86話 皇女救出作戦(3)
「オム…ツュマはメッサッリア共和国秘密情報部の情報提供者とコンタクトできたかい…」
「…はい。髪の色がレディシュの女性とコンタクトしました…」
ロランは『オム・フォン・マーラ』率いる千里眼部隊【アルゴス(Argos)】が千里眼と探知の能力を駆使し重要人物や建物の出入りなどを監視、記録するラボでツュマ達の活動状況を確認していた。
ここ、【アルゴス(Argos)】ラボではオム達のような【千里眼】の能力者が見ている映像は脳内の血流量を解析し画像に変換されラボ中央の天井から吊るされた複数の大型石英ガラススクリーンに映し出されている。
さらに、スクリーン映し出された映像は、縦横30㎜×高さ70㎜の石英ガラスに【フェムト秒パルスレーザ】を用いてカテゴリ毎に記録・保管していた。
脳内の血流量を解析し画像に変換する技術、火属性魔法と光属性魔法を組み合わせ【フェムト秒パルスレーザ】を発生させ、石英ガラスに情報を記録する技術はロランが基礎を確立しレイチェルが高度に発展させていた。
他の部隊と異なり【アルゴス(Argos)】の隊員は脳内血流量を測定するためヘルメット形状の測定器を被り食事や生理現象以外はリクライニングシートに座りターゲットを監視する【静寂の戦士達】であった。
ロランはオムに労いの言葉をかけると【アルゴス(Argos)】ラボを後にした…
コードネーム:『エッダ』との接触に成功したツュマ一行は海産物を販売する店の近くの宿を一軒丸ごと借り皇女救出作戦を成功に導くべくエッダとの情報交換を密にした。
夜、宿の一室ではツュマ、エクロプス、ファビアン、エッダがテーブルに王城の見取り図を広げ潜入ルートと救出手順、脱出ルートの打ち合わせを行う。
エッダはテーブルに将軍達の顔写真とレジスタンスの主要メンバーの顔写真、魔力障壁が展開されている領域、警備兵達の配置箇所と警備パターンについて説明していった。
エッダの情報を一通り聞いたツュマは少し考え、
「…エッダ、反皇帝派の将軍達によるクーデター実施日とレジスタンス達による武器庫及び各都市の駐留部隊に襲撃実施日を同じ日で発生させたいと考えている…」
とかなり難しい相談を行い始めた。
エッダは少し考えながら、
「…必ず同じ日とするには【ディープインパクト】が必要ね…」
「…先ずは貴方達が軍事施設数カ所を同時に襲撃し火の手を上げる…そうすればクーデター側とレジスタンス側は好機と思い行動を起こすでしょう…」
と【ディープインパクト】の必要性を説明した。するとファビアンが
「…その役目は私が引き受けましょう…その計画を可能とする武器を所有しているのでツュマさん【タイムボム】を使用しますが宜しいですよね…」
とのファビアンからの要請にツュマは無言で使用を許可した。
今度はエクロプスがツュマに対し脱出ルートを尋ねてきた。
「…クーデターとレジスタンスの襲撃の混乱に乗じ皇女を救出した後の脱出ルートはどうするのですか…」
とのエクロプスの問に対しツュマは
「…国境検問所を超えるまでエクロプスの能力で地下を進んでいく…」
「…その後はエルドーラ山脈の麓まで召喚した"魔狼"の背に乗り一気に駆け抜ける…」
「…勿論エルドーラ山脈頂上には山岳警備隊を配置させるとともに『エルミオンヌ』に迎えに来てもらう…」
と大まかな計画を伝えた。
勿論、高速飛行船『エルミオンヌ』にはミネルバと狙撃部隊【RedBullet】7~10名を搭乗させ狙撃で遠隔サポートを行わせ万全を期す事も考えていた。
工作に関する打ち合わせを行い始めてから既に一週間が経過していた…
ファビアンは"左腕が昆虫の蟻"であり人体実験の数少ない生存者であるレジスタンスのリーダー『ロベス・ダントン』と接触し、この国を皇帝制から共和制政治に変革する支援を行うと話を持ちかけ軍事施設への襲撃準備を推進させていた。
一方、ツュマとエクロプスは、海産物店や酒場などで皇帝『ルドラ・クリシュナ』が近々敵対する将軍達を粛清するという"デマ"を拡散させ、反皇帝派の将軍達を"疑心暗鬼"にさせる情報心理戦を仕掛けていた。
計画実行日に近いある夜、ツュマはエッダと2人きりで襲撃の最終打ち合わせをしていた。
するとツュマは唐突に、
「…エッダはクリシュナを離れないのか…この国は今後政情が不安定となるのは確実だ…」
と尋ねるとエッダは"フッ"と笑いながら
「…私はメッサッリア共和国秘密情報部(MRSIS)の"グラース"。クリシュナに生まれ、結婚し生んだ子を次代の"グラース"として教育し任務につかせるのが役目…」
「それにクリシュナは半分故郷でもあるからね…」
と乾いた笑顔を向けるのであった。
ツュマは『…夕日の中でエッダを見たら髪の色と相まって本当に美しいだろうな…』と心を惹かれてた。
そして…
その時がやってきた…
ツュマ達はアラミド繊維と同等の強度を誇る魔物の繊維を撚り集めて作成したスーツを着用し…
戦闘用ヘルメットにミスリル製のボディーアーマー、ガントレットに防護靴と脛当てを装着…
暗視ゴーグル、酸素ボンべを魔法鞄に格納しバイパーT31拳銃をホルスターに入れ、光学迷彩シートで全身を周囲と同化したツュマ、エクロプス、ツュマ直属の配下の一行は王城へ向かった。
一方、ファビアンは単独でレジスタンスのリーダーである『ロベス・ダントン』拠点へ向かい道中、軍事施設に【タイムボム】を投げ入れていった。
ファビアンが仕掛けた【タイムボム】が爆発し複数の軍施設から火の手があがるとクーデーターを目論む将軍達とレジスタンス達は今こそが"好機"と捉え行動を開始する。
特に、ファビアンとレジスタンスによる軍事施設への攻撃は凄まじく、時を同じく主要都市における襲撃も見事に成功したため、王城はパニック状態になっていた。
さらにレジスタンスの襲撃に歩調を合わせるように反皇帝派の将軍達が自らの軍を連れて王城に集結し皇帝の命を奪うと城門を破り王城内に進軍したため、王城は"火の海"と化した。
ツュマとエクロプスは一刻争う状況の中、ツュマは魔導迫撃砲を協力者である穏健派の『レアンシュ・マ二』将軍の部屋に叩き込み、兼ねてからの計画通りに【魔力障壁を発する術者を排除するよう】力づくで実行させる。
魔力障壁が消失した瞬間、エクロプスが地面に人1人が通過できる穴を作成していき一行は王城城壁手前までその穴を使用し移動した。
城壁手前に到着するとツュマ一行はルディスの身体調査を元に製作された"吸着手袋"をはめ、壁をよじ登っていく。
皇女の部屋が存在する通路の壁に到着すると一行は魔法鞄から酸素ボンベを取り出し背に担ぐとマスクを装着し煙を一切吸い込まない体制を整える。
ツュマは20秒後、エクロプスにテレパスで指示を出した。
"…壁に穴を…" "…開けてくれ…"
するとエクロプスは左手を壁につけ土属性魔法を展開した。
「…貫通穴…」
人が通過できるほどの穴ができたことを確認したツュマは穴から王城通路に10本を束にした発煙筒を5つほど投げ込み煙で充満させると光属性魔法を刻印した閃光弾を3個ほど投げ入れた。
5秒後、一行は穴を通り通路になだれ込むと煙と閃光弾で立ち往生しているクリシュナ兵達を掃討。
さらに一行は二手に別れ、新たなクリシュナ兵達が通路に押し寄せてこないよう通路の両端を爆破する。
その状況の中、ツュマとエクロプスは豪華な装飾に彩られたドアを静かに開けると光学迷彩シートを取り【バイパーT31拳銃】を両手で構え部屋の奥へ進んでいく。
部屋の中にはさらに白が基調で黄金細工がふんだんに散りばめられたドアがあった。
ツュマがゆっくりとそのドアを開けると椅子に座り、窓から"火の海"と化した王城を見つめる女性がいた。
ツュマは、17歳ぐらいの女性が生命の覚悟を決め、静かに佇む姿に息を飲んだ。
それでも時間がないため、ツュマは目の前の女性に確認をとった。
「…貴方が王国に亡命を求めたクリシュナ帝国第三皇女『ダーシャ・クリシュナ』様ですか…」
女性は全てを見通すような瞳でツュマを見つめながら"火の海"と化した王城の中とは思えないほど場違いに静かな佇まいで
「…お待ちしておりました…」
と一言だけ言葉を発するのだった。
ウェディングドレスような白く長いレースが付いた小さな赤い帽子を被り、異国情緒あふれる赤い民族衣装を纏った皇女の姿はさながら"戦火の花嫁"のようであった。
ツュマはテレパスで高速飛行船『エルミオンヌ』に搭乗しエルドーラ山脈の王国側の麓に待機しているミネルバに対し指示を出した。
"…宝玉を無事手に入れた…" "…予定…のポイントに待機を…頼む…"
ツュマ一行が皇女を救出している最中、王城近くの【生物兵器】研究所の空間に亀裂が入る。
空間の亀裂より現れたのはロランであった。
ロランは亀裂からでた途端、両手を研究所の床につけ、巨大な土属性魔法の『底なし沼』を展開した。
あまりに強大な魔力で巨大な『底なし沼』を展開したため、研究所は見る見る地中奥深くへと吸い込まれていく。
ロランはエクロプスに対し、エクロプスが無制限に使役できる"土竜"を使用し【生物兵器】の研究所や生産施設…
【キメラを狂戦士化する装置の製造施設】や【キメラ生成施設】にマーキングさせる指令をし、緯度経度情報を取得していた。
既に緯度経度情報を取得していたロランは研究所、生産施設、製造施設や生成施設を次々に地中奥深くへと吸い込ませていく。
さらに、仕上げとばかりにマグマを噴出させ【キメラ製造と生物兵器製造に関する全ての情報や技術】を地上から完全に消し去った。
ツュマ一向による皇女救出作戦は大成功だったのだが…
コードネーム:『エッダ』により、クリシュナで大規模な内乱が発生する日を事前に知っていた『ホワイトヴィル湖』南岸地域に駐留していたメッサッリア共和国軍が突如クリシュナ南西部に進軍し進軍地域を制圧。
一方『ルドラ・クリシュナ』皇帝はプライドを捨て第一皇女『チャリタリ』の婿の母国である【プロストライン帝国】に支援を要請し反皇帝派を撃破したため、国が東西で分断するという苦い幕引きとなった。
第三皇女『ダーシャ・クリシュナ』は高速飛行船『エルミオンヌ』から、自分の命を狙った第一皇女『チャリタリ』と第二皇女『ラシ』の行動を許した故郷の行く末を見定めるかのように母国を見つめ続けるのであった…