12話 虚と実
※当作品の登場人物名称(対象はフルネームの完全一致および酷似した名称)、貨幣の名称と特徴、特有の魔法名称と特徴、理力眼といった特有の能力スキルにおける名称と特徴、国家・大陸名称、魔力導線の構造及び魔石と魔力導線を使用した発明品・兵器の構造等の内容ならびにテキスト等の無断転載・無断使用を固く禁じます。
時は早いもので夏季休暇も残り2週間となっていた。
ロランは特許製品のライセンス料という新たな収入源を得たことにより、王立魔法学園への入学が現実味を帯びてきたため、残り2週間を学園の入学試験科目である剣技、体術、魔法の強化に充てることにした。
この2週間で飛躍的にボトムアップしなければならないと決意し、靴磨きの師匠であるブラームスや体術道場のゲオルグ師範に何度も頼み込み休暇を取得する。
同時にウィルターナ神父にも頼み込み、教会の役目は午前中に済ませ午後の時間全てを訓練に費やすことができる体制を整えた。
ロランは教会を後にし、いつも訓練を行っている森の奥へと向かう。
森の奥にある訓練場に到着すると、
「まだ、5歳時の体だから筋力トレーニングよりは俊敏性の向上を図ろう…」
とロランは独り言を言いながら強化するポイントを整理していく。
成長段階の体で筋力トレーニングし筋肉をつけてしまうと身長が伸びなくなるなど成長を阻害するリスクが高い。
そのため、ロランは訓練の内容を『剣技や体術に魔法を組み合わせ、スピードに特化した戦闘スタイル』の確立を目指すことにした。
手始めに、ロランは『探知』を常時自分を中心に周囲300mの範囲に展開し続け、人や魔物がいないかを常に感知できるようにする訓練を行い始めた。
探知を使いこなせるようになってからは『理力眼』と組み合わせ、異空間に潜んでいる魔物を探知できるかどうか訓練を行う。
「探知と『理力眼』を組み合わせると異空間の魔物も探知できるみたいだ…攻撃はできないが探知できることにより防御と対策ができる…実にありがたい…」
と周囲に人がいない為、ロランは大きめな独り言を言う。
次にロランは『強靭身体』を使用し高速で移動や剣技を行った後、『理力眼』で自分の体を調査してみる。
すると筋肉や神経が予想以上に損傷していることが分かった。
また、高速で移動や剣・体術を繰り出せるが思考速度は早まらないため、格上の者との剣の打ち合いや不意の攻撃には、劣勢になることも確認した。
『今できる対策は『強靭身体』使用時は、常時自分に治癒魔法をかけ続け筋肉と神経の損傷を修復し攻撃継続時間を長くしていくぐらいか…』
との結論に達し、少し休憩を取ることにした。
休憩後、ロランは自分にあった戦闘スタイルを確立する為、5m先の攻撃対象に対し散弾銃のように『岩弾』を炸裂させ、直後自身に『強靭身体』をかけ、一気に間合いを詰めたのち全身全霊の『一の太刀』を打ち込むという訓練を行い始める。
何度も何度も、思考せずとも身体が反応できるよう、ただひたすら同じ攻撃を繰り返し、精神と肉体を極限まで研ぎ澄ましていく。
3日目以降は、攻撃に『虚』を加え、攻撃に多様性を持たせていく訓練を行い始めた。
ゲオルグ道場では『実』を意識が集中している箇所、『虚』を意識が薄い箇所と教えていた。
しかし、ロランは『虚』を攻撃においては殺気を込めた実態のない攻撃で『殺気を込めたフェイント』のようなものであり、『実』は実態のある攻撃と解釈し直す。
また、守備においては『実』は意識が及ぶ範囲、『虚』は意識の及ばない死角の範囲と解釈し直した。
その後もロランは、地形や木々を『虚』の攻撃に活用するとともに、目によるフェイントや殺気によるフェイントといった『虚』の攻撃と『実』の攻撃、魔法による意表をつく攻撃、死角からの攻撃を組み合わせ、多彩な攻撃のバリエーションを身に付けていった。
「やはり【一の太刀】の直後が無防備になる…」
ロランの独り言は止まらない。
「【一の太刀】直後の無防備を対策するために右肩の肩当に角を付けショルダ―タックルを行い半身にする…その反動で【二の太刀】を繰り出す…これしかない」
独り言を言い終えるとロランは魔物の革で作った鞄の中から【右肩の肩当】を取り出し右肩に装着する。
ロランは【一の太刀】の直後、右足を踏み出し同時に右肩の肩当を突き出すようにショルダ―タックルを繰り出す。
その動作により半身となった状態で両手首を返し【一の太刀】の返しとして、相手を腹から肩に向かって斬り上げる 【二の太刀】を繰り出す。
ロランは【一の太刀】から【二の太刀】までの返し技のコンビネーションを繰り返し行い、体に刻みついけていく。
その頃、教会ではリリーが、
『ロランのやつ、最近いつも帰ってくるのが遅い…明日はとっておきの方法で絶対尾行してみせる…』
と考え、以前から考えていた企ての準備をしていた。
これまで、何度もロランの尾行を失敗した経験を生かし、人の鼻では匂いが分からない、黄金虫に似た昆虫のメスから出る『液体』をロランの着替えの服に塗り付け、匂いを求めるオスを使って尾行する作戦を企て準備をしていたのだ…
いつものように、ロランは午前中に教会の仕事を終え森へと向かう。
リリーは、ロランが森へ向かってからしばらくして黄金虫に似た昆虫のオスに糸をつけ飛ばす。
昆虫のオスは、ロランの服に着いたメスのフェロモンを求めてロランの痕跡をあぶり出していく。
『やったわ!成功よ!』リリーは心の中でガッツポーズをしロランの後を追っていく。
この日、ロランは『理力眼』の能力でゲオルグ師範と寸分たがわぬ動きを行う仮想相手を思い浮かべ『虚と実』、『死角から高速の魔法や剣・体術による攻撃』といった実践形式の訓練を繰り返し行っていた。
研ぎ澄まされ無駄な動きが無い攻撃は、高速の舞を見ているようであり、遠くから隠れてロランの訓練を見ていたリリーは心を奪われ呆然とロランを見つめていた。
ロランは、極度に訓練に集中し『理力眼』や『探知』の探知圏外の距離にリリーが隠れていた事もあり、リリーの存在を探知することができなかった。
リリーは教会ではいつも皆と一線をおき、何事にも関心がないような視線をするロランが、全力で真剣に『魔法や剣技・体術』の訓練を行っている姿を観て、胸が『ギュ』と締め付けられる感じを受け、その場を立ち去った。
訓練最終日、ロランはシャドーの仮想相手であるゲオルグ師範を凌駕した。
夏季休暇が終わり、再び学校に通いながら靴磨きの仕事とゲオルグ体術道場での投げられ役の日々が始まる。
夏季休暇後初めて道場に姿を現したロランの纏う雰囲気にゲオルグは変化を感じ、ロランに自分と立ち会うよう指示を出す。
そして、誰もが目を疑った。
わずか5歳のロランが『強靭身体』の魔法を使用し、『虚と実』を織り交ぜた連続攻撃を高速で仕掛けるとともに、ゲオルグの重い攻撃を川の流れの如く受け流していたからだ。
ゲオルグは決着を付けぬまま立会を中止し、ロランを師範代にするのだった。