66話 決断!ポールシフトかパラダイムシフト ~ 活路はヒートパイプにあり ~
ロラン達はアリーチェ、エミリア、ミネルバの3人を除くと強固な肉体の持ち主であるため、特にシートベルトを着用する必要はないのだが、飛行船に乗っている雰囲気を大事にするため、あえてシートベルトを着用している。
そんなシチュエーションを大事にするロランはというと飛行船が水平飛行に移行した直後、客席のシートベルトを外しラウンジへと向かう。
ラウンジは、壁と床の大部分が強化ガラス製であるため、眼下に広がる真っ白な雪原を思わせる雲海を見渡した事で高鳴った気持ちを何とか抑えながら、リンデンス帝国へと向かう飛行ルートの安全を確保すべく、上空を通過する2ヶ国に連絡を行うことにした。
既にロランは王国及び同盟国の主要な人物に対しマルコの使い魔である『黒猫』を提供しており、必要であればテレパス通信で迅速に通信を行える体制を構築していたため、
先ずはトロイト連邦共和国『アガルド・ジャコメッティ』最高評議会議長、次にパルム公国『レオポルド・ド・ファルネーゼ・ツー・アマルティ』宰相に対し、順次テレパス送信を行った。
「こちら、ロランです。アガルド・ジャコメッティ閣下でしょうか」
「如何にもアガルドだが。ロラン君、今は誰も聞いておらんから、転生者同士堅苦しい言葉はいらんぞ…」
「では、御言葉に甘えまして、本日の正午から夕方にかけて飛行船にてトロイト連邦共和国の上空を通過致しますので攻撃を行わないで頂きたいのですが…」
アガルドは少し考え込んだ後、
「我が国は貴国の同盟国であることを御忘れか?それに転生者の仲間であるロラン君が乗る飛行船を攻撃するはずがなかろう…ただし、これはお願いなんだが、我が国の空挺部隊と貴国のなんと言ったかの…『王兵隊』?それとも『王国軍』だったかな。共同訓練を行う際、飛行船を貸して欲しいのだがな…どうかな?」
ロランは「はぁー」と深くため息をつくと『この方と付き合うのは大変だ…』と思いながら、
「勿論、問題ありません。ただし、操縦は私の配下の者が行い、貴国の空挺部隊は我が国の指揮命令系統に従うという条件であればですが…」
と返事を行うとアガルドは「それで構わんよ…」と答えると共に上空を通過する許可を出したが最後に、返事をする前に『ため息』をついたであろうという皮肉も忘れずに伝えてきた為、ロランをさらに疲れさせた。
対照的にパルム公国のファルネーゼ宰相は「どうぞご自由に通過してください…旅の御武運を祈っております」と安易に許可を与えてきた為、これはこれで『警戒心が無いのかあるいは何か策があるのか』とロランが困惑していると、
「ダーリン!さっきから誰にテレパス送信をしているの?…そんな事はもう止めてこの美しい眺めを一緒に楽しみましょう…」
と正面のソファに座ってきたアルジェの屈託のない言葉と笑顔に心を和ませていると、
「龍神様、申し訳ございません。アルジュが邪魔をしたみたいで…」
「なんで!ルミール様が謝るんですか。それに私はダーリンの邪魔をしてませんから‥」
「エルフの最上位種である私が粗相をしたダークエルフの行為を謝罪することは、当たり前のことですよ…」
「……」
ロランは恒例であるルミールとアルジュの口論を傍観していると、ロランの右手側にエミリアが、左手側にアリーチェが、対面ではアルジュを中心として右手側にルミールが左手側にミネルバがソファに腰かけた。
ロベルトは、女性陣に囲まれたロランを生暖かい瞳で見つめ『これはこれは…我が君はこの行き詰まる状況をどのように打開しますかね…少々楽しみです』と口元に笑みを浮かべながら、ロランとアリーチェへの『チャイ』を準備している。
「ねぇ…ロラン、リンデンスはどのような国なんでしょうね。私、他国を訪問することは初めてだから、何だか落ち着かなくて…」
「そうなんだ。エミリアの父君は外相のリックストン公爵だからエミリアは何度も他国を訪問したことがあると思っていたよ…」
とロランとエミリアがバカンス気分で話し始めると、アリーチェの癇に障ったのか急に釘を刺してきた。
「ロラン様、今回のリンデンス帝国に対する決断は未来に甚大な影響を与えます。そろそろ、対策を真面目に御考えください…」
アリーチェの言葉を聞き、ロランは気を引き締め直すと皆をラウンジのソファーに呼び寄せた。
「ルミール、リンデンス帝国の気候変動はどういう手法で行うか説明して欲しい。今回は一過性の気候操作ではなく、持続性のある気候変動だからね。まさか、ポールシフトは使用しないよね…」
ロランは『ルミールが最悪の手法であるポールシフトは使用しない』と考え質問を行ったのだが、
「龍神様さすがです。気候変動を行う為、地軸を30度傾けるポールシフトを行う予定です…」
ロランは左手を額に当てながら『うっ…迂闊だった…ルミールは人類を導く『光の守護者』であると共に、ラッパを吹くことで人々に災いを与える『審判の天使』でもある事を忘れていた…』と考えながら、気候変動を別の方法で行えないか続けて確認していく。
「ルミール、この惑星『エアスト「テラ」』の地軸を移動させた場合、恒星『アルクトゥルス』からの光の角度が変化し昼夜の長さが大きく変わる。それだけではない『エランディア大陸』や『ガリア大陸』だけでなく全世界が異常気象となり、極の氷は溶け、磁場は乱れ、日照時間の無い『極夜』になる地域が増加し、最悪の場合、放射能を帯びた宇宙線が多量に降り注ぐことになる」
「その結果、農作物や漁獲量は大幅に減少し多くの人をヴァルハラに旅立たせてしまうから別の方法を考えて欲しい?」
ルミールは暫く考えると
「リンデンスの海岸線上に1万基の対空砲を設置し『ヨウ化銀』を射出することで雲がリンデンス帝国上空を通過する前に雨や雪を降らせる手法により帝国領上空を『晴れ』にすることができます。あるいは『ヨウ化銀』の代わりにロラン様の『フォトンノヴァ』のような高エネルギーのレーザービームを雲に照射することでも帝国領の前で雨や雪を降らせることができますが、その分野はどちらかと申しますと私ではなく龍神様の分野かと…」
「でも龍神様、『晴れ』が続きリンデンスの気温が高くなると凍土が溶け、凍土の上に建設された建物は地盤沈下で大打撃を受けませんか?」
『そうだ…見落としていた。リンデンスの気温が上がれば凍土が溶け、凍土の上に建設された建物は地盤沈下で崩壊し大惨事となる…』ロランは基本的な事項を見落とした自身に腹を立て後悔しながら、
「ありがとうルミール。決めた。リンデンスの気候変動は行わない。あまりにもデメリットが甚大過ぎる。リンデンス皇帝には『パラダイムシフト』をして頂く…」
「農耕地の凍土のみを対象とし、地中にヒートパイプを設置することで地熱を利用し農耕地の凍土を溶かす。これが最適な方法だ…アリーチェ僕の選択は正しいかな?」
ちなみに、このヒートパイプとは、熱伝導性が高い金属のパイプの中にナフタレンや水のような揮発性の作動液を入れ密封。片方を温めると蒸発した作動液がもう一方へ進んでいき熱を放出。熱を放出した作動液は気体から再び液体へと戻り、熱の移動を繰り返す仕組みのパイプのことである。
ロランの問いに対しアリーチェは
「未来に対して私が正しいか誤っているかお答えすることはできません。私が発言してしまうことで、本来確定していた未来が別の未来へと変動してしまうのですから…」
ロランはアリーチェの態度から自身の選択が正しいことを推察するとリンデンスに対する対策を決定し、続いていかに皇帝を『パラダイムシフト』させるか考え始めた。
そんなロランを見つめながらロベルトは『我が君は、なんだかんだ言いながら常に多くの人を助けようとする底無しの『闇黒』と無限の『光明』を持つお方なのだな…』と思い、さらに忠誠心を高めていた。
一方、ロランの指示で神聖ティモール教国で『パウエル五世』の身辺調査を行っていたツュマは4日も定時報告を行えなかったことを焦っていた。
『まさか、『パウエル五世』は信者を使って他国に政治的な影響力を築く工作を行っているだけでなくこんな物まで隠し持っていたとは…至急ロラン様に御伝えしなければ…それにしても黒猫はどこにいるんだ!』と考えながら、ツュマは神聖ティモール教国『教皇庁』の地下に隠された1万年前の古代文明が作りし兵器群の中、テレパス送信を行う為4日間、黒猫を探し回っていた。
アゼスヴィクラム暦736年4月20日早朝4時、ロラン達一行はツュマが黒猫を探すために悪戦苦闘している事など露知らず飛行距離1,800㎞、21時間の飛行を終え、リンデンス帝国の首都『ルキオン』にある『誓いの広場』に到着した…
次回は・・・『67話 黄昏の皇帝 ~ 優しい嘘もまた真実 ~』です。
2018/10/13…誤字・脱字・神聖ティモール教国におけるツュマの活動とリンデンス帝国首都『ルキオン』にある『誓いの広場』に到着した描写部分を加筆しております。