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摩砕

 人が一人いなくなるだけでこんなにも寂しさは増すのだという事を再認識しながら、なんとなく暗くなった(ような気がする)舞姫の客席を眺めている。

 メンバーには就活を優先させるため一時的にハルをシフトから外した、と説明をしているが、あまり納得させられていないようだった。正直彼女がいないと来客が集中する時間帯は人手が足りなくなる状況になるのは否定できない。

 紆余曲折を経て、ここ舞姫において彼女の存在は大変大きいものになっていた。

 最初は本当に。本当に一目惚れの勧誘だった。

 なにもかも失い、失意の中唯一残っていた生きる動機にすがり生み出したこの店を始めるにあたり、スタッフの勧誘は必須だった時期。

 募集のビラ配布で人波に嗤われているような惨めさに挫けそうになった時、出会った。

 とくに目立つような特徴は無いものの、整った綺麗な顔立ちやバランスの良い健康的な肉付きの体。ショートカットの黒髪は清潔な印象を与える。雰囲気こそ少し暗そうに見えたが、落ち着いていると表現することも十分可能な範囲だ。

 スタッフとしての条件はもちろん、個人的に好ましい人物像の顕現かとすら思われた。

 あとのことは、ハル本人も語ることのできる事実だ。

 私の狂人じみた勧誘を承諾し、およそ六年の月日を二人三脚で歩んできた。

 だから、彼女がいない「舞姫」はなにか物足りない。

「てんちょー、ハルさんいないとやっぱキツイですよー」

 うちの中堅バイトちゃん(通称ナギ)は頼りなさげに小さくないため息をつく。

「バカ言ってないでテーブルメイクしなさいな。細かい準備をサボるから忙しいのよ」

 店内の雰囲気に普段の明るさが足りない分、全体の士気も下がっているのか。

 なんだかんだ、みんなに慕われるほど頼もしくなっていたんだ。彼女は。

 だからこそ、軽率に彼女を呼び戻すことはしちゃいけないと思った。

 ようやく選び始めた自分の道。今後の人生を左右する苦難の第一波。それを乗り越えるためのヒントになり得る可能性を提供できる悠にあの子を託した。彼女には自分の答えを出してもらいたい。自分についてうんざりするほど悩んでほしい。そして、世の中には想像以上にいろんな人がいるのだと知ってほしい。

 一般的な価値観とズレた悠が、どこまでハルの刺激になれるのかはわからない。

 でも、きっと。私の直感は、よく当たるから。

「いらっしゃいませー」

 ティータイムのピークを過ぎて店内がすき始めた夕暮れ時、ナギの声にふと顔を上げた途端、大きな違和感に襲われた。

 店の入り口に立ち、しかめっ面で店内を見渡す一人の女性だった。

 彼女を見た瞬間、背筋が凍った。

 少しキツい印象を与える細めた目。姿勢の良い立ち姿が無駄のないスマートな体躯を引き立たせている。小柄ではない。体格は私とそう変わらないだろう。全身から遊びのない雰囲気が伝わってくる。ゆるふわ系のウェーブがかったセミロングが小さく揺れる。本来与えるであろう物腰の柔らかさは完全にその存在を喪失していた。

 対応に向かったはずのナギが、早くも気圧されて助力を求めるかのように私を見た。

 私は、戦慄を覚えながらもその顔立ちに見覚えがあることに気付く。

 確かに怖い。正直ヤのつくやべー界隈の姐御なのではないかと思うほどだ。

 けれどよく見てみれば、顔立ちは整っている。美しいとすら言える。眉もくっきりとしていて小さくて高めの鼻に薄桃色の唇。化粧が薄いのに綺麗な肌。

 ハルだ。

 とすれば彼女が誰であるかはもはや語るまでもない。

 そこでまた一つ疑問が生まれる。

 なぜこのタイミングで彼女がここに来たのか。皆目見当もつかない。

 ようやく思考が逃避に似た考察から帰還する。同時にナギを奥に逃がして、突っ立っていた彼女をカウンターへ案内する。

 腰を下ろしながらブレンド、と呟いたのを聞き逃さずオーダーを拾う。直感的にこの人に対してミスを犯すと取り返しがつかないような気がしていたからこそ聞き漏らさなかった。なんなのこの人。

 しかも彼女は来店してからというものそわそわした様子を隠せず、店内をチラチラ見渡しては小さく息を吐くことを数分おきに繰り返している。怪しい。いや、その挙動が何を目的としたものなのかは明確なのだけれど、はたから見れば他の客をじろじろ見ているあからさまに変な人だ。

 別に無視していてもいいとは思ったけれども、後々面倒なことになりような予感がしたのを理由に彼女との会話に踏み切る。もちろん、会話しても起こりうる面倒ごとは極力回避を目指すのだけれど。

「どなたかと、待ち合わせですか?」

 初見の相手は一応言葉を選ぶ。言葉遣いや口調でクレームになるとお互いに胸糞悪いし。

 彼女は予想通り警戒心むき出しの視線で首を横に振る。そりゃそうだ。ハルはここにはいない。ここ二週間は週四でずっと悠の(書類上)アシスタントとして同行してもらっているからだ。

 彼曰く三日目にはすっかり慣れて、撮影以外はほぼ任せられるようになったそうな。

 さすがハル。何をやらせても上手くやる。私の目に狂いはない。

 閑話休題。

「スタッフが何か粗相を?」

 これも同様、首が横に動く。さっきよりなんとなく反応が悪い。攻め過ぎたか?

 詮索するような様子を気取られないよう、一度会話をやめる。

 しばらく様子を見ていると、小さくあくびをしたりコーヒーを口にしたり、体を伸ばしたりと普通にくつろぎ始めた。同時に店内を見回すのもやめていた。

 バレたわけではなさそうだ。というより、これはもしや――

「実は、私の娘がこちらでお世話になっているはずでして……ちょっと様子を見に」

 その時、私が「えっ」と口にしなかったことを褒めて!

 完全に油断して、正面でティーカップを拭いていた時、不意に彼女の方から声をかけてきたのだから。首を振るだけの態度に何か後ろめたさでもあったのかしら。

 そうでなければ十数分前の問いの答えで会話を仕掛けてくるはずがない。

 親子そろって真面目というか律儀というか、疲れないのか君たちは。

「あの子、今年度に入ってからテンションの浮き沈みが激しいんです。何かあったのかと心配でダメだと言われていたのですがつい来てしまいました」

 原因は目の前におりますが。とは口が裂けても言えない。

 どう相槌を打っていくか考えていると、彼女はなにやら語り始めた。頼んでないんだけど。

「昔から素直でなんでも一生懸命で、なんでも普通の域でこなせる。可愛い子なんですよ。優秀だからこそ手のかかる上の子たちと違って、たくさん手伝いたくなる。たくさん応援したくなるんです」

 胸の奥で、ジリジリと焼けつくような、加熱してゆくような感覚を得る。

 私は、その子煩悩を聞きたくない。

「先ほど、来るなと言われてたけど来たとおっしゃっていましたが、大丈夫ですよ。ここしばらくは別の仕事をしてもらっていますので、この店には顔を出すことはまず無いはずです」

 彼女の目つきが険しくなる。

 迂闊な発言を後悔した。今のは完全に地雷を踏んだ。

「それは契約外の労働ではないでしょうか」

「もちろん、本人には意思確認をして、本人に作業の選択をしてもらった結果です。金銭的な面についてもこの店の関連業務としていますので、報酬も別途支給しています」

 やはり、そういう部分をかなり細かく気にする人物だったようだ。もうすでにめんどくさくてかなわない。まぁあの話題を延々と聞かされるより遥かにマシだけど。

 すると彼女は、実際に何をさせているのかと聞いてきたけれど、これに関しては私も本当に詳しくは知らない。業務アシスタントと聞いている旨を伝えると、彼女は途端に牙をむいた(もともとむき出しだったけど)。

 曰く、雇用主が被雇用者の業務内容を把握していないのは大きな問題ではないのか。そもそもそのアシスタント作業について契約内容の更新の書類を交わしているのか。給与さえ支払えば問題ない、というような認識で終わっているのではないか。などなど。

 急に始まった彼女のヒステリックな声量が店内の他のお客さんの眉間にしわを寄せさせる。

 元々その配慮を失敗した私が原因とはいえ、これでは完全に店の雰囲気に影響が出てしまう。止めなくてはならない。

 彼女の想いの片鱗と、娘が絡む話に対する過剰な反応を見て、私はようやくハルが貯め続けてきた不快感と不満、怒り、呆れ、失望、自立心というもののほんの一部を理解できたように思う。

 さて、どうやってこの拡声器(ははおや)を止めようかと思った時、彼女に対して一つ確信を持った。

 この人は、言葉と価値観が同期していない。

 娘が可愛いと言いながら、娘の心配をしていない。あるいは二の次になっている。

 どこかで優先順位が崩れたのか。

 どのみち今のこの人がハルにとって害悪であることに違いはなさそうだし、この人にとってもハルからそう思われるのは不本意だろうし、この歪さにはケジメをつけさせなければならないはず。私子供いないから本当のところよくわからないけど。

 でも、言えるのはきっと私だけだろうと直感的に思った。

 やってやる。

 私がどうしても手に入らなかったものを持ちながら、それ共々笑顔でいられないのは耐えられない。

 いまだにぐちぐちとわけのわからない文句を垂れ流し続ける彼女が私の視線に気付き、刹那の睨み合いを経て彼女が先に目をそらした。

「子供を心配する気持ちはなんとなくわかります。でも、それは誰のための心配ですか」

「春奈のために決まっているでしょう! 馬鹿にしているの!?」

 カウンターを叩きつける音が響く。

 奥のテーブルにいた常連の山路さんがギョッとした様子で一瞬こちらを見るのが視界の端でわかったけれど、彼は笑顔で頷くなり新聞紙に視線を戻した。

 幸か不幸か(業務的には百パーセント不幸)、他にお客さんはいなくなっていた。後顧の憂いは無い。

「あの子の何を心配しているの。私にはそれが欠片も想像できないのだけれど」

 怒鳴り返さないよう、カウンターの下で拳を握って必死に声を抑える。ここで私まで感情に任せてしまえば、誰のためにもならない。この人のためにならない。

 私の言葉にひるんだように見える。図星か、本当に自分でもはっきりしていなかったのか。すぐに答えられない自分に驚いているようだ。あるいは気付いてショックを受けているのかもしれない。わずかに唇がきつく閉まったか。

「ハルを心配する自分に満足していたんじゃないですか? 言わなくてもわかってくれるなんて親の甘えを押し付けていたんじゃないんですか?」

 先ほどまでの勢いはどこに行ったのか。

 みるみる小さくすぼむ彼女の肩が、私の指摘を肯定していた。その様に私を息をのむ。

 さすが、ハルの母親だ。このわずかな言葉でどこまでも理解が進む。むしろハル以上にあれこれ思考が組み立てられているように見える。

 そうでなければ、この弱い者いじめでもしているような構図にはならない。

 仁王立ちする私の前に、カウンタ―越しに項垂れる女性。

「春奈は……」

 か細い声で愛娘の名前を紡ぐ。

「春奈は、三人目でようやく生まれた娘なの……年齢もあって、本当に死ぬ思いで産んだの……絶対に立派に育てるんだって、決めて――」

 以前、ハルは兄が二人いると言っていた。自分は三人目にして長女だと。

 男の子を二人育ててきたこの人からすれば、息子だけでなく娘も欲しかったのかもしれない。

 息子とでは叶わない、母娘で出かけたり買い物したりそういうふれあいを夢見ていたのかもしれない。その理想を、熱意を教育に注ぎ、集大成として今のハルがあるのかもしれない。

『立派に育てる』という点に関していうのであれば、すでに彼女はその願いに十分過ぎるくらい応えられているはずだ。

 明るく、優しく、よく笑い、よく学び、よく反省し、自分で進もうとし始めた。

 自立は年齢を重ねれば自然と出来るようなものじゃない。

 自分の頭と心で考えて、両親や教えを乞うてきた人たちを追い越して、自分で決める意思が育って初めてできるものだ。

 ハルはその領域に到達し、ようやく自分の足で歩き始め、迷い始めた。

 その喜ぶべき成長に気付いてあげられていない。

 その機会が三度目にしてなお、気付いてあげられていない。

 あるいは愛しているからこそ、か。

「子供を舐め過ぎてませんか。子供たちは私たちが思うよりもずっと賢くて、ずっとたくましくて、強いと思います。すでにお二人育てている貴女は、すでに知っているはず」

 私が子供を通して得られなかった経験は、この舞姫で共に働いてきた子たちを通して十二分に得られた。なにものにも代えがたいその経験を、今こそ還す。

「失敗できないのよ! あの子が立派になってくれるまで私は、あの子を――」

 恐れを振り払うかのように首を振って吼えた彼女の肩をそっと抑える。

 これ以上、人を責めるような言動は私の性分じゃない。

「ハルが貴女から離れたように、貴女もハルを見送らないと。大切に想うのは本当に理解できる。でも、きっとその時が来たのよ」

 私の言葉にすくむ姿は、本当にハルを見ているような錯覚を得る。

 不器用な人なんだろう。

 自分の想いを露骨に出すのは好きじゃないけど、それでも伝えたくて頑張り過ぎてしまう。その想いが、空回る。

「子育ては仕事じゃないの。一緒に生きていくこと。一人で歩いていくことができるように導くことだと思うの」

 これはあくまで私の持論。

 まっとうな子育てを実現することが叶わなかった私の得た答え。

 産声をあげさせてあげられなかった母としての私の願い。

 目の前の母親は、目を見開いて私を凝視している。

 スッと体の力が抜けたように浮きかけていた彼女の腰が椅子に戻る。わずかに肩が震えているように思える。

 私の想いは、どうやら少しは伝えられたようだ。

「息子たちの時は、こんなこと無くて。夫にも、似たような言葉で何度か諭されてはいたのだけれど、どうしても心配で……」

 子供を思うのは親なら自然なことかもしれない。でも、人を育てるという事は簡単なことじゃない。誰が請け負おうと、並々ならぬパワーが必要だろう。

 日々の食事や身の回りの世話、社会や学問についての学習など。例を挙げればきりがない。

 自分の生活の大半を注いで、十数年を駆け抜ける。

 心血注いで育ててきた愛する我が子の行く末が心配になるのも必然でしょう。

 だから、彼女の過保護さも露骨な否定はしないしできない。個人で見れば。

 私はハルが足を止めなくていいように、征く道を拓く。

「十分過ぎるほど、ハルは立派な子ですよ。ご家族と比べれば、たった六年ほどですが私もあの子を見てきました。あの子を見ればわかります。貴女の努力が。貴女の愛が」

 舞姫のフロアは、一転して穏やかな静寂に包まれていた。

 屋外からかすかに近所の子供たちの遊ぶ声が届く。

 彼女の肩に置いた手は、すでに彼女の震えを感じてはいない。

 長い、沈黙。

 夢のような邂逅。

「私は、やり遂げたのかしら」

 沈黙に染み入るように、濁りを吐き出すように深く長く息を吐いた。

「まだまだ、これからじゃない!」

 そう。

 ようやく親の手を放すんだ。

 一人で歩き始めた我が子を、これからは遠く見守るのだろう。

 先ほどの彼女の言葉にまだ不安の色が残っていたのは、きっとこれまでに生まれた娘との心の距離が心残りだからかもしれない。

 それこそ本人たちの問題だろう。

 時間が解決してくれるのを待つも良し。

 意を決して歩み寄るのも良し。

 きっと意地っ張りなこの母娘はまだまだしばらくはぶつかり合うだろうけれど、そのうち二人でウィンドウショッピングでもするくらいには……いや、ならないか。想像もつかない。実現しても神社やお寺巡りとかだろう。渋い旅が似合いそうだ。

「ゆっくりでいいのよ。少しずつ変わっていけばね」

 言いながら、冷めてしまったコーヒーを淹れたてに差し替える。

 すかさず一口飲んだ彼女は今日一番の微笑みを浮かべた。

「美味しい」



 しばらく自分の思考のクールダウンも兼ねて彼女から離れていた。

 裏の事務室でナギをはじめ、今日のホールのメンバーに様子を見てもらっていたところ、来店時とは別人だと誰もが口を揃えて報告してくれた。

 どうやら少しはあの人の力になれたようだ。柄にもなく出しゃばった甲斐もある。

 私も落ち着いてきたところで腰を上げ再度ホールへ出る。

 カウンタ―に入る前に、(まだいた)山路さんに騒がせたお詫びに行くと、彼は笑顔で私を迎えた。

「むしろ嬉しく思ったくらいだよ。聞こえてきた感じ子育ての話題で心配したけど……舞ちゃん、強くなったね」

 彼の低く響く声が、いつになく心地よく思えた。目頭がぐっと熱くなる。

 亡くすばかりだった私の過去を、昔から近所に住んでいた山路さんは知っている。

 小さく、生れ落ちることすら叶わなかった私の希望を。

 優しく、護り支えてくれた最愛の人を。

 失い、壊れた私を知っている。

「ありがとう」

 彼はニカッと笑んでカウンターへ視線をやる。行け、と目が言った。

 私は深く一礼して、目元を誤魔化すように大きなあくびのふりをしながらカウンターに入る。ちょっとニヤニヤしていたナギの様子から察するに誤魔化せなかったようだ。

「息子たちがあまりにもスムーズに巣立っていったものだから、基準が狂っていたみたい。自分でも把握できていない基準を春奈に押し付けて、私こそあの子に甘えていた」

 私が正面に立ち、来店時のようにカップを拭き始めた頃、彼女は朧気に語り始めた。

 彼女を諭した責任もある。それに、少し前まで胸につかえていた不快感も今は無い。

 私は彼女の言葉に耳を傾けた。

「本当はね、最初からあの子の成績や進路には何も落ち度はなかったの。完璧ではなかったけれど、あの子の頭の良さは学問的な部分じゃないって感じてたし」

 確かに、来店時とは別人に見えてきた。誰だこの人。ずいぶんと口調も砕けてきた。

 また一口含んだかと思えば、今度は苦い笑みを向けてきた。

「何人目でも難しいわね。人を育てるっていうのは」

 そう言って最後までカップの中身を飲み干すと席を立つ。

 手際よくお会計をさせていただき、彼女を見送る。

 雰囲気はほぐれ、口調も彼女本来の性格なのかずいぶんと砕けてはいたものの、佇まいはやはり凛としていて美しい。

 扉に手をかけようとした矢先、彼女がふと振り返る。

「すっかり忘れてた。私、望月(もちづき)(あかね)よ」

 真面目というか、律儀な人だ。名乗る彼女の瞳には第一印象と同様強い力を感じる。

 ああなるほど。やっぱり姐さん気質があるのかもしれない。

「ここ『舞姫』のオーナーの花園(はなぞの)です」

 テーブルやカウンターに置いている店の名刺ではなく、私個人の名刺を渡す。

 一目見てニッと笑んだ茜さんは大きく頷いた。

「私きっと、私の過ちを指摘してくれる誰かを待っていたのかもしれない。舞さん、会えてよかったわ。春奈をよろしく」

 私の答えを待たず、彼女は言いたいことを言い放って去っていった。

 照れくさかったのかもしれない。

 今日の舞姫に訪れた雪雲は、ハリケーンに化けて吹き抜けたのだった。

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