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絶刀のヴァレリーア  作者: ラーメン上のマチク
序章《未来からの転生者》
6/264

(0.)6話 悔しがろう

 紀元前、黎明を過ぎ。

 数々の天下、大事件、流行の移り変わりを過ぎ、ノストラダムスの大予言の日を何事も無く過ぎ去って数百年後。

 ここは時代の薄暮、時は西暦24XX年。

 影有シオリが生まれ育った世界である。



 1



 夕暮れ時、どれだけ人類の技術が進歩しても変えられない、曙の時間。陽は落ちてもいつかはまた陽が登る。

 ここは日本の中心部。宙を飛ぶ車が往き交う街から少し離れたところ、人気のない河川敷で僕は前のめりに倒れていた。

 頭に木刀を突き付けられながら。


「うっ……うう……も……う、許して……」

「許して? 許してだと……!? 散々諦めずに立ち上がって、何度も突っかかってきて、卑怯な手まで使って、立てなくなったら『許して』だと? ふざけるのも大概にしろ!!」


 僕を散々木刀で叩きのめしたこの少年は端正な顔を憎々しげに歪ませる。


「立て!! 根性叩き直してやる!!」


 男の格好をした美少年が少年の首根っこを掴んでその体を()()()っと頭の高さまで持ち上げる。

「あっ……! もうやめ……」

「フンッ!!」


 ぶおん、と轟音を上げて振り上げられて、木刀が少年の顔に叩き込まれる。


「ブッ……! ガ……!」


 木刀を顔面で捉えた少年の体がきりもみ回転を起こしながら吹っ飛ぶ。


「さっきまでの威勢は何処に行った! もう一度だ、立て!!」


 木刀に軽い殺意を込めて美少年が吹っ飛んだ先まで怒気を発しながら大股で歩く。


「あ……もう……や……だ……なんで……こんな……」


 僕は木刀で叩かれ骨格が変わり吐瀉物と涙でグシャグシャに歪んだ顔で後悔の言葉を呪いのように呟く。


 どうしてこんなことに、なんで、どうして。勝てると思った。自信はあった。この凛とした()()()に勝って、それから友達から始めようと思ってただけなのに。

 そんなことを思いながら少年はこの様な有様になる前のことを思い返していた。



 時は少し遡る。



 2



「君が剣術をやっていると聞いて来たのだが、それは本当か?」

「……へ?」


 ここは学校。時刻は昼下がり。放課後のホームルームを終え、帰って師匠に遅い昼ご飯を作ろうと考えていたシオリは、急に目の前に現れた美少年の言葉に驚く。


「……あっ! 剣術ねっ! 僕はできるよ。かなりできる!」


 自慢げにシオリは思ってもないことを胸を張って言う。まるでこの美少年に自分への興味を持たせたいかのように


 シオリは、彼に恋をしていた。


 高校に上がって入学式を終えて登校初日に初めてその姿を見た時からシオリはずっと一つ上の先輩の彼を見かける度に目で追っていた。一目惚れであったのだ。

 勿論シオリは男で、()も男だ。性別が同じなのにも関わらずに、男に対して人生で初めての恋心を覚えてしまったシオリは彼に夢中になった。


 どうにかして仲良くなりたい。声を掛けられたい。自分を見てもらいたい。体を触れ合わせる関係までいかなくてもいい。ただ、友達になって彼をその横からずっと見ていたい。


 奇遇にも彼は剣道を習っているらしい。体質故に試合までは組めないらしいが本気で取り組んでいると言う。

 剣道と同じ部類ではないがシオリも剣の振り方を教わっていた。それを聞いた時、シオリは「これはチャンスだ」と思った。

 今まで何となく程度の気持ちで続けていた剣術に精を出し始めた。

 師匠は「やっと本気になってくれたか」と嬉しそうにしていたが、その動機があまりにも不純だったシオリは心の中で謝罪しながら何も言わずに稽古を受けた。前と変わらず技は一つしか教えてくれなかった。

 暫くして、「まあとりあえず形にはなっただろう」と師匠が言うのをシオリは確かな実感を得ながら聞いていた。


 これならイケる。彼といつでも打ち合える。


 そう思っていた矢先に、()の方から話し掛けてきた。


「ああ、今時剣術を習っているなんて珍しいからな。剣道もスポーツ人口が年々減少して今はまともに試合も組めない有様だ。そんな中で君は達人に剣を習っていると聞いてな。興味が湧いて聞きに来たんだ」


 そう言う()の顔に軽く見惚れていたシオリはハッとした様に返す。


「……あっ! へ、へえ〜……そっかそっか! それで、僕に何を聞きに来たのかな?」

「ここではなんだ。少し場所を変えよう」


 そう言って彼は教室を見回す。既に彼の出現に教室内は騒めき立っていた。

 無理もない、彼は学校一の有名人なのだから。

 端正な顔立ち、地毛らしい金髪は後ろで一本に束ねられている。背は平均より少し上のシオリでも目線を上げる必要がある。その背丈の高さが抜群のスタイルを発揮させているのだ。なぜか女の子っぽい名前のギャップで逆に愛嬌まで感じさせる。

 品行方正、文武両道。体育の時間だけは何故か姿を見せないが、スポーツをやらせれば全国大会のメダルでオセロが出来ると噂されている。当然女子からの人気も高い。

 全国見渡してもこれほど完璧な青少年は存在しないだろう。

 その時の人が、今シオリに話し掛けている。



「そ、そうだね。じゃっ……じゃあ屋上行こっか!」


 そう浮足立ちながら言ってシオリは立ち上がった。



 3



「勝負がしたい」

「……へっ?」


 屋上に着くなり彼はそう言う。

 何を言いたいのかはわかったが何を言ってるのか一瞬理解できず、シオリは最初と同じ声を漏らす。


「……勝負がしたい、と言ったのだ」

「し、勝負? 勝負って、あの?」

「その勝負だ」


 ようやく事態が飲み込めたシオリは、心の中でほくそ笑んだ。


 早速来た!!絶好のチャンスが!しかも、あっちの方から!

 シオリは必死に興奮を抑えて、冷静を装って言う。


「じゃあ、えーと、どうしようかな……ルールはどうするのかな?

「ああ、別に本気でやる必要はないんだ。ほんの少し打ち合うだけでいい」

「……もしかして僕のこと心配してくれてる?」


 勝負がしたい、と言っておきながら本気でやる必要はないと、そう言われて、シオリは「君とは本気でやらない」と言われたように感じて少しムッとしながらカマをかける。


「ああ、そうだ」


 ()は事も無げにそう言った。


 ……はぁーん、さては僕のこと、舐めてる?僕だって少しはやるんだからね?


「……遠慮しなくていいんだよ? さっきも言ったけどさ、僕はかなり()()()からね?」

「遠慮なんてしていない。私はただ古の剣術とやらを見せてもらいたいだけだ。それでお互い怪我をしては仕様もないだろう」

「僕は、怪我を、してもいいと、言ってるんだよ」

「……遠慮しなくていいんだな?」

「さっきからそう言ってるでしょ? 僕だって剣士だ。手加減なんて要らないよ」


 それを聞いた彼は少し嬉しそうに笑う。


「ふ、ふふ……わかった。場所は西の河川敷にしよう。あそこなら人は通らない。いつにする?」

「これからにしよっか」


 とうとう彼は我慢し切れないように獰猛な笑みを現し出した。


「よし!」



 そして、時は今に至る。



 惨敗であった。彼から木刀を受け取り、互いに構えて勝負が始まる。

 打ち合った瞬間、僕の体は宙を飛んだ。全力を込めて打ち込んでも事も無げに片手で止められて、そのまま腕をスッと動かすだけで押し込まれた。

 シオリが人より体が弱いと言うことを鑑みても、一つ違いとはとても思えない程に互いの身体能力に差があった。


 この人は、まだ全然本気を出していない。


 そう感じた。実際にそうだと確信した。

 師匠の元で身体の効率的な動かし方を教わった、全身を連動させて五体の力を一刀に込めて放つ技術を教わった。それでも、

 それでも、彼には及ばない。ただ棒立ちで片腕だけを振るう()には決して及ばない。


 ()()()だ。敵わない。


 シオリは圧倒的な実力差に屈しかけた。

 しかし何度も、何度も諦めずに立ち上がって、彼に追い縋るように立ち向かう。


「……はぁ……。もういいだろう。もう、終わりにしよう」

「まだ、まだだ!まだ僕は負けてない!」

「……はぁー……」


 彼は何度目かも分からなくなった溜息を吐く。

 正直なところ期待外れだった。彼にとってシオリが未だ見つけられなかったライバルになってくれると思っていた。それがただのハッタリだった感じた。

 はぁ……、とまた溜息を吐いた。


 シオリはその様子を見て怒りを覚えた。

 どうしてそんなに退屈そうなんだ。僕は期待外れだったのか。なら、期待通りにしてやる。

 シオリは意地の悪い笑みを浮かべる。彼に隠れて、砂を手中に隠し持つ。


「これなら……どうだ!」

「っ!!」


 シオリは上段から掛かると見せかけて、下からその端正な造りの顔面に向けて砂を掛けた。上段に振り下ろそうとした木刀を翻して、逆袈裟に振る。

 それも、受け止められた。


 これもダメか!なら、次は……。


 そう考えようとしていたシオリの、


 顔面に木刀が叩き込まれた。


「汚らわしいぞ!!」

「ぶがっ……!?」


 彼がもう一度、木刀を叩き込む。


「仮にも剣士を名乗った者が!」


 もう一度、叩き込む。


「女を相手に!」


 もう一度。


「卑劣な手段を取ることを!」


 もう一度。


「私が許さん!!」


 木刀が、叩き込まれる。

 シオリの意識はそこで途絶えた。


 その後のことは途切れ途切れでしか思い出せない。

 嗚咽を漏らして惨めに許しを乞う僕の言葉。

 侮蔑の表情で僕を見下ろす()()の目。

「もう二度と、私に近寄るな」と言われた。


 漸く意識を取り戻した時には日が沈んでいた。

 痛む全身と、感覚の無い顔。

 何とか歩いて家に帰り着く頃には、深夜の時間帯となっていた。


「た、ただい……ま……」


 シオリの帰りを待ち望んでいたのか、若干必死な表情の師匠が小走りで出迎える。


「おおシオリ、漸く帰って来たか! 私はもう腹ペコで死にそうなんだ。どうにもあのましぃんの使い方がわからんのでな。早く飯をくれ……って、おい、大丈夫か?」

「し、師匠……僕、負けちゃった……」

「……ふーん、ほーう」


 師匠は、何故か嬉しそうに笑った。



 4


「そうかそうか、ハッハッハ!! そうか、負けたか! 手も足も出ず、卑劣な手まで使って!」

「もう、師匠……やめてくださいよ……」


 師匠は大層嬉しそうに笑う。


「いいや、やめんぞ。大事なことだからな。……シオリよ、どうだった?」

「……」

「負けてどう思ったんだ?」


 そう聞かれて、シオリは歪んだ顔を更に歪ませて、堰を切ったように叫ぶ。


「悔しいですよ!! 悔しいに決まってるじゃないですか!! ボコボコに叩きのめされて、見下されて、悔しくないわけないじゃないですか!!」



「悔しいって、どのくらいだ?」

「は!?」

「私は本気で問うているぞ。どのくらいなんだ? 言ってみろ」

「……メチャクチャに、です」

「曖昧だな。風呂に入って寝たらすぐ忘れそうだ」


 シオリはとうとう言葉を荒げて言った。


「忘れられるわけない……! 忘れてたまるか……! 僕の心はあの時死んだんだ……!! 絶対に見返してやる!!」


悔しい、悔しい、悔しい。憎い、憎い、憎い。絶対に、あんな思いは二度と御免だ。

 絶対忘れない。今日あったことを。シオリは、そう心に刻み込む。

 師匠は満面の笑みを浮かべて楽しそうに言う。


「そうだ! それだ、その言葉が欲しかったんだ。ああ、素晴らしい、実に! よし、よし(ヴェーネレ)。シオリ、お前は今日、たった今生まれ変わった!」

「そんなことはどうでもいいから、アイツを、ぶっ倒せる技を教えてください!!」


 師匠は待ってました、と言わんばかりに口角を上げた。


「実はなぁ、お前にピッタリの術があるんだ。こういうのは鮮度が大事だからな。()()()は一旦やめてそっちを教えよう。だが……」

「なんだよ勿体ぶらないで教えてくださいよ!」

「ハッハ、まあそう急くな。まずは手当てからだ。お前、感覚が無いからわかってないだろうが、酷い顔だぞ? 骨格が変わって私好みの顔が台無しだ。元通りにしてやる」


 そう言われてシオリは自分の顔に手を当てる。そこで漸く顔面の状態に気付いた。

ああ、これはマズイな。

シオリは大人しく師匠の手当てを受けた。

師匠の不思議な手当てを受けて、元通りの姿に戻れたシオリは、術の概要を聞いて、


 そういうことか。なるほど。


 シオリは漸く合点がいった。


 簡単なことだった。何で気付かなかったのだろう。この技が使えれば……。


「あいつを、倒せる……!!」





 これは、異世界に至る前のシオリの、戦いに身を投じる決意をした時期の記憶。


 その記憶を思い出す時は、近い。

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