51話 エミリア
※当作品の登場人物名称(対象はフルネームの完全一致および酷似した名称)、貨幣の名称と特徴、特有の魔法名称と特徴、理力眼といった特有の能力スキルにおける名称と特徴、国家・大陸名称、魔力導線の構造及び魔石と魔力導線を使用した発明品・兵器の構造等の内容ならびにテキスト等の無断転載・無断使用を固く禁じます。
本日は久々に宰相府で政務を行う日であった。
ロランはツュマを救うためワグナーに土下座をした事には何ら恥じる点は無かったと自分に言い聞かすのだが、宰相であるワグナーには会いずらい状況ではあった。
そのため、身なりをきめて胸を張って宰相府に出勤すると決めており、ホワイトのシャツに、左胸にスタイナー家の紋章を刺繍を施した濃紺のブレザーと紺のジレベスト、チェック柄が入った紺のロングパンツを履き、ダークブラウンの革靴に足を通すと1階のダイニングへと向かった。
ロランは、ダイニングテーブルの中央の椅子に座り皆を待っていると、右手側にアリーチェ、ルミール、アルジュ、ピロメラが座り、左手側にはバルトス、マルコ、クロス、フェネクが席についた。
『…他のメンバーはどうしたのかな。それに一見するとテーブルの座り位置は、単純に男性と女性で別れているけど、座る順序と位置は何らかの思惑が込められている気がする…』
ロランはそれ以上の詮索はせず、バルトス達とは工場の生産状況などについて、アリーチェ、ルミール、アルジュと女性が好む香りについて、ピロメラとは日常の出来事について話をし、和やかなに朝食を済ませた。
ロランは馬車に乗る前に、本日から執事見習い長として業務を行うツュマを呼び寄せ、山岳警備隊900人の一月分の給与である10エルリング硬貨が30枚(日本円で3億円)入った袋と黒猫を渡した。
さらにツュマに、同じく本日から執事見習いとして業務を行うモシリとトイをアペキシテ一族の居住地に向かわせ、『戦士900人全員が王国の山岳警備隊となる事、すぐに警備を開始して欲しい事、装備は後日運ばせる事、一月分の給与を渡したので皆で平等に分配する事、情報は黒猫に話しかけることでテレパスによる送受信ができる事、黒猫を大切に扱う事』を族長代理であるツュマの弟のクプルに伝えるよう指示すると馬車に乗り込み宰相府へと向かった。
ロランは執務室の机に座り政務を始めるとエミリアが向かい合わせの席に座った。
エミリアは、整った眉毛に、くっきりした2重、透明感のあるブルーの瞳、ぷっくりとしたローズ色の唇で、陶器のように白い肌、髪はブロンドに濃いブラウンが混ざり、ゆるやかなウェーブがかかっているロングレイヤーの美女である。
エミリアは4歳年上の15歳なのであるが、外面だけでなく内面から溢れる教養だけでなく強い意思が瞳に宿る人を魅了し、引き付ける雰囲気を持っていた。
昼になるとエミリアはロランを連れ食堂に向かった。
『…完全に弟扱いさえているような気がする…』
食事を運んできてテーブルに座るとエミリアはロランに話しかけてきた。
「…スタイナー卿、宰相府の業務には慣れましたか…」
「…問題はないよ。それにエミリアもいてくれるので心細くないからね…」
ロランはエミリアの髪型がいつもと違っていたことに気付き話題とした。
「…エミリア。今日はいつものように髪を纏めてアップにしていないんだね…」
「…今日は王立魔法学園は休校日ですので朝からロラン様と一緒にいられるのでお洒落をしてみました。変ですか…」
「…あっ、変って意味ではなくて、その凄い似合っているなと思って…」
「…ロラン様にそんなに褒めていただけるとすごく嬉しいです…」
伯爵ではあるが11歳のロランと15歳の美女であるエミリアが、親密に楽しげに会話している光景は食堂の注目の的になった。
するとエミリアはアレックスが見た"金属の皮膚を持つ1つ目の魔物"の話をロランに話始めた。
アレックスの父の領地であるアガード領は『ホワイトヴィル湖』に接し対岸は『メッサッリア共和国』と『クリシュナ帝国』の国境となっている。
その地理的状況から、ロランはその魔物の正体が潜水艦であると推測した。
ロランはエミリアに1つ目の正体を説明し、父君に対応するよう話し始めた。
エミリアの父君は外務大臣で公爵であるリックストンであったからである。
「…エミリアから、父君にメッサッリア共和国が『潜水艦の潜望鏡を使用し王国内の偵察を繰り返している』と伝えてもらいたい…」
「…その潜水艦というものが1つ目の魔物の正体ということですか…」
「…その通り。対策として行わなければならない事は3つある…」
「…1つはリックストン公爵に外交ルートを通じてメッサッリア共和国と即時に『相互不可侵条約』と『通商条約』を締結いただく事、できれば『軍事同盟』まで締結して欲しい…」
「…2つ目は高さ10m、底面の長さ12m、頂面の長さが10mの防護壁を60kmに渡り建造する事…」
「…3つ目はアガード領の飲料水として使用している『ホワイトヴィル湖』に毒を拡散されても問題がないよう、アガードの街に完全な上下水道を構築する事…」
エミリアはロランが次々と対策を打ち出していくことに驚愕する。
ロランは話を続ける。
「…可能であれば、王国軍を創設する必要がある…」
「…ロラン様、それは今のように有事の際に王国内の各貴族から衛士を集い王国軍とするのではなく。平時から紛争時に戦闘を行う兵士を組織する必要があると…」
「…エミリアは察しがいいね。王国の人口はおよそ150万人であるから最低1万5千人は必要だけど…維持する金額が膨大になるので直ぐに認められないと思うけど必要だ…」
『…エミリアは非常に理解力が高い。それにこんな話を聞いて冷静でいられるとは公爵令嬢というよりエミリアだからなんだな…』
ロランは自分の中に占めるエミリアの存在が大きくなることを実感した。
エミリアと共に宰相府に戻ったロランは宰相であるワグナーに『メッサッリア共和国が潜水艦を使用し王国内の偵察を行っている事や『相互不可侵条約』の締結が最低限必要な事、60kmに渡る防護壁が必要である事』などを説明し、邸への帰路に着いた。
既に『クロス』の使い魔を、外務大臣であるリックストン公爵の影の中に、同様に内務大臣であるトーニエ=スティワート公爵の影の中に潜ませ、情報収集と行動の監視を行わせていた。
ロランはクロスにテレパスで"…状況が深刻化している。使い魔に今後一週間集中して諜報活動を強化するよう命じてくれ…』と指示を出す。
邸への帰路、ロランは馬車の中で聡明なエミリアについて考えていると、ふいにアリーチェの言葉を思い出した。
≪…近く現れる青い瞳の女性こそ運命の3女性の1人であるという…≫
アリーチェの予言を思い出しロランは強くエミリアを意識していく。
一方、ロランからの知らせを聞いた宰相であるワグナーは、国王であるレスターと外務大臣であるリックストン公爵、内務大臣であるトーニエ=スティワート公爵に至急、王宮中央棟の『閣議の間』に集合頂きたいことを事務官に連絡に行かせると、自らも足早に王宮中央棟の『閣議の間』へと向かった。
王宮中央棟の『閣議の間』で宰相であるワグナーは、国王であるレスターと外務大臣であるリックストン公爵、内務大臣であるトーニエ=スティワート公爵に対し、『現在、メッサッリア共和国が潜水艦を使用し王国内の偵察を行っている事、王国と共和国との間で相互不可侵条約の締結が最低限必要である事、60kmに渡るコンクリート製の防護壁が必要である事、アガードの街に完全な上下水道の整備が必要である事、王国軍の創設が必要である事』を伝えた。
その報告より3日後となるアゼスヴィクラム暦735年9月4日(光4日=木曜日)。
フォルテア王国史上初となる他国との相互不可侵条約の締結、60kmに渡る防護壁の建設、王国軍の創設並びにアガード領における上下水道整備が正式に決定され、全ての案件にロランが係わることが内密に決められた。
その間、ロランはカントレアの勉強をし宰相府の政務を行いながら、新たに邸の周囲の土地を購入して得た広大な敷地内に、ゴンドラ、テールフィンと方向舵、竜骨<キール>を組み立て飛行船を建造する工場を建設し、飛行船の製造を急いでいた。
その光景を見ていた何者かが呟く。
「…実に面白い。この『次元、宇宙、時間』の座標軸においてアカシックレコードを基に構成された世界に存在するロランは『どのロラン』とも異なる…」
「…このロランこそ我が求めし特異点…いづれ逢いに行く…その前に少し置き土産をしておこう…我が友よ…」
ロランは、王国の山岳警備隊となったアペキシテ一族からクリシュナ帝国に不穏な動きありとの報告を受けるのだが、この時はまだメッサッリア共和国だけに視線を注ぐのだった。
次回は・・・『52話 メッサッリアの赤き剣<つるぎ>』です。
2018/09/02 誤字・脱字・文章の一部を修正しております。
2019/03/01・・・貨幣の名称を変更