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人ならざる者共の深夜屋台

残業の末に終電を逃した俺は一人とぼとぼと帰路についている。

タクシー代をケチってずいぶんと歩いてきたわけだが、かなり相当な時間になってしまった。


明日は休みなので時間は問題ないのだがいかんせん腹が減った。

帰り際にコンビニにでも寄っていこうかと思ったその時、視界の端に何かしらの明るい物が映る。


屋台だ。

今時珍しさすら感じる屋台がそこにはあった。


最近の屋台はずいぶんと深夜までやってるものだと感心しつつ、屋台の外見を観察する。


よく見る、というよりも漫画で見たことがあるような移動式の屋台だ。

荷車を改造したような見た目をしていると言えばわかりやすいだろうか。


赤い暖簾が下がっており内側はよく見えないのだが、足元を見るに客が一人いるらしい。

足元を見た感じあれは女性っぽいような気がする。


うん、なんだかいい雰囲気だ。

幸い無駄に金はある、たまにはこういう場所で食事をするというのもいいだろう。


俺はのれんをくぐり店主に話しかけた。


「すみませ……」

「ああ、いらっしゃい」


ふむ、どうしたものか。


割と気さくな感じで入店を許可してくれた店主だが、なんとこの男一つ目である。


いったん整理する時間が欲しいがこのまま席につかないというのも失礼だ。

そんなことをすれば明らかに店主の顔を見て気味悪がっているということがばれてしまう。


ひとまず俺は席に着くことにした。


席に着いたうえで改めて屋台を観察する、目の前にはおでんの具材がいろいろ入った鍋があった。

なるほどおでんか。


個人的には屋台というとラーメンのイメージなのだが、確かにおでんの場合もある。


鍋から上がる湯気が非常に暖かく心地よい。


何を注文したものかと店主を改めて見る。

やはり一つ目だ。


しかし最初に見たときはびっくりしたが、改めて考えてみると生まれつき目が一つしかない人間もいるだろうと思い始める。

俺の知り合いには右手の指が一本多い奴だっているのだ、目が一つないくらい普通だろう。


「店主さん、おすすめってありますか?」

「そうだな、大根と卵、それとこんにゃくなんかいいんじゃねえか」


うん、鉄板だ。


個人的おでんと言えばランキングのトップスリーである。


「ではそれをお願いします」

「あいよ、ちょっと待ってな」


店主が皿に盛ってくれるのを待ちつつ、別の客は何を食べているのだろうと横目で確認。


昆布と大根、それとあれは熱燗か?

なるほど、酒もあるのか。


「はいお待ちどうさん、大根と卵とこんにゃくだ」

「おー、ありがとうございます」


店主から差し出された皿には光り輝くようなおでんが乗っていた。

これは素晴らしい。


よくあるSNSとかに写真を載せればそれなりに反応が来るのではないだろうか。

まあ俺の数少ないフォロワーに見せても仕方がないので自重する。


何から食べようかと箸を迷わせていると隣の客から声が上がった。


「ねえ大将、聞いてくれないかしらー?」


いきなり何事だと思ったが、どうやらこれは俺ではなく店主に向けての言葉らしい。

声的に隣の女性はそれなりに出来上がっている感じだ。


「どうしたんだい?」

「今日ね、私やったのよ、いつものあれをね」


最初に大根から食べることを決め、箸を通す。

やわらかい。


まるで豆腐のような、いやそれよりも切れやすいかもしれないやわらかさだ。


「いつものあれってーと?」


俺は切った大根のを口に入れる。

熱い。

だがうまい。


おでんの汁がしみわたっている。

シンプルながらも深い味わいだ。


「『私きれい?』ってやったのよ!」

「ごふっ」

「おっとお客さん大丈夫かい?」

「すいません思ったよりも熱くて」


あぶねえ、とっさに口を押えられたからよかったが本当に噴き出すところだった。


隣の女性はいったい何をやってるんだよ。

お前は口裂け女か。


ちらりと横目で見たところ、彼女の口は耳まで裂けていた。

お前が口裂け女か。


「まあそれがあんたの仕事みてえなものだからな」

「そうね、そうよ。怖がられて気味悪がられて追い掛け回すのが私の仕事、なのにあいつらは!」


なんということだ、隣にいる女性はどうやらガチもんの口裂け女らしい。

ものすごく逃げ出したい衝動に駆られるが、それはまた失礼な気もする。


なに、俺にはこのおいしいおでんがある。

他人の話なんてBGMくらいに聞き流すのが一番だ。


「まあ落ち着けって、いったい何があったんだよ」

「三人組がいたのよ」


次は卵でも行ってみるか。


卵を真ん中で切り分けると、トロっと黄身が流れ出す。

なるほど半熟なのか。


「あいつら私が質問したら、『ちょっと待ってください、こちらで話をまとめます』とか言い出したの」

「あん?それはマスクつけてる時の話だろ?」


すごい、味が染みている。

なんだこれ、卵ってここまで味が染みるものなのか。


「マスク外した後も同じ反応されたのよ!」

「はっはっは!そいつは肝が据わってるやつらだな!」


あれ、もしかして最近の子って口裂け女知らないのだろうか。


いやまあ知らなくても普通口が裂けている人を見たらビビると思うんだが。

すげえなそいつら。


「笑い事じゃないのよ!屈辱だわ!」

「まあ運が悪かったと割り切るのがいいだろ、ほら白滝おごってやるからよ」


あ、白滝もいいなあ。


でもまあ白滝って代替こんにゃくだからな。

白滝≒こんにゃくだと思っているからな。

異論は認める。


「ついでに熱燗もう一本お願い」

「別にいいが、大丈夫か?もうずいぶん酔ってると思うが」

「いいの!飲まなきゃやっていられないのよ!」


こんにゃくは切れ込みを入れて柔らかくしてあるタイプか。

おそらくだがこっちのほうが味が染みやすいとかそういうものもあるのだろう。


「大将、まだやってますか?」

「ああ、やってるよ」

「よかった、少し面倒ごとに巻き込まれて昼食と夜食を食べそびれましてね」


俺がこんにゃくのうまさに舌鼓を打っていると新たな客が現れた。

背が高めの男性だ。


「大根二つと薩摩揚げ、あと焼きおにぎりお願いできます?」

「あいよ、焼きおにぎりはいつも通り5分くらいかかるぞ」


焼きおにぎり、そういうのもあるのか。


食べてみたい、食べてみたいが今言うと便乗した感がすごくてなんか気恥しい。


「ほかに頼みたい奴いるか?どうせ作るんなら何個か一気に作っちまいてえんだが」

「あ、じゃあ自分も頼んでいいですか?」


さすがだ店主、客の心理を読んでいるな。


「おう、醤油と味噌どっちがいい?」

「ん、あー、えーと」


味付けにパターンがあるのか。

うーむ、どうしようかな。


「醤油いいですよ、おすすめです」


ここで男性から助言をいただいた。

郷に倣っては郷に従えという言葉もあるくらいだ、ここは醤油に。


「何言ってるの、味噌に決まってるでしょ?」


あれー、口裂け女さんから異論が上がったぞー?


「おや?口裂け女さん、少々酔っぱらいすぎてはおりませんか?一度夜風にあたってみてはいかがですか?」

「ふふふ言うじゃない、不死者ごときが生意気よ?口を裂かれたいのかしら?」

「お言葉ですがこの時代に鎌持って歩くのは危険だと思いますよ、すぐ警察にしょっ引かれますからね」

「さすがいつも警察のお世話になっているだけあるわね、言葉の重みが違うわ」


怖いなあ、なんでこの論争を俺挟んでやってるのかなあ。

不穏なキーワードもりもりで逃げ出したい気分だ。


「ちょっと表に出なさい不死者、ここじゃ狭いわ」

「いいでしょうちょうど私も少しストレスがたまっていたのですよ」


おっかない二人がおっかないオーラ出してのれんの外にはけたので一安心。


改めてどちらの味付けにしようか考えようとしたところで目の前に皿が置かれた。

これはいわゆる餅巾着という奴だろうか。


「悪いな兄ちゃん、あいつらも悪い奴なわけじゃねえんだが喧嘩っ早くてな」

「自分に被害が及んでいないのでいいですけど、これは?」

「騒がしくしたお詫びだ。なあに代金はあいつらに折半させるから食ってくれ」

「なんというか、ありがとうございます」


なんか恐れ多いんだけどまあもらえる物はありがたくもらっておくとしよう。


なんでおでんの餅巾着って妙に知名度高いんだろうななどと考えつつ口に運ぶ。


巾着部分には当然のように味が染み込んでおり、中から熱々の餅が出てくる。

というか餅がマジで熱い、若干舌を火傷したまである。


たこ焼きの中身が以上に熱いのと同じようなことか、不用心だった。


「頭が冷えたわ」

「ひとまず今日はここまでにしましょう」


熱々の餅と俺がバトルを繰り広げていると、先にバトルを始めていた二人が戻ってきた。


いったいどんな戦いが繰り広げられていたのだろうと男性を横目で見ると、胸に鎌が刺さっていた。


「げふっごふっ」

「大丈夫ですか?この店の餅巾着結構熱いですからね」

「ああ、すいません」


嘘だろ、この状況で他人の心配ができるのか。


「あ、この鎌返しておきますよ」

「そういえばそうだったわね」


男性は平然と胸から鎌を引き抜き女性に渡す。

抜いた時に少し血しぶきが舞い、カウンターが一部血に濡れる。


「あ、しまった。申し訳ない大将、布巾のようなものをもらえますか」

「たく、しょうがねえな。血は落ちにくいんだから気を付けてくれよ」


すごいツッコミ待ちみたいな出来事が起き続けているがスルー。

この混沌に満ちた空間にこれ以上干渉したくない。


俺はただうまい飯さえ食えればそれでいい。


「ほい、焼きおにぎりだ」

「あれ?」


味の注文をする前に焼きおにぎりが出てきてしまった。


「いやなんか妙な火種作っちまったが、よくよく考えたら初っ端から両方作りゃあいいってことに気が付いてな」


言う前に気が付いてくれていればカウンターが血に濡れることもなかっただろう。


「大将、私のは?」

「ああ?頼んでなかっただろ?」

「私味噌って言わなかったっけ」

「あれ注文だったのかよ、しょうがねえ5分待ってろ」


焼きおにぎりを手で行くべきか箸で行くべきか地味に悩む。

カウンターを拭き終ったらしい横の男性は箸で食べているようなのでそれに倣うとしよう。


「そういえばあんた面倒事って何だったのかしら?」

「あれ、聞いてたんですか。いえまあたいしたことではないのですがね」


そういえばそんなこと言ってたな。


「女の子に告白をされましてね」

「あら、よかったじゃない」


なんだただののろけかよ。

幸せそうで何よりですなあ。


あれ、なんか焼きおにぎりが塩っ辛いや。


「よかった、うーん?よかったんでしょうか?」

「何よ、顔が好みでもなかったの?」

「いえ、とても可憐な方でしたよ」

「じゃあ何よ」


若干塩辛さの増した醤油の焼きおにぎりを食べ終える。

流れ弾で少し欠けた心を癒してくれる暖かい味だ。


自前の調味料がアクシデントでかかってしまったがやはりこの屋台の料理は間違いない。


「対面した瞬間に胸を刺されたんですよ」

「え?さっき私がやったみたいに?」

「ええ、まあ鎌ではなくナイフでしたけどね」


……うん?

なんか思ってた話と違うな。


いやまあ、今現在俺の隣に座ってる男性は話の流れとかさっき見た惨状とかを鑑みる限り恐らく不死者なんだろうけどさ。

なんで胸をナイフで刺された話をそんな平然とできるんだ。


「告白されたんじゃなかったの?」

「告白はされましたよ、ナイフを刺された後にですけど」

「最近の子って猟奇的なのね」


多分それは最近の子でまとめてはいけない部類だと思う。


「いやはや参りましたよ、何を言っても『好きです』みたいな言葉しか返ってこないですし、ナイフを返してもまた私に刺してきましたし」

「そこらのマイナー都市伝説よりよっぽど怖いわねその子」


むしろその子が都市伝説だろ。

『告白少女』とか名付けられてても俺はびっくりしないぞ。


「彼女なりの愛情表現なのでしょうかね?」

「人を傷つけることでしか愛を感じられないって悲しいわね」


俺は悲しさよりも恐怖を抱くけどな。


しかし味噌も味噌でおいしいけど、個人的に俺は醤油派かな。

次頼むときは醤油にするしよう。


次の機会があるかはわからないのだが。


「すいません、昆布ってありますか?」

「おう、ちょっと待ってくれ」


そろそろ頃合いだろうと、締めになりそうな昆布を注文。


「はいよ」

「ありがとうございます」


さてそれでは本日の締めを


「そういえばあなたって何者なの?」

「……自分ですか?」


何者か、と言われても非常に困るのだが。


「自分は紛れもなく普通の人間ですよ」

「「えっ」」


えっ、何その反応。

なんか怖いんだけど。


「いや冗談でしょ?」

「そうですよね、このような状況で冷静を崩さず逃げ出しもしない普通の人間はいないでしょう」


普通の人間なんだよなあ。

普通の人間が普通に動揺しながら飯食ってるだけなんだよなあ。


「そんなことを言われましても」

「別に大丈夫よ?あなたがどんな存在だって驚いたりはしないから」

「ええ、こちらも普通に化け物として生きてますからね」


ああわかったぞ、さてはこれ何を言っても信じてもらえないな?


いや待ってくれ、普通の人間であることの証明ってどうすればいいんだ。


「そもそもこの店に普通の人は入れねえぞ」

「え?」

「あら、そうだったの?」


あー、うん、え?

いや待て待て、は?


なんだ?

俺は誰だ?

俺はいや僕は?

そもそも僕ってなんだ?


……あ、しまった。


「あーあ、やらかした。畜生、もう少しだったのに」

「え、急にどうしたのよ」

「ほぼ一致できてたのになあ、まあ仕方ねえか」


やっちまった。

完全にやり直しだ。


「ちょっと、自分一人で完結しないでくれる?」

「あー、悪い悪い。僕はあれだ、ドッペルゲンガーってやつだ」

「確か自分とそっくりの姿をした分身のようなものでしたっけ」

「そう、それで間違いない」

「さっきまでの全否定は何だったのよ」

「いやな、ドッペルゲンガーには他人に成り代われるっていう能力があるんだがな?」

「そういえばそういう話もありましたね」

「実はあれ結構難しくてさ、本物に成り代わる前には僕自身が本物になってなきゃいけねえんだ」

「私にはあなたがいまいち何を言っているのかわからないわ」


確かに文法がおかしかった気はするな。


「んー、説明が若干難しいんだよな。まあざっくり言うと成り代わる相手に完璧に擬態しないといけねえんだよ。容姿とか性格、思考回路とかもな」

「なるほど、そういうわけですか」

「え、私全然わからないんだけど」


わかってくれよ、これ以上うまいこと説明できる自信は僕にはねえぞ。


「つまるところあなたは、今の姿の方に成り代わる直前で心も体もその人そのものだったのでしょう?」

「そうそう、だから普通の人間だと思い込んでたわけだ」

「結局よくわからないけどそれ思い出しちゃってよかったの?」

「問題ない、全てが振出しに戻っただけだ。うん、大将熱燗もらえる?」

「割とダメそうね」


うるせえ、頑張ってきた作業がすべておじゃんになったんだ。

酒くらい飲んだっていいだろうさ。


「でも、うっかりですべて振出しにするなんてなかなか笑えることしてるわね」

「喧嘩売ってんのか口裂け女、やろうと思えばあんたの存在消して成り代わることもできるんだからな?」

「化け物から化け物に移って何が楽しいんですかね」

この小説は

一度成り代わりに失敗した相手には成り代われないので明日から別のターゲット探しが始まる主人公。

今度今日の三人組を見かけたら問答無用で鎌で殺しに行こうとたくらむ口裂け女。

ひとまず警察に引き渡した少女がちゃんと家に帰れているのか若干心配している不死者。

帰る気配のない客共にそろそろ店を閉めたいという意思をどう伝えようか迷っている店主。

の四人でお送りしました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 相変わらず予想を超えてくる面白さ。 最後の最後まで「普通の人間」だと思ってました。 あと告白少女が地味に気になる。 どうでもいいけど、おでんつまみにカムカムサワー飲みながら読んでました。ヒ…
2019/02/15 21:00 退会済み
管理
[良い点] 幽霊オチかな?と思ったら、まさかのドッペルゲンガーだったとは思いませんでした。 あと、焼きおにぎりが無性に食べたくなるお話。
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