20話 ワーグとの絆
本日、ロランは鍛冶工房でワーグと"ボルトとナットをより精密に製造する"ための打ち合わせを行っていた。
ロランは精度を向上させていくため芯の回転速度と刃の送り機構の改善点についての話を始めた。
「…ボルトととナットの精度を向上させるためには、足踏み方式であっても常に一定の速度で"芯"を回転させるとともにネジ溝を切っていく刃の送りを細かく調整できなくてはならない…」
「…そのためにはどうしても旋盤を改良する必要があり親方の力が必要なんだ…」
ワーグはロランの短い説明の中で試すべき改善案が浮かんだようで、
「大体のことは分かった。先ずはギアを組み合わせて一定速度が出るよう試してみるか」
と私案をロランに伝える。
ロランとワーグはこの日より試行錯誤を繰り返し、数週間後やっとの事で芯の回転速度を一定にし刃の送りを微調整できる旋盤を作り出すことに成功した。
その結果、精度の高いボルトとナットを生産できるようになった。
無論、ロランはワーグと連名で【改良した旋盤】の特許申請を行い特許を当たり前のように取得する。
ロランは既にプラスチックの代替品を作り出すことに成功していたため、板ガラスと凸レンズと凹レンズと組み合わせ【眼鏡、天体望遠鏡と双眼鏡】を製作する計画を立てる。
先ずは板ガスを溶かして非球面レンズを作り、プラスチックの代替品で製作したフレームと組み合わせて【眼鏡】を製作する計画を立てた。
次に、凸レンズと凹レンズを作成し鋼製の鏡筒と組み合わせることで【天体望遠鏡】を製作する計画を立て...
さらにガラスもしくは天然の水晶を使用し"プリズム"を作成し、凹凸レンズとプラスチックの代替品と組み合わせることで【双眼鏡】を作り出す計画を打ち立てる。
既に、板ガラスはこの世界で作成されていたためクレイグに依頼し腕利きのガラス職人を紹介してもらい、板ガラスの製造工程を見学する。
その際、ロランは【理力眼】を使用し珪砂・ソーダ灰・石灰の配合量や混ぜ合わせ方、溶融させる温度等といった重要情報と手順を取得していった。
一方で、ロランはワーグとともに非球面レンズの型、凹凸レンズの型、プリズムの型、眼鏡フレームの型や双眼鏡の型をミスリルで製作していった。
同時に溶けた"ガラス"や"プラスチックの代替品"を流し込み加圧する装置も開発した。
さらに、ロランはワーグとともに天体望遠鏡の鏡筒を作成する過程で、同一ライン上で"配管"と"ワーシャー"も作成できる工夫をし…
試行錯誤を繰り返しながら、何とか【眼鏡】【天体望遠鏡】【双眼鏡】【ワーシャー】【配管】と【製造工程で使用する金型】や【加圧装置】の製作に成功し連名で特許申請し特許を取得する。
また、数ヶ月前ゴムの木を発見し"天然ゴム"の作成に成功していたことから【天然ゴム】と【天然ゴムを使用した配管用のパッキン】の製作に成功し特許申請を行い、続けざまに特許を取得する。
ワーグは、ロランがなぜこんなに急ピッチで開発を進めているのか不思議に思い、ロランに尋ねてきた。
「ロランよ…何でお前はこんなに様々な製品を思いつくんだ…それに、なんでいつも焦って特許を申請するんだ…」
ロランは『何でワーグはそんな質問をするのか…』と不思議に思いながら答えた。
「それは誰かに先を越されないためです…」
ワーグは『ロランが思いつく事は誰も思いつかない』と思い直球でその思いを質問する。
「ロランが考えつく事は誰もが想像できる代物ではない…まるで特許申請した製品を既に知っているように思えてならんのだが…そうじゃなきゃ、これほど思いつかんじゃろ…」
ワーグの考えは"的を得た"ものであったため、ロランは動揺しごまかしにかかった。
「…何言っているんですか。親方少し疲れてるんじゃありませんか…あぁ…ほとんど作りたいものは製作したので後は精度の向上に努めていきましょう…」
「既に紙の製造は特許期間が過ぎているので大量生産を可能する"抄紙機"の製作に取り組みたいですが、それは後にしましょう…」
ロランがさらに開発を行いそうな発言に少し嫌気がさしたワーグは
「わしゃ…武具の製造をメリクス商会から依頼されているのじゃぞ。これから少しの間は"武具の製作"を優先させてもらうぞ…」
とのワーグの発言を聞き『親方に無理をさせ過ぎたな』と思ったロランはワーグに感謝の言葉を述べると鍛冶工房を後にした。
それから5日後、ヘスティア商会にワーグの弟子であるバイツが血相をかえて飛び込んできた。
バイツはロランにワーグが倒れ、2日間ヒーラー達が【ヒール】をかけても体力が回復せず衰弱していることを告げる。
その事実を知ったロランは急に顔色が変わると自身に【強靭身体】をかけワーグがいる鍛冶工房を目指し走り出した。
歩いて30分ほどかかる道のりを、わずか3分で走りきったためワーグの鍛冶工房に到着した時には、ロランは体中の毛細血管が裂けて出血し血の汗をかいていた。
ロランはそんな事はお構いなく自身に【ヒール】をかけながら鍛冶工房のドアをぶち破り"ワーグ"がいる寝室に駆け上がっていく。
ワーグが横になっているベッドの両端には、それぞれ【ヒーラー】がおり治癒魔法をかけ続けていた。
ロランは『この役立たず…』とばかりに2人の【ヒーラー】を突き飛ばし、ワーグに向かって渾身の治癒魔法である【ヒール】をかけ始めた。
血の汗を流し、必死の形相でワーグに【ヒール】を掛けている姿は鬼気迫り、誰もロランに声をかけることができなかった。
ワーグの寝室はロランの血の汗が蒸発し、まるで【赤い霧】に覆われているようであった。
"……ロランにとって、この【赤い霧】こそ世界の不条理に対して徹底抗戦を行うという覚悟の象徴でありロランは今後その思いを形にしていく...…"
危機迫る状況の中、ロランは治癒魔法をかけ続けながらワーグに話しかけ続けた。
「親方、ワーグ…しっかりしろ!今、治すから。ワーグ!気をしっかり保って!!」
ロランは叫びながら治癒魔法をかけ続け【理力眼】でワーグの体をチェックしていく。
すると心臓に【黒い霧】が見えた…
黒い霧の正体は『理力眼』の能力により『呪詛』であることが分かった。
ロランは治癒魔法をかけ続けながら【理力眼】で黒い霧を睨み続ける。
5時間ほど経過した時、ありえないことだが突如黒い霧がヒトデのような形となり、あたかも生きている魔物のように【理力眼】に怯えだす。
…この時、誰かの助けにより【理力眼】が将来取得する能力が発動し【黒い霧】が生物化した事をロランは知る由もなかった…
ロランは【理力眼】を通して【呪詛】に命令する。
「誰の許可でワーグに取り付いているんだ!俺は"許可"した覚えはないぞ!今すぐ立ち去れ!!」
と命令するとともにロランはさらに【理力眼】で【呪詛】を圧縮するイメージを強めていった。
強く強くイメージする…
その直後【呪詛】はワーグの体から離れると【術者の元】に戻っていった。
その瞬間から、ワーグの顔に血の気が戻り少しづつ体力も回復していく。
ワーグは目を開け自分の左手を両手で握り、涙を流しながら治癒魔法を掛け続けるロランを見た。
そして、ワーグは子供の頃にドワーフの族長であった【祖父から聞かされた言葉】を思い出していた。
「魔王は世襲制ではないんだ。魔王の魔力が弱まった時、魔族・人族・エルフやわしらドワーフといった妖精族、獣人族の中に次期魔王となりうる者を見つけ『特殊な能力』を個々に授ける。」
「そして互いを競わせ、生き残った最後の一人が新たな魔王となる。」
「その魔王となりうる者の特徴は【特殊な能力】を使用する際に両の目が【真紅のルビー】のように赤くなるそうじゃ。よーく、覚えとくんじゃ。我らの宿敵だからな…」
自分の左手を両手で握るロランの両の目は【真紅のルビー】の如く赤く染まっていた。
『じいさま、ごめんよ。わしゃ、どうやら、ロランの事が大好きになってしまった。ロランがたとえ何者であってもだ…今度はわしがロランを守るため命をかける番だ』
と思いながら、ワーグは再び眠りについた。
ロランは、その後も念のためワーグに治癒魔法を掛け続け【理力眼】でも分析し心配ないと分かったとたんワーグの左手を握ったまま眠ってしまった。
次の日の朝、ワーグは目覚めたロランに対し感謝の言葉を述べた。
「ロランよ。ありがとな。この通り回復したぞ。お前も少し休憩してこい。」
「ごめんよ。親方、無理させたばっかりに…本当にごめんよ…」
『いつも自信家で頑固で生意気で弱みを見せないロランに【こんな脆い一面】があるとは…今度はわしが必ず守るでの…』とワーグは強く思った。
いつまでも離れようとしないロランに対しワーグがわざと憎まれ口を叩く。
「まぁ…その…ロラン血だらけじゃないか。生臭くて構わんぞ。水浴びをして清潔になって朝飯食ってヘスティア商会に戻って休め!」
いつもの親方に戻ったことを確信したロランは
「親方も、相当臭いぞ!もう大丈夫だから。弟子に体を拭いてもらって消化のいい食事を摂って寝てるように!!…最低でも5日間は寝てるように!!」
そう言うとロランはワーグの工房で水浴びし魔法鞄から着替えを取り出し着替えた後【理力眼】で自身をチェックし異常がないことを確認した。
その後、ワーグの弟子であるバイツに、あと5日間は必ず養生させること、その間は消化の良い食事を摂らせるように伝えるとヘスティア商会への帰路についた。
ロランがぶち破ったドアは既に修復されていた。
ヘスティア商会までの帰路、ロランは『今回のことは【呪詛】が主たる要因であったが体に無理をさせたことも原因にある…今後は関係するあらゆる人々の体調を第一優先にしていこう!」
『もう、こんな思いはしたくないからな…』
と考えるのだった。
次回は・・・『第21話 商会連合』です。
ロランが中心軸の役目となりフォルテア王国史上初となる、名立たる複数の商会による商会連合が結成します。