92話 腐敗の神殿『バンシュロイア』(1) ~褐色の美女と魔道一輪車~
ロランは気分転換に邸の近傍に建設している飛行船整備施設に行き、高速飛行船『エルミオンヌ』の手入れをする。
『これぐらいの機械化が一番落ち着くんだよね…ある意味腕時計に似ているな…』
「一度は高性能の"クォーツ"に目がうつるけど…最終的には"機械式"に戻るからね…』
ロランはゴンドラ内部の操縦席から方向舵と昇降舵に繋がる魔道導線を【巨大イカ型魔物の神経をガラスコーティングした物】からより魔力伝導率が良い【ミスリルと銀の合金であるミリ二ウム製】に変更していた。
『腐敗の神殿へは、繋門でケトムに設置されていると報告があったメッサッリア大使館に移動し、大使館から徒歩か"魔道一輪車"で神殿に向かう事にしよう…』
『まぁ…今度の調査で【エルミオンヌ】は使用しないけど…整備は落ち着くし万全に越したことはないからね…』
と思いながらゴンドラの外に出て魔道導線に取り付けたリード線を引っ張っていた。
すると邸の方角からダーシャ・クリシュナが近づいてきてロランに話しかけ始めた。
「公爵もそのように屈託のない笑顔をするのですね…」
『ダーシャ皇女もアルジュ達のように人が気にしていることを口にする方なのだな…』
『はぁ…天然なのか計算なのか見極めなくてはいけないな…それにしても僕の周りはなぜこうも…』
と思いながら返事をする。
「いつもと変わらないと思います…」
ロランの返事が意図しないものだったのか始めは"きょとん"としていたダーシャであったが次第に笑い出し、つられるようにロランも笑い出した。
ロランは飛行船の整備を中断しダーシャと2人で敷地内を散歩する。
散歩をしているとダーシャはロランにクリシュナの治安回復に対する感謝を述べてきた。
「公爵とジェルド伯、ならびに【RedMace】の皆様のご尽力により、【西クリシュナ共和国】も治安が回復して参りました…心より感謝申し上げます…」
「ダーシャ様どうか頭を御上げください…僕が倒れたばかりにジェルドが単独で戻ってきておりますが現在も副官の『パイソン』が指揮をとっておりますのでご安心ください…」
ダーシャは笑顔を見せるも急に曇った表情となり、不安に思っている事をロランに相談し始めた。
「公爵、今暫定政権の首相となった『ロベス・ダントン』が恐怖政治を行っているという噂を聞きました…私は再び国内が乱れ国民が苦しむ姿を見たくないのです……」
ロランは『さすがだ…』と思いつつ自分の考えを伝える。
「恐怖政治は長くは続きません…それは歴史が証明しています…どの時代、どの国家においても恐怖政治を行った者は30年内に国民の民意によって裁かれていますからね…」
ロランの話を聞いたダーシャは安堵した表情を浮かべるが心から納得はしていなかった。
『これ以上介入すればクリシュナの主権を損なってしまう…』
『ダーシャ皇女を擁立し傀儡政権を発足させ強制的に安定化させる段階ではない…今はまだ…』
ロランはダーシャと別れ1人になると気持ちを切り替えアルベルトにテレパスを送る。
ケトムに存在するメッサッリア大使館の使用許可を得るためである。
ロランは『アヴニール国家連合』の主要人物に対しマルコの使い魔である"黒猫"を提供し、テレパスによる迅速な意思疎通を可能としていた。
"…アルベルト殿…ロランです…"
"…ロラン卿…今日はどのようなご用事ですか…定例の黎明会議は来月のはず…"
"…早速ですが貴国がケトムに設置されている大使館を使用させて頂きたい…"
アルベルトはロランから理由を聞かず大使館の使用を許可した。
"…分かりました…ロラン卿には『ホワイトヴィル湖』南岸領域侵攻の借りがありますからね…"
"私から外相の『ダニエル・ウォーカー』に大使館の使用許可とケトム内を自由に行動できる通行証を得ておきましょう…他ならぬロラン卿の頼みとあれば…"
"…感謝します…アルベルト…ヴィア・エトランゼ…"
"…ヴィア・エトランゼ…"
この"ヴィア・エトランゼ"とはロラン、アルベルト、ジグムンド、アガルド等の転生者同士が会話の最後につける言葉であり文章でいえば結語にあたり、同士である事を確認する言葉でもあった。
実際、ロランは転生者ではなく転移者であるが自分のルーツを詮索されたくないため敢えてアルベルト、ジグムンド、アガルド達の誤解を解こうとはしなかった。
その後、ロランは腐敗の神殿【バンシュロイア】の調査に同行するメンバーを選考し始めた。
『今回は蟲が多くいるからルミールは無理だな…それとブリジットは興奮すると毒霧を発生し生態系を破壊してしまうから待機と…』
『今回は、アルジュ・レイチェル・ピロメラ・クリスフォード・スティオンにしよう…』
と同行するメンバーを決めると同行者達に"魔道一輪車"の乗車訓練を行うよう指示を出した。
ただし、クリスフォードだけはカント魔法大学の近郊に邸を構えていたのでテレパスで"調査への同行と魔道一輪車の乗車訓練を行うよう"要請し"魔道一輪車"は後日渡す事にした。
クリスフォードとはモンパーニュのファーストネームであり、ロランは古代遺跡で助けられて以後、親愛を込めてモンパーニュをファーストネームで呼んでいた。
また、スティオンとはジェルド率いる【RedMace】の参謀であり、副隊長である獅子の獣人『パイロン』と共に双璧を成すジェルドの腹心であった。
今回、ジェルドの強い推薦もあり同行メンバーの一員とした。
さて、話を戻すがロランが皆に訓練するよう要請した"魔道一輪車"は"コツ"を掴まないとなかなか乗りこなせない代物であった。
クッションのついた背もたれ付きサドルとアクセルとブレーキレバー付きのハンドルが一輪車に取付られており、電動バイクの魔力版一輪車といった乗物である。
魔力はアクセルから魔力導線を通って一輪車のホイールと一体化した回転盤に伝えられ、魔力が伝わったら回転するよう刻印した回転盤が回転する事で移動する機構としていた。
一方、ブレーキの仕組みはバイクの機構そのものであり、ブレーキレバーを握るとブレーキ液がブレーキキャリパーに伝わりキャリバー内のブレーキパッドがディスクローターを挟み込み摩擦力で静止する構造とした。
なお、ロランは魔力が無いレイチェルも搭乗できるようレイチェルが搭乗する魔道一輪車には魔石を搭載しアクセルを回すと魔石から回転盤に魔力が伝導する構造としていた。
『皆、運動神経がいいから直ぐに乗れるようになるだろう…』
と思った矢先、ジェルドより魔道一輪車に乗ったアルジュとピロメラが邸の壁に突っ込み穴を開けたとの報告を聞かされる。
『……まぁ…あれには慣れが必要だから……』
ロランは一抹の不安を抱きながら、密林対応の装備を決定していく。
『先ずは強大な蛭や毒蟲、毒蛇に噛まれても問題が無いよう"冷却機能付きのフルフェイスヘルメットとボディースーツ"、肘当て、膝当て付き脛当て、防護靴を用意しよう…』
『まぁ、僕やアルジュ、レイチェル、ピロメラには必要ないけど、こういう物は全員揃っている方が気分が高まるからね…』
『装備としては蔓や枝を切りながら進むことを考慮して手斧、軽度の戦闘を考慮してバイパーT31拳銃、閃光弾、タイムボム、フルフェイス防毒マスクに酸素ボンベ、鉤縄にミスリル製の黒刀、新種の蟲を入れておくための強化ガラスケースで十分かな…』
『魔力攻撃は最小限にしないと他国の領土を破壊してしまうからね…』
ロランは今回の腐敗の神殿【バンシュロイア】調査で"スタイナー計画"、"獣人のDNAサンプル採取"ならびに"新種の昆虫採取"を目的としている。
だが、だんだんとロランの悪い癖が出てきて"スタイナー計画の解明調査"より"獣人のDNAサンプル採取"と"新種の昆虫採取"を優先して考えるようになっていた。
『30㎝の巨大なトンボか…地球でいえばおよそ3億年前の"石炭紀"で存在したという幻の代物だ…あぁ待ち遠しい…』
ケトム王国の調査報告書において巨大な昆虫が密林に存在する事を知ってから、ロランの好奇心は高鳴り始め限界点に達していた。
出発の一週間前というギリギリの期間になって、ロランは魔道一輪車に乗りクリスフォードに魔道一輪車を渡すためカント魔法大学を訪れた。
『まぁ…クリスフォードなら一週間で乗れるようになるから大丈夫だ…』
学生達は漆黒の誰も観た事が無い一輪車で颯爽と構内に現れたロランを見て驚愕した。
そんな学生達を横目にロランはクリスフォードが居る"魔法学棟"に向い到着すると大声でクリスフォードを呼ぶ。
「クリスフォード居るかい…居留守を使ったらテレパスを1分毎に送るよ…」
3階の窓を開けたクリスフォードは顔を出しロランに返事をする。
「はぁ…公爵…聞こえてますよ…上ってきてください。モーリスにチャイを用意させておきますので…」
「ありがとう…上らせてもらうよ…」
ロランは3階に上がりクリスフォードの部屋で打ち合わせを行った。
するとクリスフォードが空気を読まない発言をする。
「公爵、繋門を使用するのであれば大使館にはよらず、腐敗の神殿【バンシュロイア】に直接いけば宜しいのでは…わざわざ密林を通る必要もないですし…」
ロランは『はっ…』と一瞬口ごもるも何か理由を思いついたように語りだした。
「クリスフォード卿ともあろう者が…密林には新種の昆虫や植物が多数存在しているのですよ…この機会にサンプルを採取したいとは思いませんか…」
ロランの話を聞いたクリスフォードは呆れ顔になる。
一週間後、邸のリビングに調査メンバーを集めたロランは勢いよく号令をかける。
「皆、用意はいいね…さぁ行くよ…繋門!…」
と号令をかけ空間を引き裂くとケトム王国に建設されているメッサッリア大使館へと移動した。
空間の切れ目からは、青臭い草の香りが流れてくる…
フォルテア王国とは違う強い日差しと鼻に突き刺さる植物の香り、ロラン一行は思う。
『ここが、ケトム王国か…』
大使館の扉を開けると褐色の美女がロラン達を迎えるのであった…