56話 閑話 リプシフター ~ 湖中の水虎 ~
ここ『ホワイトヴィル湖』はロラン様のご学友であるアレックス君の父君である『ジョルジュ・フォン・マクスウェル・ツー・アガード』伯爵が治めるアガードの街から南に5kmの地点で沿岸となるフォルテア王国最大の湖である。
ロラン様は、アゼスヴィクラム暦735年10月25日光4日(木曜日)、クリシュナ帝国『ホワイトヴィル湖』南岸領域に軍事侵攻したとの事だが、私ことリプシフターは9月10日湖に到着してから今日で2ヶ月、相変わらずメッサリア共和国が製造したという『潜水艦』なる兵器の監視を一族の者と行っている。
ちなみに、『ホワイトヴィル湖』の周囲長は296km、短径25km、長径65km、最大水深600m、平均水深200m、淡水と海水が混ざった『汽水湖』であり、大小30の島が存在する。
王国を縦断するセレネー川とサンディーナ川とエポーナ川が合流したエポーナ川<本流>から流れ込む淡水と地下の空洞より流れ込むマルテーレ海の海水の豊富な栄養素のため、魚やカニ・エビなどの甲殻類が豊富に生息している。
我らGill Humanは半魚人にように思われているが全く異なる存在。大体、人間と魚の染色体の数は異なるので、人間と魚の異種交配なんて自然界ではあり得ない事なのに…まぁ遺伝子操作をすれば可能かもというレベルなんですよ半魚人はね…
そういえば、ロラン様が、Gill Humanは人類の進化の可能性の一つの形とおっしゃっていたが、正にそのとおり、水の中に入ると肌がサメの肌のような循鱗となり水の抵抗を低減し、手と足に現れる水掻きの推進力により高速で湖中を移動でき…
いつもは、乾燥して細菌やウィルスに感染しないようロラン様に考案頂いた保湿を維持できるネックリングで覆っているエラにより、水中に溶け込んでいる酸素を取り込み、一部は椎骨動脈に繋がることで脳に一定の酸素を供給し、残りは気管支に繋がり肺に酸素を供給する…
肺の二酸化炭素は換気の際に気管支からエラの毛細血管網を通って水中に二酸化炭素を放出することで水中でも呼吸が可能となり…
低周波の音と深海サウンドチャンネルを使用することで地上の4倍以上のスピードで仲間とコミュ二ケーションをとれ、最大、地上の気圧の111倍となる水深1,100mの水圧にも耐えられるよう筋肉や骨、内臓、血液を保護する魔法を使用できるよう進化しただけの事なんだが…
とリプシフターが日課である日誌を書いていると同族の『スレイ』がリプシフターに出動するよう部屋に入ってきた。
「リプシフター、メッサッリア共和国の潜水艦が条約で定めた領域を超えて王国側の海底調査を行っています…早く来て皆に指示を出してください…」
「スレイ、今行くから少し待ってくれ…しかし今月はまだ10日しか経っていないのに5回も領域侵犯してくるとは…まったく同盟国なのに…」
「リプシフター、我らのリーダーなんだから愚痴ってないで、早く…早く!」
「はぁ、潜水艦を撃沈すると乗組員達を水圧と潜水病でヴァルハラに送らないように救助するのが、非常にメ・ン・ド・ウなんだがね!!」
「我々に八つ当たりするのではなく、ロラン様に言われては…」
「はぁ…スレイ…それが出来たらこんなにストレスは貯まらないよ…では、いこうか」
「はっ」
そう言うと『ホワイトヴィル湖』沿岸の近くに建設した監視所からエラを保護するためのネックリングを外し海水パンツ1枚のリプシフターがスレイと共に出てくると、桟橋を走っていき、そのまま湖にダイブする。
『ホワイトヴィル湖』の水温は非常に冷たいため、低周波の音を遠くまで届ける深海サウンドチェンネル層が30m付近に存在するので、リプシフターとスレイは一気に30mまで潜る。
30m地点に到達すると、ルプシフターは低周波の音を利用し仲間達に潜水艦の位置を教えるよう話し始めた…しばらくすると仲間の1人より潜水艦の情報が返ってくる。
「…潜水艦の…位置は7番島から11番島の間…艦数は3隻…深度250m…」
「すぐ行くので敵ソナーに気づかれないよう監視せよ…」
リプシフターは『水深250mか…深海だな…撃沈した後の救助が面倒だ…』と思いながら領域侵犯の潜水艦がいる位置に目掛けて高速で泳いでいく。
水深200mまでは日の光が届くが250mとなると暗闇と静寂の世界となる。
ただし、Gill Humanのリプシフターとスレイはアクティブ方式で目の下にある発光器から赤外線を出し赤外線を感知する瞳と口から超音波を出し3Dソナーのように物体を認識することで、モノクロの状態で水中の状況を見ながら進んでいく…
過酷な状況にあるはずのリプシフターであったが『ここは淡水と海水が混じった汽水だから水深500m以下であればヴァルハラに旅立った後のプランクトンの体が海底へと沈んでいく、まるで海中の雪のようなマリンスノーを観れるのに』と領域侵犯の頻度が高い為、どこかルーチンワークのように気が抜けた状態であった…
リプシフター達が潜水艦のいる島の位置につくと、潜水艦を監視する仲間に、
「自分が潜水艦より深い350mの深度から3隻の潜水艦を攻撃するので、脱出しようとするメッサッリア兵の救助を頼む…誰もヴァルハラに旅立たせないように…ロラン様にネチネチ怒られるぞ…」
とロランがいないところでは言いたい放題のリプシフターが仲間に指示を出し、自らは潜水艦よりも深い深度に潜っていく。
リプシフターは潜水艦の真下に着くと、リプシフター固有の水属性魔法である魔法を叫んだ…
「水圧プレス(ハイドローリックプレス)」「水圧プレス!」「水圧プレス!」
リプシフターの水属性魔法により、底部が圧壊した潜水艦は水中走行が不能となり、メインバラストタンクに圧縮空気を送り、タンク中の海水を潜水艦より排出させ浮上していった。
リプシフターは『救出は面倒だから海面までこのまま浮上してくれればな』と思いながら、潜水艦に近づいていく。
水面まであと50mのところで3隻の潜水艦が沈み始めたため、リブシフターは仲間達18人に1隻に6人づつで、潜水艦を底から支え水面下50mの位置で保持し続けるよう指示を出し。
ツーマンセルとした6名には、潜水艦救難艇などの装備はまだ配備されていないため、潜水艦に穴をあけ潜水艦の内側と外側の圧を同じ状態とするので、その後ハッチを開け乗組員を救出するよう指示を出す。
準備をしていると、緊急脱出口から脱出ポッドに入った乗組員が水面に向けて射出されていったが、リプシフターは全員救助する為、作戦を続行し続ける…
そして…
「はぁ…あなた方の所属はどこですか?メッサッリア共和国 秘密情報部<Messarria Republic Secret Inteligence Service> MRSISですか?海軍ですか?だんまりはやめてください…」
と3隻の潜水艦から救出した45名を王国側の『ホワイトヴィル湖』沿岸に建設した監視所にある捕虜収容室に連行し、Gill Humanのリーダーであるリプシフターが尋問を行う。
「はぁ…困りましたね…同盟国の方ですよね…メッサッリア共和国の所属かどうかだけ、答えてくれませんか…」
「サラス、悪いがスレイとあと数人呼んで、この方々に毛布と暖かいチャイをお出ししてくれないか…」
「しょうがないわね…じゃ、スレイとあと何人かで用意するから待っていて…」
「すまないね…」
酷い拷問を受けると思っていたメッサッリア共和国の潜水艦乗組員達は『手かせ』はつけられているがジャージを用意され、床ではなく心地よい椅子に座すことが許されている今の待遇に疑問を持っていた。
すると艦長らしき人物が、
「私はメッサッリア共和国海軍大佐、ME101艦長の『ラルフ・ベカロッシ』と申すが、なぜ貴殿は我らを拷問しないのか?」
「おぉ…名を名乗られるとは素晴らしい…ではロラン様より名を名乗っても構わないと言われておりますので、私は『リプシフター』と申します…」
「…それとあなた方に拷問を行わない理由でしたね…それは簡単な事…貴方が同盟国の方という可能性が高かったからです…同盟国の方に拷問などしたら後でロラン様より『きつく』お叱りを受けますからね…あなた方は幸運ですよ…同盟国以外の方はヴァルハラに送らなければ、どんな拷問もやむを得ないと許されていますから…」
と笑みを浮かべるリプシフターを見て、ラルフ・ベカロッシは『ゾッ』とする。
「まぁ、皆さんがメッサッリア共和国の海軍所属という事がわかりましたので、あと名前だけ教えてください…名誉を重んじるメッサッリアの軍人であれば、まさか大佐が名乗られて、部下が偽名を使うとか、あるいは名乗らないなんて事はしないと思いますので…」
というリプシフターの言葉に観念したのか1人ずつ所属、階級、氏名を名乗っていくと、リプシフターは書き漏らさないよう1人1人確認しながら書面に記載していく。
リプシフターは全員の所属、階級、氏名の記載が終わるとメッサッリア共和国の捕虜達に愚痴をこぼし始めた…
「皆さん、同盟国なのに領域侵犯が多すぎますよ…私達は皆さんと違って費用が『カツカツ』なんですから…それにロラン坊ちゃんから同盟国の方は誰1人ヴァルハラに送らないよう指示されているので、攻撃する時も細心の注意をしているのですから…」
「「「「「…はぁ…」」」」」
「辛いんです…海底を調査してもいいですよ…ただし、国境越えたらアウトですよ…そうでしょ…はぁ…面倒なんです…書類とか…報告とか…他のLVSISのメンバーは派手にやっているのに、私はもう2ヶ月も毎日毎日潜るだけ…」
「では…今日はこの部屋で雑魚寝をして、明日には皆さんを『ホワイトヴィル湖』の国境上にあり、両国の捕虜受渡場所である『エバン島』に連れていきますから…それから、温水洗浄便座付きトイレの使用方法は大丈夫ですよね…場所はあそこです…尻は専用の紙がトイレ内にありますら…それ以外は流さないようにしてくださいね…詰まるので…あと立ちながらの尿は禁止です…掃除が大変なので…では、明日までゆっくり休んでください、後でサラスとスレイ達が食事を持って来ますので…」
と言うと、リプシフターは捕虜収容部屋を退室した。
「ラルフ艦長…あの男が海軍で噂される『ホワイトヴィル湖の水虎』でしょうか?」
「フロリアーノ少佐…あの男こそ『水虎』に間違いあるまい…」
「わずか2ヶ月で15隻の潜水艦を撃沈した、我らの宿敵があんな優男だったとは…」
「ラルフ艦長、アルベルト国防大臣とマシュー・オルコット統合軍司令に何と弁明をすれば宜しいでしょうか?」
「心配するでないフロリアーノ少佐、私と他2名の艦長が責任を取り除隊する…」
「「「「「ラルフ艦長…」」」」」
一方、リプシフターは潜水艦3隻を撃沈しメッサッリア共和国海軍45人を捕虜とした事件の報告書を『ロランに対する愚痴』を言いながら作成していた。
その日の晩、ロランから黒猫を通じてテレパス送信があり、レスター国王より正式に『河川警備隊』の新設とGill Humanの一族600名の雇い入れが認められ、『河川警備隊』の初代隊長をリプシフターとしたので11月25日に一旦、邸に帰還し王宮での受任式に出席するよう伝えられた。
リプシフターは夜10時にもかかわらず、サラスやスレイ、仲間達に『河川警備隊』の新設とGill Humanの一族600名が雇い入れられる事、自分が隊長となり王宮で受任式を受ける事を伝え、
「さすがロラン様だ!さすが我が主君だ!最高だぜ!イエーイ!ヤッホイー!」
と叫びながら通路を走り回ったため、捕虜収容部屋にもその声は聞こえる事となり『あんな奴にわずか2カ月で15隻の潜水艦が沈められたのか』と別の意味で捕虜45人を絶望のドン底に突き落としていた…
次回は・・・『57話 三国同盟の激震 ~ ナイト・コマンダーと青い薔薇 ~ 』です。
2018/09/09 リプシフターの水中におけるエラ呼吸に関する文章を加筆しております…
2018/09/10 アゼスヴィクラム暦の年を入れ忘れたため加筆修正しております…
2018/09/11 次話タイトルを追加しました…