65話 いざ!リンデンスへ ~ 否定されてもなお ~
※当作品の登場人物名称(対象はフルネームの完全一致および酷似した名称)、貨幣の名称と特徴、特有の魔法名称と特徴、理力眼といった特有の能力スキルにおける名称と特徴、国家・大陸名称、魔力導線の構造及び魔石と魔力導線を使用した発明品・兵器の構造等の内容ならびにテキスト等の無断転載・無断使用を固く禁じます。
アゼスヴィクラム暦736年4月某日、ロランは宰相府で政務を行っていた。
「…ロラン。この書面に署名して…」
「…あとワックスを溶かしてスタイナー家の紋章が施されたシーリングスタンプを押して下さいね…」
ロランに書面を修正するよう強めに要求している女性はマーガレット秘書官ではなく、学園を卒業し4月から宰相府の事務官となったエミリアであった。
2人の関係を育もうとワグナー宰相が気を利かし、4月からマーガレット秘書官でなくエミリアを管理官にしていたからであった。
「…エミリア、そんな厳しく言わなくても直ぐ行うから…」
「…ロラン、政務中はエミリア管理官と呼んでくださいね…」
ロランは12歳となり身長も2cm伸びて172cmとなったが、髪型は依然としてジェンダーレスショートであるため、幼さもわずかに残っていた。
暫くすると、黒猫の首に付けていた鈴が光り、呼び鈴が鳴り出した。
「…チリーン‥チリーン…」
黒猫はテレパスを送信してきた相手の声を伝えだす。
「…ワグナーだが、スタイナー卿、エミリア事務官、至急『太陽の間』に来てくれ。大至急だ…」
『…もう少し、エミリアを2人きりでいたかった…』
と思うロランであったが、ワグナーからの指示のためエミリアを連れ『太陽の間』へと向かう。
『太陽の間』へと向かう途中、ロランは"バルトス、ルミール、アルジュ、アリーチェ、ジェルド"にテレパスで指示を送る。
"…今より、第2級臨戦体制を整えてくれ…"
"…はっ…"
"…加えてバルトスとフェネクには、神聖ティモール教国の犬・猫・ネズミ・野鳥を使役しツュマの捜索を行って欲しい…"
"…畏まりました…"
"…ルディスには、トロイト連邦共和国に潜伏させている諜報員の中から11名の精鋭を選抜し神聖ティモール教国に潜入させ、ツュマの居場所を捜索して欲しい…早急にだ…」
"…承知しました。既にティモールの犬・猫・ネズミ・野鳥はバルトス様とフェネク様が使役しているのですね…"
"…その通りだよルディス、瘴気を感じても諜報員達に攻撃させないように…″
"…はっ、承知しました…"
急にロランが目を瞑り左手の中指と人差し指を、左のこめかみに当て立ち止ったため、エミリアはいつもと違うロランの雰囲気に声をかけることが出来ずにいた。
ロランが皆に第2級臨戦体制をとらせ、ツュマの捜索に躍起になっているのには理由があった。
神聖ティモール教国に潜伏させ『パウエル五世』の身辺調査を行わせてツュマからの定時連絡が、2日前から途絶えたからであった。
『…ツュマは大雑把そうに見えるが、実は注意深く責任感の強い男だ…』
「…そのツュマが2日間も定時連絡を行わないということは重大な危機に直面しているということだ…』
ロランはテレパスで何度もツュマに通信を試みるが通信がとれないため、不安が増大していく。
『太陽の間』に到着するとロランはエミリアとともに入室する。
すると『太陽の間』の中央に、高価なテーブルや椅子が用意され、即席の応接室となっていた。
既に席についていたワグナーはロランとエミリアに話しかける。
「…ロラン、エミリア…急に呼び出して済まない…」
ロランは宰相府の応接室ではなく、何故「太陽の間」にテーブルや椅子を用意していたのか疑問に抱きワグナーに探りを入れる。
「…ワグナー宰相、先ほどまでこの部屋に他国の使者がおりましたか…」
「…どうしてそう思うのだ…」
「…パルム公国のマンパシエ卿がリンデンス帝国に小人数で向かったと聞いておりますので…」
ワグナーは『…この子を敵に回してはいけないな…』と思いながら、話を続ける。
「…その通り、リンデンス帝国を『アヴニール国家連合』に加盟させるために…」
「…その…なんだ…ロラン君がリンデンス帝国の気候を穏やかな気候に変動させると約束してきたと言うのだ…」
ロランは『…マンパシエ卿は無茶ぶりをする…』と思いながら話を続けた。
「…マンパシエ卿も勝手なことを約束する。一部の地域の気候を変動させることは、この惑星全体の気候を変動させることに繋がるというのに…」
「「…惑星…」」
ロランは、ワグナーとエミリアに対し余計な事を言ってしまったと思い言葉を修正する。
「…一部の地域の気候を変動させると他の地域の気候が変動することになりますが、それでも宜しいのですか…」
ワグナーとエミリアは驚愕する。
2人はてっきりロランが『気候は操作できるはずがない』と発言すると予想していたところ、操作可能であることを前提に話を進めてきたからである。
「…ロラン、気候を操作するなんて無理よね…」
「…いや、問題ない。ただし、リンデンスの気候を他の国にシフトしなければならない…」
「…例えばプロストラインとかに…」
ワグナーはロランの話に動揺する。
「…ロラン君、それでは王国がプロストラインに宣戦布告したと同じではないか。何か別の方法はないものか…」
「…ワグナー宰相こればかりは他に方法がありません。プロストラインが駄目であれば東夏殷もしくはクリシュナに、リンデンスの気候をシフトするしかないのです…」
ロランは自分の発言で困惑するワグナーに向かい、さらに話を続けた。
「…ワグナー宰相、今回マンパシエ卿が早急にリンデンスを『アヴニール国家連合』に加盟させようとした裏にはリックストン卿が関与しておりますね…」
ワグナーは、エミリアがロランがいきなり『父の名』を口にしたことに動揺している姿を見て、ロランを窘める。
「…ロラン君、滅多な事を言ってはいけない…証拠はあるのかね…」
「…動かぬ証拠はあります…リックストン卿の陰には我が手の者が潜入しておりますので…」
ワグナーは、ロランが外務大臣を諜報さえていた事にも驚いたが、証拠があることという発言にさらに驚愕し黙りこんだ。
ロランは、黙り込むワグナーに向かいさらに発言を続ける。
「…リックストン卿はマンパシエに踊らされたのです。この世界で敵に回してはいけない国家は5ヵ国…」
「…一ヵ国目はメッサッリア共和国、二ヵ国目はトロイト連邦共和国、三ヵ国目がプロストライン帝国、四ヵ国目が東夏殷帝国、五ヵ国目がクリシュナ帝国です…」
ロランは外交の優先事項を見誤ったリックストン卿に対し苛立ちを抑える事ができず、ワグナーに対し事態改善の要求を行う。
「…マンパシエ卿は、リックストン卿、ラグナル・デ・リンデンス皇帝に対し『アヴニール国家連合』で意見が割れた際、3国が纏まることで『アヴニール国家連合』の主導権を握ろうと言葉巧みにけしかけたのでしょう…」
「…方向性はあっています。だが今ではありません。先の5ヵ国は世界を破滅させる力を持っています。そのうちの2ヵ国とは同盟が結べているのに、なぜ表立って対立するような選択をするのですか…」
「…リックストン卿は陛下やワグナー宰相、トーニエ=スティワート内務相にその事を伝えておりますか。そうでなければ、査問委員会にかけるべきです…」
エミリアは、初めて激高するロランの姿を見た。
さらに、エミリアは自分が愛する男性が父親を糾弾する要求を行っていることに精神的なショックを受け困惑した。
ワグナーは、ロランがエミリアに配慮しなさ過ぎであるため語気を荒げ窘める。
「…ロラン君、少しいいかね。ロラン君の発言だから全て真実であろう。だが、事を急きすぎる…」
「…いいかね。リックストン卿はエミリアの父君である。君には優しさが足りない。いや、やさしさという感情がないのか…」
ロランは自分の考え方を否定され我に帰り、震えるエミリアの姿を見て、自分の発言がいかに冷酷な発言であったか気づき反省する。
「…ワグナー宰相の言われる通りです。私は紛争を未然に防ぎ王国市民の命を救いたいと考えるあまり、最も近くで見守ってくれた女性の心を傷つけてしまう愚か者です…」
「…リンデンスの気候変動の件ですが、現地に赴く必要があるため、2週間ほど宰相業務を中断することを御許しください…」
と言うとロランは悲しげな表情を浮かべ一人『太陽の間』を後にした。
しばらく時間が経過してから、ワグナーは落ち着いたであろうエミリアに向かって話しかける。
「…あの子は本当に一本気すぎる…」
「…だが、何より一番狡賢いのはこの私だ。全てをロラン君に背負わせ、何も出来ないのに偉そうに説教までしてしまった…」
「…エミリア、あの子を見守ってくれないか…」
「…はい、私はロランの事を愛しています。先ほどは父の名を急に出され動揺しただけです…」
と2人がロランの事を気遣っている同時刻、ロランはテレパスにて皆に新たな指示を出していた。
「…皆、臨戦態勢は第3級に下げるように。それとルディス、今訓練している諜報部員の中で最も秀でている者を選抜しておいてくれ…」
「「「「「はっ」」」」」
「…それとルミール、アルジュ、アリーチェ、ロベルトは2週間僕と同行してもらう…」
「…龍神様。新婚旅行と思っても宜しいですか…」
「…ダーリン。普通、新婚旅行は奥様だけですよ…」
「…ロラン、私の事は忘れていると思ってました…」
「…御意でございます。我が君…」
『…はぁ、ルミールとアルジュとアリーチェは好き勝手な事を言うな…』
と思いながらもロランは心を許せる相手は結局この皆だけだと再確認し、皆の存在に感謝した。
するとジェルドがミネルバを同行させるよう進言してきた。
「…ロラン様。これはお願いなのですがミネルバをお供に加えて頂けませんか…」
ロランはジェルドの真意を計りかねたがジェルドの進言を受け入れた。
「…分かった。ミネルバ、2週間僕と同行して欲しい…」
「…はいっ、喜んで…」
翌日、リンデンスへ向かう飛行船の操縦席にはルディスが訓練中の諜報部隊より選抜した『ファビアン・シュナイダー』が座り、客席には『ルミール、アルジュ、アリーチェ、ミネルバ、ロベルトとエミリア』が座り、リンデンス帝国に向けての準備は整った。
するとエミリアが飛行船の貨物室から客席へと移動してきた。
ジェルドが同行したいというエミリアの想いに屈し、密かに搭乗させていたのだ。
「…えっ…エミリア…どうしているの?…僕は君の父君に対する酷い発言をしたのに…」
「…ロランは間違った事を言ってないでしょ。それからワグナー宰相より昨日は言い過ぎたから謝罪するとの『ことづけ』を預かっております。それと未来の花嫁が2週間も傍にいなかったら、寂しいでしょ…」
そう、このエミリアの不用意な発言がパンドラの箱を開けてしまう。
まだ、氷海の世界であるリンデンス帝国は遥か彼方であるのに、飛行船の中の気温が徐々に低下していく。
ロランはアリーチェの専属護衛隊長であるロベルトの横に座る。
「…ロベルト、皆やけに静かだね…それになんだか少し寒く感じるけど…」
「…我が君は、罪作りな『お方』ですね…女性陣が怒りを溜め込んでいるので気温が低下しているだけです。しばらくすれば、火花で暖かくなるでしょう…」
「…火花…」
『あぁ…我が君はここまで女性心が理解できない鈍感とは…』
とロベルトが嘆くなか、飛行船は氷海の国リンデンスに向け雲一つない蒼昊へと飛び立つのだった。
次回は…『66話 決断!ポールシフトかパラダイムシフト ~ 活路はヒートパイプにあり ~』です