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異世界転移の英雄譚 ~悩み多き英雄さま~  作者: 北山 歩
第2部 第2章 キメラの世界 編
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85話 皇女救出作戦(2)

 10:00時【ヒトマルマルマルジ】シレーネ商会の前にはツュマの弟で族長代理のクプルが山岳警備隊から選別した15名の精鋭部隊が待機していた。


 ツュマはエクロプスとファビアンを連れ山岳警備隊員に近寄っていく。


 「…お前達がクプルが選別した猛者か…どれ女性もいるのか大変よいことだ…」


と隊員の緊張を解す(ほぐす)ため明るく声をかけるも精鋭部隊の隊員は緊張のあまり誰一人返事をする者がいなかった。


 エクロプスはツュマに対し、


 「…ツュマさん…悪いけど選別の基準は本当に人足としての選別ですか…」

 「こいつらに命を預けることはできない…」


と苦言を呈した。


 ツュマの知らぬ間に山岳警備隊は戦闘から距離をとりすぎ弱体化していたのだ。


 ツュマは心の中で湧き上がる怒りを抑えながら、


 「…よく来てくれた…(おさ)である俺が声をかけているんだ…挨拶ぐらいしろ…」


と優しく声をかけると緊張が溶けたらしく、


 「「「「「…はぃ、族長…」」」」」


と一斉に返事が返ってきた。


 ツュマはそれ以降何も言わず、皆を引き連れグラスタル領を後にした。


 国境地帯であるエルドーラ山脈の(ふもと)に位置する自領"ヴィントハイデ"に到着したのはそれから約3時間後の午後1時過ぎであった。


 ヴィントハイデでは族長の久しぶりの帰還とあって盛大な歓迎を受けたがツュマは1人顔を強張らせ(こわばらせ)て、ずっと何かを考えていた。


 その夜、ツュマの帰還を祝う盛大な祝賀会が行われるなかツュマは族長として一族の者達に労い(ねぎらい)の言葉をかけていった。


 宴が絶好調に達した時、ツュマは族長として皆に再度覚悟を思い出させる話を始めた。


 「…あぁ…愛しき先祖達、愛しき家族達、愛しき仲間達よ…今宵の(うたげ)感謝する…」

 「…我が一族がこのような贅沢な暮らしができるようになったのは誰のおかげだ…」

 「…盗賊に成り下がっていた我らを誇り高き部族に導いてくれた者は誰か…」


と真剣な話を始めた。何の反応もなかったがツュマは話を続けた。


 「…全てロラン様のおかげであろう…我がアペシキテ《火の牙》一族3,500人は…」

 「…ロラン様のために命をかけねばならぬ…その事をもう一度も思い起こせ…」

 「…生きるために…パン屑を食べ…泥水をすすった…あの頃を思い起こすのだ…」


とのツュマの言葉に宴の間は静寂に包まれた。


 ツュマは一族が短期間でこんなにも繁栄したことが嬉しかったが、豊かになればなるほど皆から"牙"が無くなってきている現実に戸惑いを隠すことができなかったのである。


 「…族長…兄さん…」呼び止める族長代理クプルの声も届かずツュマは宴を後にした。


 翌朝、ツュマはかつての直属の配下10名を呼び寄せ同行させた。


 エクロプスとファビアンはツュマの気持ちを察し声をかけようとはしなかった。


 ツュマ一行はエルドーラ山脈を3時間かけて登頂し現在2時間ほど下山している。ツュマの歩く速度は非常に早いものであったが誰1人音を上げる(ねをあげる)者はいなかった。


 下山途中、ファビアンは『ここらで皆には休息が必要だな』と考えツュマに対し協力者の存在を尋ねる事で休息を摂る事を促した。


 「…ところでクリシュナ側に協力者はいるのですか…」


 ファビアンの問いで休憩せずに登頂し下山してしまった事に気づいたツュマは、


 「…勿論いるさ…先ずはここで休憩にしよう…」


というと近くの岩に腰掛け、


 「…協力者は穏健派の『レアンシュ・マ二』という将軍だ…それとメッサッリア共和国秘密情報部 MRSISのコードネーム:『エッダ』が情報提供者である…」


と答えた。


 ファビアンはツュマに対する問いを続ける。


 「…本作戦の真の目的はなんですか…まさか諜報活動が主目的ではありませんよね…」


『いつもながら勘がいいな…』と思いつつツュマは真の目的を告げる。


 「…私に与えられた密命は第三皇女『ダーシャ・クリシュナ』様の救出だ…」


とツュマはエクロプスを横目で観ながら含みのある発言をした。


 十分に休養した一行は一気にエルドーラ山脈を下山しクリシュナ帝国の国境検問所で入国の目的と身柄を検査された。


 ツュマは代表して、


「…私はシレーネ商会の『フィデリオ・バロテッリ』、こちらが会計士の『エルネスト・ベンチ―二』、こちらが鑑定士の『ロレンツ・カロッソ』…」


と次々と慣れた口調で説明していく。


 国境検問所の兵士達はツュマの慣れた口調と『レアンシュ・マ二』将軍作成の通行証、新鮮な魚や干物を提供され、検査を中止し一行を通過させた。


 クリシュナ帝国領内に入ると直ぐに異臭が漂ってきた。


 ツュマは異臭の原因を確かめよう異臭の先を見ると、他国の諜報員と思われる遺体が多数、道路上に放置されていた。


 ただし、異臭の原因はそれだけではなかった…


 ケトム王国【ガリル州】でレジスタンスによる反乱が起きマルテーレ海より一切の海産物が入手できない状態が慢性化したため、アトス湖からの腐った魚さえ貴重なタンパク源として販売されていたからである。


 少年が腐った魚を買い「…これで病気の母ちゃんに魚を食べさせることができるぞ…」という声を聞いた瞬間、ツュマは歩みを止めた。


 この光景は少し前のアペシキテ《火の牙》一族の姿そのものであったから、見過ごすことができなかった…


 見過ごせなかった…見過ごせなかったのである。


 ツュマは少年の元に駆け寄ると魔法鞄から上質の"氷魚笹(ひょうぎょざさ)"を1本取り出し


 「…なぁ…坊主。良かったらオジサンのこの"氷魚笹"とその魚を交換してくれないか…」


と話しかけた。


 少年は子供ながらに"情け"をかけられている事を恥じ黙っているとツュマは、


 「…オジサンもうお腹ペコペコだ…」


と言って少年が持っていた腐った魚をその場で生で食べきった。


 その後ツュマは少年に対し


 「…オジサン行儀悪くてごめんね…お詫びにこの"氷魚笹"で勘弁してほしい…」


と言い"氷魚笹"を手渡した。


 少年は泣きながら何度も頭を下げ家に向かって走っていく。


 この光景を観ていたクリシュナの通行人は衝撃を受けた。少年を思っての思いやりの為にここまで身を捨てる行為ができるのかと涙ぐみ立ち尽くす者が続出したのだ。


 騒ぎが大きくなったため国境検問所の兵士達がツュマの元に集まってくるとツュマは


 「…ちょうど呼びに行くところでした…あそこの空いている店で新鮮な魚をクリシュナの人々に売りたいのですが"許可"はどう取れば取得できますか…」


と誰もが耳を疑う質問を投げかけてきた。


 だがツュマの目は真剣そのものだった。その瞳に偽りは微塵もなかった。


 すると国境検問所の兵士長がツュマに"許可証"を投げつけ告げた。


 「…建物を使用するテナント代はもう受け取った…新鮮な魚を思う存分売ってくれ…」


 ツュマは皆を集合させると皆が運んできた魔法鞄の中から干物、乾燥させた海産物や魚を水属性魔法で氷漬けにした"氷魚笹"を取り出し、大きめの魔法鞄から取り出した陳列棚に並べ終わると…


 「…さぁ、通路を歩くお嬢さんよってらっしゃい、見てらっしゃい…」

 「…マルテーレ海の新鮮な海産物が目白押しだよ…さぁ買った……」


スーツを脱ぎ捨て、ワイシャツの第一ボタンを外し、額に捻り(ねじり)鉢巻をする精悍なツュマが新鮮な海産物を売り出すと先程の少年の件も相まって、瞬く間に行列ができた。


 『諜報員がこんなに目立つ行為をするなんて…』と思いながらもエクロプス、ファビアンも海産物の販売を手伝うのだった。


 そんなツュマの前に情熱的なレディシュの瞳と髪色の女性が

 

 「…そうねぇ…新鮮な"エッダ"は売っているかしら…」


と言ってきた。ツュマは微動だにせず


 「…レディ…あなたは相当お眼が高いようだ…"エッダ"は泳ぐ宝石と言われております…」


 「…別の場所で商談と参りましょう…」


とそれらしい嘘を付き情報提供者であるメッサッリア共和国秘密情報部 MRSISコードネーム:『エッダ』に接触し、連絡先を確保することに成功するのだった…

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