10話 鍛冶屋 ワーグ
『ここはどこだ……世界が赤黒い、また異世界へ移動したのか……』
明るさに慣れ瞳に映った光景は火の海であった……
辺り一面が燃え空を赤く染める。数えきれない場所で家屋が燃え盛り煙が柱のように立ち上がる。
悲鳴や助けを求める声、恨みの声が混ざり合い一体となって大気を揺らす……
ロランは小高い丘から、その光景を微動だにせず見つめていた。意識が固まりかけた時、聞き覚えのある声が聞こえてきた為、その声がする方向に視線を移動する。
そこはロランの位置より高い丘であり、漆黒の洗練された甲冑を着た身長が185cmぐらいある青年と、漆黒のドレスを纏い髪の長さが腰まである165cmぐらいの女性の後姿が見えた。
青年は、後で片膝を着き頭を下げている4人の指揮官に対し振り向くことなく威厳のある口調で淡々と指示を出していた。
「バルトス、マルコ、クロス、フェネク、軍を偃月に再編成し敵が陣深くまで進行した時点で退路を断ち全方位から一斉攻撃し敵を殲滅せよ…血の一滴まで残すな…これを最後の戦いとする…」
「…連合の国々と軍を破壊し尽くし我らの王国を樹立する。汝が一番選ばぬ選択肢と思うたが……妾の愛しいロラ……」
その瞬間、ロランはベッドから飛び起きた。
『それにしても、嫌な夢だった。夢なのに硝煙の匂いを感じたような気がしたけど…』と思いながら着替えを済ます。
7月に入り、カール記念学校は夏季休暇中のため、今日は靴磨きの師匠であるブラームスが紹介してくれた鍛冶屋に行くことにしていた。
『4年7ヶ月後には王都に行き王立魔法学園の入学金を稼ぐために冒険者稼業を行う……』
『……その際、可動範囲が大きく、軽く、頑丈であるガントレット(手甲)やグラディウス(剣)等の装備を整えておけば生命の危機に及ぶリスクを軽減できるはずだ……』
『…だったら『理力眼』を使用し自作した装備が最も信用できる……』
と考えていたからである。
ブラームスが作成した鍛冶工房までの地図は、お世辞にも分かり易いものではなかったが、それでも何とか目的地である鍛冶工房まで辿り着いた。
ロランは鍛冶工房のドアに取り付けられた入るドラゴンをモチーフにしたドアノッカーを叩いた。
「コン…コン…コン……」
鍛冶工房の主人が出てこない為、ロランはドアノッカーを叩き続ける。
「コンコンコンコンコン……」
すると鍛冶工房のドアが開き、
「やかましいな……おい小僧、お前がロランか。何度もドアノッカーを叩くな!…」
ドアからこの鍛冶工房の主人である身長は低いが筋骨隆々なドワーフが出てきた。
ロランは、ドワーフを見て、
『ここが魔法が使用できる異世界であり、人間の他にもエルフやドワーフ、魔人や魔物、獣人が存在する世界』
であることを思い出した。
教会に保護されカール記念学校に通いながら靴磨きとゲオルグ体術道場で仕事を行う3ヶ月の間は人間しか出会わなかったからである。
「小僧、今、わしを化物と思っただろ…わしの名は『ワーグ』だ。ここいらの鍛冶の元締めでもある。誇り高いドワーフであって決して化物ではない、よく覚えとけ!」
ロランはワーグの勢いに押され、返す言葉が思い浮かばず黙ってしまう。
「………」
ワーグはロランの態度は見飽きたというように、
「わしらドワーフからすれば人間の方が化物なんだがな。気にくわん小僧だ。まぁ、20年来の友であるブラームスの紹介だから鍛冶を見せてやる。着いてこい、小僧!」
と文句を言いながら、ロランを工房へ連れて行く。
ワーグは熟練の業で、鋼を何度もハンマーで叩き不純物を取り除き炭素量を均一にしていく。
その後、焼入れをし焼き戻すことで硬く強靭な鋼を生み出すとガントレットやプレートアーマーの形に成形していく。
ハンマーで何度も叩き不純物を取り除き炭素量を均一にしていく技術や焼入れの際の窯の温度と時間、焼き戻しの際の窯の温度と時間、剣の場合は刃の部分は硬い鋼、芯は軟らかい鋼の2種類の鋼を使用する方法を『理力眼』によって全て取得する。
ワーグは、ロランはまだ小さく体力が無いためハンマーで叩く作業は無理だと思い、焼入れ時の時間と窯の最適な温度を炎の色で見極められるか試したところ、ロランは最適な温度の炎と時間を指摘する。
これにはワーグも大変驚いた……
どんな優秀なドワーフであっても最初から最適な温度と時間を指摘することは出来ず、膨大な武具の製作等の製作の中で感覚として身に付けていくからだ。
しかも、ロランはワーグが製作していた脛当て(パウレイン)と膝当て(グリープ)に腕時計のメタルバンドを簡略化した構造のバンドを取付ける事で長さ調節をが可能とし使用者の足の長さにフィットできる構造にできると提案した。
さらに、グリープは膝から外れないよう膝当ての左から膝裏を経由して膝の内側でベルト固定することにより足の可動域を損なわない装備に改善できることも指摘する。
後日談となるが、ワーグはロランのアイデアを1ヶ月間試行錯誤して完成させ、ワーグ・ロランの連名で特許を申請し取得する。
こうして、お互いの才能に惹かれ合ったロランとワーグの長きに渡る付き合いが始まったのである。
その夜、ロランはベッドの中で今朝見た夢を思い出そうとするのだが、何か巨大な力に阻まれ夢の内容を思いだす事が出来なかった......