8話 靴磨きと体術道場(1)
「ウィルターナ神父、相談したいことがあるのですが…」
ロランは兼ねてから考えていた計画を実行すべくウィルターナの許可を得る行動に出た。
珍しくロランから相談を切り出されたウィルターナは嬉しさを隠しながら威厳のある態度を演出し返事をした。
「分かりました。ロラン、片付けが終わったら私の部屋に来なさい……」
ロランは皆と食事の片付けをしてからウィルターナ神父の部屋に向かった。
深呼吸してから神父のドアをノックし許可を得て入室すると単刀直入に本題に入った。
「学校が終わってから、エスペランサの街で光1日から光5日までは靴磨きを、学校が休みの光6日、光7日は体術道場で投げられ役を行い、お金を稼ぎながら体を鍛えたいので、その許可をいただきに参りました…」
と兼ねてからの考えていた計画をウィルターナに伝えた。
するとウィルターナは、
「ロラン、皆、学校が終わって教会に戻ってきたら、1人1人に任せた教会の仕事をしているんだよ。ロランだけ特別扱いはできない……」
「……それに、どうしてお金が必要なんだい。教会での暮らしに不満があるのかな。ロラン答えなさい……」
とやや不機嫌気味にロランに真相を尋ねた。ロランは兼ねてから考えていた人生計画を進めていくため、お金を稼ぐ理由を詳しく話し始めた。
「ウィルターナ神父、僕はカール記念学校を卒業したら王立魔法学園に入学したいのです。そのために、どうしても入学金を貯める必要があるのです」
ウィルターナはロランが遊ぶためではなく将来の為にお金を稼ぎたいという理由を聞き悩んでいると、部屋の外から盗み聞きしていたデビットが急に部屋に飛び込んできた。
「ウィルターナ神父、ロランに許可を与えてください。ロランは気にいらない奴だけど、いつも皆の事を思って行動しているし、考えもせずに思いついたことを言うような奴じゃありません。お願いします…」
いつもロランをからかっていたデビットが、ロランが働くことを許可するよう真剣に頼んできたことに、ウィルターナは内心とても驚いた。
「ロラン、放課後と光6日、光7日に仕事をすることを特別に許可しましょう。ただし、ロランに任せてある教会の仕事はきちんと行うように。約束できますか……」
とウィルターナから手を差し伸べられたので、この機を逃す訳にはいかないとロランは快諾し、
「ありがとうございます神父。それと稼いだ金額の半分は教会に寄付しますので皆のお弁当に牛乳をつけてもらいたいです。宜しくお願いします。」
と感謝の言葉を述べるとロランはデビットと共に神父の部屋から退出した。
翌日の放課後、ロランはエスペランサの街で靴磨きで右に出る者はいないと噂されるブラームスに弟子入りに行く。
「ロランとか言ったな。お前さんも分かるように靴磨きの仕事は大変だぞ。しかも貴族様や商人様も来る、その場合には木下駄の修理もしなくてならん。覚えることは山積みだし、何といってもものすごく臭い、お前さんにつとまるかのぉ。」
とブラームスはロランの覚悟を見定めようとわざと大変さを強調して伝えた。
元の世界の中世ヨーロッパと同様に、石畳製の道路の中心部は左右より低く作られその中心には幅20cm、深さ10cmぐらいの溝が存在している。
この溝が街の下水道の役目をしており、市民は糞尿を入れる陶器が一杯になると2階の窓から糞尿を捨てていた。
特に清掃する人もいないため、雨が降れば溝に溜まった糞尿が流れていき最終的にセレネー川に放流される仕組みであるが、仮にどこかで詰まってしまった場合、行き場のなくなった糞尿は石畳の道路に溢れかえった。
糞尿がそこかしこに存在する道を人々は通行するため、靴磨きは我慢を強いられる職業となっていた。
なお、貴族や商人などの富裕層は履いている靴が糞尿で汚れないよう、靴の下に木で作られた下駄を履いて歩行していた。
結果として靴を引っ掛ける木靴の先が頻繁に壊れ、この修理も靴屋の業務であり、修理の知識と手先の器用さも求められる職業となっている。
「試しに5日間雇ってみてください。駄目でしたら諦めますので……」
とロランは積極的にブラームスに自分をアピールする。
取り敢えず、ブラームスは魔物の革で作った手袋を渡し、炭と植物の樹液で作った秘伝のクリームと魔物の毛のタオル、糞尿を取り除くための木のヘラと腰掛け用の椅子、足置き台をロランに渡し、お客さんが来たので先ず靴磨きを実演してみせた。
お客さんが遠ざかった後、ブラームスは、
「まぁ、ざっとこんなもんだ。それと実際に靴磨きをする時は糞尿が顔にかからないようタオルを顔に巻いとけよ。木下駄の修理はお前さんには早すぎるから、儂がするでの。どうだぁ、できそうか。」
と尋ねるとロランは親指を立て、にこやかに微笑んだ。
既に『理力眼』によって先程見ていた靴磨きの工程、磨く際の角度、力の入れ具合等、全てを習得していたからである。
するとブラームスはお客が来たのでロランに、
「お客さんだぞ。ロランやってみろ。」
といきなりロランに靴磨きをさせた。
ロランは、ブラームスが行った工程、磨く際の角度、力の入れ具合等を頭に思い浮かべながらも全く同じに行い、ブラームスに引けを取らない光沢を出してみせた。
靴磨きが終了するとロランはお客さんから靴磨きの代金として大銅貨5枚を受け取り、師匠であるブラームスに大銅貨3枚を渡す。
「お前さん、なかなか筋がいい。この分なら木下駄の修理、秘伝のクリームの作り方も伝える事ができるかもしれないな。儂の全てをな。ところでロラン、靴磨きの仕事をいつまでするつもりだ……」
「はい、カール記念学校を卒業するまでの5年間です。師匠!」
とロランは小気味よい返事をする。
「それと一つ重要なことを伝え忘れていた。靴磨きをする際は必ず日差し避けが設置してあるパン屋か宿屋で行うようにしような。でないとこうなる。」
と2階の窓から捨てられた糞尿を頭から被ったブラームスがおどけて説明する。
こうしてロランは、靴磨きで1日100クラド硬貨12枚(日本円で1,200円)の給金を得ることができるようになった。
夕食までに教会に戻る約束のためブラームスにまた明日来ることを伝えロランは協会へ帰路についた。
教会に戻るとロランはエディッタシスターに100クラド硬貨6枚(日本円で600円)を手渡し、帰り際に収集してきたトイレ用の葉をトイレに補充した。
残りの金額は【王立魔法学園の入学金、初等魔法書・初等薬学書・王国の歴史書等の書物購入、冒険者としての職に取り組めるようグラディウス(中型の剣)、ガレア(西洋兜)、胸部のみの安価なプレートアーマー、ガントレット(手甲)、グリーブ(膝当て)、ソールレット(鉄靴)】を購入する費用にあてるため貯金することを決めた。
『週末は、ブラームスさんが街で一番の猛者になれると言っていたゲオルグ体術道場に行ってみよう。しかし、いつまで糞尿に関わらなければならないのかなぁ、臭すぎてかなわないんだけど…』
と思いながらベッドに入るとそのまま眠りについた。
・2019/2/28…貨幣の呼び名を変更