13話 カントへ
※当作品の登場人物名称(対象はフルネームの完全一致および酷似した名称)、貨幣の名称と特徴、特有の魔法名称と特徴、理力眼といった特有の能力における名称と特徴、国家・大陸名称、魔力導線の構造及び魔石と魔力導線を使用した発明品・兵器の構造等の内容ならびにテキスト等の無断転載・無断使用を固く禁じます。
教会での暮らしも5年が経ち、ロランは10歳になり顔立ちもどことなく精悍さが漂うようになった。
カール記念学校を卒業し、王都への旅立ちまでの間ゲオルグ体術道場で師範代として剣術や体術の模範演技や技術指導を行うことで腕を磨き、旅費を稼いでいた。
ロランの指導は理論的で分かりやすいと門下生達からの評判はすこぶる良かった。
一方、靴磨きに関しても師匠であるブラームスとのコンビでカリスマ的存在になっており、5年前では考えられなかった予約待ちの客まで現れる状態となっている。
ある日、ロランは満を持してブラームスに話を切り出した。
「…師匠…本日、大事な話があります…」
ロランの真剣な眼差しにブラームスは嫌な胸騒ぎをおぼえた。だが、しばらく目をつぶり、ゆっくり目を開けると来るべき時が来たのだと悟り静かな口調で、
「そうか…もう、5年も経っちまったか…早いもんだ…」
「…何も言わなくていいんじゃぞ…何年一緒に靴磨きをしていると思ってるんだ…」
とブラームスは涙をこらえ返事をする。ブラームスの気持ちは痛いほど伝わってきたがロランはどうしても直接感謝の言葉を伝えたいと思い、
「でも、師匠にはきちんとお礼が言いたいんです…」
ブラームスは鼻をすすりながら
「お礼、お礼ときたか…礼なんて…お前さんと一緒にお客さんと世間話をしながら楽しく靴磨きができた…」
「…その思い出だけで十分だ。それにお前さんの人気のお陰で弟子も増えた事だしな…」
とやっとの事で返事をした後、堰を切ったように瞳と鼻が赤くなり涙が瞳に溜まっていく。
涙をこらえきれなくなったブラームスは大粒の涙を流しながら、
「もうこれ以上、お前さんと話をしていると涙で何も見えなくなっちまうから、もう何も言わせるな…」
と言い、ロランの言葉を遮った。
ロランとブラームスの間にはそれ以上会話は無かった。
だが、この時2人の間にはこれまでの靴磨きでの大変でも楽しかった日々が思い起こされ、お互いがお互いを気遣う優しい時間が流れていることをストリートを歩く人達も感じることが出来た。
靴磨きの仕事が終わるとロランはブラームスにきちんと感謝の言葉を伝えられないままゲオルグ体術道場に向かった。
ロランは道場に到着するとゲオルグ師範に明後日の朝に王都へ向かう事とこれまでお世話になったお礼を述べた。
ゲオルグはロランの旅立ちの決断に対し、背中を押すかの如く
「王都でも、自分に正直に、優しく、正しく、強く、剣の道を探求していきなさい…」
「はい!」
ロランはその場の雰囲気で返事をしたものの『別に武人になる気はないのだが…この雰囲気だとさすがに言いづらいな」と心の中で呟いていた。
次の日の早朝、ロランはウィルターナ神父の部屋に行き、これまでお世話になったお礼を言うと今から教会を出ていくことを告げる。
するとウィルターナが、
「ロラン、エディッタシスターと皆に別れの挨拶はしないのかい…」
と尋ねてきた。ロランは困った表情を浮かべ断りの言葉を口にした。
「…皆に別れの挨拶を言うと出ていきづらくなります…特にアシュリーは泣きついて離れないと思いますので…」
ウィルターナは、ロランの気持ちを汲み取り別れの言葉を口に出した。
「はぁ…そうかい…では私から皆に伝えておくよ…ロランたまには手紙を送るんだよ…」
ロランは少し考え言葉少なめに返事をした。
「…はい、そうします……」
ロランは教会を出ていき、振り返りざま深い一礼をした。
教会での日々が走馬燈のように頭に浮かんできたが再び振り返る事はなかった…
その後、ロランは一直線にワーグの鍛冶工房へと向かう。
道中、ロランは歩きながら手持ちの資金について考えていた。
『ゴーグルの特許取得後に【糞尿の匂いや埃を吸い込まないよう開発したマスクと糞尿に直接触れないために魔物の革で作成した薄い業務用の手袋】の特許も取得した…』
『…その後、メリクス商会とライセンス契約を済ませ5年間で10エルリング硬貨5枚(日本円で5千万円)のライセンス料を得ることができた…それに加え靴磨きと体術道場で1エルリング硬貨4枚(日本円で4百万円)の賃金を得ることもできたしな…』
『…しかし荷物入れに5m四方の収納空間がある魔法鞄をメリクス商会から10エルリング硬貨2枚(日本円で2千万円)で購入し、10エルリング硬貨1枚(日本円で1千万円)と1エルリング硬貨2枚(日本円で200万円)を教会に寄付…』
『…新甲冑や剣などの装備品の試作と製作に大金貨7枚、魔法学や薬学の本と教会とは別の食事や洋服代で1エルリング硬貨2枚(日本円で200万円)と100リルガ硬貨5枚(日本円で50万円)使用しているから、手持ちは10エルリング硬貨1枚と1エルリング硬貨2枚に100リルガ硬貨5枚か…』
『…王立魔法学園の入学費用は大金貨2枚で学園の寮の費用は1ヶ月100リルガ硬貨1枚(日本円で10万円)だから、王都でさらに特許製品を増やす、傍ら冒険者業を行えば5年間は何とかなるかな…』
と考えが纏まった頃にちょうど、前方にワーグの鍛冶工房が見えてきた。
ロランは、いつものようにドラゴンの形をしたドアノッカーを強めに叩くと、
「親方、準備できてますか……」
と言い、扉を開け鍛冶工房に入っていく。
工房内では既に皆が集まっており、すっかり出来上がっているワーグが
「おうとも準備万端だ…ブラームスはもう酔っぱらっている。それにゲオルグさんとメリクス商会のフェリックスさんは何やらワインについて語りだしているぞ…」
と陽気に話し始めた。ロランは『はぁ…予定よりだいぶ早く着いたんだけど…』と思いながら、
「もう始まっているんですか。まだ、お昼ですよ…」
と返事をするとワーグは豪快に笑いながら大きな声で
「めでたい門出だ、たまにはいいじゃないか。おっと、お子様のロランは牛乳な…」
とロランをからかう始末であった。
まさに、どんちゃん騒ぎ。皆、泣き笑う。
『しんみりした門出より、何倍もいい…』と思うのも束の間、ワーグに頭からビールをかけられ『訂正。やっぱり普通の門出が一番…』と思い直す。
次の朝、ワーグとフェリックスは酔いつぶれて寝たままだったがブラームスとゲオルグはロランの見送りに起きて来てロランに対し
「「行って来い…自慢の息子よ…」」
と門出の言葉を伝えた。
「行ってきます!」
ロランは旅立ちの挨拶をすると工房を後にし、一度も振り返えらなかった。
ロランは、この日この世界に来て初めて嬉しさの涙を流しながら王都へ向かうのであった。
・2019/2/28・・・貨幣の呼び名変更