89話 スタイナー計画
ロランは御者を任せたルディスの横に腰掛け神聖ティモール教国の国境検問所を目指した。
最近、ルディスが頻繁に物思いにふける事を気にしていたロランは何気ない会話で悩み事の糸口をつかめればと思いルディスに話しかける。
「…ルディスが鍛え上げてくれたSilentSpecterのエージェント達は皆驚くほど優秀だよ…本当にありがとう…」
「…ロラン様…私は…」
とルディスが自分の思いを伝えようとしたところ国境検問所が目に入り話を中断した。
国境検問所に到着するとロランは魔法鞄から新教皇である『マグネリオ6世』から受けとっていた"魔力印"が施されたミスリルとシルバーの合金である"ミリニウム製"の通行証を提示した。
国境検問所の検問管である衛士はロランの通行証を見ると大変に驚き、衛士長を呼びに行く。
衛士長はロランが提示した通行証に手をかざした後、これ以上ロラン達を検問所で足止めしていると後で大事になると考えたらしく
「…たっ…大変失礼致しました…確かに魔力印から教皇様の魔力の波動を感じます…」
「…さぁどうぞ…こちらのゲートから御通りください…」
と貴賓しか通行できない特別のゲートより入国した。
入国して直ぐロラン達は神聖ティモール教国の美しい街並みを見て息をのんだ。
神聖ティモール教国の建物は見渡す限りシンメトリ-(左右対称)に建造され、道路は赤みががった大理石と黒い大理石を組み合わせた"幾何学模様や教皇の紋章である獅子の絵柄"が所々で見る事ができ、街並み自体が芸術品そのものであった。
馬車の中からこの光景を見ていた『クリスフォード・ド・モンパーニュ』は
「…実に美しい…荘厳でありながらそれでいて全く嫌味がない…まるで絵画のようだ…」
と陶酔しきった声をあげた。
御者台に腰かけているロランとルディスはモンパーニュの言葉が芝居がかっていたので"ふっ"と鼻で笑うも『モンパーニュの言うようにまるで絵画を見ているようだ』と思いながら地下200mに古代遺跡が眠る"教皇庁"を目指した。
一方、馬車の中ではロランに恋心を抱く『ピロメラ』『ブリジット』『レイチェル』が静かに火花を散らしていた。
ロランを巡る女性陣の殺伐とした御世辞にも居心地が良くない環境の中、全く動じず馬車の車窓から見える景色を堪能できる『モンパーニュ』はある意味肝が座った男と言えた。
現在、ロラン一行がいる神聖ティモール教国の国土はとても小さくフォルテア王国の王都『カント』の10分の1ほどの面積である。
国土は小さいものの【"フォルテア王国""メッサッリア共和国""トロイト連邦共和国""パルム公国""リンデンス帝国"】やプロストライン帝国に多くの信者を持つ事から絶大な影響力をほこっていた。
決まった時間に礼拝を行い宗教上の業務を行う上で時間に正確である事が求められ、結果として精度の高い機械式時計の製造が主力産業であった。
しばらくすると、ロラン達一行は目的の場所である教皇庁に到着した。
教皇庁の警備は厳重であったが"教皇の魔力印"が施された"ミリニウム製の通行証"を警備を担当する衛士に見せると難なく通過でき、衛士の1人がロラン達を新教皇『マグネリオ6世』が魔力障壁で封鎖した区域に案内してくれた。
その衛士は緊張した面持ちでロランに魔力障壁内に入る方法を説明する。
「本日、教皇様はパルム公国の外相と会談を行っているため封鎖区域に立ち会うことができません」
「教皇様より通行証を持った者が現れた際は最上級の礼儀で封鎖区域にご案内するよう仰せつかっております…」
「なお、魔力障壁内へは"教皇様の魔力印"が施された通行証を魔力障壁に押し当てていただければ魔力障壁が消滅し立ち入ることが可能との事であります…」
魔力障壁で封鎖された区域に到着するとロランは通行証の魔力印が施された面を障壁に押し当て魔力障壁を消失させると奥へ進んでいった。
ロランは、ツュマやギャランホルン部隊が地下遺跡に行くために作成した穴がどこにも見つからなかった為『既に穴も封鎖されたのだな』と結論づけた。
するとロランは皆を後方に下がらせ"地下に螺旋階段を出現させる"土属性魔法を唱えた。
「深淵に続く螺旋階段…」
ロランは続けて【冥界の王】の力を発動させ、螺旋階段の壁一面に強い光を放つ光苔を繁殖させ明るさを確保すると地下200mに存在する遺跡へと向かった。
ロラン一行は地下200mに到達する数m手前で"薄い泡の膜を通過したような感覚"を体験し地下遺跡の存在する地面に到着した。
地下遺跡の空間は足音だけでなく全ての音が全く発生しない"無音"の空間であった。
ロランは『この地下遺跡には【テレパスを遮断できる"ESP遮断装置"】や【臭いを遮断できる高性能EPAフィルタを装備した"対生物兵器装置"】、【逆位相の音を発生させ音を消す"高性能消音装置"】が設置されている事』を思い起こした。
『先ずは暗視能力のないブリジットのためにも明るさを確保しなくては…』と考え魔法が使用可能かどうかの検証するため光属性魔法を唱える。
「…光球…」
魔法は問題無く使用でき地面を覆う絨毯のように無数の光球が出現し地下遺跡空間の形状が暗視能力を使用しなくても把握できるようにした。
次にロランは『ESP遮断装置』によりテレパスが遮断され『高性能消音装置』で音がかき消されお互いの意思疎通を図る方法が身振り手振りしかない事にリスクを感じ『理力眼』『探知』を使用し『ESP遮断装置』と『高性能消音装置』を探索し破壊する事を決めた。
探索を開始するため『理力眼』に意識を集中したところヘッドマウントディスプレイを装着しているように目の前の空間に文字が浮かび上がった。
"…この空間において『理力システム』は制限されます…"
『理力眼』による精度補正が行えないものの『探知』の能力で『ESP遮断装置』と『高性能消音装置』の設置地点を特定できたためロランは特定した地点目掛け火属性魔法の攻撃を放つ。
「火炎槍…」
ロランの強大な魔力により発動した火炎槍は完全燃焼し青白く輝きながら数千本に分離し多数存在していた『ESP遮断装置』と『高性能消音装置』を破壊し尽した。
ロランは試しに声を出そうとした瞬間、空気を読めないモンパーニュが声を発する。
「…はぁ…やっと声を出せた。公爵より地下遺跡の存在する空間では臭いと音が消されると聞いていなかれば気が変になるところであった…」
ロランは『臭いと音の無い空間がこんなにも精神的にこたえるのか』と思いつつ、ツュマの嗅覚は人の1億倍良いというのによく4日間もこの空間に居続けたものだと改めてツュマの精神力を称賛する。
地下遺跡空間では『理力眼』が正常に作動しないため、この空間における空気の組成を把握するためロランはレイチェルに"空気の組成を調査するよう"指示を出した。
「レイチェル…この空間における空気の組成を調査して欲しい…」
レイチェルは『いつもはそんな依頼は行わないのに…なぜ…』と不思議に思いながらもダイヤモンドの3倍の硬度を持つ【カーバイン】で製作されたスーツの表面に埋め込まれた超微細センサー群の情報を額のバイオコンピュータで解析しロランに結果を告げた。
「解析したところ、通常の大気の組成と同一です…」
地下遺跡空間の組成に問題が無い事を確認したロランはさらにレイチェルに追加の指示を出す。
「レイチェル…この空間において磁場が局所的に集中している箇所を探知して欲しい」
「…臭いを遮断できる高性能HEPAフィルタを装備した【対生物兵器装置】が電気を使用していれば必ず磁場が発生するからね…」
レイチェルは不思議に思いながらも磁場が局所的に集中している箇所を映像と共に方角と距離の情報ををテレパスでロランに送る。
ロランはレイチェルからテレパスで送られた地点に向かうと火炎槍を放ち『対生物兵器装置』を破壊し尽していく。
香りと音、テレパスを取り戻したロラン一行は再び、奥に向かって歩き出すと直ぐに7,000発の【対消滅ミサイル】と【ミサイルを監視する222体のギャランホルン部隊】を確認する事ができた。
ロランはこの劣悪な環境で7,000発の【対消滅ミサイル】並びに攻撃対象誘導衛星【デュスノミア】という翼を失った大量破壊システム【グングニル】を監視し続けた【ギャランホルン】の魔人や魔物達に対しシエルヴォルトで労を労った。
""…誇るべき精鋭達よ…この劣悪な環境で良くぞ耐え忍んでくれた…心から感謝する…""
ロランの言葉を言霊として受け取った魔人と魔物達は一斉に片膝をつき涙ぐむものが続出した。
モンパーニュはその光景を台無しにする言葉を平気で放つ。
「…ふぅ…散々人を襲い続けてきた魔人や魔物が涙を流しただけで許せるわけがなかろう…なったく不快な光景だ…」
ルディスやブリジットも魔物の襲撃を受け何度も生命の危機に直面してきた経験から内心ではモンパーニュの発言に同意していた。
ロランは十分に労を労った後にギャランホルン部隊の召喚を解き、新たに数百の"光球"を天井に投げつけめり込ませる事で遺跡空間の上部にも十分な明るさを確保した。
まさに圧巻の一言であった…
直径3m、全長30mの銀色をした【対消滅ミサイル】が所狭しと延々に立ち並んでいた。
ロランは思う。
『…この兵器を製造した者は愚か者なのか…この惑星【エアストテラ】さえ消滅させるほどの量ではないか…製造の目的は人類の滅亡なのか…』
直後、継続して磁場の集中してる箇所を調査していたレイチェルは1万年以上の年月により岩と化していた大量破壊システム【グングニル】の操作パネルを発見しロランに報告をした。
「…ロラン様…ここに操作パネルがあります…いかがいたしましょう…」
『理力眼』が作動せず【グングニル】システムが製造された年代と操作方法が不明な為、ロランはレイチェルに確認したい事項を尋ねる。
「レイチェル…【対消滅ミサイル】に使用されている金属が何なのか…年代は何時頃なのか…【グングニル】システムは31世紀の科学技術に到達しているか教えて欲しい…」
レイチェルは多様な超微細なセンサーが無数に取付けられたスーツを【対消滅ミサイル】に近づけ"電子スピン共鳴"により年代の測定を行い、金属元素の構成から金属の特定を試みたが失敗に終わった。
「ロラン様…この金属は私がいた世界には存在しない金属です…そのため正確な年代測定が行えません…」
「システムも複数の類似点はあるものの異なる理論から構築されたものであり、正確とはいいがたいですが25~27世紀の科学技術水準と思われます…」
ロランは『一体どういうことなんだ…ツュマが持ち運んだプレートの文字は"日本語"であった。…レイチェルとは異なる"世界線"の世界という事なのか…』と考えていると操作パネルの一部が作動し立体ホログラム映像がロラン達の前の空間に映し出された。
その立体ホログラム映像には何かの研究チームと思われる白衣を着た11名の男女が映し出され、しばらくすると責任者と思われる初老の男性の音声が再生された。
""…我が子孫達よ…この…【グングニル】システムは…人類を"あれ"から守る…""
""最後の希望…人類存亡計画である【スタイナー計画】を……""
音声はこれ以後再生される事はなかった。
その時、ブリジットがロランの異変に気付き悲鳴を上げる。
ロランの両目の虹彩と瞳孔は白くなり、ルミール、バルトス、アルジュといった至高の門番達しか見えない『理力眼』が額に"くっきり"と半眼の状態で浮かび上がっていたからである。
さらにロランの両目は光を放ち天井に複数の異世界にアクセスする時空間式を投影しおびただしい数の異世界から万物<陰陽>の原理である【理力】を『理力眼』が吸収し始めた。
ピロメラは狼狽しながらもこの状況を長引かせる事は出来ないと考えレイチェルに指示を出す。
「…レイチェル…【グングニル】システムとやらを停止させて…今すぐ!」
見た事がないロランの姿を見てしまい狼狽していたレイチェルであったが我に返ると出力が1,200KWの小型固体赤外線レーザー銃を操作パネルに向けて放ちシステムを破壊した。
立体ホログラム映像が消え【グングニル】システムが停止した。
その時、ロランの額に浮かび上がった『理力眼』が消失しロランはその場で倒れるのであった…
ロランが倒れる姿を見たブリジットとレイチェルの悲鳴が地下遺跡空間にこだまする…
その瞬間、破壊された操作パネルの方角から新たな音声が発生された。
""…【グングニル】システムは強制終了され修復不能状態となりました…""
""…、サブシステム【プロテウス】はマザーAI【エアストエデン】の権限により本設備を永久防衛モードに移行させます…""
音声が終了するや否や地中より黒い金属の柱が複数現れ、天井や壁を崩壊させながら7,000発の【対消滅ミサイル】を覆い包んでいく。
非常事態に意外な男が声を荒げた。
「…諸君!公爵をこのままヴァルハラに旅立たせる気なのか…ルディス君、公爵を担いで階段を駆け上がり給え…」
「ピロメラ、ブリジット、レイチェル殿…非礼を済まない…桁違いの強さを誇る公爵がこんな事で終わるはずがなかろう…さぁ今は地上に向かおう…」
モンパーニュは皆を勇気づけると落ちてくる天井の岩盤を千火炎蛇で粉砕しながら一行を率いて地上を目指した。
この時の一行は、ロランが立体ホログラム映像に映し出された白衣を着た男女11名の中に自分を助け『理力眼』を与えた魔人に瓜二つの女性を見つけ"一抹の不安を抱いた事"など誰も知る由はなかった…