95話 天空の黒き城『ブラックビショップ』(1) ~ラプラスの眠れる乙女~
腐敗の神殿【バンシュロイア】を後にしたロランは一行を連れ、メッサッリア共和国大使館によらずに繋門を使用し邸へ戻った。
「……龍神さま……その……」
ルミールの困惑した表情を見て全てを察したロランはリビングに集まっていた皆に対し短かめに自分の想いを告げる。
「……心配しないでいい……僕は絶対にシステムを発動させない……」
ロランの言葉を聞いたルミール、ブリジットにミネルバらは心から安堵の表情を浮かべた。
ロランは皆の安堵の表情を見て想う。
『……苦楽を共にした皆を消滅させるなんてあり得ない……あり得るわけがない……』
すると帯刀してる"雷鳴朱雀"がテレパスでロランに語りかけてきた。
"……主殿……のんびりしていて宜しいのか……"
ロランは"雷鳴朱雀"を床に打ち付けるとジェルドの代わりに執事となったモシリに命じる。
「モシリ……30分後、皆を庭園テラスに集めてほしい……」
「はっ、畏まりました……」
モシリはツュマが族長であるアペシキテ《火の牙》一族の猛者であり伯爵となったジェルドに代わり執事を務め、邸を保安する保安部の隊長を務めている。
庭園テラスに皆が集まった事を確認するとロランは腐敗の神殿【バンシュロイア】の出来事を伝えた。
続いて"スタイナーシステム"を発動させない為、是が非でも残り2つのサブコードを手中に収めなければならない事を力説する。
未だ自体の深刻さを飲み込めていない者がいると察した『ルディス・フォン・グラント』はわざとロランに愚鈍な質問をする。
「ロラン様……別の何者かがスタイナーシステムを発動させた場合、この世界と我らは一体どうなりますか……」
「今の世界と我々は完全に消滅する……」
「存在そのもの……魂の輪廻循環も消滅する…完全に無に帰すのだ……」
ロランとルディスのやり取りでいかに自体が深刻であるかを全員が再認識する。
「……親愛なる臣下諸君……第一級優先事項である世界に散らばる古代遺跡の情報を収集せよ……」
ロランからの第一級優先任務を実行する為、ジェルドは歩兵部隊RedMaceを急ぎ西クリシュナ共和国から帰還させ王国内での情報収集にあたらせた。
一方、ツュマは山岳警備隊をエルドーラ山脈に広く展開させ山岳部族に聞き取り調査を行わせると共にフォルテア王国と西クリシュナ共和国の国境検問所で情報収集を図る。
リプシフターはというとホワイトヴィル湖、ニーマン川、セレネー川、エポーネ川<本流>の水中で古代遺跡の痕跡を調査する。
さらにルディスは配下の諜報・工作に特化したSilentSpecterの諜報員達に第一級優先事項として古代遺跡について情報収集を行わせた。
加えてレイチェルは静止軌道に位置する分解能5㎝の光学衛星【ミュー】やレーダー衛星【オメガ】、熱源を探知するマイクロ波衛星【オミクロン】を使用し古代遺跡の捜索を行う。
ロランは腐敗の神殿【バンシュロイア】帰還から3日後急遽『黎明会議』を開催する。
急遽ではあったがロランのテレパスから伝わる並々ならぬ強い意思を感じた【メッサッリア共和国『ジグムンド大統領』『アルベルト国防相』】、【トロイト連邦共和国『アガルド最高評議会議長』『ブラウリオ最高評議会副議長』】、【リンデンス帝国『ラグナル皇帝』】や【商会連合の『クレイグ』『フェリックス』『ニコラス』】達が集合した。
ロランは黎明会議の場で腐敗の神殿【バンシュロイア】の出来事を伝え、最低でも残り2つのサブコードを手中に収める必要がある事を語った。
メッサッリア共和国『ジグムンド・シュミッツ大統領』はロランの話を聞き終わると徐に話を切り出した。
「……我が国は非公式に貴公に協力することを御約束しよう……」
「……我が国の領土・領空・領海内を貴公のエージェン達が自由に調査を行えるよう外交特権を与える……そこまでである……」
『ジグムンド・シュミッツ』は10年に一度開催される大統領選挙中であり大々的に軍や諜報員を動かす事ができない状況である事は分かっていた。
『世界が消滅し我々の存在も無に帰す危機に直面しても……なお目先の選挙なのか……』
『……100億の人の想いに目を背け……この世界を存続させる選択をした事は正しかったのか……』
という思いから『ジグムンド』に対する怒りがこみ上げてくるロランであった。
「……我が国は公式にロラン君に協力するとしよう……」
意外にもロランに助け舟を出した者はトロイト連邦共和国最高評議会議長『アガルド・ジャコメッティ』であった。
「……選挙中で忙しのであろう……早々に国に戻らんか……ジグムンドよ…」
「……そうさせてもらおう……これは貸しにはならんぞ……アガルドよ……」
と言うと『ジグムンド・シュミッツ』は赤き剣ごと『アルベルト・スペンサー』を引き連れ会場を後にした。
「……ロラン公……我が国は情報保安局を使用しパルム公国とプロストライン帝国を調査しよう……」
『アガルド・ジャコメッティ最高評議会議長には大きな借りができてしまった……』
と考えるロランであったがプロストライン帝国の情報は魅力があり協力の申し出に感謝する。
「……感謝いたします…アガルド・ジャコメッティ最高評議会議長……」
やや出遅れてしまったがリンデンス帝国『ラグナル・デ・リンデンス』も協力する事を約束する。
「……ロラン……本当に辛い選択であったな…我が帝国は勿論、全面的に協力をするぞ…」
「感謝申し上げます……陛下……」
ロランはリンデンス帝国帝国議会副議長でありラグナルとは気心の知れた仲である事からラグナルの対応は予想していたが実に嬉しかった。
さらにロランは裏社会に精通しているバロア商会の『ニコラス・ブルナー』や世界を股にかけるヘスティア商会『クレイグ・コンラート』とメリクス商会『フェリックス・ライシャワー』にも古代遺跡に関する情報収集を要請し会議を閉幕させた。
ロランは王宮において国土交通相として執務を終えると御者を務めていたトイを自分に変装させ中庭のベンチに腰かけるよう指示し周囲の視線を釘付けにさせ、自身はトイに変装し御者が集まる集会場前のベンチに腰掛け考えを整理していた。
心労からかベンチに腰かけているとロランは空を見上げながら寝てしまっていた。
暖かい木漏れ日の中、『理力眼』と『探知』の能力が敵意の無い女性が近づいてくる事を感知していた。
感知はしたものの敵意は無いため放置しておくと女性はベンチに腰かけるロランの後ろに行くと抱え込むようにロランを抱きしめた。
「……ロラン……どうしたの変装なんかして……」
『エミリアは変装を見抜くスキルは持っていない…この変装はクリスフォードやブリジット、レイチェルが作り出した最新技術だ…能力者でも変装を見抜くことは困難なはず』
と思いエミリアにその思いを伝える。
「エミリアはどうして……変装しているのに……僕だってわかったの……」
「どんなに姿や形が変ろうと私がロランの事……分からない訳ないでしょ……」
エミリアの言葉を聞いたロランの両方の瞳より涙が止めどなく溢れた。
『エミリアは心の目で変装した僕を突き止めた……』
『僕の運命の女性はエミリアだ……確信した……確信したぞ……』
時を同じくし『予知の間』ではロッキングチェアに腰かえていた『アリーチェ・デ・クロエ』が心にしまい込んで置くことができなかった想いを口にしていた。
「今は目をつむりましょう……私とロラン様が過ごす時の流れからすれば数十年など瞬きをするが如くの束の間……貴方にほんの少しだけロラン様を預けましょう……」
ロランを抱きしめるエミリアがロランの耳元でささやいた。
「……私達まるでおとぎ話の"黒騎士と姫"みたいね……」
「……エミリア……その"黒騎士と姫"のおとぎ話教えてくれないかな……」
「……ロランでも知らない事があるのね…昔々天空に浮かぶ黒い城の主である黒騎士が……」
ロランはエミリアの"黒騎士と姫"のおとぎ話を聞きながら空を見上げると北緯48度53分44秒、東経2度25分5秒の1,000㎞上空に幅150m、高さ80mの黒い城らしき構造物が飛行している事を【理力眼】が感知した。
ロランは直ぐにテレパスでレイチェルとオムに北緯48度53分44秒、東経2度25分5秒の1,000㎞上空を飛行する構造物の調査と追尾を行うよう指示を出す。
エミリアの話が終わるとロランは立ち上がり振り向、エミリアの両肩を両手でそっと掴んだ。
「……エミリア……絶対に君を消滅させたりさせない……守り抜くよ……」
と言うと茫然とするエミリアをその場に残し繋門で空間を引き裂き邸へ戻った。
「ルミール、バルトス、マルコ、クロス、フェネク、レイチェル……」
「次の調査は……天空の黒き城だ……早速、打ち合わせを行おう……」
ロランはエミリアを守り抜くため、あらゆる手段を使用しサブコードを取得すると狂気に近い強い信念の仮面を心に被せるのだった……