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異世界転移の英雄譚 ~悩み多き英雄さま~  作者: 北山 歩
第2部 第1章 氷海の世界 編
75/147

75話 代償 ~牙をむく因果律~

※当作品の登場人物名称(対象はフルネームの完全一致および酷似した名称)、貨幣の名称と特徴、特有の魔法名称と特徴、理力眼といった特有の能力スキルにおける名称と特徴、国家・大陸名称、魔力導線の構造及び魔石と魔力導線を使用した発明品・兵器の構造等の内容ならびにテキスト等の無断転載・無断使用を固く禁じます。

 ラダマンティスが良かれと思いロランに託した【冥界の王】の称号が予想だにしない事態を引き起こす。


 本来、この世界における【冥界の王】の称号は冥界を治める神が保有していた。


 だが、異世界の冥界を統べるラダマンティスがこの世界に転移してきた瞬間、世界は整合性を図るため、この世界の冥界を治める神とラダマンティスを同一の存在と書き換えたのだ。


 ロランはその事実を知らず、あろうことか禁忌の行為である【アカシックレコード】にアクセスし、ラダマンティスと魔王軍との間で繰り広げられた【フェガロフォトマキア『月光大戦』】を無かった事にし過去を改変させてしまった。


 世界は再び整合性を保つため過去に遡り(さかのぼり)全ての情報を改変させていく……


 この世界の冥界を治める神が、自身の存在消滅の前に全ての能力と称号を継承させるため、ロランを異世界から転移させ、顕現した瞬間に能力と【冥界の王】の称号を継承させたと……


 ただ、転移の精度が不完全であったため冥界ではなく森の中に顕現させてしまい今に至ると情報を改変させた。


 当然、ランドの記憶も書き換わる。自らがロランに召喚された際、既に【冥界の王】の称号を得ていたロランをその時から【真の主】と認めていたというように……真実が新たな真実により上書きされていく。


 ロランを取り巻く環境は激変している。そんな渦中のロランはというとエミリア、ミネルバ、ランドを伴い、ラグナル皇帝とフレイディス宰相とともに朝食を楽しんでいた。


 朝食はサーモンフライに黒パンとボルシチ、ロイヤルミルクティという多少重めのメニューであったが、ロランは肉厚のサーモンに舌鼓を打ちながら、


 「ラグナル皇帝、フレイディス宰相、金と銀の鉱脈をランドが発見しましたので、鉛と動物の骨を燃焼させて製造する骨灰、硫黄を使用して金と銀を精錬し生産していきましょう……」


 「……無論、混成分解魔法で鉱石から金と銀を分離することもできますが、私のように混成分解魔法を付与魔法により道具に刻印することができる者が存在することが前提条件となりますが……」


と話だしラグナルとフレイディスは朝食どころではなくなる。


 「ロラン、我がリンデンスにそのような鉱脈が本当に存在するのだろうか」


当然とも言える皇帝の疑問に対し、ロランはランドに目配せをし詳細な説明をするよう促す(うながす)


 「はぁ……。面倒な説明は直ぐに振ってくる。ラグナル皇帝ですかな、お初にお目にかかります。貴国の地下には天文学的な量の金、銀、銅と鉛の鉱脈が存在します。」


 「その上、天然ガスと硫黄も豊富に存在する。まぁ、天然ガスに関しては地盤沈下を起こさぬよう年間の生産量を調整すれば、ざっと100年は生産できる埋蔵量ですな……」


ランドの説明にラグナルとフレイディスは驚愕する。


 驚愕と共に、ラグナルとフレイディスは目の前の無礼な老人に対する怒りよりも老人の口から発せられる言葉に心が踊らされる。


 そんな皇帝と宰相のことなど御構い無しにランドは話を続ける。


 「それとここが肝心なことなので心して聞いて欲しい。鉛、骨灰、硫黄を用いた金や銀の精錬方法は人族にはかなり害になる……」

 

 「……鉛と硫黄に対しては常に細心の注意を払わねばならんし精錬の工程で発生するガスを吸引しないよう専用の設備が必要となる……まぁ、坊っちゃんが製作した設備を真似て作れればいいだけのことじゃが……」


とラグナルとフレイディスの気分を害するような言い方をする。


 ランドの無礼さなど、どこ吹く風というように話の内容に心を奪われフレイディスはロランに対し、


 「ロラン殿、そちらの御老体が言われている事は本当の事でしょうか……」


とランドが語る内容の裏付けを求めてきた。


 ロランは多少面倒くさそうに魔法鞄から金と銀が含まれた鉱石を取り出すと、


 「ラグナル皇帝、フレイディス宰相、この鉱石が証拠です。それと鉱石から金と銀を精錬できるよう混成分解魔法を刻印した転炉を複数製作しますので、ご安心してください……鉛、骨灰、硫黄を用いた金と銀の精錬方法はあくまで予備的な方法としてお考え頂きたいという位置づけです。」


屈託(くったく)のない笑顔とともに皇帝と宰相の心配の種を取り除く。


 さらにロランは、資材が入手できず未着手となっているガラスハウス製作に関しても、


 「ガラスハウス製作に必要な資材を大量に素早く確保できる手段を得る事ができましたので、候補地を選定頂きプロトタイプのガラスハウスを建設していきましょう……その代り……」


と新たな要求を含ませる物言いであったため、ラグナルとフレイディスは『ロランもまた他の者と同様、欲に目が眩み地下資源の独占販売権だけでなく開発を行なった鉱山の一部の所有権を主張していくる』と思っていた。


 しかし、ロランの口から発せられた言葉はラグナルとフレイディスが予想している内容と大きく異なった。


 「リンデンスは豊富な地下資源と農業と漁業、それにタイガ地帯の林業と産業が活性化し確実に潤います。」


 「その資金の中から過酷な状況に置かれている老人達を救うための老人施設と身寄りのない子供達を救うための孤児院、治療費を支払うことができない人達のために無料でヒーリングを受けられる施設と学校を建設し運営頂きたい……」


 このロランの言葉はリンデンスに来てから初めて自分の知っているロランに出会えたと実感させ、エミリアを大いに満足させ満身の笑顔をうませた。


 ミネルバも自身の身の上から身寄りのない子供達のために孤児院建設の交渉を行うロランに心打たれ、ランドも『甘い…甘い』と言いながら満足げな表情を浮かべる。


 一方、ラグナル皇帝とフレイディス宰相は顔から火が出るほどの想いで自分の浅ましさを恥じていた。


 ロランの要求は私利私欲どころか、リンデンスの最も弱い帝国民達を救済する要求だったからである。


 様々な想いを抱く一同であったが、朝食を済ませるとガラスハウス製作の候補地選定を行ない。


 続いて金、銀、銅の鉱脈の採掘地と天然ガスの採掘地を地図上で確認した後、明日ガラスハウス製作の候補地と採掘地の現地視察を行う事を決め解散した。


 解散後、ロランはリンデンスに来て初めてエミリアを誘い『ラビュリント王宮』の正門扉を通って庭園群を散歩する。エミリアは喜びを隠さず眩しいほどの笑顔でロランの顔を覗き込みながら、いたずらな質問をする。


 「…急にどうしたの?ロラン……」


 ロランはいつもエミリアに見せる優しい笑顔で、


 「…リンデンスに来てからというものエミリアとゆっくり話をできなかったからね。それにいつもは見せていなかった【もう一つの僕の一面】を見てエミリアの気持ちが変化したか知りたくて…」


と返した。


 リンデンス皇帝と戦闘したかと思えば堂々と交渉し一時はポールシフトを用いたジオエンジニアリングにより気候変動を企てるもリスクを鑑み、ツンドラに対応した革新的な農法に舵を切り、プロトタイプのガラスハウスを建設しようとしている。


 それだけに留まらずロストシップの亡霊を殲滅させ、資源開発や林業開発など国家規模の問題に対し矢継ぎ早に対策を打ち出してきたロランが、自分の事で浮足立っている姿に心を揺り動かされ深い愛おしさを感じていた。


 「…私のロランに対する気持ちは変わらない。でもロランの事を恐ろしく感じるのも事実なの…」


素直なエミリアの言葉を受け、ロランは複雑な表情を見せながら、


 「…この世界は『力』がない者には残酷すぎる。自分の正義を貫くためには『力』が必要なんだ。その『力』を求めるあまり僕は…」


 「…僕は人の感情を持ち続け人でいたい。そのためには君が必要なんだ…エミリアでなくては駄目なんだ…傍にいて欲しい…君を愛し続ける事を認めて欲しい…」


『強大な力と富、権力を保有する。国家さえも左右するロランの心は何て脆いのだろう』とその時、エミリアは強く感じた。


 「…フォルテア王国の英雄さまが何て顔をしているんですか…」


と言うとエミリアはロランを抱きしめ唇を重ねた。


 しばらくすると、エミリアは『はっ』と我に返り恥ずかしさのあまりその場を走り去った。取り残されたロランはというと茫然と空を見上げ余韻に浸っている。


 余韻に浸るロランを許さないかのようにバルトスからテレパス通信が入る。


 「…ロラン様、大変です。【マー二・エクス・ディアナ】様が激高し皆に対し…ロラン…様…」


『…皆が危ない…』そう感じたロランは【繋門(ケイモン)】を使用し空間を引き裂き邸に戻る。


 邸内の空間は通常重力の1万倍の重力加速度である極限環境となっており、ロランの全身を強烈に押し付ける。


 その極限環境の中でバルトス、マルコ、クロス、フェネク、ポルトン、ピロメア達が床にめりこみ、ジェルド達が潰されている惨状が目に入った。


 【ありえない、あってはならない光景】を目の当たりにしたロランは、心を拘束していた理性と呼ぶべき鎖がはじけ飛んだことを感じた。


 ラダマンティスより継承した能力を使用し重力を通常に戻すと眼の前に存在する髪の毛が蛇の女性に対し何の躊躇いもなく【ケラウノス】を放ち消滅させる。


 消滅を確認した後、光属性の回復魔法で最上級である【スプレマシー・ヒール】を皆にかけ、【生命そのものを操作する能力】で皆を蘇生させる。


 ロランはやっとの事で正気を取り戻すと皆に事情を聴く。すると皆は口を揃え


 「「「「「ディアナ様が突如、激高され暴走なされました……」」」」」


ロランは皆を壊滅させた『ディアナの力』に驚愕しながらも『正体を確認しなければ』と思い、今度はバルトスとジェルドの2名にのみ説明を求めると2名は困惑し渋々ジェルドが、


 「ディアナ様はロラン様の許嫁です。ロラン様がエミリア様に想いを寄せた事に激高し……」


『ジェルド、何を言っているんだ。ディアナなんて知らない』と思っているとロランの記憶に、この世界に転移し【冥界の王】の称号を得た際に許嫁とされた半神の女性という情報が思い浮かんでくる。


『ラダマンティスの願いを叶える為、【アカシックレコード】にアクセスし過去改変した影響なのか』と後悔していると5m先の空間に黒い霧が集まりディアナが再生していく。


 ブリュネット(栗毛)の髪に左目がサファイアブルー右目はグリーンのオッドアイをしたディアナは再生し終えるとロランに対し


 「…ロラン様、私という許嫁がいるにもかかわらずエミリアに想いを寄せるなんて…」


とブリュネットの髪がうねり出し再び蛇になりかける。


 ロランはその刹那、ディアナに対し強烈な殺気を放つ。


 「…ディアナ、僕の称号と力を知っているね。皆に対して2度とこのような行為をしないと約束して欲しい。できなければ君を未来永劫消滅させる…」


問答無用で最後通告を発した。


 ディアナは自分の『力』を上回り心を捧げた最愛のロランに対して渋々約束を行う。


 この時、ロランは【アカシックレコード】にアクセスし情報を書き換える事の【代償】の重さを痛感した。いや、世界に痛感させられたのだ……


 再び【アカシックレコード】にアクセスし、この事態を回避する為に情報を修正した場合、今回のように思いもよらない所で影響が発生する【バタフライ効果】が生じる事を恐れ【アカシックレコード】に対するアクセスを封印する事を決める。


 『…自分の軽率な行動が今回の一件を引き起こしてしまった。それにディアナの人生と心も深い禍根を植え付けてしまった……この事態をどう収束させればよいものか…』起こしてしまった功罪の大きさに、ロランはただ困惑するしかなかった。


後日談となるが、ロランは自分が【アカシックレコード】にアクセスし過去改変を行なったため、間接的ではあるが自身がこの世界に転移する原因を作ってしまった【パラドックス】を発生させた事にとてつもない後悔を抱く事になるのだった。

次回は・・・『76話 連鎖 ~新たなる『能力』の覚醒~』です。

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