36話 宰相府
宰相府での業務当日、ロランは前日に『シモンズ洋服店』で受け取った『フロント部分をシンプルに装飾し左胸に紋章を刺繍したジャケットとベスト、ロングパンツにホワイトのシャツとシャツの首元につける細長いフリル』を着て、動き易いよう製作した膝下まであるブラックのブーツを履いて1階へと降りていく。
『伯爵』に叙爵されたことで紋章を持つことが許されたため、ロランは『背景にシンメトリーでボルネオトライバルタトゥーに似た流線型の模様を配置させ、2体のシンプル化させた翼を広げたドラゴンが背中合わせとなり、中央に剣を配置したデザイン』をスタイナー家の紋章に決めていた。
ブーツを履いたことで全身が170cm以上となった筋肉質で細い体型に、全体をブラックとシルバーで統一した貴族服を纏い、『元の世界の女性がしているようなジェンダーレスショート』風にカットしたツヤツヤの黒髪をしたロランの姿を見て、クレイグ氏とソフィアは息を飲む。
それに加え6天竜の血を飲み干し体が変化した時から、あらゆる生物の雌を魅惑するフェロモンが出るようになったため、ソフィアはロランに飛びつきそうになっていた。
ロランは、クレイグ氏とソフィアと朝食を摂り、この日のために用意していた黒漆ベースで紋章付き、他の馬車には装備されていない『空気入りタイヤの付いた車輪』と『馬車の振動を減少させるためのショックアブソーバー』を装備した馬車に乗り、王宮東翼棟の宰相府へと向かった。
ちなみに、この『空気入りタイヤの付いた車輪』と『馬車の振動を減少させるためのショックアブソーバー』は既にロランが特許を取得した商品であり、宣伝も兼ねて洗練した機能美に仕上げた馬車を作成し使用することにしていた。
宮殿正門の衛士に、ロランは『伯爵の貴族証』を見せ、中央中庭まで馬車で進ませ、第2の純金製の扉の前で馬車から降り、中央棟にある正面入口扉まで歩いていく。
正面入口扉を開け王宮に入り、王宮侍従に東翼棟の宰相府まで案内してもらう。王宮に務める女性達はロランの颯爽とした姿を観て『ざわつき』始める。特にロランのフェロモンを吸い込んだ女性の中にはその場で座り込む者まで出ていた。
宰相府の重厚な扉を開け、更に直線の通路を通って、扉を開けると『エステベス・フォン・ワグナー・ツー・リベリック』宰相と秘書官と思われる女性に、年若い女性がそれぞれのデスクに配置された椅子に座り業務を行っていた。
「よく来たね。スタイナー卿。待っていましたよ。」とワグナー宰相が席をたち、ロランに近づいてくる。
「ワグナー宰相、本日から宜しくお願いします。」
「うむ。では皆を紹介しよう、と言っても政務官と細かい事務を行う事務官達は、別室で業務を行っているので、おいおい紹介することにして、まずはこの部屋にいる者達だけ覚えてくれるかな・・・」
「では、何度もディナーを一緒にしているので今更だが、私が宰相のエステベス・フォン・ワグナー・ツー・リベリックである。」と言うとワグナー宰相は秘書官と思われる女性を見て、挨拶を促す。
「スタイナー卿。お初にお目にかかります。私は秘書官の『マーガレット・レバンスキー』です。以後宜しくお願い致します・・・」
『いかにもキャリアウーマンって感じの女性だな。やはり、女性の魅力は30代からだなぁ』とロランは思っていたが、後にマーガレットが25歳の女性であることを知り、この時余計な発言をしなくて、本当に良かったと思うことになる。
「お初にお目にかかります。スタイナー卿。私は『エミリア・フォン・リックストン』です。現在、王立魔法学園の6年生ですが、将来、代官を目指しておりますのでワグナー様の特別の許しを得て、宰相府で内政を勉強させて頂いております・・・」
ロランは『リックストン』という苗字を聞き、『ステフのお姉さんかな』と思ったが特に今確認することではないと思い、自己紹介と挨拶を行う。
「私は『ロラン・フォン・スタイナー』伯爵です。毎週、光1日(月曜日)と光2日(火曜日)、ワグナー宰相に内政を教えていただきながら業務を行って参ります。宜しくお願いします。」と挨拶をする。
挨拶が終わった後、ロランは用意されたデスクに設置された椅子に座り、マーガレットが宰相府の業務を教え始めた。
宰相府の業務は多岐に渡るが、大まかに言えば『外務省、内務省、司法省などからの決済済み案件の内容と決済が妥当であるかの確認』、『領地を持つ貴族からの陳情の確認や税金の不正取得が行われていないかの調査』、『レスター国王からの指示をどの省に行わせるかの判断』、『税率大綱や法律の草案作成、大臣、政務官、事務官、近衛衛士の人事』、『王都の都市計画作成と上下水道維持プランの作成、環境改善』などである。
『宰相は『元の世界の総理大臣』のような存在だな』と思いながら、書類に目を通し、マーガレットの説明を聞く。
マーガレットによる一応の説明が終わるのを見計らいワグナーはロランを呼び、『王都の今後の都市計画書と上下水道維持プラン』に関する資料を渡し、市民生活を改善させるために必要な事案をまとめておくよう指示を出す。
ちょうど、昼食の時間となったのでワグナー宰相は、ロランとエミリアを連れ王宮内の食堂に行き一緒に食事を摂る。食堂と言っても王宮であるため、高級レストランの佇まいでありロランはあまり落ち着けなかった。
「どうですか。スタイナー卿、宰相府の業務は?」
「ワグナー宰相、実に面白いです・・・」
「ほうぉ、面白いですか。大変とか難しいとか感じませんか?」
「難しいと感じますが、これまで知りたいと思っていた事を勉強できますので、ワクワク感で一杯です」とロランは答える。
「では、エミリアさんは宰相府の勉強と業務に慣れましたか?」
「はい、ワグナー宰相、慣れて参りました。特に法律の草案作りや都市計画の知識が得られるので、やりがいを感じております・・・」と返事をする。
「二人共、宰相府の業務が好きなようで何よりです…」
と和やかな雰囲気で昼食を済ませ、宰相の執務室に戻るとマーガレットが手製のお弁当をモリモリ食べているところであった。
3人は何も見なかったかのように業務を開始し、しばらくしてマーガレットも無言で業務に取り掛かる。
業務終了1時間前に、ワグナー宰相はロランに『王都の都市計画ならびに上下水道維持プラン、市民生活を改善させるため、ロランが本日取りまとめた案』を皆の前で発表させた。
ワグナー宰相は『初日だから宰相府の厳しさをロラン君に感じてもらわんとな』と思ってロランの発表を聞き始める。
「都市計画に関してですが、住居地域において住居が密集しすぎる計画となっており、今の計画では火事が発生した場合大火災に繋がることが予想できます。また将来馬車の使用が急増することを加味しますと、現行の計画より道幅を広く、住居間には一定間隔を設ける事を義務付け、火事の伝搬を遮断し災害時には避難場所と水の確保場所として利用できる森林公園を一定間隔で設置する必要があると考えます」と修正点を加えた図面を指さしながら説明をしていく。
「上下水設備に関しては、現在、配管の設置や修理方法が魔法に頼り過ぎ、その工法ができる技能士に特権が集中する悪しき状況であることが資料より推測できましたので、以後、配管の新設・置き換え工事に関しては商会連合で販売している配管・バルブ・ボルト・ナット等を使用していく事を推奨いたします。」
「その結果、作業を汎用化でき、従来工事に必要とされる魔法が使用できず工事に携わる事ができなかった者が工事に携わる事ができるようになるため、結果として保守の維持向上に繋がり、新たな雇用の創出にも繋がるからです」と発表しさらに、
「市民の生活を向上させる計画ですが、『交通の利便性を向上させるため、決まったルート毎に決まった時間、一度に複数の人が乗車可能な馬車を循環させる事』、『経済活動を活発にするため、現状よりの多く郵便所を設置し手紙の送付にかかる日数を少なくする事』、『多くの命を救うため水属性魔法を得意とする者を中心に「火事の消火と負傷した人々を回復魔法師のいる施設に移動させる事に特化」した消防隊』の新設が必要であると考えます」
というロランの発表を聞き、ワグナー・マーガレット・エミリアは驚愕する。
「スタイナー卿、明日担当の事務官に今の提案を詳しく説明し実行させて欲しい」
とワグナー宰相はロランに指示を出し、初日で疲れただろうとロランを先に帰らせた。
『これほどとは、しかも所々、自分と関係性の高い商会連合との取引を進めてくるとは困ったことだ…』とワグナー宰相は考えていた。
一方、マーガレットはロランのフェロモンの影響で『スタイナー卿の愛人になりたい…』と思い、エミリアは『お父様に頼んでロラン君の監視役をステフから私に変更していただこう。そして、将来、絶対ロラン君のお嫁さんになろうと…』と決断していた。
ロランは、へスティア商会への向かう馬車の中で一瞬悪寒を感じながら
『商会連合を推奨しすぎたかな…でも本当の事だし、本当に『元の世界の知識』に感謝だな…後は1ヶ月後の王立武闘競技会に向け体を鍛え治すぞ…「あのデオン・フォン・バンデーレ」だけは絶対に許さん!」
と思っていた。