92話 辿りつこう
第六紀、427年、天成の月十八日。
がたん、がたんごとん、と竜車は歩む。
今日は雲ひとつない屈託なき晴天。このまま永遠に雨が降らないのではないかと思えるほどだ。
今朝にラングレイの街を出て、ここからは一路、王都エールトベーレへ向かうのみ。
順調にいけば午前中には着くとのことだ。
「荷竜車がごとごとー、わたしを乗せていくよー、悲しそうなひとみでー」
窓の縁に身を乗り出してユーがどこかで聞いたような調子で歌っている。相変わらず抜けた音程だ。
その横でギルバートが目を輝かせて向かいの男に武勇伝をせがみ、ちょくちょく向こう横のミンタラに「うるさい」とウザがられている。
ニーサンはラングレイの街で買ったらしい本を食い入るように読んでいる。外の文字が読めるのはタレ族の長であるニゾウの教育の賜物だろう。
そして竜車の端っこで縮こませているシオリは、横の偉丈夫をチラチラと見て様子を伺っていた。と言うよりかは、ギルバートと共にその注目を集めていたのは偉丈夫の身につける装備だろう。
「なるほど! 剣を振れなくなり、失意のうちにあった時に道ばたで見つけたのがその鎧なのですな! そのような偶然がこの世界には数多と転がっている! 事実は小説より奇なりとはこのことですなぁ! ハッハッハッハ!」
「……うるさい……」
「ふっ、そういうことだ。チャンスはそこら辺に転がっている。その機会を見逃すのは運が悪いのではなく、ただそいつが夢を諦めているだけだ」
「うおおおおっ……!!」
「うるさい」
興奮するギルバートにミンタラが横から肘を入れるがビクともしない。最近は不意打ちを警戒して常に力んでいるらしく、力を入れると異様に硬くなるギルバートのタフっぷりに彼女が爪を噛んでいる姿がよく見られる。
それを青春する若者を見るように不敵な笑みを浮かべる偉丈夫の男。そろそろ還暦のような初老の男の髪や眼差しは、その老いを感じさせないほどに若々しく、歳を取るほどに魅力を増しているのかと思わせるような色気さえ放っていた。
自分もこんな風な歳の取り方をしたいなぁ、と思いながら見ていると、
「おいおい、そんなに見つめると火傷しちまうが平気か」
ジッと見つめられているのが分かっていた男が話しかけてきた。
「え、あ、いえ。別にその……鎧がかっこいいなーって……」
「誤魔化さなくたっていいさ。きみの熱い眼差しは地平線の彼方からでもわかる。どうだい、俺と一夜のアッベンファルをしないか」
「あの僕! 何回も言いましたが男なんでっ」
「そんなの関係ないさ。きみが男なのは一目見た時からわかっていた。だが、大事なのは互いの気持ちだ。そうだろう?」
「え、えと……」
女性を口説くような口ぶりに、たとえ冗談でもちょっとドギマギしてしまう自分が恥ずかしくなる。助け船を求めて周りを見ると、ギルバートとニーサンが無言で白眼を向き、ミンタラが未知の世界を垣間見て鼻から血を垂らしているのが見えた。
ユーのほうを見ると、なにが起こっているか理解してない目で屈託のない微笑みを向けてきた。こりゃダメだ救いがない。
僕は月子ちゃんが好き、僕は月子ちゃんが好き……。
同じ言葉を心で三回唱えて、月子にぶん殴られるとこまで妄想して冷静になったシオリは、
「無理やりは好きじゃないので……」
どうにかこうにか振り絞った言葉を放つと、美丈夫の男は再び不敵な笑みで鼻を鳴らした。
「なるほど、順序を大事にしたいってことか。なら今のところは身を引いておこう」
今のところは?
その言葉に嫌な予感がよぎったが、聞かなかったことにした。今はなんとか別の話題に繋がなければ。
「そ、それより。今回はありがとうございます。貴方が援助してくれたお陰でどうにか助かりました」
「いや、なに。端金さ。俺としても、こうして短期間で王都に舞い戻れるのは都合がいい」
シオリが頭を下げて感謝を述べると、男はなんて事ない風に懐の広さを見せつけてくる
しかし、どうしてこのような事になっているかというと、少し説明が長くなる。
そう、それは昨日まで時を遡る――。
「おなかすいたねー」
「……そうだね」
「ひまだねー」
「そうだね」
「あそびたいなー」
「遊ぶと余計にお腹すくよ」
「むー……」
ラングレイの街、少し人気のない通りで、シオリとユーは建物の側に並ぶ樽に腰掛け、道行く人を眺めていた。
ギルバートら三人と別れてから数時間経っていた。昨日からなにも入れてない胃袋が悲鳴をあげている。
本来ならすでに腹を満たして宿の中か、竜車に乗って一直線にエールトベーレへ向かっているはずだったのだが、かなり前提的なところで問題が発生していた。
理由は単純、金が無いのだ。
ギルバートはともかくとして、ユーまで路銀を持っていなかったのは想定外であった。自分が死堕の峡谷で気付かぬうちにお金を落としていたのも大きい。ずっとダンジョンに居たせいで金銭という概念が薄れていたせいもあるだろう。前もって確認していた分ダメージは少ないものの、事態は思っていたよりも深刻だった。
お陰で食事も取れないし竜車も宿も借りられない。怪物食で凌いできた旅も、人里の領域に入ってからはとんと見なくなり街に着く前日に限界が来たのだ。
それと、少し情報を集めてみたが、ゾルアジスの言う通りヒュルックは無くなっているとのことだ。
ギルバートはダンジョンでの一件から立て続けの出来事でショックを受けないよう配慮してあえて黙っていたと謝罪した。
弓神月子、ドルタスとセリエ、あと飛鳥達は無事だと教えてくれたから、自分はそれで良かった。
早く月子ちゃんに会いたい。
そうは思うがまずは先立つ物である。街で竜車が借りられれば歩くより楽に早く旅を進められる。いっそ行商人の護衛のような依頼でもないかとギルドを当たってみたが、時期が悪いのか生憎とそんなものはなかった。
「おふろ入りたいねー」
「そうだねぇ」
他の三人はギルドで身分登録ついでに依頼をこなしに行った。ギルバートが一番下より一つ高い黒曜級なのでちょっぴり質の良い依頼が受けられるので、報酬に期待して二人は留守番だ。
そもそもシオリが怪我人なのと、ユーが街の色々なものに興味を惹かれてえっちらおっちら何処かへ行こうとするので、そのお守りも兼ねている。
今もこうしてリードのように手を繋いでは何処かにいかないよう見張っている。手が柔らかい。
異世界での天成の月とは地球で言う秋らしく、月の終わり目である最近は少し冷え込んできている。暖かそうな民族衣装の兄妹や火で自分を暖められるユーはともかく、未だに夏から衣替えしていないシオリとギルバートは季節の変わり目を素肌で感じ取っていた。
ユーの手から伝わる温もりが心地よくて、このまま繋がっていたい衝動に駆られてしまいそうだ。
カラッとした秋の風が吹き、思わず身を震わせるシオリの様子に気付いたのか気持ちが伝わったのか、ユーが身を寄せてきた。
「さむい?」
「まだ平気。でもエールトベーレに着いたらお金稼いで、せめて衣食住はなんとかしないとね」
「おやど、いっしょのへやにしよねー」
「えっ。う、ううーん……」
しまった。大きな問題が残っていた。
魔法で従者の契約をしているとは言え、妙齢の女性と同じ屋根の下で暮らすのは、ちょっと、アレだ。ダンジョンに飛ばされて三ヶ月近く身を寄り添って旅をしてきたのに今更なのだが。
うん、まあ、着いてから考えよう。不安ばっかりで今はしんどい。
そう考えて曖昧な返事を返していたところ、ふと妙な臭いを嗅ぎ取った。独特のフェロモンのような、そんな芳しいものだ。
見ると、一人のとても人目を引きそうな男が近づいてきていた。
「ベディヴィーア、この辺りに酒場を知りませんか。できれば情報の集まるところがよいのですが」
目の前まできた男はそう言って美しい仕草で会釈をしてきた。偉丈夫の、初老の男であった。しかし、老いを感じさせるのは目元と頰の深い皺のみで、健康的な浅黒い肌と黒い髪は矛盾さえ覚えるほどに若々しい。
この男にはむしろ美丈夫という表現が正しいだろう。
だが、最も目を引いたのは身につける鎧であった。
各部に引かれた青白く光るライン、異様にゴテゴテとした四肢、そして肩に備え付けられている謎の銃。
時代感にそぐわぬ違和感バリバリの全身鎧であった。
しかし、シオリはもっと別の既視感を感じていた。
――あれ、これユーディーン社製のパワードスーツ『Ud-777』じゃない? 気のせい?
何度かニュースで見たことがあるから覚えている。未来の世界、あらゆる産業をあまねく手掛ける企業、ユーディーン社が『最強の盾にして最強の矛』という時代錯誤の理念の元に開発したパワードスーツ。それが『Ud-777』だ。777とは〝色んな奇跡が積み重なってできた〟から来たものらしい。
単なるお遊び、もとい技術力の誇示やら一歩先の技術に踏み込んだ成果だとか開発された理由は諸説あるが、結局は動力源の問題で側だけ作られて終わった伝説の一品物であった。
確か、爆発事故により紛失したと聞いていたが……まさか女神はパワードスーツまで見境なく転生させてしまったのだろうか。
「どうされましたか、お嬢さん――?」
考えていると、男がそんな風に聞いてきた。考えに耽るシオリを気にかけてくれたのだろうが――、
あ、これあれだ。またこのパターンか。
あまり聞かない言葉だったのですぐにはわからなかったが、ベディヴィーアとはお嬢さんの複数形だ。常用語ではなく、貴族なんかに使うやや形式張った洒落た言い方だから聞き覚えがなかったのだ。
「あ、いえすみません。僕、男です。この街には来たばかりで、酒場などは心当たりが――」
ないんです、と言いかけたところで、
「あーっ! しるゔぃーにプロポーズしてた人!」
突然にユーがそんな声をあげた。
「しるゔぃー? もしやシルヴィア様のご友人の方ですかな」
「ふりーじあだよ、ふりーじあ!」
「……まさかユーディーン家のフリージア様か! おいおい参ったな。こんなに立派に美しくなられたとは!」
まさかの顔見知りだったらしく、ユーが男に飛びつき、二人は熱い抱擁を交わしていた。側から見ればお爺ちゃんと孫にも見えなくもない。
「待てよ、と来ればまさかきみの名は……ア、アリィーカゲシオリか?」
「えっ」
抱擁を終え、一息ついたところで男が自分に向けてそう言ってきた。発音が少し怪しいが、彼が自分の名をハッキリと口にしたのがわかった。
「えと……こちらではシオリ・アルハイドと名乗ってますが、確かにそうです、けど」
「参ったな。まさかこんなに早く見つかるとは」
笑いを堪えるように顔に手を当てる男。訳がわからないシオリだったが、彼が放った次の言葉で現実感を失うほどの衝撃を受けた。
「俺はツキコの遣いだ。遥々死堕の峡谷まできみを捜しにエールトベーレから来たんだ」
「…………へぇ!?」
月子ちゃんの知り合い? この人が? 僕を探しに?
動悸が激しくなって心臓がバカになりそうだ。彼女が自分を捜すためにわざわざ人を送るなんて……、
「積もる話もある。こんな寒いところに居ないで酒場で話そう。俺の奢りだ」
「あ、えいあ、はいっ」
「いえー! ごっはん、ごっはん!」
腰を落ち着ける暇もなくそんな話になり、まだ名も知らない男に連れられていこうとしたところ、
「おい、そこのジジイ! さっきはウチの弟弟子が世話になったな!」
唐突に怒声が響き、どこから現れたのか、数人の男たちが立ちはだかった。一人は顔が腫れ上がりボロボロの様相であった。
その男たちは帯刀しており、明らかな敵意を込めて美丈夫の男を睨んでいた。
「この人たちは――」
「ああ、街に来た時に因縁をつけてきたチンピラだな。適当にあしらったつもりだったが、お仲間を連れて参上か。懲りないやつだ」
あしらったにしては随分と酷い風体に成り下がっているのだが、弟弟子と言ったか。刀を持っているし、この世界にもやはり剣術の流派があるのだろうか。しかし話の序盤に出てきそうな芸術的なチンピラである。
「あの、加勢は?」
「いらないさ。それにきみは怪我人だろう。無理はするなよ。あとでツキコにどやされる」
「うん、この人ならだいじょぶだよー」
ユーの間延びした声。どういうことかと聞くと、「とーりなもちだから」とそれだけ返された。
〝通り名持ち〟とは確かカイという男がそう呼ばれていたはずだ。とするなら、この男はあのカイと同格の存在であるということだ。
とりあえず、ユーの手を引いて下がることにした。
「おい、ガキども。火遊びは程々にしてお家へ帰りな」
「ちょっとでかい鎧を着たからっていい気になってねえかジジイ! 人数の差を見てから言いやがれ、算数できねえのか?」
「おっと、失礼した。まさか『算数』なんて難しい言葉を知っているとは。偉いな、ママに教えてもらったのか」
「こ、この野郎ー!」
口喧嘩に負けて逆上した男が真剣を抜き、それに釣られて周りの者も抜刀し出す。大人しく帰ってくれる気もないらしく、暫定パワードスーツの男を一斉に囲み始めた。
「おい、やめとけ。手加減はできん。最後の警告だ」
「やっちまえぇ!!」
男の掛け声と共に一斉に飛びかかった。
「再三の警告はしたぞ」
渋い声で男は諦めたように呟き、いの一番に飛びかかった男に拳を放った。
すると鈍い音と共に殴られた男は跳ね返るように吹き飛ばされ、建物の屋根を越えて消えていった。
正直、チンピラ達は相手になっていなかった。
降りかかる刃を掴んでへし折り、普通に受けても鎧が硬すぎて刀のほうが折れる始末。剣術の心得はあるのか、剥き出しの顔を狙うもののバイザーが現れて防がれてしまった。
あー、これ間違いなく『Ud-777』だ。
その圧倒的な攻撃力と防御力を両立した堅牢なパワードスーツは、どういう仕組みか動力源の問題が解消されて十全に稼働していた。極秘に特殊な生体パーツが使われた為に電力や原子力などの科学的なエネルギーに拒絶反応を示したのではないかなどとも噂されていたのを思い出す。
カロリーなんかの生体的な力を膨大な量で用いれば稼働するということなら、この世界の《闘気》で賄えば何とかなるということなのか。
いや、考えすぎか。
あとで聞こうと考えを打ち切り、傍観していたシオリだったが、
「くそっ! おい、連れの女! こっち来い!」
「ほえ?」
勝ち目が薄いことを早々に悟った一人の男が駆け寄ってきて、ユーの手を取ろうとしてきた。人質にするつもりか!
「ちょっ、ストップ!」
「テメ、なんだコラァ! テメェから死ぬかぁ!?」
咄嗟に前に出たシオリに刃をギラつかせ、男は卑劣な脅しに訴え出てきた。
盗賊に襲われた過去がフラッシュバックして、脚が震えるのがわかった。男もそれがわかったのか、優位性はこちらにあると踏んで一気に距離を詰めてくる。
怖い。人と戦うのが怖い。けど――、
シオリの心法《夢幻》は恐怖を打ち消す秘術。どれだけ恐怖に堪えようと、戦うことはできる。
「――無尽剣!」
更に脅しかけるために突き付けてきた刀を、シオリは腰から抜き放った錆びた刀で弾いた。それは夜空の軌跡を残し、金属製の刃を十字に斬り裂いた。
「はぁあ!?」
「ぼ、僕も強いですよっ。何ならこの場の全員だって斬り捨てられます!」
「そうだぞー、あるはいどはつよいぞー!」
それは精一杯のハッタリであったが、現に武器を斬り捨てられた男はまんまと恐怖に慄き、残った柄を取り落として、
「喰らいな!」
「おぼぇっ!」
横から飛び込んできたパワードスーツの拳に殴り飛ばされてフェードアウトしていった。
「こっちは済んだ。すまん、結局手を貸されてしまった」
「……っ、はぁぁ……」
危機が去ったことを知ったシオリはヘタヘタと座り込み、パワードスーツの男に手を貸されてようやく立ち上がれた。「おいおい」と呆れ声をあげていたが、眼だけはジッとシオリの刀を見つめていた。
「……もしや、きみの師匠はリンネという奴か」
そして、そんなことを聞いてきた。
「え? そうですけど」
「…………なんてこった」
壁にめり込んだり、ピクピクと痙攣する男たちを背景に、バイザーの上からでもわかる初めて見せた焦り顔が印象的であった。
「名乗るのを忘れていた。ブライドだ、よろしく」
その後、帰ってきたギルバートらを交えて自己紹介をした時にようやく彼の名を知った。
事情を話し、金も宿もなくお腹がペコペコであったシオリ達の境遇をクールに流したブライドは「エールトベーレまでの道中は全て俺が保障しよう」と気前よく申し出てくれた。
元々ダンジョンまで単身で向かおうしていた彼は手間が省けたと喜んでいた。あのダンジョンは自分でも危ないらしく、先立って向かい内部の情報を集めて、月子が招集した遠征隊を待つつもりだったと話した。そこで月子が多額を費やして捜索に乗り出そうとしていたのを知ったシオリは酷く驚き、再会したらその場で一戦交えてあげてもいい気分になった。
因みに【不沈の伊達男】という通り名らしく、それを知ったギルバートは興奮のあまり酒場を駆け回った。
有名なのかと聞くと「不沈の伊達男とは世の男なら知らない人間はいない男の中の男で数々の偉業を成し遂げ断絶地帯の一人者としても名を馳せそして何と言っても男の夢であるロボットのような鎧が特徴的でその強さは超大型種をちぎっては投げ殴っては蹴り倒すほどで人格者でもありいつも大陸中を渡り歩いては善業をなし一国の王でさえ敬意を払うほどでいくつも勲章を貰っていてそれはもう凄いやつで俺も騎士になる夢が無かったらこんな男に」と言うところでミンタラに口に果物を詰め込まれて大人しくなった。
後で「その鎧はここよりずっと進歩した世界にあったもの」だと明かすと、「そうか、道理で原理がわからんわけだ。余計に箔がつくな」と不敵に笑った。彼としては鎧の秘密などはあまり興味がないことらしい。
ロッカーが演奏用の機械の仕組みがわからないのをクールだと言うことと同じなのかも知れない。
同じように彼は人の隠し持つ事情にも関心がないのか、タレ族の民族衣装を着るニーサンとミンタラや、ユーが子供のような振る舞いをすることも必要以上に聞かなかった。ただ黙って年長者の振る舞いだけをしていた。
ただ、無尽剣に関しては「あまり人前で使わないほうがいい」と告げた。自分の師匠がリンネであることを知った時の表情を思い出したシオリは、それを問いただす気にはなれなかった。
何となく察せたのは、無尽剣がこの世界でもイレギュラーであると言うことだ。
最後にブライドは朝一に竜車を出すことを告げて、いつの間にか引っ掛けていたらしき女性を侍らせて去っていった。
と言うのが昨日あったことだ。
翌朝、風呂に入り汚れを落としてスッキリしたシオリを見てブライドが口説いてきたことを除けば特にトラブルもなく、竜車はエールトベーレに向けて順調に進んでいる。
「こんなに早く会えると知ったら、ツキコの奴も驚くだろうな」
「おお、そうだ。ブライドさん、鋼の女は今はどうしているのだ? あいつのことだ、人目を憚らず暴虐無尽の限りを尽くしてはいませんか」
「しているぞ。初日でギルドの冒険者を全員叩きのめし、【鬼神】と呼ばれて史上最短で〝通り名持ち〟称号授与の旨の手紙を王から貰って、その場で破りやがった。まったく酔狂な女だぜ」
「ふがぁ……」
彼女の振る舞いを聞いてギルバートが上体をそらし壁に頭を打った。〝通り名持ち〟――最近よく聞くその称号。どれほどの意味があるかは分からないのだが、月子ならそれくらいは平気でやりかねない。
「ヒュルック奪還戦でリーロイゼが五体現れた時、その内三体を倒したのがツキコだ。一体は俺で、もう一体はヒノモリアスカという奴だったか」
えっ、三体も!? 僕らが三人で一体倒すのがやっとだったのに……。
月子が知らぬ間に数段飛びで強くなっていっているのを知ったシオリは、ギルバートと同じように頭を打った。
ちょっと戦うのが怖くなってきた。
「……見えてきたぞ。あれがエールトベーレだ」
ようやく旅の終着点が見えたことを告げるブライドの声に、全員が反応して外を見る。ラングレイの街を見て目を丸くしていたニーサンは開いた口が塞がらなくなっていた。
ああ、ようやく、ようやくか……。
アルフレッドの川を覆うように広がる王都エールトベーレを眺めながら、シオリは長い旅が終わることに実感を得た。
やっと月子ちゃんに会える。
「でっかー!」
「……こわ」
王都の雄大さにはしゃぐユーと、これから入る都の想像を超えた規模に恐怖の念を抱くミンタラ。
魔法と悪魔、それぞれの運命に弄ばれた二人の安住の地となるかは、彼女ら次第だ。特に……ミンタラは、悪魔がまだ生きていることは知っているのだろうか。因縁がまだ終わっていないことを。
もしそれを知ったら、壊れてしまわないだろうか。
「ハッハッハッハ! 怖いかミンタラよ、まあ俺に任せておけ! 怖いことは人に任せれば大抵なんとかなるものよ!」
「……あ、そう。じゃあよろしく」
「うむ、ハーッハッハッハッハ!」
……ギルバート君なら、本当に何とかしてくれるかもしれない。
シオリは一先ず、そう願うことにした。頼れる人間は沢山いる。それが彼女の救いになればいいと。
安住の地を見つけようとも、人生という旅は終わらない。それは過酷で、艱難辛苦に満ちた旅路。けれども人は一人ではなく、それぞれが助け合える仲間である。
支えられながら少女は進んでいくだろう。旅の果てにあるものが、例えそれがどれだけ絶望にまみれていても、絶望を塗り替える希望に満ちた旅はこれからであると信じて。
たとえ待ち受ける先にあるものが、逃れられぬ死の運命であろうとも。
そうしてシオリ達は無事に、誰一人欠けることなくエールトベーレに到着した。
3章までの作者ならチンピラのくだりで10話くらい使ってたと思う




