47話 草原の獣人とハイエルフのハーフと
光5日(金曜日)の16時、ロランは王宮の宰相府から帰宅し、リビングで一人がけのソファーに座りながら、寛いでいた。
『老人施設、孤児院、託児所の建設用地の取得、工期計画に、建物図面と運営方法を確定できたし、あとは本来なら光3日(水曜日)の午後6時に行う予定だったけど、各商会からの抗議で10日後の来週光6日(土曜日)に延期した商会連合会議で、どの商会が何を請負うかの話し合いぐらいかな…』
『それに、資金難を解消するために、商会連合会議で温水洗浄便座付きトイレと洗濯機をお披露目して、販売契約を締結しなくてはね…』
『それにしてもジェルドには申し訳ない事をしてしまったな…メイドの件も相応しい人材がいないとの事で申し訳なさそうに採用の日時を伸ばす許可を求められたし、商会連合会議が10日遅れとなってしまった事を自分の責任と思って悩んでいたし…』
『はぁ…、上手くいかない事は重なるもんだな…でも、教会で糞尿用の穴を掘ったりトイレ用の葉っぱを集めていた時に比べたら大した事ではないけどね…』
と思いながら、クラシックな丸いテーブル上に、王都からモルダールの街までの地図を広げ、
『バイパスの道はないね。あるのは、石畳で舗装されていない、この未舗装の一本道だけという事か。襲撃者は狼の獣人という事だから、『元の世界の狼の生態』から推測するとと襲撃者の人数は5人から最大でも11人、襲撃の方角は風下から、そして必ずリーダーである『ツュマ』が最初に攻撃を仕掛け、間髪をいれずその他の者が攻撃を仕掛けて来るはずだ…狼の本能が強ければだけど…』
『それには、明日の午後5時、この位置の草原に吹く風向きが『鍵』となってくるな…それに最近、工場も増えてきたし『天候を読み取れ、できれば操作できる者』を新たに召喚してみるか…』
と思ったロランは、ソファーから立ち上がると振り返り、リビング中央のフロアに向かって頭の中で『賢く戦闘力があり、天候を読み取れ、できれば操作できる存在』を強くイメージしていく。イメージが固まってから
「我、古の契約に則り汝を求める者なり!顕現せよ!」と唱える。
周囲が一瞬で金色となり神々しく輝く光の粒子が渦巻いたかと思うと白い霧が立ち込め、その中心に光る柱が現れたかと思うと輝く白い羽が無数に舞い散っては消えていた。
「我が名は『ルミール・ウェヌス・アスタルティー』、ハイエルフと天使のダブルである、我を呼びしは、お主か?」
というと『ルミール・ウェヌス・アスタルティー』はロランを一目見て何かを悟ると、ロランの目の前に瞬間移動し、いきなり濃厚な口づけを交わした。
「これで我との主従契約は完了した。名前を教えていただけますか?異界の龍神様?」
ロランは、濃厚な口づけという、この世界で初となる出来事に心が追いつかず、その場で両膝をついて崩れ落ち、呆然としていた。
その光景を見ていた『アルジュ』と『ピロメラ』『アリーチェ』は、『ルミール』を物凄い形相で睨んでいる。
顔を真赤にし、ロランは少し声を裏返しながら自己紹介をした。
「…ロラン・フォン・スタイナーです…」
「龍神様は『ロラン』とおっしゃるのね…顔を真赤にして可愛いのね…」
と言うとルミールは大きく白い羽を巧みに使い、ロランを抱き寄せ、再び口づけをしようとした瞬間、『アルジュ』が両者の間に瞬間移動しロランを奪えかえすと、
「高貴なる…ハイエルフともあろう方が…いきなり、ダーリン!と口づけするなんて…私だって、私だってまだなのに…!!」と涙目でルミールに訴える。
「奥手なのね…そんなに肌を露出しているのに…」とルミールが返答するとリビングの雰囲気が一瞬にして凍りつく…
ロランはというと『アルジュ』に強く抱きしめられ、甘い香りに翻弄され、崩れ落ちていた。しばらくして、『このままではいかん』と思ったロランが姿勢をただして、
「うっ、うん。『ルミール』を召喚した目的は、通常は、工場の管理と王国全域の天候を予測して欲しいからで、直近では明日の午後5時、この場所に吹く風向を予測してもらうたためなんだ…それに商売、農業、建設といったあらゆる場面で気象情報は必要だからね…特に戦闘を行う場所には…」
とロランは地図の中で襲撃されると考えた場所を指さしながら、『ルミール』に風向を予測してもらう。
「明日の午後5時の低気圧の位置から判断すると、南南西から南西の間の風向ですね…念のため、明日は、王都からモルダールの街までの領域を1km毎にメッシュに区切り、その頂点毎に『風の精霊』を配置させ、気温、風向・風速を5時間前から収集・分析することで、もう少し精度を向上させますね…」
と、まるで『元の世界のアメダスを活用した気象予測』のように風向きを予測してくれた『ルミール』に謝意を伝えると、7人がけのソファーに『ジェルド』『リプシフター』『エクロプス』『ルディス』『ミネルバ』を座らせ、『ツュマと配下』の身柄拘束の計画を練り始める。
「馬車の御者はエクロプス、馬車の中にはジェルドとリプシフターが襲撃に対して待機し、荷馬車の御者はルディス、荷台には僕とミネルバが藁に隠れて待機とする…」
「狼の生態上、風下から襲撃を行ってくることが予想できるので、だいたい北北東から北東の範囲で最小5人から最大11人で襲撃を仕掛けてくるはず…そして最初に仕掛けてくるのは必ずリーダーであるツュマで、その後を間髪入れずに襲撃してくるはずだから…」
「ミネルバ、襲撃してきたら、これを襲撃者達の鼻を狙って投げつけて…」
「…ロラン様、この小袋の中身は何ですか?」
「ミネルバ、小袋の中身は『魔物の小魚を2週間発酵させたもの』で強烈な悪臭を放っているから、人間の1億倍の嗅覚を持つ彼らにとっては最も効果的な武器になる…」
「激臭にのたうち回る彼らに、『リプシフター』『エクロプス』『ルディス』がそれぞれの属性魔法を使用し拘束を行う…そしてこの手かせ足かせをつけ荷馬車で王都に連行する、この作戦でいこう!」
「それとミネルバにはいずれスナイパーを担ってもらうよ、『オム・マーラ』の千里眼には及ばないが1.5km先の光景が鮮明に見え、ハヤブサのような猛禽類に等しい動体視力を持っているからね…」
と言うとロランは皆を解散させ、ジェルドに『ルミール』『アルジュ』『ピロメラ』『アリーチェ』に なぜか『ミネルバ』も加わり発生している、ロランを巡る静かなる攻防で静まり返ったリビングを和やかな雰囲気にするよう指示し、足早に執務室に戻っていく。
ジェルドは『はぁ…、ロラン様…また、無理難題を…はぁ…』と心の中で呟きながら、5人にチャイを配り、体を温めさせ、和やかな雰囲気にしようと努力していた…
一方、執務室のロランは『はぁ…大変な事になったぞ…』と思いながら、右手の人差指と中指を唇にあて、窓から見える星々を見つめていた。
次回・・・『48話 捕獲 ~捕獲 山岳警備隊創設 ~』です。
2018/08/29 誤字・脱字 修正しています。