74話 フェガロフォトマキア『月光大戦』の生き残り ~無明長夜からの解放~
アルジュから取得した『記憶改変』により【レイチェル・ロンド・冷泉】の転移に関するの記憶を消去したロランであったが、合理性のない『記憶改変』はレイチェルの深層意識を不安定にさせるため、再度『記憶改変』を使用する。
『レイチェル。君は資源調査のため太陽系外惑星に向かう最中【アルクビエレ・ドライブ・エクスペリメント】の失敗により、この次元に出現した。しかし、実験失敗の衝撃により転移前後の記憶は一切思い起こせない』
と記憶は実際はあるのだが思い起こせないという偽の情報を念入りに上書きし、転移前後の記憶を消去した事実を緩和していく。
するとロランのレイチェルに対する『記憶改変』を近くで見ていたアルジュが、
「ダーリン…なぜ自分を愛するように記憶改変しないの。そうすれば命を狙われなくなりますよ…レイチェルには別の生きる理由を与えてはいかがですか…」
と皆が考えていることを投げかけてきた。
アルジュのロランを想う問いに対しロランは自分の想いを素直に返した。
「そうだね。でも、憎んでいる相手を愛していると記憶を改変した場合、合理性がとれずレイチェルの深層意識を傷つけてしまう。身寄りも無い愛する人もいない世界で生き抜くためには【誰かを憎む】という強い感情が必要だと思ったんだ…」
ロランの言うことは正論なのだが、納得ができる者はいなかった。
ロランはテレパス送信で『ジェルド・ヴィン・マクベス』に連絡を取る。
「……ジェルド。今、いいかな……」
「…はっ。全く問題ございません…どうされました…」
と自信に満ち落ち着き払ったジェルドの返事が黒猫を通して返ってくる。
ロランは一瞬、プロストライン帝国の猛将と恐れられダンディズムの化身ともいえるジェルドが黒猫に話しかける姿を想像し口元を緩ませるが直ぐに元に戻し、
「…邸の警護とRedmist及びLVSIS、ジェルド率いる歩兵部隊【RedMace】並びに狙撃部隊【RedBullet】の指揮で、忙しいところ済まないが客人用の部屋を用意してもらいたい…」
「…畏まりました。その御方はどのような役目を担うのでしょうか…」
ジェルドの真意を図りかねたロランであったが相手がジェルドであるため真実を告げる。
「時間管理者として時間と空間を観測する役目を担ってもらう予定としている。問題は彼女が私の指示を実行するかどうかだが…」
「……時間と空間ですか…我が主君ながら、またスケールが桁違いな…」
と驚きとも呆れとも受け取れる返事が返ってきたが、ロランはそういう微妙な心の波紋は気にせずに話を続ける。
「別件だが、ワーグの親方からコンクリート原料40トンとボルトとナットが用意できたとの連絡はあったかな…」
「いえ、その連絡は受けておりません。連絡を受けましたらご報告致します。それとブリジットがロラン様と御話を望んでおりますので少し御話をして頂けますか」
「分かった。ブリジットと話をする事にするよ。ジェルドありがとう…」
と話し終えるとロランはブリジットと話を行い始める。
【仮面の聖女】となったブリジットには、解毒薬及び一般薬の開発とロランが保有する資産に対する経理業務を行なってもらっている。
ブリジットの話は実にシビアであり、エクロプスと一族に命じた巨大地下網建設及び急激に拡大した組織の維持費と組織が使用する武器の開発・製造費、商会と共同出資した工場の建設・維持費や直営工場の従業員給与等のコストが増大し、特許権存続期間中は問題がないものの期間終了後を考慮すると鉱山か領地の保有が必要という内容であった。
『魔法で満ち溢れた世界でも規模は異なるものの同じ問題で悩む事になるとは…』と思いながらもブリジットに真摯に対応していく事を伝えた。
その後、皆の方に振り返るとロランは唐突な指示を出す。
「皆、待たせて申し訳ない。レイチェルの精神状態を考えると邸で過ごした方がベストと思える。それと気候変動の必要性も無くなった事だし、急で申し訳ないがルミール、アルジュ、アリーチェ、ロベルト、ファビアンはレイチェルを連れ、一足早く邸に戻ってほしい」
「「「「「はっ、畏まりした。」」」」」
「エミリアとミネルバは、このまま残ってもらう…」
ロランの唐突な指示に呆れ返る一同であったが急ピッチで数々の問題を解決しなくてはならないロランの心中を察し、誰も文句一つ言わずに対応していく。
疾風の如く一同は『ラビュリント王宮』の正門扉を通過すると庭園群の中央に位置する石畳の通路へと移動する。
ロランは間髪入れずに飛行船を飲み込んでいる【ティタニアス】を召喚し飛行船を吐き出させると生活魔法を使用し胃液まみれとなった飛行船を洗浄する。
洗浄を終えるとファビアンに操縦を命じ、ルミール達を乗せ邸への帰路に着かせる。
ロランは自分でも不思議に想うほどリンデンスにおける資源開発を急いでいる。なぜか、そうしなければならない強い衝動に駆られていたのである。
『いつもの事だ』と想いを切り替え、飛行船が完全に視界から消えるや否や鉱山・資源開発に特化した妖精であるノッカーのランドを召喚する。
「「召喚!ランド!」
とロランは声を張り召喚呪文を唱える。するとカルシウム、銅、カリウムの炎色反応時に生じる【オレンジ、グリーン、パープル】の光を発しながら鉄さびの臭いを纏ったランドが目の前に現れた。
「相変わらず妖精使いが荒いの…坊ちゃまは…」
召喚されたランドの第一声にエミリアとミネルバは呆然とする。
まるで、孫と話しているかのように嬉しい感情が見え隠れするが表面上は面倒くさそうな口調の話し方だったからである。
続けてロラン以上に空気を読まないランドは思いがけないことを口走る。
「坊ちゃま…この地で資源開発するのは止めたほうがいい…」
「ラン爺どうしてだい…」
「この地は、太古の昔、【『冥界獄使』と名乗る闇の使い】と【魔王率いる堕天使・魔族連合】とが闇の支配権を巡り【フェガロフォトマキア『月光大戦』】を繰り広げた不浄の地であるからじゃよ…」
ランドの口から出た【フェガロフォトマキア『月光大戦』】という言葉がロランの好奇心に火をつけ、一刻も早く資源開発を行ない【フェガロフォトマキア『月光大戦』】の遺物も探索しなくてはとの想いを一層強める。
エミリアとミランダはロランの後ろ姿からでもロランがワクワクし出したと思っていると急にロランの前の空間が縦に裂けた。
空間の裂け目から、天使の翼を持ち山羊に似た角を生やした漆黒の肌で痩せてはいるが筋骨隆々な何者かが出てくると、至極当然にロランの前で立ち止まると片膝をつき、
「ロラン・フォン・スタイナー様。我が主、冥界獄使長『ラダマンティス』が貴殿との面会を心待ちにしております。どうか私と共に御越し頂きたい…」
得体の知れない何者かは、異形なれども内より高貴さを漂わせ、ロランの好奇心をさらに駆りたてる。
「分かりました。私以外にも同席させたい者がおりますが問題ありませんか…」
「……問題ございません。では早速【繋門】を拡張します…」
と言うと異形の者は空間の亀裂を広げる。
ロランは横にいるランドに対する目配せを終えると振り返りエミリアとミランダにも目配せをする。
ランド、エミリア、ミランダは呆れながらもロランの元に集まり異形の者に続いて【繋門】をくぐると目の前に巨石に鎮座する巨大な天使の羽を持つ鬼のような存在に出くわした。
「ラダマンティス様。予言の御子とその一行を御連れしました。」
巨大な天使の翼を持つ【ラダマンティス】は空気を振動させながら低く威厳のある声で
「うむ。出かしたぞ。プルプトー下がってよい…」「はっ…」
プルプトーが姿を消すとラダマンティスは徐にロランに話し始める。
「貴殿が【ロラン・フォン・スタイナー】であるか…」
ロランはラダマンティスを見上げながら半分機械的に質問を投げかける。
「あなたは一体何者ですか。それと私を招いた目的とは何ですか。」
「何とも味気のない小さき者よ。我は異界の第7冥界を統べし者。貴殿を招いた理由は貴殿の【理気魔法】で【アカシックレコード】にアクセス頂き、太古、我らとこの世界の魔王軍とで繰り広げた【フェガロフォトマキア『月光大戦』】の情報を無かった事に書き換えて頂くため…」
「情報の書き換えを成すため、我らがこの世界に吸い込まれた時点の情報を【我らはこの世界に吸い込まれたが、この世界の意思により元の世界に送り返された】と書き換えて頂くことが目的である…」
と切実に語りかけてきた。
ロランは『【転移】と同等の魔法を使用できるのであれば自ら【アカシックレコード】にアクセスし情報を書き換えればいいのでは…』と考えているとラダマンティスは勝手にロランの思考を読み取り、
「貴殿の考える通り我は何度も【アカシックレコード】へのアクセスを試みた。だが、その都度アクセスを拒否され数万年の時をこの地下で過ごしている…」
「多くの掛け替えのない配下を大戦で失ってしまった。無論、ただとは言わん【重力といった『力』や暗黒物質を操る能力】と【生命そのものを操作する能力】を提供しよう。どうか我を哀れと想い引き受けてくれないか…」
ロランは考える。
『目の前にいるラダマンティスの『能力』は『理力眼』で取得できる。既に『理力眼』の能力でプルプトーが使用した『繋門』の能力は取得している。だが、本当にそれでいいのか…【無明長夜】の日々を繰り返す者を見捨てる事が自分にできるのか…』
と自問するも答えはとうに決まっていた。
ロランはラダマンティスに対し、
「承知しました。【アカシックレコード】にアクセスし情報を書き換えます。」
と返事する。ロランの返事を聞いたラダマンティスは左手の人差し指と中指の2本をロランの額に『そっ』と添わすと約束の能力を受け渡す。
ロランは能力を受け取った事を『理力眼』で確認した後、
「アーカーシャ…」
と詠唱を唱え【アカシックレコード】にアクセスし情報を書き換え始める。
ラダマンティスは『アーカーシャ【虚空】か…アーカーシャ【虚空】が【アカシックレコード】にアクセスする鍵だったとは思いもよらなんだ』と想いながら、自分の手を見つめると見る見るうちに透けていく。
手や身体が透ければ透けていくほど自らの周りに大戦で失ったはずのかつての配下が透き通った姿で現れ始め、ラダマンティスは極上の微笑みを浮かべる。
そして消滅する間際、ラダマンティスは、
「この世界における【無明長夜】の日々も今となっては、ただ懐かしい…恩にきるぞロラン。今になって分かった事がある【アカシックレコード】で自分の過去改変を行うとパラ…」
ラダマンティスは全てをロランに告げずに、数万の配下の者を引き連れ消滅した。
ラダマンティス一同が消滅した直後、地下空洞は暗闇となるがロランは光属性魔法を使用し光球を出現させると上空に投げつけ、岩盤にめり込ませ灯りを確保する。
『ふぅー。これでやっと本格的に資源開発をランドと行える…』
と考えていると後方のランドより、
「坊ちゃま…この地下空洞のあちこちから温泉が湧き出ているのでもしかすると思ってましたが、この壁面全てが金鉱石を含む巨大な金鉱脈ですな…」
と冒険心を削ぎ落す言葉が浴びせられ、ロランは興ざめしてしまった。
『宝物に囲まれてラダマンティスは気の遠くなるような日々を過ごしてきたのか。といっても何に価値を見出すかは立場が違えば異なるか…』
と考えるも長居する場所でもないため、
「皆、ラグナル皇帝とフレイディス宰相と共に美味しい朝食を頂くため『ラビュリント王宮』に戻ろう…」
と言うと取得したばかりの【繋門】を使用し空間を裂き、王宮へと向かう。
エミリアとミネルバは思う。
『ロランの身体から発する威圧感が飛躍的に増している…』
それもそのはずである。ラダマンティスがロランに授けた物は【『力』や暗黒物質を操る能力】と【生命そのものを操作する能力】だけでなく【冥界の王】の称号も受け渡したのだから。
そんな中、ランドは『あぁ…坊ちゃんは名実ともに闇を司り真の意味で我が主となってしまったな…』と悲し気な表情を浮かべながらロランの背を見つめていた。
次回は・・・『75話 代償 ~牙をむく因果律~』です。