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絶刀のヴァレリーア  作者: ラーメン上のマチク
2章《原初の魔女、深淵の悪魔》
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44話 都合の良い話

 死堕の峡谷(ウ・エダ・イリス)の地の果て、途方も無く巨大な穴蔵の中に、その()の残骸があった。

 失われた文明と、国の威厳の象徴たる城の成れの果て、それを讃えていたであろう街並みが景色に溶け込むその場所で、三人の生きせし人が居た。


 爽やかな雰囲気と風を纏うタレ族の狩人、ニーサン。その部族の族長である翁、ニゾウ。

 そして、真っ赤な太陽の如き魔女、ユー。


 ユー達二人が丁度街のある空間に出て来たところ、三人はたった今出会してしまった。


「参ったなぁ……! よりによって族長かい」

「あらら! わたくし覚えてるのですわ、ご機嫌あそばせ!」


 最も会いたくなかった人物に運悪く遭遇した事に溜息を吐くニーサンと、それが意味を何も理解してないのか生来の物なのか不明だが朗らかに挨拶するユー。


「ああ、全快したのだな。美しき髪色の魔女フリージアよ」

「あら? わたくし誰かに名を名乗った覚えは……」

「自分から言っていたぞ」

「んまっ、ガチですの!?」


 こうなるから対価を払うのは嫌なのですわと、呟くユーにニーサンが近寄らずに耳打ちで話す。音を風に乗せて対象者のみに声を届ける魔術だ。


「シオリ君の居場所が分かった。ずっと向こうの城、一番右の塔から――」

「ふむ、ふむふむ! オッケーですわ!」

「……ああ、そうだね。ボクが馬鹿だったよ」


 せっかくバレないようにしていたのが無駄になってニーサンは再び溜息を吐く。自分では彼女の舵を取り切れないと諦めた。ニゾウも呆れた顔で見ている。


「でも、一人でヘーキですの?」

「心配要らない。さ、早く行きなよ」

「分かりましたわ! 《一振りで飾り立て(オレ・アエクバ・ラ)――》」


 もう取り繕う必要も無いと普通に会話を終わらせて、ユーが魔法を唱え始める。


「……小僧を(たす)けに行くか」

「ああ、そうさ。……分かっていますよね?」

「無論だ」


 緊迫した空気が二人の間に流れる傍らでユーは悠々と詠唱を歌う。

 唱える魔法は、かつて彼女がシオリに話した「吹っ飛ぶ(鳥になれる)魔法」の超省略版。完全詠唱によりたった一度の跳躍で大陸の反対同士にあるホールワーズからシュレイド領土まで文字通り飛び抜けたそれは、ごく短い(うた)となろうとあらゆる障害物をカットして彼方に在る城への高速直線移動を可能とする。


 唱え終わる前にニーサンは前もって受けていた忠告通りに全速力で離れ物陰に隠れる。

 その内容は「粗方ブッ飛ぶから気を付けてくださいまし」と言うもの。


「《私は狂風成りて三界(ヴィエル・コントリク)の野原を駆け巡る(エル・キンガラ・ユー)》!」


 風と言う現象の極限圧縮からの解放に伴い起きる空気の膨張。本人ごと音速を超えて解き放たれたそれは衝撃波となって周囲の建物を破壊する。

 プラズマさえ発生する破壊の嵐の目となった彼女を誰が止められよう。


 そうして二人の狩人を置き去りにして街中に“雷鳴”を轟かせながら、原初の魔女は飛び去っていった。





 1



「――と言うわけで、風になってブッ飛んで来たわけですわ!」

「な、なるほど」


 相変わらず無茶苦茶なことをする人だ、いや本当に。

 流石に嘘臭い話だが、先程彼女が現れた際に壁にポッカリ空いた穴と、()()()()()()()()()穴を覗くと嘘でないことが分かる。

 そのまま壁を何層もぶち抜き、勢いが止まるまでにシオリの居る部屋を通り過ぎて行ったのだ、何を疑おうものか。

 ユーが火の魔法で灯りを灯してくれたお陰で漸く周囲の景色が視認できた。身体を松明代わりにするのは頂けないが。

 どうやらここは城の中らしい。なんで地下に城なんかがあるのか理解出来ないが、とにかくここは城だ。

 周囲に物は無く、ミアンの攻撃の際に聞こえた不愉快な音の正体は掴めなかった。


 ミアンに記憶を覗かれる際に負傷した左目は取り敢えず包帯を貰って巻いておいた。何もしないよりマシだろうけどジクジクと痛むし違和感が半端では無い、凄く気になる。


「そういえばユーさん元に戻れたんですね、よかった」

「えへん、なんと今日は満月ですのよ! 世界中に魔力が循環する満月の日は回復も早いのでしてー、いつもより頭の回りも速いのですのよ!」

「あー、良くある設定ですよね」

「セッテイ?」

「いや、何でもないです」


 空が見えないのによく周期が分かるものであると感心するシオリ。魔女だからであろうか。

 しかし、ミアンが行動を起こした事と今日が満月である事は果たして偶然では無いように思える。


「……あ、それよりもミアンが戻って来る前に移動しましょう!」

「ミアン? ウエダ何とかの事ですの?」

「そうですそうです! ああっ! しまったぁ……!」


 そこで魔法の契約の束縛がある事について思い出したシオリは彼女に簡単に説明をする。

 それを聞いたユーは、ハッと気付いたような顔をして問う。


「それ、本当に“魔法”ですの?」

「え、はい。そうだと思います……けど……ユーさん?」


 自分も人に言える身分では無いが、彼女は珍しく何かを考えている様子だ。


「……まだ儀式が完了していない契約なら、打ち消す事は可能ですの」

「ほんとですか!?」


 ホッと安心する。ずっと突っ立っている訳にもいかなかった所であった。魔法に詳しい彼女に任せれば安心だ。


「ただ……」

「ただ?」

「その方法は……一つだけ」


 腕を組んで俯く彼女は、やがて何かを決意したような面持ちでシオリに向き直る。


「……オホホホ! 簡単ですわ! その契約を別の契約で塗り替えればいいのですのよっ!」

「ほうほう、なるほど…………えっ?」


 ――あー、なんか嫌な予感がしてきた。


「それで……その、ですわね!」


 言い淀む彼女が懐の収納術式が込められたポーチから取り出したのはクシャクシャになった羊皮紙。


「なんと、実はここに魔法の契約書がありましてー! これにサインをするだけで悪魔との契約を切ることが出来るのですわ!」


 全てを察してシオリはどきりと心臓が跳ね上がった。いやいやまさかそんな。


「そ、それ……! その契約書って――」

「その契約書が……何ですの?」

「いや、いやえっと……その……」


 ユーの首を傾げる姿に動揺を隠し切れずドギマギしてしまう。紙に書かれた字が読めないが分かるのだ。何故なら、契約書の内容について知っているから。

 神話を再現する強大な魔法を得る為、知性を代償にしたユーが取った苦肉の策。理性を制御できない己の代わりに、魔法の契約で誰かに行動権を託すものである。

 しかしその見返りに渡すものは彼女の“全て”であった。他人に命そのものを預ける事がどれ程の覚悟なのか想像に難くない。

 今、彼女は「仲間を助ける」と言う口実でシオリに全てを託そうとしているのだ。


「な、なんか悪いなぁーって! ユーさんにそこまでさせるのは申し訳が立たないと言うか責任が取り切れないと言いますかー!」

「まあまあまあまあ、お悪いようにはしませんわ! 迷惑を掛けるでしょうけど、きっと楽しい事もあるでしょうし!」

「いやいやいやいや、僕なんかじゃユーさんの人生に関わる事に対して責任取れませんし!」 

「あらららら、おかしな事を言いますわね! 責任を取るのはワタクシの方ですのに!」


「え?」

「あら?」


 何故だか発言が噛み合っていないような。きっとお互い気が動転しておかしな事を言い合っているのだろう。


「ほ、本当に他に方法無いんですか!?」

「無いですわよ! もしかして……ワタクシと契約するのが嫌なのでして……?」


 とうとう涙目で良心に訴えかける作戦に出てきた。彼女の何がそこまでさせるのか。


「いやっ、えー! 嫌って訳じゃないと言いますか、全然そんな事なくて、むしろ役得と言いますか! でも都合が良すぎるせいで逆にアレって言うか……! ああ! 何が言いたいんだ僕は!」


「ワタクシを信じていないんですの!?」

「信じる信じないの話じゃないでしょーが!」

「貴方さっきから何を言っているんですの!? ワタクシを信じるのか信じないのか、話はそれだけですわ!」

「ちょ、熱っ! 燃えてる腕を振り回さないで!」

「あ、ごめんですわ」


 とうとう口論に発展して痺れを切らしたユーが契約書とペンを突きつける。シオリの方も熱くなって勢いに乗ってしまう。

 今はこんな口論をしている場合ではない。しかし助かるには背に腹はかえられない。そんな状態の板挟みになって苛立ちが募るばかり。


 もう! そんなに言うなら乗ってやる! 責任は持たないからね!


「あー分かりましたよ! 後悔しても知りませんからね! これに! 名前を! 書けばいいんですよね!」


 契約書に名前を書き殴る。やってしまったと思ったが、どうせ一時的なものだと割り切った。この契約を切る方法もあとで考えればいい。


「最初からそうすれば良いのです! ……フフッ」

「……ん?」


 怒っていたように思えたユーが笑みをこぼした理由を聞こうとしたが、契約書が淡い光を発し始めた事に気を取られる。


「うわ、光ったっ」

「これで貴方の()()()はワタクシと悪魔で半々になり、命令が相殺されて一応は動けるはずですわ。どうですの?」


 言われてみると、確かに脚に感じていた縛りが解けた感じがする。試しに足を前に出すよう脳で命じると一歩前進できた。


「おおっ、動ける!」

「やったのですわー!」

「はい……でも、その……本当に良かったんですか? 僕なんかと契約しちゃって」


 つい勢いで書いてしまったが、シオリは彼女の真意を知りたかった。自分の為に実は無理をしているのではないか、と。


「……? どうしてですの?」

「いやだって、僕に命を預けるようなものじゃないですか」

「……??」


 意味がわかってない様子のユーは口に手を当てて少し考え、納得した様子で声を上げた。


「……ああっ! アルハイド、あの手紙を読んでたのですわね」

「えっと……はい」

「あの手紙に書いてる事ですけど、アレ、殆ど嘘ですわ」

「え」


 嘘? どういうこと?


「ワタクシ、代償のせいで日常生活が困り物ですから国外での便利な召使が欲しかったのですの……。その手紙は中身を読んで勘違いした殿方を騙して契約させて従僕にする為のダミーですわ。世の中、そんなに旨い話はありませんのよ」

「じゃあ、この契約って……」

「つまりワタクシが上!アルハイドが下ですわ!」


 どうやらユーと言う人間は、自分が思っていたよりずっと強かな女性だったようだ。きっと正常であった時、既にここまで考えていたのだろう。

 納得できたシオリは長く溜息を吐きながら座り込んだ。


「その、期待させてしまったのは申し訳ないのですわっ、けど必ず悪いようには――」


「ああ、いや違うんですよ。なんか逆に安心しちゃって……」


 慌てて励まそうとするユーを制止してシオリは、ニッコリと微笑み返す。


「僕はそんなに都合の良い話なんてお伽話の中にしか存在しないんだって、ずっと思ってました。その認識が間違った物ではないと分かったのが嬉しくて……ああ何言ってるんだろ僕」


 いつだったか夢見ていたファンタジーな展開など今は欠片も信じていなかった。しかし異世界に来てしまった事で、それが現実に起きると錯覚してしまいそうになっていた。

 ただ、それが間違っていて欲しいと願っていただけなのだ。何故なら、それは「自分の身の丈に合っていないから」。


「……言いたいことは分かりますのですわ」

「ははっ……僕が悪いだけなんでユーさんは気にしないで――」


 だからと言うわけではないが自分が全面的に悪いのだと、シオリは自嘲げに笑う。


 その時、ユーが真剣な表情で、


「けれど、自分を卑下するのはもうお止めなさい」


 そう諭すように言った。


「別にそんなつもりは……」

「いいえ、ずっと見ていて思っていましたわ。貴方は自分を信じられていない、だから自分の事を悪く言えるのですわ。恥じてもいい、省みてもいい、けれど自己を貶める考えは捨てるべきですっ。

 だからワタクシは、貴方に最初の命令を下します。《自己を肯定しなさい》、《そして自分を信じなさい》」


 二つもあるんだけど……。


「あと、《ワタクシとはタメ口で話すこと》!」

「ええっ、それはちょっと勘弁してよぉ……!」


 もう効果が現れたせいでユーに対して敬語が使えなくなった。本当に魔法とは厄介なものだ。せめてさん付けはさせてもらえるよう打診したい。拘りを持っているわけでは無いが順序と言うものがあるのだ。

 しかし、これで一応はミアンと戦える筈である。


「はぁ、それで、これからどうするの?」

「決まっているのですわッ! あの悪魔をブッ飛ばすのですのよ!」

「勝算はあるの?」


 そう聞くとユーはポーチから師匠から借り受けていた刀剣、巫御仙(ふごせん)を取り出して渡してきた。そして花が咲くように笑って言う。


「そこはアルハイドの出番ですわね」

「えっ」


 なんだろう、このパターン前にも見た気がする。

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