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第6話

「実は私すでに死んでいるの」


 それからの彼女の独白は実に信じがたいことだった。彼女が話した今までの出来事、どれもこれもが俺の母だ。まぎれもなく。

 だが、そんな都合のいいことなんてあり得ない。死んだはずの母と夢の中で再会なんて。普通に考えれば、俺があまりにも母を思い出してしまうがゆえに、夢の中に母が出てきているのだと。


 でも、それなら生前の母の姿で出てくるだろう。だからもしかしたら、ここの前にいる彼女は俺の意思に関係なく存在するのかもしれない。

 だったら一歩さらに踏み出すべきだと思う。


「名乗るの遅れたけど、伊賀慧介。これが俺の本当の名前」

「…………えっ?」


——————


 彼が発した名前に思わず聞き返してしまった。なにせ私の息子の名前である。聞き間違うはずもない名前だ。


「まさかあなた慧介なの?」

「ああ……」


——————


 彼女は驚き慌てふためいていた。そして彼女は確信したようだ。


「私、伊賀涼香っていうの」


 その名前を聞いた時、俺は思わず涙を流していた。


「でね、私の息子は慧介っていうの」

「やっぱ母さんだったのか……、ずっと会いたかったよ」


 よく顔が見えなかったが、母さんの「私も会いたかったよ」と言った声は、すでに涙声になっていた。


——————


 これ以上涙が出ないほど泣き、少し落ち着いてきた。これだけ泣いたのはいつ以来だろう。慧介の前では泣かないようにと思い、今まで守ってきたのに……死んでからそれを破ってしまったのは不覚だ。でも、それだけうれしかった。どんな形であれ、慧介と今こうしてしゃべれるのだから。


——————


 母と俺が泣きやみ落ち着くと、自然とたくさんのことを話せた。

 今までの楽しい思い出、辛かったこと、それでもやっぱり楽しかったこと。その輝かしい宝石のような過去のすべてに母と俺、そして父がいた。


「やっぱり家族は全員揃わなきゃいけないね」


 母はそう言うとまた涙目になった。

 そして思い出したかのように言葉を紡ぎ始めた。


「ごめんね、ごめんね……。慧介にだけ別れの言葉を伝えられなかった。ずっとずっと悔やんでいた。慧介、あなたにきちんとお別れを伝えなかったことを——だから、こうやって慧介と話せることがうれしい。そしてこの世界の本当の意味を知れてうれしい」


「本当の意味?」


「私はねこの世界は、私が死んで家族に辛い思いをさせた罰として、何回も何回も慧の死を身取らされている思っていた」

「うん……」

「でも違った、慧はいなかった。そこにいたのは慧介だった。私は今の今になって、やっと気がついた気がするの。この世界は罰を受けるための場所じゃない、慧介と引き合わせてくれるための場所だと。慧介にきちんとお別れを言う場所だと」


 母はそんなことを話した。ただそこに俺は少しだけ疑問を感じた。


「確かにそうなのかもしれいない。でも、引き合わせてくれるための場所って……それは流石に強引な気が……」


 すると母は首を横に振った。


「この物語の本はね私が一番大切にしてきた本なの。それはどうしてかわかる?」


 そう突拍子も無い事を俺に訊いてきた。


「さあ、好きなストーリーだからとか?」

「それも確かにそう。でもね、これはお母さんとお父さんを結びつけてくれた本なの。そして、その結果として慧介が生まれてくれた。これ以上の理由は必要?」

「……はあ、なるほど……」

「だからね、今から言うことをきちんと聞いてね」


 俺がコクリと縦に頷くと母は話を続ける。


「まず誤解は解きたいの。慧介は私の病気が悪化して残りわずかだと知った時、病室の前の廊下で『父さんの人殺し』なんて言って、それ以降部屋に引きこもっていたんでしょ?」


「……そうだよ。父さんが看病していたはずなのに……もっと早く気付けば母さんは死なずに済んだんだよ。だから父さんは母さんを殺したに等しいんだ……だから、そんな父さんに顔を合わせたくもないんだ」


 なにが誤解だ。父がもっと母に気をかけていたら死なずに済んだかもしれないのに。それなのになぜ、母は今更父をかばおうとするのか。


「それは違う。お父さんは……私が言うのもあれだけど、本当に良く看病してくれてた。正直お父さんがいなかったら、もう少し短かったかもしれない」

「……嘘だ、そんなの嘘に決まっているんだ」

 

 俺は必死に母の言葉を否定する。こんなことを認めてたまるものかと。


「ううん、本当なの」


 母は俺を真剣な目付きで見つめる。


 しばらくの静寂が訪れる。


 この表情からして、母の言っていることは真実なのだろう、俺の中にあった冷静さがそう判断した。


「そう……」


 俺は母の言っていることを認めると、不意に脱力感に襲われた。

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