70話 ロストシップの亡霊殲滅作戦(1)
ラグナル皇帝とフレイディス宰相との『農法』に関する協議を終えたロランであったが、古代兵器やロストシップ対策など計画外の事案が多数発生し全てに迅速な対応を求められることから、気持ちの余裕が無くなっていた。
険しい表情を続けるロランの姿を見かねたエミリアが堪らず声を掛ける。
「ロラン、一緒に散…」
エミリアが一緒に散歩をして気分を切り替えようと誘う内容の話を遮り『アリーチェ』が皆に同意を求めてきた。
「今、ロランには『気持ちを整理する時間』が必要です。次の【ロストシップ対策】協議までの間、私とロランを2人きりにして欲しいのですが宜しいですか。」
一見するとアリーチェ・クロエの唐突で強引と受け取れる発言に対し、誰も異を唱える者はなく『戦略の間』から1人また1人と部屋を後にした。
そんな中、自分ではなくアリーチェを選ばれたエミリアはその場に立ち尽くしているとミネルバは何も言わずエミリアの左手首を握り部屋の外へと連れて行く。
ロベルトは、ミネルバとエミリアが『戦略の間』から退室したことを確認すると静かに『戦略の間』の扉を閉じ、扉の前に直立不動で立ち警護を開始する。
エミリアは、両の瞳に涙を溜めミネルバの手を振りほどくとミネルバを睨みつけ、何も言わずに扉の前に佇んだ。睨まれたミネルバはブロンドにアッシュブラウンが混ざった髪をかき揚げながらロベルトに
「後は頼んだわ…」
と一言頼むと、その場を後にした。ミネルバの後ろ姿はいつもと違いどこか悲し気であった。
しばらくすると、ロベルトは立ち尽くすエミリアの為に魔法鞄から豪華な椅子を一脚取り出し淡々と
「疲れたでしょう。この椅子に腰掛けてください。いづれ貴方がロラン様の『心の支え』と成る日が来るはずです。だが今は『その役』はアリーチェ様にしか出来ない。」
と述べると鞘に収まった【ドヴァリン・ドゥリン】の二振りの魔剣をクロスし床につけ、再び警護を開始した。
エミリアは下唇を噛み締め『ロランの横にいるのは自分でなければならない』と強く自分に言い聞かせ、ロランとアリーチェの話が終わり扉が開かれる時を静かに待った。
一方、『戦略の間』のロランとアリーチェはというと普段は控えめなアリーチェが積極的にロランに話し掛けていた。
「ロラン様、例え如何なる事があっても将たる者は配下の前で頭を垂れてはいけません。まして貴方が率いている者は【最強にして最凶の者達】なのですから…」
ロランは深いため息をすると
「アリーチェの言う通りだ。行うべき事は分かっている。直ぐに行わなければならない事も分かっている。それでも僕は…」
ロランの話を遮るとアリーチェは両手で『そっ』とロランの頭を持つと自分の胸に密着させ、そのまま抱きしめ『心臓の鼓動』を聴かせる。アリーチェは頬を赤めながら、とても優しい口調で
「どうですか。落ち着きましたか。貴方は自分の信じる道を貫けば良いです」
と声をかけると暫くの間何も言わずロランを抱き締め続けた。
気持ちの整理の付いたロランはアリーチェに感謝の言葉を告げるとテレパス送信で【バルトス、マルコ、クロス、フェネク】とジェルド、ルディスに対し矢継ぎ早に指示を出していく。
「バルトス、マルコ、クロス、フェネク」
「「「「はっ」」」」
「ツュマより報告を受けた。古代兵器である【対消滅ミサイル】を誘導する攻撃対象誘導衛星は既に破壊したが、未だ神聖ティモール教国の地下遺跡にはおよそ7,000発の【対消滅ミサイル】があり大量破壊システム『グングニル』が作動可能な状態で存在する。」
「それと、この地下遺跡の空間は『ESP遮断装置』『対生物兵器装置』や『高性能消音装置』が装備されており、人族や獣人が長期に情報収集を行うには過酷な空間すぎる。」
ここまで説明を終えるとロランは呼吸を整え、
「厳令であるバルトス、マルコ、クロス、フェネクは、各配下の者から魔力に特化した魔人を222人づつ選定し【ギャラルホルン】を結成した後、極秘裏に地下遺跡を制圧せよ…」
「「「「はっ」」」」
「バルトス、フェネク。ツュマ捜索に使役していた神聖ティモール教国の犬・猫・ネズミ・野鳥には今後、地下遺跡へ出入りする人物を監視させるように。」
「「御意のままに」」
続いてロランはジェルドに対し、
「ジェルド、後5日ほどでツュマが邸に到着する。あたたかく迎え入れて欲しい。」
「はっ」
「その間、ジェルドにはRedmist及びLVSIS、ジェルド率いる歩兵部隊【RedMace】並びに狙撃部隊【RedBullet】を指揮してもらう。」
「承知いたしました」
ロランはさらに続けてルディスに指示を出す。
「ルディス、君の率いる諜報部隊【SilentSpecter】だが、神聖ティモール教国に潜伏させたエージェントは全員撤収させ、リンデンスに潜伏するよう指示して欲しい。」
「仰せのままに」
ロランは一息した後、鍛冶工房の親方であるワーグに対し
「親方、ロランです。ワーグの親方…」
ワーグは直ぐに黒猫に話し掛けたかったが1ヶ月間ロランに放置され拗ねていた。そんなワーグの気持ちを知らないロランは何度もワーグに呼びかける。
「親方、ロランですよ。一番弟子のロ・ラ・ンです。親方、ロランですよ!」
ワーグはロランと会話したい誘惑に負け、
「なんじゃな、ロラン。」
この一言をワーグは直ぐに後悔することになる。
「お久しぶりです。親方、今リンデンスにいるのですが【ヒートパイプ】を1万本、鉄筋4,000トン、強化ガラス10万枚の製作に取り掛かって欲しいです。これから、大まかな寸法をポンチ絵で送信するので黒猫の眼を『何も書かれていない紙』に向けてください。それとトレースお願いします。」
久々のロランからの連絡は膨大な量の発注連絡であったが、そこはロランと長い付き合いのワーグである。直ぐに必要な量は100分の1ぐらいと踏んで
「ロラン、直ぐに必要な量は100分の1ぐらいで良いかの。コンクリートやボルトとナットは言うておたんかったが、どれくらい必要かの…」
ロランは『細かく言わなくてもわかるんだね』と頬をほころばせながら
「コンクリート原料は取り敢えず40トン、ボルトとナットは図面に合うサイズをありったけ。用意できたらジェルドに連絡お願いします。」
最後にロランは、『商会連合』の顔役とも言える【ヘスティア商会のクレイグ・コンラート】と【メリクス商会のフェリックス・ライシャワー】に『ガラスハウス』の建設と『海産物と木材』の販売を加盟する商会で取り扱うよう依頼をし初期段階の対策を終えた。
1時間後、ロランは皆を呼び戻しラグナル皇帝とフレイディス宰相を交え【ロストシップの亡霊対策】の協議を始める。
【ロストシップ】の船団は20隻、クルーはアゼスヴィクラム暦536年から現在に至る200年間に沈没した難破船のクルーであり、肉体の一部が朽ち果て【ゾンビ】化したもの白骨化して【スケルトン】と化した者、霊体となっているレヴァントに、【老婆】のおよそ2,000体と。
その亡霊達が率いる全長が10m以上あり12本の足を持つタコ型生命体、全長20m以上あるウミヘビ型生命体のクリーチャー15体が、ロストシップの亡霊達とクリーチャーの大まかな戦力であることを確認した。
ロランはラグナルとフレイディスに対し驚愕する話を始める。
「【ロストシップの亡霊対策】は我々のみで行ないます。リンデンス兵は確認のために同行頂くということで宜しいでしょうか…」
「それとメラー海の流氷が全て解け、沸騰するかもしれませんが表層部分だけですので驚かないでくださいね。」
ラグナルは驚愕の内容よりもリンデンス兵が足手纏に成るから参加させたくないのだと悟り、気を落としながらも
「ロラン殿、委細承知した。ただ、どう攻略するか。大まかにお聞かせ願いたい」
すると、ロランは涼しげな顔で
「先ず、私が火属性魔法最上級の魔法である『ムスパルムヘイム』で流氷とタコ型生命体及びウミヘビ型生命体のクリーチャーを焼き尽くし、取り逃がしたクリーチャーをミネルバが有効射程5,000mの対物ライフル(アンチマテリアルライフル)で仕留めます」
「次に、ロストシップの亡霊達は私、アルジュ、ロベルトが闇属性魔法の『漆黒のマリオネット』で【ドラウグル】を召喚し数を減少させた後、『アルクトゥルス』を顕現させ殲滅いたします」
ラグナルとフレイディスは冷や汗を流し、フレイディスは慌てて
「ロラン殿『アルクトゥルス』を顕現させるのだけは御止め頂きたいのですが…」
フレイディスが使用中止を懇願するのも当たり前である。『アルクトゥルス』とは太陽系でいえば恒星である『太陽』なのだから。するとロランは
「大丈夫です。一部のエネルギーを使用するだけですから、少しメラー海が蒸発するぐらいです。」
と爽やかに回答すると皆に対し
「今回はアンデッドが殲滅対象であるから致命傷を気にすることなく『魔力』制限も気にせず、存分に戦って欲しい。作戦決行は明日の18:00とする」
この一言を聴いたルミール、アルジュ、ロベルト、ミネルバは恍惚とした表情で薄笑いを浮かべた。
一同の恍惚とした表情はフレイディスとエミリアを恐怖で凍りつかせ、ラグナル皇帝の胸を高鳴らせるのであった…
時を同じく拭き荒ぶ風の中、誰かが呟く『エルゴラーゼ禁書第53章およびマグネリア魔導書第173章曰く、終末を招く者【ギャラルホルン】を吹き鳴らし、東の地より現れるか……』
次回は・・・『71話 ロストシップの亡霊殲滅作戦(2)』です。
2018/11/4…最終の文章を加筆修正しております。