表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界転移の英雄譚 ~悩み多き英雄さま~  作者: 北山 歩
第2部 第1章 氷海の世界 編
71/147

71話 ロストシップの亡霊殲滅作戦(2)

 『永久凍土における革新農法とロストシップの亡霊殲滅』がアジェンダであった協議を終えた夜、エミリアは用意された部屋のベッドに横たわり、リンデンスに到着してからの出来事を振り返っていた。


 『ロランが話していた【砂栽培農法】や農作物に欠かせない【窒素・リン酸・カリ】の三要素の話、それに草木灰(そうもくばい)はアルカリ性で【ポトゾル】という土は酸性だから中和できるという内容。極めつきはロストシップの亡霊殲滅で使用される魔法や対物ライフル(アンチマテリアルライフル)の話。全く知らない事ばかり。私はロランの事あまりにも知らなすぎる…』


 エミリアは困惑していた。困惑して当然である。確かにロランは『竜覇者でありS級ライセンスを保持する冒険者』であるが、わずか12歳。


 12歳の少年が国家元首と対等に一国の将来を左右する協議を行い、想像を絶する『魔力と戦闘力』を兼ね備え、仕えている者が全員驚愕すべき『力』を保有している事を知ってしまったからである。


 『そんな者達を自分は将来コントロールできるだろうか』という不安に押し潰されそうなエミリアであったが、ここ数日の間に蓄積された疲労には勝てず深い眠りについた。


 そんなエミリアの夢の中にアリーチェが現れ、謎めいた言葉を投げかける。


 「ロランは隠そうと思えば貴方がヴァルハラに旅立つまで今回の一面を隠し通す事もできたのです。なぜ貴方に自分の全てを見せたのか。その答えが見つかる時、困惑と不安は無くなります…」


 翌朝、目覚めると目と鼻の先にロランの顔があったため、エミリアは驚きながらも抗議する。


 「ロラン、私達はまだ結婚前ですよ。それにレディの部屋に許可なく…」


エミリアの話が長くなりそうな気配を感じたロランは話を遮り、


 「エミリア、寝坊だよ。さぁ、服を着替えて。皆と一緒に『誓いの広場』に行こう。水晶オベリスクの観測者である『ムネモシュネ』なら、ロストシップに関するより詳細な情報を保有している可能性が高いからね。今回はパワーをセーブする必要がないから僕まで興奮しているよ…」


と話し終わるとロランはエミリアの部屋を後にした。


 エミリアはアリーチェが現れた夢に続き今回の事も釈然(しゃくぜん)としなかったが、急いで着替えを済ませ『氷の王宮』の正門扉を開けると、漆塗りでスタイナー家の紋章がゴールドとシルバーで装飾された漆黒の馬車が2台待機していた。


 『私はロランの恋人のはずよね。最近、雑に扱われているような気がする…』そんなエミリアの乙女心など微塵も理解しないロランは、満面の笑顔でエミリアを馬車に迎え入れ『誓いの広場』へと向かった。


 ロベルトとミランダが御者を務める2台の馬車は30分後『誓いの広場』に到着した。広場に到着するとルミールとアルジュは我先にと(われさきにと)馬車から飛び出し、


 「龍神様!」「ダーリン!」「「早く『ムネモシュネ』からロストシップの詳細情報を聞き出しましょう…」」


と眩しい笑顔でロランを誘う。


 いつものロランであれば『はしゃぎ過ぎだよ』と冷やかな対応をするのだが、今回は意外にも、


 「ルミール、アルジュ、ミネルバ、オベリスクまで競争するよ…」


と言うや否やロランは疾風(はやて)の如く駆け出していく。


 馬車に取り残される形となったアリーチとエミリアは4人を冷ややかな目で見つめ、御者台にいながらもアリーチェに対し細心の注意を払い護衛していたロベルトは『流石は我が君。女性の心を鷲づかみとは。しかし、あまり弄んでおりますとしっぺ返しが大変ですよ』と思いながら、アリーチとエミリアを護衛しつつロランの元へと向かう。


 水晶オベリスクに最初に到着したロランは皆が到着するのを待たずにオベリスクに向かって

 

 「『ムネモシュネ』ロストシップについての情報が欲しいから出てきてくれないかい」


と『ムネモシュネ』を呼び出す。


 『ムネモシュネ』は水晶ポイント六角柱のオベリスクより現れると、ロラン達が全員揃った事を確認しロストシップに纏わる【悲恋の恋物語】を話し始めた。


 女性陣はロストシップに纏わる【悲恋の恋物語】に胸をときめかせていたが、ロランは感動した素振りも見せず、その後も粛々と『ムネモシュネ』からロストシップに情報を聞き出すと『ムネモシュネ』に感謝と労い(ねぎらい)の言葉をかける。


 ロランは殲滅作戦の準備を完了させるため皆を連れて飛行船へと向かうと飛行船の外で『ファビアン・シュナイダー』が火属性魔法で火を起こして暖を取り、洗濯物を乾燥させながら、遅めの朝食を摂っているのが見えた。


 一行は後方からファビアンに近づていき距離が100mとなったところでロランが、


 「『ファビアン』、ロストシップの亡霊殲滅作戦に君も参加するように…」


と言葉を掛けるが反応がなく、それどころか先ほどまで感知していた生体反応そのものが感知できなくなっていた。


 再度、意識を集中しファビアン本体の所在を認識したロランは顔を正面に向いたまま、左手を真横に伸ばし人差し指より『火炎槍(ファイヤースピア)』を発動させる。


 するとロランの人差し指の先100mの地点で【光学迷彩スーツ】を身に纏い風景と同化し【特殊な固有スキルで体温の熱放射を遮り、視線、気配などの存在】を消していた『ファビアン』が岩壁(ロックウォール)を唱えて壁を出現させ、ロランが放った『火炎槍(ファイヤースピア)』を防御した。


 次の瞬間、『ファビアン』の両手両足はルミールの【魔力の縄】で拘束され、両目の前にはアルジュの【三叉】が、心臓と口の前にはロベルトの【ドヴァリン・ドゥリン】の魔剣が、ロランの後方からはミネルバがファビアンの額に【形状がベレッタ92に酷似した拳銃】により照準が合わせられていた。


 ロランは皆に攻撃態勢の解除を指示した後、ファビアンに【警告】を行う。


 「【光学迷彩スーツ】を着ているとはいえ、私が100mの距離に近づくまで正確に君の所在を【探知】できなかったとは驚愕に値する【隠形(おんぎょう)能力】だ。だが次は、腕や足、あるいはそれ以上のものを失しかねないから行わないように。」


 ルミール、アルジュ、ミネルバ、ロベルトより重苦しいプレッシャーをかけられているにも関わらずファビアンは何時も通りの返事を行う。


 「了解です。ボス」


 ロランは『ファビアンは胆力がある。それに精神的にタフだ』と考えながらもルディスが、いい人材を確保し育成した成果を誇らしく感じていた。


 その後、ロランは巨人の族長である【ティタニアス】を召喚し、飛行船を1日ほど巨人の世界である【ヨトゥンヘイム】で預かって欲しいと依頼を行う。


 【ティタニアス】はロランの頼みと会って依頼を快く了承すると自らの身体を巨大化させ飛行船を飲み込み、召喚主であるロランの魔力を遮断すると強制的に召喚を解き、巨人の世界へ戻って行った。


 ロランは『普通に脇に抱えて移動して欲しかったのだが……』と思うのであった。



 時刻は18:00、場所は4月なのに流氷でひしめき合うメラー海を望む海岸である。


 既に『ロラン、アルジュ、ロベルト』は完全武装済みであり、ロラン達より200mほど後方には【軍神アテナを思い起こさせるルミ―ル】と【漆黒ミスリル製の鉢金付き鎖帷子頭巾を被り漆黒の装束とガントレットやグリーブ(膝当て)、ソールレット(鉄靴)を身に纏った忍装束を彷彿させるファビアン】がアリーチェとエミリアを護衛している。


 さらにその後方にはラグナル皇帝とフレイディス宰相にリンデンス兵が待機していた。


 しばらくすると流氷でひしめき合うメラー海に濃い霧が立ち込め、いつの間にか20隻の【ロストシップ】の船団が、肉体の一部が朽ち果て【ゾンビ】と化した、あるいは白骨化して【スケルトン】と化した、あるいは霊体となってレヴァントと化したクルーと1人の【老婆】を甲板に乗せ現れた。


 船団の前方には露払い(つゆはらい)が如く【全長が10m以上あり12本の足を持つタコ型生命体と全長が20m以上あるウミヘビ型生命体のクリーチャー15体】と【数万匹の奇怪な形状の魚】が飛び跳ねながら蠢いて(うごめいて)いた。


 【ロストシップ】の一団を確認したロランは体長3mの魔物のフクロウを5万羽召喚し、魔力を通すと輝く直径350mmの球形ライトを持たせて飛び立たせ夜空を照らさせた。


 視界を確保すると自身に『強靭身体(コールジュール)』の魔法をかけ、魔力を極限まで高めるとメラー海に向かって火属性魔法最上級の魔法である『ムスパルムヘイム』を放ち、殲滅作戦の幕を上げた。


 ロランの『ムスパルムヘイム』は、氷海は溶かしメラー海を沸騰させ其処彼処(そこかしこ)で蒸気が立ち上げり、タコ型生命体とウミヘビ型生命体のクリーチャー8体と奇怪な形状の魚、ゾンビやスケルトン化したクルーの大半を焼き尽くしていた。


 「物理攻撃ではロストシップは消失しないようだ。では皆、容赦はいらない思う存分攻撃してくれ…」


とのロランの号令により、アルジュとロベルトは海を渡ってロストシップに乗り込むため水属性魔法で今度はメラー海を凍らせ足場として必要な幅の【氷の道】を作成しロストシップ目掛けて突進していく。


 ミネルバはというとロラン同様、自身に『強靭身体(コールジュール)』の魔法をかけ極限まで五感と精神を研ぎ澄まし呼吸を整え瞑想(めいそう)状態を作り出し自然と同化する。


 ミネルバからタコ型生命体やウミヘビ型生命体のクリーチャーまでの距離は3km、これだけの長距離狙撃となると【風、空気抵抗、湿度、『エアストテラ』の重力や自転により発生する『コリオリ力』などの影響】を全て考慮し放物線の軌道で狙撃しなくてはならない。


 ロランに出会うまでは、貧民街の子供達に食料を与えるため盗賊を生業(なりわい)としていたミネルバ・サンチェス。


 魔力は人並み、突出した格闘技術や剣術もない、火属性魔法を中級程度までしか使用できない自分が、化物の集まりであるロランの配下として貢献していくには狙撃の腕を極限まで磨き上げるしか道は無かった。


 今では貧民街の子供達全員が、ロランが建設に貢献してきた孤児院で生活し、学校に通い高い教育を受け幸せに暮らしている。


 学校に行けず『ろくに読み書きができなかった自分』に子供達が文字を教えてくれている。ロランに対する熱烈といえる感謝の想いがミネルバの五感を極限を超えて研ぎ澄まさせ、最適な放物線の軌道上に狙撃していく。


 ミネルバの放つアンチマテリアルライフルの弾丸は、タコ型生命体とウミヘビ型生命体の眉間を貫き衝撃で生命体の頭部は粉々に吹き飛んでいった。


 一方『ロベルト・バイン・アンガスタ』はロストシップの甲板に飛び乗ると、ロランより賜った強力なダークエルフの魔力を抑制し精神を安定させるために左腕に付けていた【バングル】を外すと髪を逆立て(よだれ)を垂れ流しながら、

 

 「ざあ【ドヴァリン・ドゥリン】よ、存分に亡霊共の魂を…喰らへ…うぁあ‥」


呂律(ろれつ)が回らず意味不明な言葉を叫びながらも瞳をぎらつかせロストシップの亡霊共を切り刻んでいく。


 アルジュはというと召喚したケルベロスに亡霊共の魂を食らわせながら、【ドヴァリン・ドゥリン】の魔剣同様、魂を刈り取ることが出来る赤黒い三叉の槍を振り回し【狂気の雄叫び】をあげながら亡霊共を殲滅していく。


 肉や血が焼け焦げた臭いや腐った肉の臭い、タコ型生命体とウミヘビ型生命体のはらわたの臭いが潮の香りと混ざり合い、メラー海は強烈な異臭と瘴気(しょうき)を放ち始めた。


 そんな状況がロランを変貌させる。


 シールドを開閉でき形状が古代ローマ軍に近い兜を被り、スタイナー家の紋章が入ったプレートアーマーに、一角が付いた肩甲(かたよろい)真紅(しんく)のトライバルタトゥーのような紋様が入った『アッパーカノン(上腕)にガントレット、グリーブ付きパウレイン(膝当て)にソールレット(鉄靴)』を装着し異形の甲冑(かっちゅう)に身を包むロランは魔法鞄から三節混を取り出す。


 取り出した三節混に光属性魔法の『魂の浄化(カタルシス)』を刻印し、水属性魔法の最上級魔法である『嵐の海(エーリヴァーガル)』を使用し、メラー海を氷結させロストシップまで向い、甲板に飛び乗ると亡霊達の頭部を三節混で吹き飛ばしていく。


 先にロストシップの甲板に飛び乗り戦闘を開始したロベルトとアルジュは戦闘に酔いしれていたため、ロランは1人、闇属性魔法の『漆黒のマリオネット』を使用し300体の【ドラウグル】を召喚した。

 

 【ドラウグル】は黒く膨れ上がった巨体からロストシップの亡霊達を上回る悪臭を放ち、両方の腕から垂れ下がる【黒い鎖】を亡霊達に絡ませ引き寄せると耳まで裂けた大口で頭から捕食していく。


 ロラン達の攻撃を双眼鏡にて監視していた氷海の狂戦士と呼ばれしリンデンス兵もあまりの惨状に嘔吐し、中には逃げ出す者まで現れた。


 凄惨な戦闘の最中、ロランは一隻のロストシップの甲板上でミネルバが頭部を吹き飛ばしたゾンビの傍らで涙を流し続ける【老婆】を肩に担ぐとアルジュとロベルトに対し海岸への帰還を指示した。


 ロラン、アルジュ、ロベルトにより7割の亡霊が殲滅され、ミネルバの壮絶な援護射撃もあり、ロラン達を追ってくる亡霊は皆無であった。


 ロランは海岸に到着するとメラー海に向かって振り返り、光属性魔法、火属性魔法、混成分解魔法を同時に展開し

 

 「全てを焼き払え、『アルクトゥルスチャリオット(恒星の戦車)』」


をロストシップに向けて発動させた。


 その一瞬メラー海は眩しい光の中に消える。恒星『アルクトゥルス』におけるコロナの温度は100万度。


 『アルクトゥルスチャリオット(恒星の戦車)』はコロナのエネルギーを戦車の形とし駆け巡らせる魔法であり、全ての物を浄化させる作用もあることから、ロストシップとメラー海の氷は跡形もなく消え去っていた。

 

 『アルクトゥルスチャリオット(恒星の戦車)』の強烈な閃光で多くの者が通常の視界を失っている間、異臭と瘴気が呼び寄せたのかメラ―海と海上の空中におびただしい数の魔物が姿を現したのだが、ロランの姿を見、ロランが何らかの言葉を発すると忠誠を示す姿勢をとり姿を消していった。


 ロランと魔物との間の光景を把握できた者はルミール、アルジュ、アリーチェの3名だけであり三者三様の想いを胸に秘めるのであった。


 多くの者が、はじめから『アルクトゥルスチャリオット(恒星の戦車)』を使用していれば、ロラン一行は悲惨な戦闘を行う必要は全くなかったという見解であり、なぜ格闘戦を行ったのかは明確にされてはいない。


 ロラン達によるロストシップの亡霊殲滅作戦から3日後、ロラン達の行動を監視していたメッサッリア共和国 秘密情報部<Messarria Republic Secret Inteligence Service> MRSISの諜報員より、


 『ロランとその従者は、ロストシップの亡霊とタコ型生命体ならびにウミヘビ型生命体のクリーチャーに対し、絶大な魔法と開放した『力』による格闘により圧倒的な勝利をおさめた。その戦闘力の評価値は【Out of Range】』


とのレポートがメッサッリア共和国 MRSIS長官のゲーリー・ブライトマンに報告され、ゲーリーはその評価値をトロイト連邦共和国 最高評議会副議長ブラウリオ・ロドリゲスに知らせるのだった…

次回は・・・『72話 書き換わる世界 ~クロノスディレクシオン~』です。


2018/11/7・・・加筆修正しております。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ