タイムスリップした絶滅危惧種は、カオスな世界で母になる。
西暦2×××年、胎児の人工培養術が確立すると、各女性団体が『産まない宣言』を始めた。
宣言において、出産は女性を『母』の役割に縛り付け、人生とキャリアを邪魔し、ジェンダーを助長するものだと主張された。
この主張は胎児の人工培養と共に、ゆっくりと時間をかけて浸透し、やがて。
法律が女性の『産み方を選ぶ権利』を認めた。
そしてさらに時が経ち、今では、ヒトは計画的に量産されるようになった。
最適な遺伝子を持ち、最適な教育を受けた子供が、国家により必要数だけ供給される。
―――ヒトの身体による妊娠・出産は、違法になったのだ―――
「せっかくあるモノを使わないってどうよ!?」
そう口にするのは憚られるが、実は私こと会社員♀24歳は、妊娠・出産肯定派(絶滅危惧種)である。
命の危険があるとか物凄くツラいとか、ロクな情報が残されていないが、それでも、想像するとドキドキしてしまう。
己の中にもう1つの命が宿る、不思議。
その機能を備えた身体を持っているのだから使ってみたくなって当然でしょ!?
思いは次第に強くなっていき、ある日ついに、私はタイムマシンに乗り込んだ。
たどり着いた過去の世界は私にとってカオスだった。
犯罪が毎日起こる。無計画に作られ育てられたヒトたちの、何と悪しきこと!
なのに彼らは、私がいた正しく平和な世界の誰よりも、強く明るく笑うのだ。
私はラッキーだった。
偶然に遭ったその男は、私にとっては良い奴だった。
彼の家に転がり込み、彼の協力で戸籍を得て、やがて妊娠。
彼の喜びようがものすごく、それだけで良かったと思った。
だけど喜んでばかりはいられない。
つわりがひどくて、点滴を受ける。
管につながれて、不安と後悔に苛まれる。
彼の心配ですら受付けられない。しかし私には負い目がある。八つ当たりはできない。
ただ、静かに耐える。
傍に人がいるのに感じる孤独の、すさまじさを知る。
いつの間にか、その時が終わる。
スタイを作る。彼と、ベビーグッズを揃える。
気の早い小さな椅子を買いたがる、そんな彼の心が嬉しくて、何度もその椅子を磨く。
お腹の痛み。少量の出血。
幸せはいつも、喪失の不安を抱えていることを知る。
お腹が重くなる。足がつる。だが私はもう知っている。
小さな命さえ無事なら、乗り越えられるのだ。
激しい苦痛の末に、子供が産まれる。
おそらく最適な遺伝子を持っていないこの子は、善良でも優秀でもないかもしれない。
でも、たまらなく愛しい。