48話 捕獲 ~捕獲 山岳警備隊創設 ~
いつもなら、朝6時になるとスッパリと起床するロランも、今朝はなかなか起きようとせず、細長い枕を足で挟み、抱きかかえながら、ゴロゴロしている。
『通常の召喚であれば、召喚した者に『名前』を与える事で主従契約が成立したけど、昨日『ルミール』を召喚した時は、召喚した者が自ら『名前』を名乗り、口づけにより主従関係が成立した…つまり、『名前』を名乗る召喚者の場合、口づけが主従契約の必須条件になるということかな…』
と思いながら、ロランは昨日の余韻に浸っていたが、ふとある事が脳裏に浮かんだ。
『昨日は召喚した者が女性だったけど、もし召喚した者が男性で名前を名乗った場合は…』
ロランはそれ以上先を考える事を止めた、その先を考えると『新しい扉』を開いてしまいそうな気がして…
急に目が冴えたロランは、早々に着替えを済まし、ダイニングに行くと皆がテーブル前に設置された椅子に座り、ロランを待っていた。
『ルミール』はハイネックラインでゴールドとレッドの刺繍がふんだんに散りばめれたホワイトのレース製シースルーのロングワンピースを着、
『バルトス』『マルコ』『クロス』『フェネク』はホワイトのシャツにワインレッドのジレベストで、
『アルジュ』はレッドでノースリーブのワンピースを着、
『ピロメラ』はカチューシャとエプロンがホワイトで生地がブラックのクラシックなメイド服で、
『アリーチェ』はライトブルーのヴィクトリア風ドレスを着、
『ジェルド』はホワイトのシャツにブラックの燕尾ジャケット、手にはスタイナー家の紋章を刺繍したホワイトの手袋をし、
『ミネルバ』は洋服が間に合わず、メイド長である『ピロメラ』が自分の服を数着提供したようで、ピロメラ同様、カチューシャとエプロンがホワイトで生地がブラックのクラシックなメイド服を着、
『オム・マーラ』『リプシフター』『エクロプス』『ルディス』達は、それぞれに合ったオシャレな服装を身に纏っている。
本来、主は執事やメイドといった使用人と一緒に食事をする事は、この世界でもタブーな事であったが、ロランは世間の常識を全く気にせず自分流を貫き、皆と一緒に楽しみながら朝食を摂る。
朝食の『ガーリックトーストやスクランブルエッグ、生ハムと数種類の野菜で作られたサラダとオニオンスープ』は、昨日スタイナー家に到着したジェルドの戦友である『ペスカトーレ・ダイム』料理長と弟子のコック達がロランから受け取ったレシピを基に調理したものであり、非常に美味であった。
朝食を摂り終えると、ロランは執務室に行き、先々週、温水洗浄便座付きトイレと共に作図していた、洗濯機と既に作成していた消防車の図面を取り出し気になった箇所を修正していく。
『既に温水洗浄便座付きトイレと洗濯機は試作品で特許を取得しているから、この修正版をもう少し改良し製品として商会に販売してもらおう…』と考えていると執務室のドアがノックされ、扉が開けられる。
「ロラン様、定刻となりましたので出発のご用意を…」
「ジェルド。『ツュマ一党』の捕獲メンバーは?」
「既に馬車と荷馬車で待機しております…」
「流石だね、ジェルド。じゃ、行こう!」
ロランは、ジェルドとともに邸を出ていき、ロランは荷馬車の荷台に、ジェルドは馬車に乗り込むと、襲撃が予知されている『王都とモルダール街を結ぶ草原地帯の街道』へと向かう。
ルミールからの風向情報は、テレパスで定期的にロランに知らせるよう指示しており『そろそろ、定時報告の時間だな』と思っているとルミールからテレパスで
「愛しの龍神様、定時の気象情報を御伝えしますね…低気圧の移動速度と各メッシュに配置した『風の精霊』達からの風向・風速情報を総合的に分析しますと、やはり、捕獲時間の風向きは昨日の予測通り南南西の風となりますね…あまり狼さん達を痛めつけないで下さいね…」
「ルミール、定時報告ありがとう…」
「ではまた…愛を込めて『チュ』…」
という愛情いっぱいの定時報告を受けていた。
2時間ほど経過し『アリーチェ』が予知した襲撃の場所に着くと、予知通りの時刻に北西の方角から
「馬車と、荷馬車を止めろ!止めたら、馬車と荷馬車から降りて、金目の物を地面に捨てろ!金目の物を地面に捨てたら、俺たちが遠ざかるまで地面に伏せていろ!」
とツュマを先頭に4人の一味が北西から、もうすごい勢いで近づいてきた。ひきつけるだけひきつけると自分に被せていた藁を振り払い荷馬車の業者台に左足を『グッ』と置いたミネルバが
「…これでもくらいな…のろまな狼ちゃん!」
と叫びながら、強烈な悪臭を放つ『2週間発酵させた魔物の小魚』入りの小袋を『ツュマや一味4人』の鼻を目掛けて投げていく。
小袋は見事に全員の鼻に的中し、ツュマと一味4人はあまりの悪臭に両手に持っていたダガーを地面に落とし、必死に鼻についた液体を拭って悶絶している。
しばらくすると、二足歩行の狼の姿が徐々に人間の姿へ変化していったが、悪臭の元である液体が染み込んでしまったのか、未だに悶絶し、中には地面に転がっている者までいた。
手はず通りツュマ一党を拘束すべく『リプシフター』『エクロプス』『ルディス』が馬車や荷馬車から降りてきたが、ツュマ一党は抵抗どころか皆、地面に転がり始めたため
「リプシフター、ルディス、ここは俺だけで十分だから休憩してくれ…」
「…分かりました…エクロプスさん、では頼みましたよ…ルディス一緒に一服しましょう」
「…悪いね、エクロプス…あっちで休憩しているから…宜しく頼むよ…」
とリプシフターとルディスは荷馬車の荷台の側面である『アオリ』を下げ、魔法鞄からラグマットを取り出し藁の上に置くとエクロプスの拘束方法を眺められるように寝そべって休憩を始めた。
「蛇岩檻」
とエクロプスが叫ぶと、地面から飛びだしてきた岩が蛇のようにツュマを含む5人の体に絡まり、身体を拘束する。
エクロプスは5人の拘束が完了するとロランに近づいてきて
「ロラン様、本当にこの者共がロラン様のお役に立つのですかね…あっけないと言うか…その…私達LVSISのサブリーダーになる者がこの程度とは…」
「いやいや、エクロプスの力量がすごいからだよ…」
とロランはエクロプスに返答したものの、予想以上に歯ごたえがないなと困惑しているとツュマが
「この卑怯者が…この強烈な悪臭さえなかったら、お前達など一捻りなものを…正々堂々この俺と戦え…それとも俺が怖くてこんな卑怯な手を使うのか…」
と叫び、ミネルバに対する侮蔑の言葉をツュマが叫んだ瞬間、『プツン』と何かが切れた音が聞こえた。
ジェルドは魔法鞄から酒瓶を取り出すと、ツュマ目掛けて投げ渡し
「…威勢がいいな。盗賊のリーダーよ。このキール酒を少し飲め。臭みは消せないが我慢できるようになる…そして私と正々堂々とやり合おうではないか…」
「エクロプス、悪いがこの男の檻をとってくれないか?」
「…ジェルドさんが、そうおっしゃるのなら解除しますけど…」
と言うとエクロプスはツュマの蛇岩檻を解除し、リプシフターとルディスが寝そべっている荷台へと向かい休憩し始める。
「獣化!<Shishika>」
とツュマが叫ぶと、人間だった姿が次第に狼に変化していく。口が張り出し牙が伸び、手の爪も鋭く長く伸びると、今度は自分に『強靭身体』をかけていく。
ジェルドも自分に『強靭身体』をかけると両手の拳を合わせ、魔力を拳に集中していき「シャルウル」と叫ぶと、右手の拳が高密度の魔力で覆われていき輝き出す。
右手の輝きが頂点に達したと確認すると、義足である右足を前にだし半身の状態としたあとで、右手で『クイクイ』と動かし、ツュマにかかって来いと挑発するポーズを取る。
「赤き爪!」と叫ぶと、ツュマは高速でジグザグに移動しながらジェルドに近づき、一瞬前に現れた後、高速のフェイントでブラインドスポットに回り込み、赤く光る右手の爪でジェルドの首の頸動脈を切断しようとしたところ、ジェルドはミスリル製の左手の義手で防御する。
「…スピードは早いし単純な『力』は私以上だ…だがね…無駄が多すぎる…突きと言うものは敵の体にあたるまでは柔軟にスピードに乗せ、ヒットした瞬間に全ての衝撃を伝えるようにする…このようにな…」
と言うと『縮地』を使用したかのようにツュマの前に現れると右拳の『シャルウル』をボディに叩き込む。
ツュマの体は、『くの字』になると、そのまま後方に5m吹っ飛んで行った。
「さっきの威勢はどうした、狼のリーダー。もはや声も出せんか…短い時間しか使用できんが、この高密度の魔力を纏いし右拳は全ての物を破壊する棍棒と化す、ゆえに『シャルウル』と命名したのだからな…」
とジェルドが言ってもツュマからの返事は無かった。
ロラン達は、『ツュマ一党』に手かせと足かせをつけ、荷台に乗せるとスタイナー邸への帰路についた。
途中、ロランはツュマがヴァルハラに旅立たないよう『ハイオーダー・ヒール』をかけ治療を行っていると『リプシフター』『エクロプス』『ルディス』が不安そうな目でツュマを見ている。
『恐らくジェルドに一撃で撃退されたツュマが、現場での実質的なリーダーとなる事に不安を感じているのだ』とロランは考えたが、何と声をかけるべきか躊躇し沈黙していた。
一方、馬車に乗っていたジェルドはミスリル製の左手の義手に残る無数の傷跡を見つめながら『攻撃にムラが無くなり、正しい魔力伝達を極めたら末恐ろしい存在になるな…』とツュマの潜在能力の高さを確かめることができ、1人満足していた・・・
邸につき、『ツュマ一党』が目覚めるとロランは
「私は『ロラン・フォン・スタイナー』です。君を私の諜報部隊LVSISの副リーダーとして、現場でのミッションを指揮してもらうため身柄を拘束した。拒否はできない。拒否した場合もしくは裏切った場合も、君と君の一族をヴァルハラに送る…」
「…拒否できないなら、聞く必要はないんじゃねいか…」
ロランは『ミネルバ』と同じ事を言うなと思いながら、少し考え
「ツュマで名は正しいかな?ツュマは、なぜ山賊行為を一族の者にさせたんだ?」
「…我ら狼の獣人は王国から迫害され、仕事にありつくこともできない…アペシキテ一族3,500人を食わし命をつないでいくためには、そうするしかなかったんだ…」
「アペシキテ一族で、戦闘を担えるものは何名になる?」
「およそ900名だ…」
ロランはさらに少し考えると
「…君達は『フォルテア王国とクリシュナ帝国の国境』となっているエルドーラ山脈とフォルテア王国側の麓のゴーストタウンで生活をしているね?」
「…そうだが、なぜ、その事を知っている?」
「では、アペキシテ一族の900人、全員が王国の山岳警備隊となり、1名あたり年間、1エルリング硬貨4枚(日本円で400万円)、900名で10エルリング硬貨360枚(日本円で36億円)あれば、生活は可能かな?勿論、警備は3交代制にし、体力が有り余っている者は勤務外に、冒険者や山登りをする市民に対して山岳ガイドをして副収入を得てもいい事とするが…」
「それだけあれば、一族3,500人の生活は安泰だが…」
「では、こうしよう。君達は何の罪のない市民から金銭を巻き取ったが、誰一人ヴァルハラに送った者はいないし、女性に乱暴を行った者もいない、最低限の一線は超えていない、だから皆の罪に恩赦をかけてもらう、そして部族の戦士900人全員が王国の山岳警備隊となれるようにしたら…我がLVSISの副リーダーになるというのは…」
「…それが出来るのなら、貴方のLVSIS?の副リーダーになろう…」
「…それと君の配下の女性2名と男性2名の名は?」
「…レラ…イメル…モシリ…トイ…だ」
「では、レラとイメルはメイドとして、モシリとトイは見習い執事として当家に務めさせる事も了承でいいかな?」
「…問題ない…」
「…それとツュマは一族の族長で、かつ山岳警備隊の隊長となるが、LVSISの副リーダーとしての勤めがあるので『エルドーラ山脈』で指揮をとれないが、族長代理を担える弟か妹はいるかな?」
「…俺が不在の間は弟の『クプル』に族長代理を任せる事にするので問題ない…」
「では、決定だ…明日、僕がこの王国の事務の最高責任者に秘策を持って全身全霊で嘆願を行うから、安心してくれ…」
「ただ、その方の邸に行くときは、鉄格子の中に入ってもらうが問題ないかな?」
「…問題ない…」
「ミネルバすまない『ツュマ、レラ、イメル、モシリ、トイ』の手かせ足かせをとって、シャワー室に案内してほしい…」
「ピロメラは、彼らに合う服の用意と、洋服店と理髪店の従業員が訪問するよう手配を宜しくね」
「ジェルド、彼らが着替え終わったら食事を摂らせ、業務の説明と使用人宿舎への案内を任せる…」
「「「承知いたしました。ロラン様…」」」
と一斉に返事がかえってきた事を確認するとロランはリビングの一人がけソファーに座り、軽食を摂りながら『ツュマ一党に対する恩赦と山岳警備隊の件を認めさせるには、あの秘策しかない』と考えていた。
次回は・・・『49話 閑話 ~密談と思惑~』です。
2018/08/30・・・ルミールの服装説明を変更すると共に、ルミールのロランに対する気象情報の定時報告を加筆し、49話のタイトルを変更、誤字・脱字の修正を行っております。
2019/03/01・・・貨幣の名称を変更