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異世界転移の英雄譚 ~悩み多き英雄さま~  作者: 北山 歩
第1部 第3章 諜報部隊 LVSIS(ルブシズ) 実行部隊 RedMist(レッドミスト) 創設・始動 編
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50話 嘆願 ~高貴なる無様さ~

 光7日(日曜日)、この日、ロランは朝から『そわそわ』していた。それでも、スタイナー家の当主(とうしゅ)として皆に心配をかけまいと『必死に心のゆらぎ』を押さえつける。


 ロランは皆で朝食を摂った(とった)あと、リビングを経由し、庭園テラスに設置してある『ホワイトの大きなパラソルと丸いテーブル、テーブルを囲むように設置されている椅子』のセットの中で、最も日当たりがよいセットの椅子に座り、ポル爺ご自慢の庭園を眺めていた。


 「ホルホル…『ルディス』よ、そこの薔薇(ばら)を切ってしまったらバランスが悪くなるじゃろ…どれ、お前さんが持っている『刈り込み鋏(かりこみばさみ)』を貸してみろ…」

 「…ポルトンさん、どうぞ…でも、そんなに言われるほど、バランスは悪くないと思うんですが…」


と、ポル爺とポル爺に庭園作りを教え込まれているルディスの声が聞こえてくる。


 周囲と完全に同化する能力を持ち、風属性魔法に特化したカメレオンHuman(ヒューマン)の『ルディス』は、諜報活動がない時はポル爺のサポートとして庭園作りを手伝ってもらっている。


 『そういえば、ポル爺がルディスは『庭師』として大変、筋がいいと喜んでいたな…』とポル爺の言葉を思い出していると、ジェルドが近づいてきた。


 「…ロラン様、お呼びでしょうか…」

 「ジェルド忙しい所すまない、話が長くなるから、こっちの席に座って…」

 「畏まり(かしこまり)ました…」

 「2つ依頼があるのだけど…1つはワグナー侯爵(こうしゃく)邸に使いを出し奥様のサーシャ様に午後5時にロランがディナーを共にするために訪問させて頂きますと伝えて欲しい…もう一つはRedmist(レッドミスト)の第5席であるフュンフに『ロベルト・バイン・アンガスタ』を迎えたいので、その所在(しょざい)を無理せずに探して欲しい…」

 「ロラン様、ディナーが夕方5時とは少し早い気がしますが…」

 「その時間帯の方がいいんだ…黄昏時効果(たそがれじこうか)<TwilightEffect(トワイライトエフェクト)>がある時間帯だからね…」 

 「その黄昏時効果とはいかがなものでしょうか?」

 「あぁ、ジェルドこれは内緒だよ。人はその時間帯になると判断力が急激に低下するから願い事をするには最適な時間なんだよ…悪用しないようにね…」

 「…ところでロラン様はそのような知識をどこで習得なされているのでしょうか?」

 「えっ、その、何というか、色々な書物からかな…」

 「……」


ロランは嘘が下手(へた)すぎる。『異世界の記憶です』と言えないので、ロランはジェルドに早々(そうそう)に依頼した事項を行うよう指示をした。


 『この何者にも代えがたい平和な日常を継続させていきたい!…そのためには「強力な力と圧倒的な情報収集能力」が必要なんだ…逆説的だけど…でもそれが現実…世界は力なき者にとても残酷だから…』


と考えながら、ピロメラが入れてくれた『チャイ』を飲み、再び庭園を眺め(ながめ)始めた。


 しばらくして、ロランは席を立ち自分の部屋へと向かう。ワグナー邸でのディナーのため、髪を整え、ホワイトのシャツにブラックの燕尾服(えんびふく)とジレベスト、ロングパンツに磨き抜かれた革靴を身に纏い(まとい)、1階へと降りていく。


 「エクロプス、御者(ぎょしゃ)を頼めるかな、それとクロス、アリーチェ一緒に来て欲しい」

 「「「承知いたしました…」」」

 「クロス悪いけど、ツュマ達を乗せる大型馬車の御者(ぎょしゃ)をして欲しい、頼んだよ…」

 「御意(ぎょい)のままに…」

 「ツュマ、レラ、イメル、モシリ、トイ…済まないがワグナー邸にいき、ワグナー宰相から恩赦(おんしゃ)を確約されるまで、この手かせをつけるよ。それと移動の際は鉄格子付きの大型馬車に乗ってもらう事になる…申し訳ない…」

 「…ロランさん、俺は族長だから責任を問われても問題ない、我がアペキシテ(火の牙)一族3,500人が平和に暮らせるようになれれば問題ないから…」

 「…ツュマ、その3,500人には君も入っているだろ…命を粗末(そまつ)にするような言動はしないでくれ…」


とロランは言うと、『ルミール、バルトス、アルジュ、ジェルド』に、本日はディナーは不要である事と万事(ばんじ)宜しく頼みますと伝え、ワグナー邸へと向かう。


 ワグナー邸に到着すると


 「エクロプス、後で奢る(おごる)ので悪いが、馬車置き場で待機していてくれ…」

 「…了解です…期待してますよ…」

 「クロスは、馬車置き場に馬車を置いた後、ツュマ達を連れてきてくれ…それとワグナー邸に入ったら指示があるまで、ワグナー邸の『控えの間』で待機しててくれ…では、ここで待っているから」

 「承知いたしました…ロラン様」


ロランとアリーチェはワグナー邸の入口扉(いりぐちとびら)の前でクロスとツュマ達を待ち、皆が揃う(そろう)とロランは


 「では、アリーチェ、クロス、皆行こうか…」

 

と言い、ワグナー邸のドアをノックし、少し経ってから扉を開ける。


 扉の向こうには、エステベスの奥方であるサーシャが2名のメイドと共に笑顔で立っており、ロラン達を快く(こころよく)迎え入れてくれた。


 『本当にサーシャさんは、手かせをつけた者達を引き連れてきているのに、全く動揺もせず、優しく迎え入れてくれる…本当に優しいお方だ…』と思いながら、サーシャの後に従いダイニングへと向かう。


 ダイニングに到着するとサーシャ、ロラン、アリーチェがそれぞれ椅子に座り、外務大臣であるリックストン公爵邸で休日であるにもかかわらず国政について会談しているエステベスの帰りを待っていた。


 勿論(もちろん)、アリーチェはロランの左横の席に座っている。ふいに、サーシァがロランに話しかけてきた。 


 「…ロラン君、久しぶりね。とても嬉しいわ…そちらのご令嬢は恋人かしら…」

 「サーシャ様、ご無沙汰をして申し訳ありません。こちらの女性は『アリーチェ・クロエ』です。恋人よりも妻よりも長い時を私と共に過ごしていただける令嬢です…」

 「サーシャ様、お初にお目にかかります。ロラン様よりご紹介いただきました。『アリーチェ・クロエ』です。宜しくお願い致します。」

 「こちらこそ、宜しくお願いします『アリーチェ』さん…」

 「…息子や娘と話しているようで楽しいわ…でも、ロラン君、その歳で『アリーチェ』さんをずっと愛人の位置におくような発言はいけませんね…」


とサーシャに言われ、ロランは『そんな受け止め方をするのか』と吹き出しそうになる。


 しばらくすると外務大臣であるリックストン公爵と国政について会談していたエステベスが帰宅しダイニングに現れたので早々に挨拶を済ませ、会話をしながら和やかな(なごやかな)雰囲気で食事を摂り始めた。


 ディナーが終わると、ロランはワグナー宰相に『お願いしたき()』がございますと告げるとワグナー宰相はロランの真剣な眼差し(まなざし)から何かあると考え、別室の執務室に招いた。

 「…その『お願いしたき儀』とは、何であるかスタイナー卿?」

 「…はい、ワグナー閣下もご承知の事と存じますが、王都とモルダールの街をつなぐ街道で、度々(たびたび)、山賊行為が行われている事を…」

 「…その事は知っておるが、いかがした…」

 「その者達を捕獲いたしました…」

 「おぉ…さすがスタイナー卿だ!で捕獲に対してレスター国王より褒美(ほうび)を貰えるよう私に口添え(くちぞえ)をしてもらいたいということかな?…」

 「いえ…ワグナー閣下(かっか)にしかできない事でございます…」

 「その前に、山賊行為を行っていた者達の面構え(つらがまえ)拝見(はいけん)したい…で連れて来ておるのか?」

 「はい、『控えの間』にて待機させております…」

 「うむ、ではこの部屋に呼び寄せるとしよう」


と言うとワグナーは、ベルを鳴らし使用人に『控えの間』で待機している者達を、この執務室に連れてくるよう指示を出す。


 クロスが、手かせをはめ、チェーンで連結されたツュマ達を執務室に連れてくると、

 

 「皆、いい面構えをしているな…で私にしか出来ない事とは何かなスタイナー卿?」

 「この者達は、何の罪もない王国の市民から金銭(きんせん)を奪いとりましたが、誰一人ヴァルハラに送った者はなく、女性に乱暴をした者もおりません。聞けば一族3,500人の命をつなぐため、致し方(いたしかた)なく山賊行為に至った(いたった)という事でありますので、是非とも恩赦を頂きたいと…」

 「それはできん。それに『恩赦(おんしゃ)』はレスター国王が与える権限であり、私がどうこうできるものではない…」

 「国王の右腕であり、王国の重鎮(じゅうちん)あるワグナー閣下が、レスター国王に進言(しんげん)いただければ可能でございます…」

 「くどいぞ…スタイナー卿!私は常々(つねづね)、犯罪を犯したものは、相当(そうとう)(ばつ)を受けるべきと考えている…ゆえに恩赦の件は引き受けられん!」

 「…そこを、何卒(なにとぞ)お願いいたします…」

 「…くどい!…」


と言って立ち上がりワグナーが部屋から立ち去ろうとした瞬間、ロランは腹を決めた。


 「お待ち下さい!!『エステベス・フォン・ワグナー・ツー・リベリック』様!!!」

と言うと、ロランは執務室の床に両膝(りょうひざ)をつき、頭を床につけて『土下座(どげざ)』をした。


 この世界でも屈辱(くつじょく)の対象となっている『土下座』を、竜覇者であり伯爵のロランが行った事にワグナーは驚愕(きょうがく)し、立ち上がった『その場』で固まってしまった。


 勿論(もちろん)、クロスとツュマ達も、初めて見るロランの土下座姿に驚愕した。


 「この者『ツュマ』といい、狼の獣人の族長であります。この者の一族を想う心、誠実さ、仲間のために命をかける勇気、この男の命とこの者が愛する一族3,500人の命を救いたいのです!我が爵位(しゃくい)と全財産をかけてでも…是非とも救いたい!」

 「スタイナー卿…止めないか…」

 「いいえ、ワグナー閣下が、この者達に恩赦を与えると、またツュマが率いるアペキシテ一族3,500人が暮らせるよう『山岳警備隊』を新設いただき、一族の戦士900人全員を雇い入れる(やといいれる)と確約いただけるまで、頭をあげません…」

 「スタイナー卿、なぜ、この者達のためにそこまで…卿がしなくてはならないのだ?」 「このツュマという男の生き様、考え方に『惚れ込んだ(ほれこんだ)』からで、ございます…」

 「スタイナー卿!いや、ロラン君…私と妻はお(ぬし)の事を、本当に、我が子ように思っている…そんなロラン君のこんな姿は…見たくないのだ…辛い(つらい)のだ…」


とエステベスは瞳に涙を浮かべて、ロランに『土下座』を止めるよう説得するが、ロランは頑な(かたくな)だった。


 「エステベス様が確約すると言われるまでは…頭はあげません…」


ロランが『土下座』を初めて30分経過した頃、ワグナー家に半年前に雇い入れられた、まだ新人といえる使用人が『ワグナー宛の手紙』を渡すため、ノックもせず執務室に入ってきた。


 その使用人は『いつも自身に満ち溢れ(あふれ)、歳が離れたワグナーとも堂々と話し合っている』ロランが執務室の床に小さく丸まり『土下座』をしている姿を見て腹を抱えて笑いだした。


 ワグナーは烈火(れっか)のごとく怒りながら、その使用人を執務室の外に追い出し、ドアを締めたのち、振り返ると


 「…スタイナー卿…私の負けだ…今回だけ…スタイナー卿の願いを聞き入れよう…ただし、ツュマといったか…その者達が襲撃した市民に対する賠償金と新設する山岳警備隊の給与を含めた運営費用はスタイナー家が支払う事とする…これで許してくれ…それに軽々しく爵位を返上するなどと今後一切言わない事を約束せよ…」


 「ありがとうございます…ワグナー閣下。ロラン・フォン・スタイナーこの御恩(ごおん)絶対に忘れません…それと今後、軽々しく(かるがるしく)爵位を返上するなどと言わないことをお約束致します…本当にありがとうございます…」


と言うと、ワグナーに促されロラン達は執務室から出ていく。ロランは直ぐにクロスにツュマ達の手かせを外すよう指示すると


 「皆に恥ずかしい姿を見せてしまったね…しかし、これ以外いい案が思いつかなくて…」


和やかな(なごやかな)笑顔をしながら、ロランは皆に語りかける。


 「ロラン様、このツュマ…及び…アペキシテ(火の牙)一族、ロラン様は元より子々孫々の代までお使え致すことを、誓います…」

 「…ツュマは、大げさだな…」

 「「「「…私も子々孫々の代までお使えするよう、子や孫ができたら伝えていきます!」」」」


とレラ、イメル、モシリ、トイもツュマに続く。


 「では、皆、宜しく頼むよ…」


というと、リビングに移動し、サーシャと女性同士の会話で盛り上がっていた『アリーチェ』を呼び寄せ、スタイナー邸への帰路についた。


 馬車の中で、アリーチェが


 「ロラン様…お隣に移動しても宜しいですか?」

 「いいけど…珍しいね…アリーチェがそんな事を言うなんて…アルジュなら分かるけど…」


というとアリーチェはロランの左隣の席に座る。


 「ロラン様…私の右肩に頭を寄りかけてください…」

 「えっ…恥ずかしいから、いいよ…」

 「いいから…寄りかかってください…」


いつになく、強引なアリーチェの言葉に甘え、ロランはアリーチェの華奢な(きゃしゃな)肩にもたれかかると、アリーチェは左手をロランの頭にのせ、ゆっくりと撫でながら


 「今日は大変、お疲れ様でした…貴方の土下座姿は決して無様(ぶざま)ではありませんよ…守りたい者のため自分のプライドを捨てる、むしろ高貴な姿です…それでも泣きたかったら、どうぞ私の胸の中で泣いてください…想いが晴れるまで…」

 

 ロランはアリーチェの思いがけない優しい言葉に、心の中の(せき)が崩れ、抑えていた感情が溢れ(あふれ)出し、アリーチェの胸の中で泣いた。


 別に無様でも恥ずかしい行為だとも思っていなかったが、アリーチェに心の奥の奥を見透か(みすか)されてしまい、我慢することができず、号泣した。


 どんなに強い『力』を得たロランでも、心は普通の人間だと証明するかのように…


 ロランの号泣が聞こえたエクロプスはリヴァプールハットをかぶり直し、何も言わない。辛い(つらい)経験をしてきた人間は人の心に土足で入って詮索(せんさく)するような事はしない。


 ただ、エクロプスは『男を自分の胸の中で泣かせるなんて『アリーチェ』様は本当にすごい女性だ…』と思いながら、馬車を操作するのだった。

次回は・・・『51話 エミリア 』です。


2018/9/1 誤字・脱字 修正しております。


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