2話 異世界の森の中で
※当作品の登場人物名称(対象はフルネームの完全一致および酷似した名称)、貨幣の名称と特徴、特有の魔法名称と特徴、理力眼といった特有の能力スキルにおける名称と特徴、国家・大陸名称、魔力導線の構造及び魔石と魔力導線を使用した発明品・兵器の構造等の内容ならびにテキスト等の無断転載・無断使用を固く禁じます。
藤木はむせるような草の香りで目を覚ました。
藤木は周囲が森であり、しかも深夜であったことに混乱する。
『…駅から滑り落ちたはず、何故こんな森の中にいるんだ…』
『…月が出ているのに10メートル先しか見ることができない…』
混乱が治まりだすと藤木は右足の太ももが酷く熱く感じ視線を向けた。
太ももには折れた枝が突き刺さっており、枝が刺さっていると認識した瞬間、熱さは激痛に変わる。
藤木は、絶叫したい衝動を抑えつつ、流れ落ちる血を止めるため止血を行った。
藤木は刺さった枝を無理やり抜くと傷口が広がり出血が多くなることを知っていたため、鞄の中に入れていた汗拭き用のタオルを2つに破り即席の包帯として太ももに巻きつけ止血した。
孤独と暗闇という心理的なプレッシャーが襲い掛かり、藤木は必要以上に喉が乾いた。
藤木は、周囲が見通せない状況で森の中を歩きまわると余計に迷うため、朝になるまで待つべきだという知識はサバイバル本から取得していた。
けれど、藤木の心と体が納得しない。
藤木は、どうしても水を一口飲みたいという強い衝動にかられ川を目指した。
川を探していると、前方の茂みから乾燥した枝が踏まれる時に発生する音がした。
「…ビキッ…ビキッ…」
さらに、複数の獣が互いにコミニケーションをとっているとも思われる鳴き声が聞こえる。
「…ギィーギィー…ギギ…」「…ギィーギギ…」
藤木はこの状況はまずいと直感し、振り向きざま今きた道を一目散に走り出した。
20年以上、本気で走った事が無かったため、直ぐに息が上がり肺と喉が焼ける感覚に襲われる。
しかし、藤木は後方から追ってくる得体の知れない獣達に対する恐怖から足を止めることが出来ず走り続けた。
暗い森の中を手で枝を掻き分けながら、藤木は無我夢中で走り続け後方からの獣の鳴き声が止みほっと安堵した瞬間、背中に強い衝撃を受けそのまま前方に倒れ込むのだった。
「…ゴォッ…」
しばらくすると、耳障りな獣の鳴き声が複数聞こえてきた。
「「「…ギィーギィー…」」」」 「「「…ギィギィ…ギィー…」」」
『…どうやら、こいつらは自分をハンティングして高揚しているようだ…』
『…こいつらは狩りを楽しんでいる…だから自分が弱り切るまで近づいてこないんだな…』
藤木は自分の置かれたこの状況に納得できず、腹が立ち絶叫した。
「…何で、何も悪いことをしていない私がこんな酷い目に合わなくてはいけない…」
「…知らない世界で、斧を投げられ、命を落とそうとしている…」
「…不条理だ、不条理すぎる…この世界のあらゆる不条理を打ち砕いてやる…必ずだ…」
藤木の怒りが絶頂に達した時、頭の中に直接、誰かが日本語で語りかけてきた。
""…その言葉に二言はなかろうな…""
藤木は藁にもすがる思いで必死に助けを求めた。
「…誰かは知りませんが助けてください…」
「…私はこんな所で命を落としたくない…落とせない…」
正体不明の女性は、再び藤木の脳内に直接語りかけた。
""…よかろう、お主を助けてやる…""
""…ただし、妾が助けを求めた時、理由を聞かず妾を助けると誓うのであれば…""
最早、藤木には正体不明の女性に回答する力が残っていなかった。
「・・・」
正体不明の女性は、再度、藤木の脳内に直接語りかける。
""…言葉も発することができないようじゃな…""
""…了解のときは、瞼を2回閉じよ…""
藤木は最後の力を振り絞り、瞼を2回閉じた。
藤木は、女性の顔を一目見ようと視線を上に向けるとそこには頭から角を生やしているがこの世のものとは思えないほど美しい女性を確認することが出来た。
薄れゆく意識の中で藤木は思う。
『…助けてくれるなら魔人でも何でもいい…』
その直後、美しき女性の魔人は治癒魔法を唱え、その後、攻撃魔法を唱えるのだった。
「…ハイオーバー・ヒール…これで肉体は完全に治癒する…」
「…あとは雑魚どもを始末しておくかの…【ケラウノス】…」
その瞬間、複数の"雷の柱"が出現し周囲が眩しい光で覆われると同時に周囲から獣の肉が焼け焦げる匂いが漂ってきた。
藤木は傷が治癒し体力が回復したものの衝撃的な出来事に遭遇し心が疲弊しきっており、感謝の言葉を発せられずにいた。
女性の魔人は、そんな藤木の状況を察したように語りかけた。
「…礼なら良い…誓いさえ守ってくれれば…」
「…それにしても、お主は魔法の適正が全く無いようじゃ…」
「…しかも、人の身でその年齢ではこの世界で生き抜いていくことは無理であろう…」
魔人の言葉を聞き、藤木はこの世界で生き抜いていく自信が崩れていく。
「…心配するでない…お主には生き抜いて誓いを守ってもらわなくては困る…」
「…人の身には分不相応な力であるが『理力眼』を与えよう…」
そう言うと美しき女性の魔人は、藤木の額に右手を当てた。
藤木は、何かが額にめり込んで来る感触を感じていたが不思議と痛みは感じなかった。
「…年齢も若返らせておく…」
「…それに名前が藤木修一ではこの世界に馴染まぬ云え、そうじゃのぉ…」
と美しき女性の魔人は周囲を見渡し少し考えた後、何かを思いついた。
「…お主の名は今より"ロラン・スタイナー"じゃ…」
「…よいな…必ず生き抜き、妾との誓いを守るのじゃ…」
と言い残すと美しき女性の魔人は闇に溶け込むように消えていく。
藤木ことロランは前途多難な今後の事を考え溜め息を漏らすのであった。
.2020/06/17 読みづらい箇所の文書修正