67話 黄昏の皇帝 ~ 優しい嘘もまた真実 ~
※当作品の登場人物名称(対象はフルネームの完全一致および酷似した名称)、貨幣の名称と特徴、特有の魔法名称と特徴、理力眼といった特有の能力スキルにおける名称と特徴、国家・大陸名称、魔力導線の構造及び魔石と魔力導線を使用した発明品・兵器の構造等の内容ならびにテキスト等の無断転載・無断使用を固く禁じます。
リンデンス帝国の首都『ルキオン』にある『誓いの広場』に到着したロラン達一行は、『氷の王宮』と呼ばれる『ラビュリント王宮』に赴くため支度を整えていた。
「ダーリン!私は寒く感じないけど、アリーチェ様やミネルバそれにエミリアが被っている耳当てが付いている毛皮の帽子とロングコートを着てみたいなぁ…お願いできますかぁ…」
とアルジュは甘えた声でロランに頼み事をしてきた。ロランはアルジュがなんで甘い声を出しているのか理解できなかったがとりあえず事務的に返事をする。
「ウシャンカとロングコートだね…ちょっと待ってて…」
そう言うと、ロランは魔法鞄から正面にスタイナー家の紋章が刺繍されたブラックの『フゥワッフワ』のウシャンカとロシアンセーブルを思わせるロングコートを取り出しアルジュに手渡したところ、今度はルミールがアルジュに負けじと恥ずかしそうに甘えた声で、
「龍神さま…私も…その全く寒くは無いのですが…ウシャンカとロングコートを着たいです…」
「ルミール、そんなに遠慮しなくても、ルミールの分もちゃんと用意してあるから…」
と言うやいなやロランは魔法鞄から、ホワイトのウシャンカとリボンビットのミドルダッフルコートを取り出しルミールに手渡した。
不用意にも皆と形の異なるコートを渡してしまった事がルミールにトリガーを引かせてしまう。すぐさま、ルミールはこれ見よがしに皆に聞こえるよう大きな声で、
「龍神さま!こんなに可愛いコートを『わ・た・し』のために用意して下さるなんて、とても嬉しいです!…」
女心が全く分からないロランは、追い打ちをかける不用意な発言をしてしまう。
「ルミールが喜んでくれて嬉しいよ…」
その瞬間、アリーチェ、アルジュ、エミリア、ミネルバより、外気より冷たい視線がロランに注がれる事になったが、当のロランは全く意に介さず飛行船を操縦していた『ファビアン・シュナイダー』に対し淡々と指示を出していく。
「ファビアン、済まないけど2週間、この飛行船内で待機していてくれるかな…」
「了解です。ボス…」
『ボスって、まぁマーシャルよりはいいけど…ルディス…そこは統一させようよ』と思いながら、テレパス通信用に黒猫を手渡し、細々指示を出した後
「もし、リンデンス兵が攻撃…」
と話している途中、ファビアンはくいぎみにロランの話に口を挟み込んできた。
「ヴァルハラに旅立たせないようにですよね。ボス…」
「そう…頼んだよ…」
ロランは『はぁ…』と心の中で深い溜め息をつきながら、皆を連れてリンデンスの地に足を下ろした。
現在、早朝4時で日の出時刻の前であったが不思議と辺りを確認できる明るさがあり、『ラビュリント王宮』に向かうため魔法鞄から馬車を取り出しリルヴァを召喚しようとした瞬間、目の前の石畳から白い霧が湧き上がってきた。
その白い霧はロラン達の目の前を覆い尽くすと徐々に集まりだし『広場で遊び回る子供達になったかと思えば、手錠を嵌められ連行される老若男女になったり、さらには古代の生贄の儀式なのか神官達と生贄に選ばれた少女の姿』などに変化した。
怪しげな白い霧に対し、すかさず『ルミール、アルジュ、ロベルト、ミネルバ』は臨戦体制を取ったのだが、ロランは左手を少し上げ皆を静止する。
すると、目の前にそびえ立つ高さ12mの水晶ポイント六角柱より、足が消えかかった白い霧状の女性が現れ、ロランに近づいてきた。
距離が2mまで近づくとその白い霧状の女性はロランに対し予想だにしない事を頼み込んできた。
「私は遥か昔にこの水晶のオベリスクに拘束されし観測者であります。あまりに昔のため自分が男性だったのか女性だったのかも忘れ、なぜ拘束されたのかも忘れ、名も忘れ、日々オベリスクの前を通過する者を記憶しております…」
「どうか、哀れと御思いなら私が何者なのか教えて頂きたいのです…」
押し黙るロランに代わって答えようとルミールは、その女性の瞳を見つめ女性が持つ記憶の断片を見つけ紡ぎ合わせ真実を語ろうとした瞬間、ロランが
「あなたはとても子供が好きな女性の天使であったため、女神様がこの国の子供達を見守り続けるようあなたをこのオベリスクに拘束したのです…」
「なぜ、拘束されなければならないのでしょうか?」
ロランは優しい眼差しでゆっくりと答えていく。
「それは、あなたが女神様に願った事なのです。子供達の事を好き過ぎて、この国の地脈を安定させているオベリスクから離れてしまい、大地震を引き起こなさないよう拘束してくださいと…」
「……」
「……では私の真名は…」
ロランは迷うこと無く答えていく。
「あなたに真名を教えると、つらい記憶を思い出させ、あなたを苦しませてしまう。今日から、あなたの名は『ムネモシュネ』です…」
ロランから名を与えられた白い霧状の女性はとても嬉しそうに、
「私の名は『ムネモシュネ』、私は女性の天使…」と何度も呟きながら消えていった。
しばらくすると、ロラン達の前に皇帝の右腕である『フレイディス』宰相が馬車を引き連れてやってきた。
「私はリンデンス帝国宰相である『フレイディス』です。ロラン・フォン・スタイナー伯爵とお見受けしますが、我らと『ラビュリント王宮』にお越しいただけますでしょうか?」
ロランは何の躊躇もなく『フレイディス』宰相の申し出を了承し馬車に乗り込んでいく。
『フレイディス』宰相が用意した馬車は乗合馬車の形状であったため、左列にロベルト、アリーチェ、ロラン、エミリアの順で、右列にミネルバ、アルジュ、ルミールの順で座り『ラビュリント王宮』へ向かう。
しばらくすると、ルミールが困惑した表情でロランに話しかける。
「龍神さま、先程はなぜ、あのような嘘を申されたのですか?あの者は確かに天使でありますが男性です。それに自分の子の命を救うため多くの人の子をヴァルハラに送った事が神の逆鱗に触れ、罰として未来永劫あのオベリスクに拘束されし者ですよ…」
ルミールの話を聞いて一同は唖然とするもロランは悲しげな眼差しでルミールに語りかける。
「ルミール、あの者は1万年以上オベリスクに拘束され、性別も記憶も失うほど長い長い間『誓いの広場』の光景を記憶してきた…もう十分に罪は償っている…」
「でも、龍神さま。それでは、あの者によってヴァルハラに送られた子供達はうかばれないのではないでしょうか?」
「確かにそうだね。でも僕はあの者をこれ以上追い込む事は出来なかったんだ。真実を伝える事だけが正しい訳ではないよ。時には『優しい嘘』も必要だと思うんだ…」
ハイエルフと天使のダブルであるルミールは納得できず、
「嘘は嘘です。私には理解できません…」
と自分の気持ちを露わにするルミールに対し、ロランは
「それに…」
と話を続けようとしたが思い留まった。
『それに、あの者は心の底では全てを分かっていたよ。僕の話が嘘だということも。その上で今後も存在し続ける『理由』として僕の『嘘』を受け入れたんだよ…』と続けたかったのだが、挫折を味わったことがなければ理解できないだろうと・・・話すことを止めたのだ…
そんな中、アリーチェとロベルト、ミネルバはロランの言葉に共感していた。そして思う。
『『『だからこそ、この方を裏切ることできない…つくづく…の人だから…』』』
ロラン達一行が『ラビュリント王宮』に到着するとほどなく『融和の間』に通された。目の前の『ラグナル・デ・リンデンス』皇帝は噂ほど粗暴な男ではなく、思慮深さが伺える風貌であった。
両者はテーブルを挟んで細工が凝った椅子に座り、重い話である気候変動の話の前に、飛行船から見た光景など取るに足らない話をしていたのだが『ラグナル・デ・リンデンス』は目の前に座す、異次元の強さを持つロランと手合わせしたという衝動に駆られていた。
戦士として血が皇帝を立ち上がらせた・・・
右手に漆黒の五叉の鉾を顕現させ、美しい人魚を彷彿させる無数の海の精霊を身体に取り込み、目を血走らせ髪を逆立て、全身の筋肉が隆々と際立つ狂戦士の姿となるも、さらに自身に『強靭身体』をかけ、魔力と体力を極限まで高め渾身の一撃をロランに繰り出した。
皇帝の魂の一撃といえる攻撃を、ロランは椅子に座ったまま涼しげな表情で左手一本で受け止めた。
その光景を見た皇帝の右目からは一筋の涙がとめどなく溢れでた。
若き日は世界征服を目論んだ自分が、実力はあるが『エランディア大陸』の最西端に位置しているから世界を手に入れる事が出来ないと思っていた自分が、渾身の一撃が、こんな少年に軽々と受け止められ、本気を引き出すことも叶わない現実が、皇帝のプライドを粉々にし無意識に涙を流させていたのである。
ロランは『理力眼』で皇帝の涙の意を汲み取ると何も言わず立ち上がり皆をさがらせ『竜現体』に昇華する。
両方の『こめかみ』付近からは炎で形作られた竜の角が雷をスパークさせ、両の目の虹彩はまるで竜のごとく金色で中心の瞳孔は真紅…
背中の僧帽筋付近からはプラチナがかったホワイトの『初列・次列・三列』の風切羽の1枚1枚が巨大な『光』を司るフォース・ドラゴンの翼が2対、さらに長背筋群の近傍からは天使の翼を彷彿させる純白の大小の翼が各1対の計8翼の姿のロランがそこにあった。
すると、ロランは左手に魔力を集中し空間に輝く六芒星を浮かび上がらせるとシエルヴォルトにて
「…破滅の咆哮…」
と叫び、1テラワットの荷電粒子を発射した。
ロランと皇帝、及び『融和の間』の距離は近いため、空気中の減衰や直進問題はさほど影響なく『融和の間』の壁と天井を消滅させた。
『ラグナル・デ・リンデンス』皇帝はというと、ロランが『破滅の咆哮』を放つ前、『ロベルト・バイン・アンガスタ』が神速で皇帝を連れ軌道上から遠ざけていた。
ダークエルフの強力な魔力をコントロールできれば、ロベルトは王立武闘競技会のように失態を晒すことがない『神速の2刀流剣士』なのである。
リンデンス皇帝は、ロランの美しい『竜現体』の姿と異次元の強さを目の当たりにし、何より自分に対して力の一端を見せてくれた真摯な姿勢に対し、自らの完敗を認め謝罪した。
その後、ロランとリンデンス皇帝は、大きな風穴が開いた『融和の間』にて『気候変動を起こした場合、世界中に異常気象を発生させる事、気温を上昇させれば凍土が溶け凍土の上に建設された首都『ルキオン』を含むリンデンス帝国の建物の全てが地盤沈下してしまう事』を話し合い、ロランの農耕地にヒートパイプを使用し凍土を溶かすという提案を皇帝は『あっさり』承諾した。
話し合いも一段落しロラン達一行はまだ2週間ほどリンデンス帝国に滞在することから会談から5時間後に宴が催されることとなった。
宴ではロランとリンデンス皇帝は隣同士に座り、
「スタイナー卿、本日は客人のそなたに対して大変失礼な事をしてしまった。どうか許して欲しい…」
「いえ、こちらこそ。壁と天井に巨大な風穴を開けてしまいまして…」
と会話を弾ませていく。
「スタイナー卿、卿の事をロランと呼んで宜しいか?私の事はラグナルと呼んでくれ…」
「では、ラグナル皇帝。明日はヒートパイプの作り方を御教えしますので…」
するとロランの予期せぬ答えが返ってきた。
「それには及ばん。作り方を知ってしまえば我らは必ず他国に売りつけてしまう。我らには『光万目石柱の縛り』が効かないからな。ロラン殿の厚意を裏切ってしまう事になる。」
ロランはこの時、豪快だが義に厚い『漢』を皇帝に感じた。しばらくして酔ったリンデンス皇帝がロランに対して、
「ロラン殿、もし私が20年前に世界に進軍していたなら、我は世界皇帝になれただろうか?」
「ラグナル皇帝であれば、可能でしたでしょうね…」
ロランの言葉を聞き、ラグナルは毒気が抜けきった瞳で空中を見つめ、一言
「そうであるか…」
と呟いた。その皇帝の姿はロランに黄昏時の空を思い起こさせるのであった。
次回は・・・『68話 古代兵器『デュスノミア』の破壊 ~惑星『エアストテラ』の意志~』です