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異世界転移の英雄譚 ~悩み多き英雄さま~  作者: 北山 歩
第2部 第2章 キメラの世界 編
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80話 黒曜の丸屋根と神の矢 ~黒い雪〜

 静かな朝、そう歴史に刻まれるであろうこの日は静かな朝だった…


 静かな朝であったが『ホワイトヴィル湖』のメッサッリア共和国領域ではいつもと異なり潜水艦が浮上し一直線に整列している…


 そんな静かな朝に終わりを告げるように『ホワイトヴィル湖』南岸領域に進軍しているマシュー・オルコットの無線に本国戦闘指揮所より指令が通達された。


 「…統合軍司令マシュー・オルコット、C01からG09部隊に対し最上級機密指令を通知せよ…」


指令を言い渡した者はメッサッリア共和国国防相『アルベルト・スペンサー』その人であった。


 指令を受けたマシュー・オルコットは動揺を治めるように左手で軍帽の鍔をさすりながら唇を震わせ、直属の士官にC01からG09部隊に対し最上級機密指令を発するよう命じる。


 最上級機密指令を受け取った各部隊の部隊長は暗号解読書を手に取りながら【最上級機密指令】を解読し絶句した。


 全ての部隊長は【良心の呵責(かしゃく)】に押し潰されそうになりながらも本国からの指令を忠実に実行にうつす…


 「「「……総員、弾頭を通常タイプからAGタイプに切り替え、第一級攻撃態勢を取り待機せよ…」」」

 

各部隊の隊員達は顔を青ざめながらも指示に答える。


 「「「「「…イエス…サー…」」」」」


先程まで静かであった朝に靴音が響き渡り、隊員達の緊張はピークに達する。


 本作戦を指揮するアルベルトは本国国防省統合軍事委員会に設置された戦闘指揮所より、各部隊に指示を出し続けていた。


 プレコグニション(予知)部隊に対しては条件を少しづつ変化させ、その結果生じる【神の矢】の着弾状態をシュミレーションさせ…


 クレアボヤンス(千里眼)部隊には、ロランから要請された緯度経度の風景を遠視させ…


 ハイパー演算部隊並びに生体コンピュータ部隊には【神の矢】の発射角度や速度、空中姿勢制御などを計算させていた。


 ハイパー演算部隊とは計算で使用する脳領域の血流量を外科手術により通常の30倍以上に高め計算能力を極限まで向上させた部隊である。


 一方、生体コンピューター部隊とは生体コンピュータに電気信号を送りシナプス内で演算処理を行わせることで高度な演算を行う部隊であり、ハイパー演算部隊と双璧を成す部隊である。


 "生体コンピュータ"というと聞こえはいいが、その実態は神が特許を認めないほど倫理的に問題がある構造であった。


 "蚊"や"蜂"のような飛行する大型の昆虫型魔物より脳を取り出し、脳内に血液を送る血管を"エラ呼吸を行う魔物の鰓弓を通る血管と縫合…


 さらに栄養素を含んだ人工血液を脳に送るため鰓弓を通る血管と脳の血管の間に結合…


 拒絶反応を起こさぬよう魔石を利用し『ヒール』をかけ続けることで抑制...


エラが十分な酸素を吸収できるよう常時人工羊水槽内に酸素を送り続けることで脳の活動を維持…


 光属性魔法の使い手が光を放出する魔法を使用しキーボードを打つ事により、内部でそれぞれのキーに割り振られた電気信号のパターンを発生させ...


 人工羊水槽内にキーボードからの電気信号が流れ、羊水用内に固定された脳に演算を行わせるという代物である。


 『…まさか【神の矢】を実際に使用する日が来るとは…』


と思いながら、アルベルトはハイパー演算部隊と生体コンピュータ部隊が算出したデータを各部隊の【神の矢】内に設置してある空中姿勢制御用の"生体コンピュータ"に送信していく…


勿論の事だが、音声をデジタル信号に変換し電波に乗せる技術にも倫理的に問題であるコウモリ型魔物の生体が利用されていた。


 一方、ロランはルミール、バルトス、アルジュといった召喚者達とアリーチェ、レイチェルをリビングに集合させていた。


 ロランは【神の門(バベル)】の称号を与えられてからというもの召喚者達とアリーチェ、レイチェルを含めた者達の総称を【至高の門番(プリマプフェルトナァ)】としていた。


 「…プリマプフェルトナァ達よ。僕は数時間後『黒曜の丸屋根』を発動し"キメラの樹海"を隔絶させる…」


 「…この件に対し意見がある者はいないか…」


ロランは明らかに迷っていた。まるで誰かに代替案を提示してもらいと受け取れる発言であったからである。


 するといつもは寡黙なクロスが

 

 「…あの者達の"生"に罪はございません。罪を問うのであればあの者達を作りし"人"であるかと…よってクリシュナ全域を隔絶させてはいかがかと存じます…」


とロランの欲する(ほっする)提案と方向性が異なる提案が行われた。


 「…確かにクロスの発言には一理ある…だが帝国民に罪はない。寧ろ(むしろ)被害者なのだから…」

 

とロランが述べるとクロスはロランより引き出したい言葉を引き出せたと直ぐに提案を懐におさめる。

 

 このままでは作戦を決行しなくてはならない。


 この状況においても覚悟が定まらずにいたロランは助け船がでないかとアリーチェを横目で見るも何の反応も無いため、ルミールを見つめた。


 するとルミールは、


 「…龍神様、"かの者達"の"生"に罪は無く魂は純粋なのかもしれません...』


「...しかし、人族の女性を強引に身籠らせることを"善"とDNAに組み込まれた"かの者達"は、その存在そのものが人族にとって罪なのです…」


「...この度の措置はいたしかないかと…」


ルミールの発言を聞いたロランは腹を決めた。


その瞬間、クロスが突然ルミールを挑発する。


 「…"審判の天使"とも思えない発言ですね。思想が偏っていませんか…」


ルミールはドゥンケル()側の【バルトス、マルコ、クロス、フェネク、アルジュ】の事を良く思っていないうえに挑発されたため


 「…魔人が我に発言を行うなどあってはならぬ事、穢らわしい(けがらわしい)…」


と発言し一触触発の状態となる。


 ロランは堪らず2人を注意しようとした矢先、思いもよらない者が言葉を口にした。


 「…"審判の天使"、"智の魔人"たる者がなんと無様な。ロラン様の御前であるぞ…分をわきまえよ…」


とマルコが火を吹きながら発言したことで事態は収束した。


 するとマルコは続けて

 

 「…『黒曜の丸屋根』を使用しクリシュナの主戦力を奪い、メッサッリのMRSIS(ムルシズ)あるいはトロイトのTFRISS(トフリス)所属の暗殺部隊が"キメラの樹海"計画の首謀者である将軍達をヴァルハラに送った場合、クリシュナ内で政変が行われる可能性が高いかと…」


マルコはロランが予想していなかった事案を提示してきたため、ロランは己の想定が未だ未熟であると痛感しながら


 「…マルコの言う通りだ…政変があった場合、ダーシャ・クリシュナ皇女を擁立しクリシュナに傀儡政権(かいらいせいけん)の樹立を試みる…」


ロランのこの発言に対しプリマプフェルトナァ達はそれぞれの思いが込み上げ一同妖艶な微笑みを浮かべるのであった。


 そして時は来た…


 ロランはテレパス送信をメッサッリア共和国国防相『アルベルト・スペンサー』の黒猫宛に送る。


 黒猫の鈴が光り呼び鈴が鳴った事に気づいたアルベルトは黒猫を通じ作戦実行を確認する。


 アルベルトは大統領府で執務をこなす大統領ジグムンド・シュミッツに対し直通電話をかける。


 「…大統領。【神の矢】の発射を許可する【発射コード】を入力しセーフティロックの解除をお願いします…」


アルベルトの要求に対しジグムンドは、


 「…承知した。【神の矢】の発射をメッサッリア共和国第12代大統領であるジグムンド・シュミッツが許可する…」


と発言すると黒いブリーフケースを開け【発射コード】を入力し、首にかけていた鍵を鍵穴に挿入しセーフティロックを解除した。


 その数秒後、国防省統合軍事委員会に設置された戦闘指揮所の警告ランプが鳴り響く。


 アルベルトも首にかけていた鍵をとり、専用の鍵穴に挿入しセーフティロックを解除する。


 すると湖上では『ホワイトヴィル湖』に浮上していた潜水艦群のミサイルハッチが一斉に開放され、陸上ではミサイルサイロにおける発射ダクトのドアが空き...


前線の『ホワイトヴィル湖』南岸領域に設置された移動式【神の矢】発射機は自動的に発射方向と発射確度を定めた。


 ブザーの音が鳴り、各部隊長がセーフティロックを解除することを促す…


 部隊長達は知っている。自分達がセーフティロックを解除すれば【神の矢】が発射されることを…


 誰もが震える手で鍵を専用の鍵穴に入れセーフティロックを解除し【神の矢】を発射させた。


 【神の矢】は轟音とともに固体燃料を燃焼させながら大気圏を突破し一段目を切り離すと二段目が点火し軌道を修正しながらロランが指定した緯度経度の地点目掛け突き進んでいく。


 大気圏再突入後【神の矢】の速度はマッハ10、時速に換算するとおよそ12,000kmに達し、そのスピードのまま先端が開放され直径5m、長さ50mの杭が姿を現す。


 数秒後…


 "キメラの樹海"を縁取る(ふちどる)ように無数の【神の矢】が轟音とともに地面に差し込まれ、凄まじい運動エネルギーの影響により木々は吹き飛び、周辺の地形が数百メールに渡り抉られた(えぐられた)


 樹海のキメラ達は数秒前より異変を察知していたが、まさか上空からの攻撃と思わずこの攻撃によりヴァルハラに旅だった者が多数発生した…


 土煙舞う上空では空間が裂け、漆黒の黒き翼を纏い二股の巨大な槍を持ったロランが現れた。


 ロランは二股の巨大な槍を下に向けると


 「…我【冥界の王】の称号を以て(もって)、この地に常闇(とこやみ)を創成せり…(いにしえ)の万物の法則を組み換え全てを覆いつくせ…」


との言葉の直後【神の矢】の内側の空間が黒い(まゆ)に覆われていった…


 その光景は、メッサリア共和国国防省統合軍事委員会に設置された戦闘指揮所の巨大スクリーンとロラン邸の巨大スクリーンに映し出されていた。


 黒い繭は次第に黒い半球と変化した…


 実際には地下に半球が存在しているため、球体なのだが地表の見える範囲で半球であった。


 黒い半球は雨や空気は通すが、魔物と人間、クラゲと人間といった明らかなキメラ個体だけでなく人間のDNAを備えた植物、一見通常の人の姿であってもDNAが複数存在する者はキメラと認識し黒い半球から外界へ出ることができなくなった。


 この異変は、直ちに王城にいた皇帝『ルドラ・クリシュナ』に報告されたが、皇帝であるルドラは反撃の部隊を送ることはしなかった。


 "キメラの樹海"の制御に失敗したルドラにとって樹海の隔絶は自国民を護るという視点からすれば好都合だからである。


 それに既にトロイト連邦共和国情報保安局、通称TFRISS(トフリス)所属の暗殺部隊が"キメラの樹海"計画に携わった将軍5人をヴァルハラに送っており兵を送る事ができなかったのである。


 この後、空は【神の矢】の攻撃で巻きあがった粉塵により覆われ、一面が黒く染まる。


日の光が遮られ気温が低下したため、6月だというのに"雪”が降った。


 その雪は『黒く』まるでこの日の惨劇を大地に刻み込むかのように降り続けるのだった…

次回は・・・『81話 煌めく衛星 ~グランツトラバント~』です。 

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