63話 プロムナード
※当作品の登場人物名称(対象はフルネームの完全一致および酷似した名称)、貨幣の名称と特徴、特有の魔法名称と特徴、理力眼といった特有の能力スキルにおける名称と特徴、国家・大陸名称、魔力導線の構造及び魔石と魔力導線を使用した発明品・兵器の構造等の内容ならびにテキスト等の無断転載・無断使用を固く禁じます。
「「「「「…我らが元帥に敬礼…」」」」」
『…過剰に忠誠心を示す行為は問題だ。僕は独裁者ではないからね…』
ロランは羞恥心を抑えながら、両側で敬礼を行っている隊員で囲まれた通路を通り、トイが御者を務める馬車に乗り込むと政務を行いに宰相府へと向かった。
ロランに対し敬礼を行っている者達は、ジェルド率いる歩兵部隊30名とミネルバ率いる狙撃部隊15名から成る猛者達である。
敬礼は、2週間前からロランが宰相府へ赴く際に行われるようになり、過剰な忠誠心を煽る行動は問題であるため、何度もジェルドに中止する指示するのだ、どの世界にも本質を履き違えてしまう者達が発生することは必然であった。
宰相府へ向かう途中、トイがロランに声をかけてきた。
「…ロラン様、来週はプロムですね。エミリア嬢をしっかりエスコートしてくださいよ。なにせ、プロムですよ。プロム、かぁー羨ましい…」
「…トイ、何時になくじょう舌だけど、プロムに何か思い入れでもあるの…」
「…勿論、強い思い入れはあります。私達、狼の獣人はついこの間まで王国では市民と認められておらず学校に通うことも許されていませんでした。学校や学園に通いたかった私にとって卒業式前に行われるプロムは憧れなんです…」
「…そういうものかな…」
「…そうですよ。今はロラン様のおかげでアペシキテ一族900名が王国の山岳警備隊員になることができ生活が安定しています…」
「…加えて一族3,500名が一等市民に位置づけられた為、子供達は学校に通うことができプロムを経験することができます。我が一族はロラン様に多大な恩義を感じております…」
「…トイ、僕は王立魔法学園には通ってないし、プロムは在校生であるエミリアの招待があるから参加出来るのだけどね…」
「…それでもロラン様は正式にプロムに参加され、我ら一族に道を切り開いてくれた御方です。どうか胸を張ってエミリア嬢をエスコートしてください…」
ロランは馬車に揺られながら『…あと3週間でエミリアは学園を卒業し、宰相府の事務官になるんだな。これからは宰相府で頻繁に会うことができる…』と考えているうちに宰相府に到着した。
宰相府の政務を終え執務室を出ようとした時、ロランは授業を終え夕方から政務に取り組んでいたエミリアに呼び止められた。
「…ロラン、待って下さい…」
エミリアは顔を少し紅潮させながらプロムで着るドレスについてロランの考えを尋ねてきた。
「…プロムのドレスは何がいいかな。教えて欲しいな…」
ロランはエミリアの顔を間近で見て、あまりの可愛らしさに赤面してしまう。
強い意志を持ったブルーの瞳に掘り深の二重まぶた、通った鼻筋に厚みのある『ぷっくり』としたリップ、それに今は少し頬が紅潮し瞳が潤んでいたためであった。
「…そっそうだね。ホルターネックで、色はピンクがかった薄いオレンジ色でタイトなフラワ―のロングドレスはいいかな…」
「…もう、しっかりイメージできてるのね。うん、わかった。当日、楽しみしていて…」
エミリアはロランが提案したドレスはあまり気に行っていないようだったが、何故かご機嫌なエミリアの姿を見てほっとするのだった。
邸に戻ると、ロランはジェルド、ミネルバ、ルディスを集め、プロムナードの警護体制に関するブリーフィングを行った。
「…ジェルド、プロストライン帝国からの亡命者と傭兵、獅子の獣人から成る歩兵部隊30名を指揮し学園の壁外に防衛ラインを構築して、敵の侵入を阻止するように…」
「…これはブリジットが『ナノ結晶』を含むルディスの皮膚をコラーゲンゲル上で培養増殖させ腐敗防止加工を施した『光学迷彩シート』です。魔力を注げばこのように『ナノ結晶』の間隔が変化し周囲の色に同化するので全隊員に支給して欲しい。」
「…ただし、『光学迷彩シート』は万能では無い。現時点では熱の遮断や消臭が完全でないため、熱感知や嗅覚が優れた獣人や魔物達には居場所を感知される可能性が高いリスクがあることを戦略に組み込んでおいて欲しい…」
「…承知しました…」
「…ルディスには、諜報部隊から飛行船の操縦に秀でた3名を選出し飛行船を操縦させ、残りの者には学園に侵入させ、有事の際に敵を殲滅するよう体制を整えて欲しい…」
「…了解しました…」
「…ミネルバ、これはトロイト連邦共和国情報保安局、通称『TFRISS<トフリス>』のハイパーヴィジョン狙撃工作部隊に対抗できるように開発した、10倍~50倍の倍率で標的を確認できるスコープを取り付けた対人狙撃銃と対物狙撃銃だ。全隊員に各1丁ずつ支給する…」
「…なお、3隻の飛行船には各5名ずつ狙撃隊員を搭乗させ、4名には対人狙撃銃を残り1名に対物狙撃銃を持たせ、ミネルバの指示で狙撃ができるよう体制を整えるように…」
「…はっ…」
「…今回の作戦指揮はジェルドに一任する。なお、この場にいないツュマには神聖ティモール教国で『パウエル五世』に関する諜報を行わせ、エクロプスには地下網建設の指揮に専念してもらっている。皆、宜しく頼んだよ…」
「「「…はっ…」」」
アゼスヴィクラム暦736年3月8日17時、王立魔法学園の体育館では艶やかなプロムドレスを身に纏った令嬢達とスタイリッシュなタキシードを纏った子息達が集まり、軽やかな音楽が演奏の中でプロムナードが開始された。
ロランは宰相府から学園に向かう馬車の中で新調したタキシードに着替えるとプロムが行われている体育館へと向かった。
体育館に到着すると、男子生徒からの誘いを断り、椅子に座り続けているエミリアの姿を確認することができた。
何しろ、エミリアの魅惑的な美しさと存在感は他の追随を許さなかったからである。
ピンクがかった薄いオレンジ色の背中が大きく開いたロングドレスであり、スカート部分には多数のフラワーが描かれ、ゆるやかにサイドアップにセットした髪とリュージュのパーティ用ヒール、そのどれもが完璧にエミリアに調和していた。
ロランはエミリアの前に着くと、片膝をつき右手を差し伸べ|ダンスに誘うのだった。
「…僕と一緒に踊っていただけますか…」
「…ずいぶん待ったんですよ。困った私の英雄さま…」
緩やかな演奏の中、ロランとエミリアは他のカップルに混じり、ワルツをゆっくりとただゆっくりと、まるで時間の中に溶け込むかのように踊り続けた。
ロランとエミリアの光景はオム・マーラの千里眼により終始監視され、黒猫を通じて随時ミネルバに報告されていた。
2人が楽し気にワルツを踊っているという報告を何度も聞かされたミネルバは、自分の中で何かの糸が切れる感じを体験し、いきなり関係ない方角に向かって銃を連射し始めた。
配下の狙撃手達は、同上していたルディスにミネルバを諫めるよう目で合図を送るのだが、ルディスはおもむろにポケットからタバコを取り出すと爪で着火させ一服しながら、首を左右に振り狙撃手達の要望を断った。
「…ロラン坊ちゃまも罪作りな方だなぁ…」
ルディスは煙草を吸いながら、煙で霞む目で遠くの空を見つめるのだった。
来週より、第2部に突入します!
次回は・・・『64話 氷海の世界 ~ それでも『欲望の種』は凍らない ~』です。