82話 閑話 クリスフォード・ド・モンパーニュ
"クリスフォード・ド・モンパーニュ"はカント魔法大学で魔法学を教える教授である。
クリスフォードの曾祖父の代までは他国の貴族であったが、祖父の代で王国に亡命し一般市民となった家柄であった。
魔法に関する深い見識を持ち、絶大な魔力攻撃を駆使した戦闘スタイルであることから『戦う賢者』と称される人物でもあった。
そう"王立武闘競技会"でロランと戦うまでは…
クリスフォードはロランと対戦した際、幻と言われた上級魔法である千火炎蛇の発動に成功したにもかかわらず"あまりにあっけなく"敗北してしまった。
あまりにも無様な姿を大衆に晒してしまったため評判は急激に下がった。
その日から"暴飲暴食"を行ったクリスフォードは中肉中背となり瞳はくすみ"すっかり"老け込んだため、今では『最弱の愚者』と陰口を叩かれる始末であった。
ある日、屈辱の日々を過ごすクリスフォードの元に指導する大学院生のモーリスが駆け込んできた。
モーリスは息を切らせながら、
「…モンパーニュ教授…はぁ…はぁ…大変です…」
階段を駆け上がり息を切らせているため、何を言っているのか聞き取れなかったクリスフォードはモーリスに対し注意気味で諭しながらソファに座らせた。
「…モーリス君、先ずはそのソファーに座り給え。レディたる者が"はしたない"…」
モーリスはモンパーニュの言うとおりにソファに座り息を整えるとクリスフォードが驚愕する内容を告げた。
「…1階の受付に…ロラ…ロラン公爵が御越しになり教授に面会を求めております…」
今まで優しかったクリスフォードの顔は"ロラン"という言葉に反応し"みるみる"曇っていく。
だが、クリスフォードはカント魔法大学の教授という立場からロランの訪問を"無下に断る事もできず"面会に応じる事にした。
数分後、扉がノックされロランが部屋に入室してきた。
ロランは悪びれる様子もなく淡々とクリスフォードに尋ねてきた。
「…お久しぶりです。モンパーニュ教授、ソファに座って宜しいでしょうか…」
クリスフォードは左手で"どうぞ"と合図を送るとロランはソファに座り寛ぎ始めた。
クリスフォードはロランと対面となる個人用のソファに座る。
クリスフォードは、目の前に座るロランが平然を装い"魔力"と"得体が知れない底知れない力"を極限まで抑え込んでいる事を直ぐに理解した。
同時にクリスフォードは12歳のロランから"皇帝"や"王"だけが持つ独特の風格が溢れ出ていることに興味を抱いた。
『……あの小僧がたった1年でこれほどまでに変わるものなのか……』
質問と関係ない事を考えていた為、クリスフォードのロランに対する第一声は何とも平凡なものとなった。
「…今や飛ぶ鳥を落とす勢いの公爵閣下がどのようなご用件で御越しになられたのでしょうか…」
ロランは両手を組み微笑みながら目的を告げる。
「…単刀直入に言います。私の"ブレーン"になっていただき″御力″を貸しいただきたい…」
ロランは休むことなく心を鷲掴みにする口説き文句を熱心に伝えクリスフォードを勧誘する。
「…私には、教授の魔法学に対する系統だった知識と魔法が精神・肉体に及ぼす影響の研究で培った知識が必要なのです…」
クリスフォードは研究資金と爵位を手に入れる事ができる千載一遇の好機と捉え、ロランに対し条件を突きつけた。
「…公爵の申し出、誠にありがたい…」
「……私が要望する3つの条件を受け入れて頂けるなら申し出を承りましょう……」
ロランは"どうぞ"とばかりに左手を前に動かしクリスフォードが条件を話すことを促す。
「…1つ、私に子爵以上の爵位を与える事…」
「…2つ、私の研究資金を拠出する事…」
「…3つ、今後もカント魔法大学で魔法学を継続して教える事を認める事…以上3つです…」
ロランは即答する。
「…御受けいたしましょう…」
「…ただ、教授にも私の邸で観た事、知った知識は他言しないと御約束頂きたい…」
クリスフォードはロランの要求を受け入れ契約は締結した。
本日、アゼスヴィクラム暦736年7月12日【光5日(金曜日)】、"クリスフォード・ド・モンパーニュ"は条件以上である【伯爵】を叙爵された。
その日の晩、クリスフォードはロランの邸にある地下施設において観たことも無い設備と器具に囲まれながらキメラの解剖に立ち会っていた。
突然、キメラを執刀していた"ブリジット・フォン・フランソワ"はクリスフォードに対し難問をぶつけてきた。
「…モンパーニュ様、このキメラは"性行動を司るDNA"が際立って一般人と違いがないのです…」
「…では何故、このキメラは異常といえる"性行動"を起こしたのでしょうか…」
クリスフォードはブリジットが何を尋ねているのか全く理解できずにいた。
問題を解決するため、クリスフォードは自分に知識のない"DNA"についてと異常な性行動が同のようなものであったか質問をした。
「…確かフランソワ卿であったかな…まずDNAなるものはいったい何か…」
「…このキメラはどのような異常な性行動を行ってのか教えていただけるかな…」
ロランは確信する。
『……芯に実力のある者は自分の知っていない事は素直に教えて欲しいと頼む事ができる者だ…』
ブリジットは『この教授は大丈夫かしら…』と思いながらもDNAや肉体の構造、"男性・女性ホルモン"が体に及ぼす効果について説明を行った。
クリスフォードは"水を得た魚のように"知識を吸収し、しばらく考え込むと自らの仮説を話し始めた。
「…あくまで仮説であるが、闇属性魔法に所属する精神感応魔法が視床下部にある"性中枢″を刺激し"性ホルモン"を異常分泌させたと思われる…」
「…精神感応魔法の中で活性化を促す"刻印"が、頭部または頭部に取り付ける器具に刻まれていないかな…」
「…それと、このキメラはDNA内に"性中枢"と"性ホルモン"が生まれつき活性化するようデザインされていないかも調査して欲しい…」
結果は、クリスフォードが導き出した仮説通りであった。
キメラのDNAは"性中枢"と"性ホルモン"が通常の人族より活性化するようわずかに変更されており、頭部に精神感応魔法の活性化を促す"刻印"が入れ墨されていた。
この日より、クリスフォードは取り憑かれたように研究に没頭し、ブリットの助けを借りながら僅か2週間で特殊な技術を見つけ出した。
その最たるものは、光属性魔法とレンズを組み合わせて集束イオンビームを生成し、髪の毛一本一本をエッジングすることで染めることなく髪色を変える技術であった。
また、筋弛緩剤の数倍の効果のある薬の製造や皮膚培養技術と魔法を用いた魔物の皮膚の長期保存技術を組み合わせ精巧なフェイスマスクを作成する事にも成功していた。
この成果は諜報に活用できるため、即時にルディス率いる諜報部隊【SilentSpecter(静かなる亡霊)】の諜報部員達に使用されていく。
この時のクリスフォードは夢にも思わなかった。
"……今後、自分がドラゴンや魔物を率いたロランに同行し戦場を駆け巡ったり……"
"……人々を救う薬をロランやブリジットと共に開発したり……"
"……ロランの【光】と【闇】の側面を"友という関係"で観ていく事になるなど……"
今までの自分の全ての研究成果を注ぎ込み魔法の深淵に至るまで研究できる資金と施設を得たクリスフォードは、自信を取り戻し肉体を鍛え直すことで、かつての『戦う賢者』の姿を取り戻していた。
……これよりは少し未来のお話となりますが……
新学期が始まった9月、カント魔法大学の魔法学を先行する学生達は精悍さを取り戻しスタイナー家の紋章とモンパーニュ家の紋章を金糸で刺繍したアカデミックガウンを纏う颯爽としたクリスフォードの姿を観ることになる。
クリスフォードは教壇に立つと背中に位置する黒板を右の掌で"バン!"と叩くと
「…諸君、私が『戦う賢者』の異名を持つ"クリスフォード・ド・モンパーニュ"である…全身全霊で講義に取り組み給え…」
と力強く授業の開始を告げるのだった。
・2020/06/10 誤字・脱字、説明がくどい一部の文章を修正