな建物の屋上からされている。
左ききのニナは電柱から飛び出すと、その建物に向かいながらつぶやいた。
「I'm not a stupid kid.I'm not a stupid doll.I break my chain! (私はバカな子供なんかじゃない。私はバカな人形なんかじゃない。私は自分の鎖を断ち切る!)」
これは詠唱。
そして、それが終わると屋上に見えた微かな人影に向かって、何かを投げるそぶりをした。
「spear that breaks a chain!!」
何本もの暗い光の束が、屋上に向かって飛んでいくが、人影は奥に引っ込み、それが当たることは無かった。
自分が狙われた理由が解らないが、それは、彼女にとって常日頃の出来事だった。
「I don't care.I'll buy you the fight! (いいよ、その喧嘩、買ってやる!)」
余裕があるようにそう呟くが、上から飛び道具に狙われるのは厄介だ。
さて、どうする?
彼女は自問自答する。
相手は目立つのもお構い無しに攻撃してきたのだ。このままビルに入り、屋上まで行ったら、確実に罠があるだろう。それなら、この場所から攻撃をした方が良い。
上からの狙撃ならビルの真下は狙いにくいし、相手はこちらからは攻撃できないと踏んで、油断しているはずだ。
ケンカ慣れしている左ききのニナは、瞬時に結論を出し口元をゆるめた。
「Go.Bifukumonmaein. (行け、美福門前院)」
彼女は式守神を屋上に放つと、自分は街灯の下に移動した。
「I'm not a stupid kid.I'm not a stupid doll.I make a revolution in myself! (私はバカな子供なんかじゃない。私はバカな人形なんかじゃない。私は自分の中の革命を起こす!)」
それから光を確認して、唇を噛み締めながら、持っていた短いナイフで、自分の真っ白な、左の手の平を刺す。
左手の平からは、ナイフを刺した傷からとは思えないほどの大量の血液が流れ出し、アスファルトを黒く染めていく。
その行動は、他人から見れば、狂っているとしか思えないが、彼女から流れる血液が、自分の影の上に落ちると、その影はゆっくりと動きだした。
影は伸びていき、五つに枝分かれして、さらにビルの壁を上がっていく。
相手の正体は解らないが、屋上と言う逃げ場のない場所で、さぞかし慌てている事だろう。
左ききのニナは、今度はいたずらっ子のような笑顔を浮かべた。
美福門前院が屋上に現れた瞬間、矢が彼女を貫いた。
その霊力は強いが、彼女はその攻撃を無視して相手に近寄る。
男は、ジーンズにスニーカー、Tシャツに軽いジャンパーを羽織るといったラフな格好であるが、その右手には弓を引くための弽が付けられ、左手には七尺三寸の和弓を持っていた。
そして、腰の後ろの矢筒には、三セット、十八本の矢が収められている。
その男は壊滅師の、布施 桂だ。
以前、千葉県佐倉市で生死をさまようような傷を負ったが、現在はもう回復しているようである。
桂は再び矢を番え構える。
弓は弓道の作法に則り、打起こしてから引いていく。
佐倉市では銃を使っていたが、本来はこちらをよく使っているのか、その作法の一節一節が丁寧で、流れるように早い。
しかしそれよりも早く、美福門前院は一気に距離を詰め、ガッチリと桂の肩を掴んだ。
彼女の姿は、今までの美しい姿では無い。
耳は大きく尖り、鼻先にかけて犬の様に伸び、そして、腰の後ろには二つの太い尻尾が見えた。
こちらが美福門前院の本当に姿。
七尺の狐。
美福門前院は、彼の頭を丸齧りしようと、口が裂けるように大きく開く。
桂は弓矢を離し、左手を懐に滑り込ませてトカレフを取り出すと、彼女の顎下から脳天目がけて引き金を引いた。
思わぬ攻撃に美福門前院は仰け反る。
ゼロ距離射撃だ。
利き手で無くても、この距離なら外さない。
思わず肩を離した美福門前院に、桂は何度も銃弾を浴びせる。
弓より威力が落ちるが、これも効いただろう。
桂は弓を素早く拾い上げ、後ろに大きく跳んで次の矢を掴んだ。
そこに屋上まで伸びて来た影の一体が、立ち上がり立体になると、鏡映反転のように左手に持ったナイフを突き出した。
桂はそれを解っていたように、落ち着いてかわす。
しかし、さらに五体もの影が桂を襲う。
これは少し不味い。
桂は、魔法で作られた分身に対する攻撃手段を持ち合わせていない。
彼は何とか相手の攻撃をかわしながら、美福門前院の動向に目をやっていた。
そう、この場で一番に気をつけないといけないのは、美福門前院だ。影の分身以上に、彼女の攻撃は生死に関わる。
美福門前院を矢で牽制しながらも、桂は影からの攻撃に押されて、ドンドンと屋上の端っこに追いやられる。
そして次の矢を番えると、突然半身を乗り出し、ビルの下に向かって矢を放った。
左ききのニナは避けるが、桂は彼女ではなく、彼女の近くの街灯を打ち抜いた。
途端に、桂の周りの五体の影は消え去る。
「shit! (っち!)」
彼にこの魔法の弱点がバレた。今度は狙いにくい、少し離れた場所でもう一度出してやる。
そう思い、左ききのニナは場所を移動する。
これで時間が稼げる。
次の影がやってくるまでに美福門前院を仕留める気なのか、桂は彼女を真正面に見た。
「やっと、舞台は整った。邪魔が入る前に、ここら辺りで決着を付けようぜ」
美福門前院は見下したように、大きな口の口角を上げて笑った。
確かに、目の前の祓い屋は、多少は霊力が強いものの、一撃で自分を倒せるほどの霊力はない。軽口が叩けるのも今の内だ、一気に詰め寄り喰ってやろう。
いや、待てよ、久々の獲物だ。それではもったいない。
美福門前院は、長い舌で口周りをなめた。
いたぶり、じっくりと詰ってから、助けてくれと悲願した後に、腹をこじ開け肝を喰おう。
桂は嫌な予感をかんじたのか、矢を番えると、今度は反対側の屋上の縁へと、ゆっくりと後ずさりをしていく。
そして、一気に距離を詰めようと、飛び掛かった美福門前院は、桂の目の前でぴったりと止まった。
桂はゆっくりと口元を上げる。
「言っただろ? 舞台は整ったと」
そこで要約、美福門前院は桂の言っている意味が判った。
これは桂の技では無い。ただの距離の問題だ。
そう、式守神は憑いている者からそう遠くに離れられないのである。
憑いている者が離れて行くと、強制的に憑いている者の近くまで戻されるが、式守神自らが離れる事は契約上出来なくなっている。
だから、高さの有る屋上に居たのも、左ききのニナが光を探すため遠ざけたのも、全て、彼の作戦だったのだ。
「誰かに仕えるのは初めてだろ? 七尺の狐。それが契約って意味だ」
美福門前院は怒りで顔を歪ませ、周りの風を読む。
この程度の祓い屋など、攻撃が届かなくても、毒霧で殺してやれる。しかし、それも読まれていたのだろう。
こちらが風下。
「悪いな、それも対策を取っている」
怒りで顔を歪める美福門前院に桂は矢を放つ。
その矢は、美福門前院の顔面で、爆発するように弾けた。その威力に美福門前院は吹っ飛ばされる。
この攻撃は効いたのだろう。
この矢は、時計回りで飛び貫通する甲矢とは違い、その対となる逆回転の乙矢である。
桂は乙矢の方が相性が良いのか、こちらの方が霊力を乗せやすかった。
ここから一気に攻める。
桂は間を置かず、次々と矢を放っていく。
矢は貫通し、爆ぜては美福門前院の霊体を削っていく。
そして、何度も吹っ飛ばされた美福門前院は、力無くビルから落ちていく。
その落ちていく美福門前院に向かって、桂はさらに追撃する。
何度も、何度も。
持っているすべての矢を惜しみなく放ち続け、地上に落ちた瞬間、ついに美福門前院はその場から消えた失せた。
壊滅したのである。
「Oh,Bifukumonmaein! Fucking! I'll kill you. I'll kill you!! (そんな、美福門前院! クソ! お前は殺す! 殺してやるからな!)」
左ききのニナがそう叫び、さらに戦闘準備を整えるが、これで目的が果たせたのか、そこにはもう桂は居なかった。
『よっ、肝は無事か?』
スマホから流れた篠田ののんきな声に、桂は吠えた。
「『肝は無事か?』じゃねーよ! 七尺の狐なんぞ危険なものと戦わせやがって、下手したら死んでるぞ!」
『そう言うな。敵の情報さえあれば、お前がそうそうヤラれる訳ねーよ』
篠田は再びのんきに答える。
今回の戦闘は、前もって左ききのニナや、美福門前院の攻撃方法を知らせてもらっていた。
だから自分の有利な地に追い込み、壊滅することが出来た。
しかし、それが無ければ、あれほど強力な霊体は、一人で手出し出来なかっただろう。
「他人事のように言いやがって、その情報も、どこまで信じていいか解らない品物だろ! あービビった」
『肝は喰われてないけど、肝が冷えちまったか?』
「その例え、うまくねーからな」
『そうか? 座布団一枚ぐらいは貰えると思うんだがな』
「勝手に言ってろ」
『さて、俺もそろそろ準備しないとな。あっー、それとな、桂、』
そこまで話してから、篠田は声のトーンを抑えて話し出した。
『あんな怪我までしたのに、また、手伝ってくれてサンキューな』
いつも不真面目な男が、急に改められるとこっちまでこそばゆい。
「お前こそ、あの後、水希に式守神を憑けるの手伝ってくれただろ。感謝している」
『そう言われりゃ、そうだな。なら、俺への感謝を忘れず、あと一人も頼むぜ』
「その台詞で、感謝の気持ちが一気に薄れたよ」
疲れた様に桂は言う。
篠田は笑うと電話を切った。
長かった今回、ようやく最終章です。
今さらですが、なんでこんな長い話を書こうと思ったのか、不思議で仕方ありません。
でも、こうやって、最終章を書けるのも嬉しくもあります。
終わったような書き方ですか、今から始まるんだ。頑張って書かないと。
今回の後書きは、残ったキャラ説明と、式守神の説明をちょこちょこっとしていきます。
今回は、出て来た美福門前院。
この元は九尾の狐ですね。
超有名人なので、そのまま使ったらすぐわかるなーっと、色々アレンジしました。なので、そのまま九尾さんです。
本来なら、ボス並みの方です。
アレンジは、九尾の元になった話で、そのころはまだ九尾では無かったらしいです。ですので尻尾は二本です。
今回は出てくるキャラが多いので、考えるのが大変だ。
さて、ここから余談です。
余談が始まるのが早いですが。
書く前に自分の小説を客観的に読もうと、オトノツバサで検索すると、私の小説が紹介されていました。
しかも、三年前に。
本当にありがたい。
しかし、今まで気付かない私も悪いなーと思いつつ、 どんな内容かなーと覗いてみると………えっ、読めない?
なんと、韓国語で、東京祓い屋奇譚が紹介されています。しかも、ダンデライオンだけ。
嘘っ、訳されているの?!
っと、驚き、真っ先に不安になりました。
日本語ですらあれなのに、他国に解釈って、………ちゃんと伝わっていますかね?
しかも、2の方だけって、不安でたまらないですよ。
てなわけで、嬉しい結果ですら、怯えながら日々暮らしています。
でも、誰かに読まれたら力になります。
では、頑張って次は早く書けるように頑張ります。
さー、最後までやり切るぞ。