96話 閑話 ブラッドスコール ~大鋏のバレンティナと隻腕のスプリウス~
今、17歳の美女が磔にされ、複数の執行人から槍で突かれヴァルハラに旅立とうとしている。
女性の名は『バレンティナ』、両方の"こめかみに3㎝ほどの角"がある以外はごく普通の女性である。
バレンティナは物心ついた時から"角"のせいで周囲の者から差別され理由もなく敬遠されていた。
それでもバレンティナには優しくバレンティナを迎えてくれる両親がおり心は汚れず雪のように真っ白であった。
だが、バレンティナが15歳の誕生日を迎えた日、悲劇が起こる。
当時、村では【体のそこかしこに"白いカビのような斑点"が現れ5日後にはほぼ80%の確率でヴァルハラに旅立つ伝染病】が流行していた。
その伝染病の原因は"鬼の仕業"であるという愚かな考えに取り憑いた村人達はバレンティナの家を強襲すると目の前で両親を袋叩きにしヴァルハラに送りバレンティナを押さえつけ凌辱した。
そんな惨い仕打ちを受けてもバレンティナは村人を恨まず清い心を保ち続けていた。
しかし"集団で行動すれば卑しい行為も許される"という身勝手な村人達による凌辱行為は続き、少しづつバレンティナの心は赤く染まっていく。
そして2週間前、バレンティナは世界の真実に辿り着いた。
『私が我慢し清く生き村人達の卑しい行為を許していれば……』
『いつかは村人達も己の行動が如何におぞましく卑劣な行為であり、人として行ってはならない行為であると気付いてくれると思っていた……』
『……しかし現実は違っていた……奴らは反省をしない……』
『そもそも良心を持たない……ただの獣……』
『……獣に人の気持ちなど分かるはずがなかったのだ……ならば……』
真実に辿り着いたバレンティナは肉の解体時に使用する刃が30㎝はある筋引き包丁を両手に持つと自分を凌辱した村の男共に襲いかかりヴァルハラに送っていく。
バレンティナは男共をヴァルハラに送り終わると男共の暴挙を見て見ぬふりをした村人達をヴァルハラに送り始めた。
バレンティナにとって"暴挙を行った者"と"暴挙を止めなかった者"は同等の悪であった。
3時間後……バレンティナは自分より年齢が低い子供達を除く全ての村人をヴァルハラに送っていた。
駆けつけた保安官によると【村は赤く染まり鉄が錆びた臭いで溢れかえり、バレンティナの両親の墓前には数百の頭部が並べられていた】とのことだった。
薄れていく意識の中でバレンティナは過酷な運命を背負わした世界に向け"怒りの炎"を燃えがらせていた。
"……バレンティナ……生きたいか……"
バレンティナの脳内に直接言葉が流れてくる。
"……私は悪くない……獣を駆逐しただけ……生きたい…生きたい…生きたい…"
バレンティナは脳内の言葉の主に向かって"生きたい"と切望する。
"……分かった…その望み叶えよう…我が名は『ロラン・フォン・スタイナー』…"
"代償として我の要求に誓約をたてよ……"
バレンティナはロランが要求する"3つの事項"に誓いを立てる。
その瞬間、轟音と共に空間が裂け、裂けた空間からドラゴンの腕が現れる。
ドラゴンの腕は保安官や執行人、刑の執行を見物に来た野次馬が見つめる前で、磔ごとバレンティナを掴むとそのまま空間の裂け目に連れ去った。
2日後……バレンティナはこれまで経験したことがない"ふっくらしたベッドと枕"の感触に包まれ、甘く清涼な花の香りで目が覚めた。
ベッドの上で上半身を起こしたバレンティナは右手側に黒髪の温和な顔をした少年と神経質そうな男の姿を見た。
"…やぁ……バレンティナ…私が『ロラン・フォン・スタイナー』だ…"
"…横の者は『ロベルト・バイン・アンガスタ』……君の上官だ……"
"……それとバレンティナ…君に最適な武器を与えよう…"
"さらに"テレパス・語学習得"の能力と回復魔術を付与する……"
ロランはバレンティナにテレパスで会話を行うと160cmという巨大なミスリル製の鋏を渡し『理力眼』により"テレパスと語学習得能力及び回復魔術"を提供した。
後に"大鋏のバレンティナ"と呼ばれ恐れられアリーチェを襲う輩をミスリル製の巨大鋏で切り刻みヴァルハラ送りにするブラッドスコールメンバーが誕生した瞬間であった。
「ロベルト……バレンティナを頼んだよ……」
ロランはロベルトに後を任せると部屋を後にした。
しばらくするとロベルトがバレンティナに話しかけてきた。
「バレンティナだったな……私の言葉が理解できるか……できるなら頷くように……」
バレンティナは素直に頷く。
「"我が君"の道楽にも困ったものだ……貴様が私の部下とは……」
「よく聞け……バレンティナ……貴様の任務はアリーチェ様の護衛だ……」
「貴様ともう一人スプリウスという男は"我が君"が異世界から連れてきた…分かるか……」
バレンティナは状況を理解できず、困惑した表情をロベルトに見せる。
「はぁ……簡単に言うとこの世界は貴様のいた世界とは異なる世界という事だ……」
「貴様には強くなってもらう……強くなるかヴァルハラかだ……」
ロベルトはバレンティナに最低限の情報を与え現状を理解させると明日9時に訓練場に集合することを告げ部屋を後にするのだった。
翌日、バレンティナが訓練場を訪れると既にロベルトと片腕の男が真剣で訓練を行っていた。
「…どうした…スプリウス…左手一本の攻撃はそんなものか…」
とロベルトがスプリウスを挑発する。
このスプリウスもロランが異世界から連れてきた者であり、ロランが筋電位で動く義手を進めても自分への戒めとして頑なに固辞した強者であった。
「髪鞭!……」
スプリウスの髪は地面を這うまで伸びると"より合い"自在に動く髪の毛の鞭が複数出来上がる。
「…貴様は手品師か…」
ロベルトが再度スプリウスを挑発した瞬間、複数の髪の鞭がロベルトに襲いかかる。
同時にスプリウスもロベルトの懐に飛び込み大刀を振り回し連続攻撃を加える。
ロベルトとスプリウスの仕合を見ているバレンティナは涎を垂らし気色の悪い笑い声をあげる。
「キッキキキ……ウヒヒヒ……化物同士が戦っている……実に滑稽だ……」
ブラッドスコール……『血の豪雨』という名に相応しく、過去の壮絶な経験や魔力の影響により精神の一部が崩壊した者達が……
"狂気と圧倒的な力"でアリーチェを守る為だけに創設された"命を狩る"部隊が産声を上げた……
『白き魂も赤く染まり……赤き魂も白く染まる……不変なものなど何もない……』
『善や悪にとらわれず……我は美しき魂に手を差し伸べる……』
『例え世界が滅亡しようとも……』