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絶刀のヴァレリーア  作者: ラーメン上のマチク
2章《原初の魔女、深淵の悪魔》
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47話 ゆめ、まぼろし、

「この腑抜けのコナ野郎ォ〜! 素手で腹わたァ引き抜いてェ、本当に腑抜けにさせてやろうかなァ〜!? そんでもって、オメ〜の腸で縄跳びさせてやるよォ!」


 この悪魔は言っていた、「悪魔に善悪は無い」と。しかしあの悪魔の下卑た口調、目付きはどう見ても悪役そのものだ。アクが強すぎる。悪だけに。

 遂に本性を現したミアンにシオリは反射的に剣を構える。


「……っ、それが君の本性か……!」

「おっと、いけないいけない……宿主が起きちゃうとこだったわ。心穏やかに、お淑やかにしとかないとねぇ」


 しかし、次の瞬間には元に戻った。悪魔の恐ろしい一面が垣間見えたと思ったのだがどうにも不可解である。


「アルハイド! 正直貴方のこと、自分の意見が持てない腰抜けヤローだと思っていましたが、案外やる時にはやるんですのね! ワタクシ見直しましたわ!」

「……ユーさん……今良いとこなんだから余計な事言わないでよ……」

「あら、オホホホ! ゴメンあそばせぇー!」


 どんな時でもマイペースらしいユーの態度に少し力が抜けたが、気を引き締め直す。ここからはしっかり真面目にやらなければ。

 敵意を持ってこちらを睨むミアンだが、依然として動きは無い。シオリに懸念があるとすれば、契約に抵抗した際に振るってきた謎の攻撃である。

 それの正体が分からない以上、こちらからも動きたくない状況だ。

 ぶっちゃけた話、あちらの行動待ちである。メチャクチャ不利なのだ。


「ど、どうしよっか……!?」

「ワタクシ、デカイ魔法、ブッ込む! アルハイド、ブッ込み! イエール(オッケー)!?」

「お、オッケイ……!」


「あー、そこの魔女さん、中々威勢が良いわね。でもダァメ。一手目で勝負を決めてあげちゃう。生命本能に響く死の恐怖には何者の勇猛も能わず――。

 《幻を焼くは襤褸(らんる)を纏いし砂塵の舞踏》」


 先に動き出したのはミアンであった。目を閉じ、互いの親指と人差し指をくっ付けて何やら詠唱を始めた。


「《教典の日は目の前にあり、奉るは――死と堕落(ウルド・ラ・エディア)!》」


 詠唱の終わりと共に腕を広げた瞬間、ミアンの姿が急激にドス黒いオーラのようなもので覆われ始める。禍々しい空気の奥に、怪物の頭骨を見た。

 それを見た途端、ユーとシオリは凍ったように固まってしまった。


「見えるぅ? この闇より深き“死”の概念が……。見よ! さすれば死の恐怖に恐れるべし。聞け! さすれば死の感覚に慄くべし。しかし触れれば苦もなく逝かせてみせよう。

 我こそは堕落の執行人、死の代行者! 死堕の数字(ウル・エディ・ミアン)である!」


「――――っ」


 これこそがミアンの振るう死霊術(ゴンゾ)の真骨頂。契約の元に死さえ手懐ける神の敵の、最も恐れられた一面であった。

 その死の気配を五感のいずれかでも感じ取ればどんな生き物も発狂し最低でも戦意喪失は免れず、触れればどんな抵抗も虚しく問答無用で命を毟り取る。最高ランクのダンジョン内のモンスターでさえあっさり駆逐し尽くした必殺の《魔法》。

 どんな者であろうと生きている限り、死に為す術は無い。

 それを直で浴びてしまった二人は――。


「あ、あらら? なんかこう、凄いブルっと来ましたわ……!」

「――ほあっ! あー、意識飛んでた……!」


「は?」


 軽口を叩きながら身体を抱いて震えを抑えるユーと、ボーッとした状態から立ち直っただけのシオリの様子にミアンは驚愕した。ただの有象無象の、普通の人間に過ぎない二人に効かない筈がないと。


「効いてないの? はー? なにそれ……おかしいでしょ、アナタ達なんにも感じないの?」

「いや、別に……」

「何をしたか知りませんが、悪寒がハンパないので、お止めて頂けませんですの!?」


 実のところミアンの《魔法》は二人に対してしっかりと直撃していた。

 だが、シオリは死の恐怖を五感に浴びた瞬間、今までの恐怖体験から知らず知らずの内に習慣化していた《夢幻》が反射的に発動し、恐怖を誤魔化すことに成功していた。

 ユーは知性と共に感性も欠如していたのか知らないが、単純に恐怖を本能が受け付けなかったようだ。


 ――いつの間にか思考がクリアに……。なるほど、夢幻か……死の恐怖ってどれくらい怖いのか分かんないけど、きっと月子ちゃんにタコタコにされる方が怖かったんだね。ありがとう月子ちゃん。


「“死”って、そんなに安っぽくない筈なんだけれど……はぁ、まあいいわ。時の流れは概念の定義さえ変えてしまうみたいね。時代を見誤ったワタシが悪かったって事にしとくわ」


 たぶん違うと思うけど……。相手の出鼻はくじけたみたいかな。


「ユーさーん!」

「オッケイ、ですわ! 《火よ、饒舌に(ハイ・アドラーン)》!」


 ユーの一節と共にミアンの足元の地面が爆散し、真っ赤な業火が噴き上がる。察知していたらしきミアンは事もなげにヒラリと避け、行き場を無くしてしまった炎が天井の見事な絵を焦がした。


「わー、こわいこわい。……あらアナタ、ワタシと同じ魔法使いね? ステキ! 少し前に誘い上げた地龍のガルデラージを消し飛ばしたのはアナタだったのね!」

「ええそうですわ! 《多弁に視野を舞い躍れ(ハイケルダ・アドレア)》!」


 なぜか腕を挙げてバレエのように踊り始めたユーが続けて綴ると、連続して真っ赤な柱がミアンを追い立てる。立ち並ぶ炎がたちまち玉座の間を朱色に染め上げ天井を塗り潰す。

 しかしミアンは余裕綽々と言った様子でフワフワと浮遊したまま緩慢な動作で避け続け、全く当たる気配がない。あれだけ強い火が間近に迫っているのに全く熱を感じた様子もない事から、そもそも魔法が通じるのかも定かでは無い。


「素晴らしい魔法ね! しかもこれでまだ全然本気じゃない!? 欲しい! アナタも欲しいわ! シオリ・アルハイドと一緒に殺した後で死ぬまで扱き使ってあげる! 此処から世界を睨む砲台になってもらおうかしら!!」

「情熱的なお誘いは嬉しいのですが、ワタクシ……誰かに支配されるのも、お籠の鳥になるのも懲り懲りなんですのッ!」

「あら、ざぁんねーん。じゃあ殺した後で契約を結んで絶対に逆らえないようにしてあげる……。

 でも先ずは、そこでコソコソと回り込もうとしてるアナタからよ」


 ……あ……やば……バレてた。


 少々スケールが大きい戦闘の横で、火の粉に気を付けながら瓦礫や石柱を伝い少しずつ接近していたシオリだが、いとも簡単に看破されてしまっていた。


「かなりバレバレだったのに気付かなかったのかしら……? しかしおかしいわぁ、今は半眷属である筈のアナタの考えが読めないのだけれど、何をやったの?」

「アルハイド! 援護しますからそのままブッ込めですわ!」


 バレてしまっては仕方がない。半ば放置されていただけのようではあるが、かなり近いとこまで接近することができた。あとはこのまま一気に近付いて斬るだけだ。

 有影シオリが誇る天地無空流の、絶刀――、


「――無尽剣、だったかしら?」

「っ!?」


 知られてる……!? なんで!?

 いや、そうだ、記憶を覗かれたんだ。色んなこと知られててもおかしくはないんだ。

 だけど、相手に知られてたら警戒されて近付けっこないよ……!


「何でも斬る剣……だったかしら。面白いわねぇ。それでワタシを斬り殺すつもり?」

「……っ、そう……だけど、そうじゃないと言うか」

「――いいわよ」

「えっ!?」


 今なんと言ったのか。斬っていいって言ったのだろうか。

 誘うように腕を広げてミアンが薄気味悪く笑い言い放つ。


「ワタシは“実体の無い悪魔”。例え何でも……それこそ鉄さえ斬れる剣であろうと、()()()()()()()()()。試してみていいわよ?」


 ゴクリと生唾を飲む。


「……い、いいの……?」

「ええ、それでアナタ達が抗うのを辞めてくれるのなら、それに越したことは無いもの。ウフ、キ、キヒヒヒ」



 ――か、勝ったーーーーー!!!!


 なんかよく分からないけど、あっちから勝手に斬られに来てくれるなんてラッキー過ぎるよ!

 このメチャクチャなご都合展開にはビックリしたけど、これでこの悪夢ともおさらばだね! うん、終了! 第二章、完!!


「ホラ、早くしてよぉ。時間が勿体無いわ」


 こちらの思惑も知らずにミアンの方から歩み寄ってくる。余程の自信があるようだが、シオリの“斬りたい物を斬る”無尽剣には関係無い。


 正直、人と悪魔の魂を切り分けるなどと言う試みは初めてだ。その上ミスの許されない一発勝負。巫御仙を握る手に多量の汗が滲む。


 ――夢幻(むげん)


 だが、シオリには失敗の恐れを打ち消す(すべ)がある。迷いを消し、雑念ばかりの思考をクリアにし、必殺の一撃を可能にする術がある。

 ここ一番の集中力を発揮したシオリは、五体そのものが一本の刀身となるイメージで、気……否、魔力を練り上げ、巫御仙の刀身に伝えた。


「――無尽剣」


 ミンタラとミアンの魂を斬り離したい。


 そこに一つの願いを込め、今ここに天地無空流の絶刀(おうぎ)――無尽剣(むじんけん)が完成した。


 ――やった、成功だ!


 思わずニヤリとしてしまう。

 刀身から立ち昇る黒い気がシオリに勝利を確信させた。いつだって、この夜空のように鮮やかな剣が自分に勝利をもたらせてくれた。

 今まで相対し、この剣を見た者は侮り、嘲り、手痛い目を喰った。

 弓神月子、ゾルアジス、えーと……あとリーロイゼ。

 何はともあれ、今回もきっとそうなるのだと。シオリは信じてならなかった。



 だが、死堕の悪魔ミアンの反応はどれとも違った。


「――ヴィレアーラ・グエラ……ッ!!」


 大陸語である筈だが自分の知らない言葉を放ったミアンに、シオリは訝しんで注視する。そして、信じられないものを目撃した。


 恐れている。


 あの、死と堕落を司るとされ、国教の教えに最も忌避されし悪魔、死堕の数字(ウ・エダ・ミアン)が、恐怖に歪んだ表情で視線がシオリの刀身に釘付けになっていた。


「ヴィレ……なに? ユーさーん! 知ってる!?」


 ユーの方を見ると、同じようにシオリの握る剣をおっかない物を見る目で見ている。


「おったまげましたわ……アルハイド、貴方は何なのですの……?」

「えっえっ、ちょっと待って、今そういう展開要らないから、知りたい事を教えてよ!」

「……いいえ、アルハイド! 今すぐそいつを斬るのですわ!」

「えっ、え!?」

「早くですの!!」


 なんだかユーの様子がおかしい。ラノベで良く見る、秘められた力を発揮して周りに驚かれる展開が来たのは嬉しいが、今は彼女の言う通りにした方が良さそうである。


「ご、ごめんね!」


 謝りながら駆け出し、最短距離で未だ微動だにしないミアンに詰め寄り、間合いに入ったところで黒刃を振り上げる。

 星空の如き軌跡を描く刀身は、今勝負を決める一太刀として振り下ろされる――。


「誰の差し金だッ、調停者風情がアアァ〜!!」


 だが、その一撃が届くことはなかった。

 恐怖に固まったままだったミアンの様子が一転、怒りに狂ったように叫んだ。すると、ミアンの周囲の足場が突如として爆散したのだ。

 シオリの視界がグルグルと暴れ回り、耐え切れずに瞼を閉じる。


 吹き飛ば――あ、これ死ん――。


「うげへ!!」

「あっぶなッ! 大丈夫ですのー!?」


 ――死んではいなかった。目を開けるとユーのパニクった顔が映り込む。どうやら、吹き飛んだところを魔法で出した炎の腕で受け止めてくれたようだ。熱くはないかと思ったが、不思議と暖かいだけだ。

 シャンデリアの向こう側まで吹っ飛んだらしく、ユーが受け止めてくれなければ今ので死んでいたかも知れない。

 炎の腕から降ろしてもらったが、さっきの拍子で三半規管が悲鳴を上げているらしく、まだ頭がぐわんぐわんと木霊して鳴り止まない。吐きそうなのを我慢するので精一杯だ。


「何が起こったの……?」

「えーと、貴方の剣を見た悪魔が……その……でっかいお肉の手足……? を呼び出して、その拍子で吹き飛んだのですわ」

「お肉?」


 見ると、ミアンの周囲にある地面や壁から、何本も巨大な手や足が突き出ている。タコ足のようにグニャグニャと動き姿が気色悪い。赤黒く変色した手足は人一人を叩き潰すに難くなさそうだ。

 その中でミアンは顔に手を当てブツブツと呪詛のような言葉を呟いている。


「……危険だ、危険危険危険危険危険危険。ワタシの存在を脅かす生死の境を越えられる危険だ危険オマエは危険だやっぱり殺す殺して滅ぼす滅ぼしてもう二度とワタシのワタシのワタシのワタシィーーー!!」


「ヤバイ」

「ですわね」


 しかし、そうか。あれが謎の攻撃の正体だったのね。あれで本気でぶっ叩かれたら死んでしまうなぁ……。


「ワタシが丸ごと焼き払いますわ。もう一度、やりますわよ」

「う、うん……!」

「しっかりおし! 本当は今ので決めたかったんですのよ!」

「はぁいっ!」


 ユーに叱咤されてシオリも気を引き締める。漸く体調も戻ってきた。

 そうだ、どうにかされる前にどうにかしてしまえばいい。


 しかし、もう相手はそんなに都合よく物事を運ばせてくれなかった。


「《星に生い茂る神崇(イサクァンヒ・カル)めんと、魅惑の枝(エギ・カンタ・エル)》!!」


 ミアンの叫びと共に、巨大な触手の手がシャンデリアの残骸を破壊しながら突っ込んでくる。


「やぁっばい!」

「お回避!」


 強い身の危険を感じて勢いで大昔に流行った狩猟ゲームのように跳んで回避するも、勢い余って頭から岩に突っ込んでまた頭が悲鳴を上げる。


「〜〜! いだぁい……!」


 痛みを我慢しながら横を見るとユーの姿が無い。

 あれ、ユーさんはどこに……?


「こっちですわ〜!」


 触手腕の向こう側からユーの声が響いてくる。どうやら別れるように避けてしまったらしい。玉座を破壊した巨大な腕は玉座の間を二つに隔てる形に置かれて動こうとしない。

 ユーの方に行きたいが、腕が分厚い壁となって渡る事が出来ず、分断される形になってしまったようだ。何とか合流しなくてはいけない。


「ユーさぁーん! そこからまほ――」

「そうはさせねェんだよなァ〜」

「うっ!?」


 いつの間にかミアンが間近まで迫ってきていた。死が直ぐ傍まで迫っている実感に身震いがした。ミンタラの表情をこれ以上なく歪ませて憎々しげに睨んできている。


「テメーはァ……産まれてきた事を後悔させてから殺してやる」


 やばい、殺されちゃう。

 ……いや、今がチャンスだ。今一度無尽剣で斬りかかれば勝機はあるかもしれない。よし――、


「しかァし、あの魔法使いは邪魔だ。先に死なす。それまで今はコイツと遊んでなァ〜」


 踏み込もうとする寸前、煌々と照らされるミアンの足元に伸びる影から、音も無く一人の男が現れたのを見て、シオリは足を止めてしまう。男物の民族衣装、目は虚ろで生気が感じられない。この男には見覚えがある。何度か部落ですれ違っていたはずだ。


「コイツの名はジール。ミンタラの許婚だった男だよォ」

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[一言] シオリ意外と余裕そうだな…
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