あの人と不器用な私の物語
大好きな大好きなあの人が、私の知らないところで涙していた。
その涙の理由は知らない。
けれど…とても綺麗だと思った。
誰かを想って泣けるあの人が、狂おしいほどに愛しい。
…私は感情を表現するのが苦手。
皆にはいつも『怒ってるの?』って聞かれてしまう。
ただ、伝えるのが下手なだけで、笑うし怒るし…悲しくもなる。
そんな私にいつも気付いてくれるあの人を、どうして好きにならないでいられるのだろう。
私はあの人にとって、泣いても良いと思って貰える人かはわからない。
けれど、あの人を想って泣ける人になりたいと、心から思う。
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それは、ほんの偶然のこと。
たまたまお使いの帰りに裏庭を通って近道をしようとしていたときだった。
そこに、あの人がいた。
普段ならあまり人が寄り付かないこの裏庭は、私の憩いの場だった。
ここは、私の職場に行く時の近道で、ちょっと人知れず咲き誇る小さな花々が、なんだか自分のようだと自分勝手にも思っていて、好きだった。
殆ど誰も近付かないこの場所で、私は独り辛い気持ちを押し隠す。
上手く気持ちを伝えられない私が悪いけれど、誤解ばかり生んで、皆には嫌われていた。
助けてくれる仲間はいなくて、いつも失敗は全て私のせい。
だから、せめて私は嘘はつきたくなくて、さらに黙る。
けれど、そんなとき、あの人は私に気付いて助け船を出してくれるんだ。
こんな無愛想で、口下手な私にも笑い掛けてくれる、優しい人。
なのに、お礼の1つも私は言えやしない。
そんな想いは全てあの裏庭で吐き出すのだ。
人相手でなければ、少しはまともに話せるから。
黙って聞いてくれる花に話し掛ける私は、見た人がいればさぞや滑稽なことだろう。
けれど、私には大切な話し相手で。
『いつもありがとう』
『大好きです』
『私も貴方のように、なりたい』
あの人に言えなかったそんな言葉たちを幾度も幾度も告げていく。
その場所で、あの人が泣いている。
花を見つめながら静かに涙を流す。
誰を想って泣いているの…?いとおしそうに花に口付けるあの人から目が離せなかった。
泣かないで欲しい。けれど、相反して泣いて欲しいとも思う。
私を想って泣いてくれたのなら、どんなにいいだろうと、羨んでしまう。
私には、そんな資格などありはしないのに。
せめて、私は、自分の職務を全うしよう。
部屋を綺麗に整え、掃除をし、花を飾る。誰にでも出来る仕事だけど、私にはこれしかないから。
そうやって、過ごしていたある日、あの人に婚約者がいるという噂を聞いた。
あの人に今までいなかったことが不思議なのだから、今更だ。そうは思っても、内心は動揺した。
抑えきれない醜い嫉妬を吐き出したくて、あの場所に行ったら、あの人がいた。
あの人は、今日も花に向かっていとおしそうに口付けた。
「愛してる」
…それは、婚約者への貴方の想いですか…?
私は涙した。
心が痛くて痛くて、足が…動かなくて。
私にも、人を想って泣けるのだと、何故か安堵した。
不意に、あの人がこちらを振り向いた。
ぎょっとした顔をしてずんずんとこちらに向かってくると、グッと力を入れて私の両肩を掴んで言った。
「何故泣いている!!
…誰に泣かされたんだ、言ってくれ。」
「……え」
突然の行動に、私は泣いていた目も渇き、ぱちぱちと瞬きを繰り返す。
「…いつも君が言い返さないから黙っていたが…。
泣かせるなんて、一体あいつらは何をしでかした!?
我慢しなくていい、悪いようにはしないから正直に話してくれないか。」
「え、あ…の…」
全く意味がわからない。
どうして私はあの人に迫られているのだろうか。
というか、距離が近すぎやしませんか…っ?
上手く言葉に出来ない弊害はこんなところにも起きていた。
ぐしゃぐしゃと頭を掻き毟り、苦々しげに独りごちる。
「…くそ、貴族のご令嬢だからって甘くみすぎた。
こんなことならもっと早く処分しておくんだった…っ」
「…っあ、あのっ!!」
段々と呟きが物騒なことになってきている。私はこれは不味いと思わず大きな声を出してしまった。
すると、あの人は、再び顔を近付けて、ん?と言葉の続きを促してきた。
だから、距離が近いです!!!
「あ、あの…ご、誤解…です。」
「…誤解…?
けれど、君が彼女たちに失敗を押し付けられているのは事実だろう?」
「…そ、それは……っ」
何度も助け船を出されているのだから、彼女たちのことはある程度あの人にはバレているのだと思う。
けれど、どうして私が泣いていたのが彼女たちのせいだということになるのだろう?
頬に流れた涙の後を拭うように、親指で触れながら、あの人は言葉を続ける。
「いつも、ずっと黙って耐えていたけれど、君はその度にグッと堪えた表情を浮かべていたね。
私はほんとはずっと、こんな風に君に触れて慰めてあげたいと思っていた。
でも君はすぐにその場を去ってしまうから、そのきっかけが掴めなかったんだ。」
私のような人間に、こんなにも心を砕いてくれている。
ーもう充分だー
あの人の心は私には手の届かない存在だけど、あの人が私に向けてくれたこの優しさがあれば、私は生きていける。
私はふっと笑って見つめ返した。
「……ありがとうごさいます。
そのお心だけで、私は充分です。」
あの人は目を見開いて私を凝視したかと思うと、うっすらと頬を染めた。肩に置いた右手をグッと腰に回し、左手を顎に触れてくいっと持ち上げると、目の前にあの人の顔が迫り口許に暖かい感触が降り注ぐ。
…………えっ。
最初何が起きたのか分からず、私は目を開けたまま固まった。
口付けは次第に深くなり、唇を食まれ、薄く開いた口から舌を差し入れられ、口中を蹂躙され、足に力が入らなくなってきた頃、唇を離されると、両腕でグッと抱き寄せられ、肩口にあの人の頭が乗せられる。
「…可愛い。
あぁ、もう限界だ。
例え、君に想う人がいるのだとしても、私は君を諦められない。」
え、どういうこと?
私の想い人って、諦められないって、なに?
頭がこんがらがって、あの人が何を言いたいのか入ってこない。
そんな混乱真っ只中の私を置き去りに、目の前の人は頭を上げ、私を見下ろし見つめると、熱を帯びた眼差しで、告げた。
「君を愛しているんだ。
どうか私の妻になって欲しい。」
つ…ま…?
妻っ、て、お嫁さんってことで、つまりは…?
私はじわじわと頬が熱を帯びるのを感じたけれど、口をパクパクとさせて、上手く言葉に出来なかった。
そんな私の様子を見て、あの人は嬉しそうに頬を染めて見つめてきた。
「その反応を見るに、私のことは嫌いではないんだね。
君の想い人と添い遂げることは協力できそうにないけれど、君のことは私が幸せにすると約束する。」
その後、あれやこれやと考えるまもなく外堀が埋められていて、気付いたら、私はあの人の婚約者になっていた。
…え、噂の婚約者はどこへ?
あの人の涙の理由は…?
私は訳がわからないまま、準備に追いやられてあっという間に婚約式に臨むことに。
「ごめんね、私は諦めが悪い人間なんだ。
だから、君も諦めて私のものになって。
私だけのお姫さま。」
ー私は1言物申したいー
王子様、少しは私の気持ち(告白)も聞いてください!!!
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とある王家のある王子は、自分付きの侍女として働く男爵家の少女を愛し妃にし、その後沢山の子供に恵まれて幸せになりましたとさ。