94話 腐敗の神殿『バンシュロイア』(3) ~スタイナー計画の真実~
「公爵…これはあまりにも…凄惨な光景ではないか…」
神殿を見たクリスフォードは皆が思った事を代表して口にする。
クリスフォードが凄惨な光景と述べた神殿の壁には、顔や体の一部が壁にめり込み一体化した状態で石化した者が目視で数百体確認できたからである。
「レイチェル…"理力眼"で見ると時空の歪みを確認できる…神殿近傍おける"空間の安定度"を測定してくれないか…」
「畏まりました…少々お待ちください…」
レイチェルは返事を終えるとダイヤモンドの3倍の硬度を持つ【カーバイン】製スーツに埋め込まれた数万を超える超微細センサーを使用し空間を測定し始めた。
超微細センサー群で測定した情報は額のバイオコンピュータに集められ数値解析した結果をロランに報告する。
「ロラン様…神殿に使用されている花崗岩における原子の遷移周波数は通常と異なります…」
「…という事は…何らかの高エネルギーを用いた実験が行われたという事だよね…」
「その通りです…さらに神殿の地下には高性能の大型ハドロン衝突型加速器が存在する確率が高いです…」
『光速に近い速度で陽子を衝突させ小型ブラックホールを生成したが、制御に失敗し時空が歪曲した結果がこれなのか…』
ロランはレイチェルに謝意を述べると古文書で神殿を発見したピロメラに神殿の構造について尋ねた。
「ピロメラ…古文書には神殿の最も重要な部屋の位置は記されていたかな…」
「はい…古文書には"始まりに繋がる道"という部屋が神殿の最奥に存在すると記されております…」
ロランはオムから取得していた"千里眼の能力"で神殿内を確認しようとするのだが"千里眼"を発動しても神殿内を見る事ができなかった。
『はぁ…この神殿もESP遮断装置が設置されているのか…』
ロランは魔法鞄から50基の"蛇型偵察用魔道カメラ"を取り出し神殿の中に入れ神殿内を探索する。
蛇型偵察用魔道カメラは、魔力をミリ二ウム製の魔力導線を通じて流し込む使用であり外骨格のミスリルはESP遮断装置の干渉を防止すると共に防水構造とし行動を確保できる機構としている。
ESP遮断装置は電気を使用するため磁場が発生する。
もちろん敵に察知されないよう磁場を遮蔽する構造としているが経年劣化により遮蔽材の効力が弱まりわずかだが磁気が流出している。
蛇型偵察用魔道カメラのヘッドに強磁性体の金属を取付ける事で磁気が存在する方向に向かう仕組みであり、ESP遮断装置に接触した時点で自爆しブリジットの溶解液を数十倍に強化した溶解液で回路を溶かし破壊する仕様であった。
1時間後、50基の蛇型偵察用魔道カメラからの反応が無くなり"千里眼の能力"で神殿の中を確認したロランは一同を連れ神殿内を進んでいく。
ロラン達が神殿内に入ると人感センサーが作動し神殿内に設置された照明がつきライト無しでも歩ける状態となる。
もちろん、ロランやアルジュ、ピロメラは暗視能力があり、レイチェル、クリスフォード、スティオンは暗視ゴーグルを所有していたので別段照明の必要は無かった。
神殿内はゾンビの肉に加え密林の植物や昆虫の腐乱した臭いで満ちており強烈に臭かった。
暫く進むとロラン達の目前の通路に液体が広がっていた。
「ダーリン!…この液体は…人よね…」
「そうだよアルジュ…この液体は紛れもなく人だ…脳も血管も内臓も全てが透明になっているが紛れもなく人だよ…しかも生存している…それにテロメア再生が施されている…」
ロランとアルジュの話を聞いた一同は吐き気を催していた。
するとレイチェルが液体に向かって小型固体赤外線レーザー銃を構えた。
この液体人間は【テロメア再生】が施されておりこのままの状態で不死となっている。
レイチェルは望まずに液体人間にされた人々を苦痛から開放しようとしていたのだ。
「レイチェル…君がその役目をする必要は無い…僕が代わりに行う…」
そう言うとロランはレイチェルの小型固体赤外線レーザー銃を左手でつかみ"もも"の位置までさげると振り返った。
ロランが液体人間に向かって火属性魔法最上魔法の【ムスパルムヘイム】を放つ構えをした時、スティオンがロランの前に立ちはだかる。
「ロラン閣下…その役目は私が行います…せめて痛みを感じずにヴァルハラに送ってあげたいのです…閣下は光属性魔法でこの者達に安らぎをお与えください…」
「…分かった…辛い役目をさせる…すまない…スティオン…」
スティオンはかけていた眼鏡を外し両手を液体人間へと向けると風属性魔法・水属性魔法・混成分解魔法を同時に使用する。
「…限りない絶対零度…」
スティオンの魔法により液体人間は―250℃で一瞬にして氷結した。
絶対零度は‐273.15℃であり分子の運動がゼロとなることから絶対零度以下の温度には下がらない。
スティオンは絶対零度に近い-250℃の気流を魔法により作り出し攻撃に転用したのだった。
その後も、ロラン達は神殿内部でタンクの中に入った体と比較し異常に頭部の大きい人間や胴体が異常に長い人間のミイラを嫌というほど発見していく。
"始まりに繋がる道"と名付けられた部屋に近づくとゾンビ達が多数出てきた。
ゾンビ達の数は多いものの腐敗が激しく腕や足を堕としながらの攻撃であるため容易に対策が取れた。
「公爵…ここは私に任せてくれ…こういう大勢の敵が相手こそ我が魔法が最大の効果を上げられる…」
クリスフォードはロランに進言すると十八番の火属性魔法を発動する。
「千火炎蛇…」
火炎の蛇が次々にゾンビ達の頭部を破壊していく。
『詠唱をしなくても千火炎蛇を発動できるようにしたんだね…』
ロランはクリスフォードの魔法に対する真摯な姿勢に感心する。
一行はゾンビ達を越えて"始まりに繋がる道"と名付けられた部屋の扉を開けると中に1人の老人が立っていた。
「おじいちゃん…危ないからそこをどいてくれるかしら…」
とアルジュが優しく老人を諭すもいっこうに立ち退く素振りは無い。
すると老人はロラン達に向い話し始めた。
「やれやれ…あれから数千年かの1万年かの…長く待ちすぎて忘れてしもうたわい…」
「まぁ…よいわ…やっと閻輝様にお会い出来たのだから…」
と老人はロランを見つめた。
「閻輝とは誰の事ですか…あなたの後ろにある装置を調査したのですが…」
とロランが尋ねた瞬間、老人は剣を抜刀し剣圧で皆を吹き飛ばした。
「…弱いのう…わしに参ったと言わせたら"スタイナー計画"について教えてやろう…」
アルジュは闇属性魔法の『漆黒のマリオネット』で【ドラウグル】を召喚し老人を攻撃する。
「万華仙刀…」
老人の後ろから数万本の刀が現れ【ドラウグル】目掛けて射出され【ドラウグル】達を細切れにする。
老人は間髪入れずに雷の呪文を唱える。
「雷豪…」
すると老人の剣から雷が発生し、雷の直撃を受けたアルジュはショック状態となり動けなくなった。
老人はロランを見て再び話しかける。
「閻輝様…刀神の御力でその少年と少年に吸収されし輩をお斬り下され…さすれば…」
ロランは皆を下がらせレイチェルにアルジュの治療を頼むと魔力と霊力を高め竜現体に昇華する。
『あの魔女の老婆に続き、この老人に敗北する事は許されない…』
この強い想いが魔力と霊力の調和を乱し竜現体を解除させた。
魔力は暴走しアルジュを傷つけた老人に対する怒りが【冥界の王】の力と呼応する。
竜の翼が消え去った背中より宇宙を構成する暗黒物質が放出され翼を形作る。
「…究極重力…」
ロランは【冥界の王】の力で重力を操作し自分と老人を含む空間の重力を500倍にする。
「さすがにこの重力下では容易に動く事ができんが条件はお主も変わるまい…」
老人はロランの凄まじい覚悟を見る。
ロランは手や足を動かすたびに超重力により骨折するが直ぐに回復させ狂気と怒りに満ちた表情で老人に近づく。
「この超重力下では素早い動きはできまい…心ゆくまで近接で戦い合おうぞ…」
ロランはそう言うや否や老人に向かってケラウノスを放つ。
距離が近いため、当然ロランも自分の放ったケラウノスを受ける事になる。
老人が「万華仙刀…」を行えばロランは闇属性魔法の「剣山刀樹」で数万本の刀を顕現させお互いに向け射出する。
お互い一歩も引かずに攻撃を続けているが老人が一瞬隙を見せた瞬間、ロランは老人の剣を横方向から殴りつけた。
激しい攻防と経年劣化もあり老人の剣にヒビが入った瞬間。
「わしの負けだ…お主が聞きたいことを全て答えよう…」
老人は自分の負けを認める。
「では…スタイナー計画…とは如何なるものか教えてもらいたい…」
「スタイナー計画とは…人類が"あれ"と呼ぶエネルギー体により同化させられた後、時空の基準座標、地球時間の基準座標として【西暦2515年07月20日00:00:00】の状態に人類と地球の生態系を復元し人類を存続させる計画と聞いている…」
「その復元を実行するシステムが…スタイナーシステムであり…基準座標より過去の地球に存在した人類しか"観測者"になれない事から、たまたまお主が観測者に選別されたのだ…」
ロランは疑問に思う。
『この世界は地球に似ているが完全には一致しない…それはなぜなのか…』
ロラン心をよんだ老人が話を続ける。
「お主はこの世界は地球に似ているが完全には一致しないと考えておるな…この世界は地球であり地球でない…」
「人類は不確定要素がなければエネルギー体に完全に吸収されてしまうと考え、恐ろしい考えに辿り着いた…」
「地球と極端に世界線が異なる地球、ならびに地球消滅後あらたに地球の存在した座標に発生する惑星と高次元同一体となった…簡単に言えば吸収したのだ…」
「100億の人類を存続させるために…"数千億の人類と生命体"を吸収したのだ…」
ロランは激しく困惑する。
『この老人の言う事を信用して良いのだろうか…だとすれば人類はとんでもない事をしてしまった事になる…』
「さらに、不確定要素を含む高次元同一体となった人類をエネルギー体が同化し…そのうえ数度アカシックレコードが書き換えられた為、真実が今のように書き換わったと思われる…」
「スタイナーシステムはメインコードと7つのサブコードで構成され、4つのサブコードが入力されればメインコードを入力しなくてもシステムが発動すると真実が書き換わった…」
「お主の理力眼がメインコードであり、わしがサブコードの1つとなってる…もう1つのサブコードはお主の仲間の中にいる…よって発動させたくなければ…もう2つのサブコードを手中に収めればいい…」
老人は話を終えるとロランを凝視する。
「真実を知らない方が良かったかの…お主が…数千億の人類や生命体を犠牲にし100億の人類の希望を叶えスタイナーシステムを発動させるも良し…」
「…今の世界を存続させるためスタイナーシステムを発動させないも良し…」
「わしは別の世界で数千億の昼夜を閻輝様と共に過ごし数百億の戦いに勝利してきた一振りの刀である…我が名は"雷鳴朱雀"…願わくはわしをまた使って欲しい…」
そう言い残すと老人は刀に姿を変え金色の朱雀の飾りが入った赤い鞘に収まると鞘ごと古びた装置に突き刺さる。
『…ゆっくりと判断するためにも今は別の遺跡を調査しサブコードを2つ確保しなければならない…今は…』
と考えロランは立ち上がると古びた装置に近づき"雷鳴朱雀"を抜き去った。
「朱雀…忠義…大儀である…」
"雷鳴朱雀"に付いていた鈴の音が虚しく神殿内に響くのであった…