1話 異世界へ
※当作品の登場人物名称(対象はフルネームの完全一致および酷似した名称)、貨幣の名称と特徴、特有の魔法名称と特徴、理力眼といった特有の能力における名称と特徴、国家・大陸名称、魔力導線の構造及び魔石と魔力導線を使用した発明品・兵器の構造等の内容ならびにテキスト等の無断転載・無断使用を固く禁じます。
都内の女子大学で"江戸時代の庶民生活"について講義する非常勤講師の藤木 修一はランチに何を食べようかと考えながら、神田神保町の古書店街を歩いていた。
講師といっても給与が良いのは専任講師と呼ばれる常任講師であり、非常勤講師の藤木は掛け持ちで複数の大学で講義を行い、加えて通販企業の倉庫で梱包を行うアルバイトをし生計をたてていた。
本日は休日であったが、藤木は新たな講義のネタとなりそうな古書を探すため神田新保町の古書店を巡っていた。
最近の大学では、人事評価として学生が記述する講義に対するアンケートが重要視されている。
非常勤講師の藤木にとって学生のアンケートは生活を左右する重要な資料となっていた。
なぜなら、アンケートの内容が酷ければ契約が更新されず職を失うからである。
そんな重要なアンケートなのだが、最近では【講義の内容がマンネリ化している】だの【TVで放送していた内容程度】といった不満のコメントが多く、藤木に精神的なプレッシャーを与えていた。
『…このままでは契約更新が危うくなる…』
危機感を抱いた藤木は講義の内容を刷新しようとネタとなりそうな古書を探していたのだ。
元来、藤木はマイペースなのだが仕事は自分のできる限りベストを尽くしたいという職人気質な性格であったため、なかなか気に入る古書も見つからない状況であった。
そんな中、前方からスパイシーな香辛料の香りが漂ってきた。
藤木は何よりもカレー好きであり、自分の中で理由をつけてスパイシーな香りを漂わせる店へと歩きだした。
『…このまま、ランチをとらずに探しても良い古書とは巡り合えない…』
藤木は店に到着すると扉を開け入店した。
「…カランコロン…カランコロンカラン…」
『…随分、懐かしい音色を出すドアベルだな…』
と思いつつ、藤木は左奥に位置する4人席の窓側に座ると、留学生と思われる店員を呼んでチキンカレーを注文した。
藤木はおしぼりで手を拭き、時間を潰すためメニューで他の料理を見ていると、店員が厨房よりスパイシーな香りがするチキンカレーを運んできてテーブルに置いた。
『…ジャガイモに玉ねぎ、ニンジンに肉がゴロゴロした昔ながらのカレーもいい…』
『…だが、このカレーのようにほぐしているチキンにスパイシーなルーが絶妙に絡みつくタイプも嫌いじゃない…』
と思いながら、藤木はチキンカレーを口に運んでいく。
藤木はチキンカレーを堪能した後、店を出ると再び古書探しに取り掛かかった。
藤木は、3時間かけてようやく気に入った古書を探し出し購入すると充実した気持ちで帰路についた。
何の変哲もない、変わらない日常。
神保町駅から半蔵門線を使い、丸ノ内線経由で池袋まで向かう。
『…池袋の階段を下りれば家までもう少し、いつもと同じ帰り道だ…』
と考えながら降りていると、藤木は急に目眩を起こし足を滑らせた。
藤木は階段を転がり落ちる最中、見たこともない中世のヨーロッパを思わせる景色を見、意味不明な言葉を聞いた。
「…お前に、全てを与えてやる…」
藤木はどうすることもできず意識を手放すのだった。
・2020/06/16 文章修正