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絶刀のヴァレリーア  作者: ラーメン上のマチク
序章《未来からの転生者》
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4話 意思を疎通しよう

 昔、女の子との勝負で負けたことがあった。勝負を挑まれた側の僕は、可憐な女の子と仲良くなる切っ掛けになると思って快く受けたが、結果は僕が完膚なきまでに叩きのめされる形で終わった。


 単純に腕力でねじ伏せられたのだ。


 自分の肉付きの乏しく弱々しい身体では仕方のないことだったかも知れない。だがそれでも、女の子に力で負けることが非常に情けなく思った。


 師匠にきつい修行で扱かれて、そろそろ少しは技が身に付いたはずだと自信を持ち始めていたのに。その矢先にこれだ。


 嗚咽を漏らしながら許しを乞う僕を、見下ろす女の子の表情が未だに忘れられない。忘れないよう心に刻み込んだ。


 女の子は、何も言わず、興味を失ったかのように去った。

 生まれて初めての敗北が最悪の形だったのが悔しくて、悔しくて堪らず、逃げるように家に飛び込み師匠に泣き付いた。



 師匠はいつものように不敵な笑みを浮かべて僕に聞いた。

 悔しいか。

 悔しいです。

 どれくらいだ。

 メチャクチャにです。

 曖昧だな。すぐに忘れるんじゃないか?。

 今日のことは一生忘れません。

 そうか。そうか。


 師匠が、待っていたとばかりにとても嬉しそうに笑う。


 実はな、シオリの為に特別に、私が作った(すべ)があってな。お前にとって役立つはずだ。いつもの()()は一旦置いといて、こっちの方をやろう。


 はっは、まあそう急くな。忘れてるだろうが、今のお前、かなり酷い顔だぞ。


 とりあえず傷の手当てをしよう。それから教えてやる。


 なに。丁度、明日は週末だ。こういうのは鮮度が大事だからな、今日は徹夜でやるぞ。


 だから、今日あったことを、お前は本当に文字通り一生忘れないようにするんだぞ。


 と言うか、私がそうさせる。大事なことだからな。

 その術の名はーー。



 1



 ――夢幻(むげん)


 脳が刹那の長さで記憶の再生を開始する。鼻先で舞う花弁の刃の洪水、力で鎬を押し込んでくる少女、僕を見下ろして侮蔑の表情を浮かべるーー。


 そこでシオリの意識が一気に復活する。


 ――なるほど、気付けにも使えるのか……。


「……ここ、は……?」


 シオリは御座のような敷物の上で寝かされていた。

 上半身を起こしてみると、誰もが美術の授業で見たことのあるような、どこまでも続いてるように思える丘が広がっているのが見えた。

 シオリは目を丸くして周囲をゆっくりと見渡すと、少し遠くの丘のずっと向こう側の巨大な山々が視界に飛び込む。


 シオリは更に目を丸くさせて身体を捻りグルリと見渡し続ける。近いとこの山まで視線を巡らせると、途中で山が途切れて巨大な山谷が開かれているのが見えた。

 その間に広大な森が広がっているのを見て、シオリはようやく自分があの恐怖の森から脱せたことを実感した。


 ――そうか、やっとわかったぞ。僕はまだ何か壮大なゲームの、バーチャルの世界で仮想体験しているか、はたまた、実は僕はいつの間にか死んでいて、太古の神々が在わす神聖な世界へと迷い込んでいたんだ。


「まあ、きっとVRゲームの方だと思うけど……。きっと、恐らく、多分、メイビー、そうあれかし」


 言いながらシオリは、自分の身体にまだ残る疲労感を覚えながら自分の右手にベッタリと残っている血糊を眺める。少しため息を吐きつつ、背中に手をやる。


 背中には右から斜めに服の繊維を思い切り引き破られたような跡と一線の傷が走っており、傷からはまだジワリと痛みを放っている。触れてみるとトカゲの化け物に傷を受けた時の激痛が復活して顔をしかめてしまう。


「あいちち……! 触るのやめとこ……。しかし、昨日のあれは――」


 そう呟いて昨日の出来事を思い返して、遅れて身体の震えがぶり返してくる。

 化け物に追われるという非現実的な目に逢う前の、過去の記憶。

 夢幻と、そう呟いたこと。

 次の瞬間に自分の細っこい腕でトカゲの化け物を殺害したこと。


 鮮明に思い出した。

 しかし、女の子と喧嘩した経緯。師匠との修行の内容。それを呟いて起きた事象と結び付けられる理由付けが思い出せない。


 頭に靄が掛かったかのような違和感を不快に感じて頭を振る。

 そして、大自然に似つかわしくない異物が視界の端にチラリと見えた。

 その異物に焦点を合わせると。簡易な屋根が付いた荷車と、荷車の前で繋がれている大きな恐竜のような化け物が目に映る。


 こちらの様子に気付いて近付いてくる、二人の人間の姿も。



 2



「っ……。あっ……あのォ!! す、すみませーーーん!!」


 二日ほど振りの人間との邂逅が嬉しくて、浮き足立って叫ぶ。

 相手の片方がシオリの声に大声で返す。


「オーーイ!! ダーヤ・ウイ・センムーー!!」

「は!?」


 ――えっ、ちょっと、今なんて言ったの? そうか、バーチャルゲーム内の世界の言語で喋ってるのかな。そうに違いないよね。メニューはどうやって開くのかな?


 シオリはいつもの癖で指先を何もない空間でスライドさせるが、特に何も出てくる様子はない。


「あ、あれ? おかしいな……! ゲームマスターさーーーん! すみませーーん! ゲームのメニューが開かれないんですけどーー!!」

「デア? トォレン・ムンド・フガロ? エスノローグ・トォリ・ダーヤ?」

「うわっ!!」


 いつの間にか片方の人がすぐ近くまで近付いて来て敷物に座り込む自分を見下ろしていた。野太い声で喋る目の前の人物が何を言っているのか全く理解できない。

 シオリの目には、この兜で顔が隠れて表情のわからない全身鎧姿の人間が急に別世界の怪物のように映り初めてきた。


「あ、あの、あの……日本語はわかりますか? キャン・ユー・スピーク・ジャパニーズ?」


 全身鎧の人物が頭に手を当てる。


「……コナク」

「……あの……」

「エルフォーーーーード!!」

「うわっ!!」


 鎧姿の人物がもう一人に向かって叫ぶ。今のは名前を呼んだのだろうか?

 荷車の方からもう一人の人間が走り寄ってくる。こちらは帽子で顔までは隠していなかったので、すぐに女性だとわかった。

 腰まで伸びる艶やかな黒髪が印象的な、アジア系の顔立ちの美女だった。


 美女と鎧姿の怪物が少し離れた所で話し込んでいる。シオリは体育座りしながらその様子を眺めている。


 鎧姿の男性は、全身鎧の各部の至る所に、更に小さな盾のような金属部品を付けていて、戦さ場の鎧武者のような雰囲気を出している。対して女性の方は全体的に革のような材質の鎧で、金属部分は左胸の胸当てくらいのもので身軽そうだ。物語でよく見る狩人のような帽子を被っている。


 二人がこちらに背を向けて話し込む姿が、シオリにとっては、非常に完成度の高いコスプレか、古いシネマ映像のリアリティの無いフィクションの光景のように思えた。

 風でヒラヒラと揺れる美女の黒髪を見て、自分の帰りを家で待ち続けているはずの師匠が目に浮かぶ。


 ――あの人、物凄い機械音痴だから、僕が居ない間もユーディーン社製のレンジをちゃんと使いこなせるか心配だなぁ……。早く帰りたいなぁ……。


 などと考えていると、女性が僕の方へ近付いてくる。男性の方は僕の対応を彼女に任せて荷車の方に向かって行っているようだ。


「……ダイジョウブ? ケガ、痛い、カ?」

「……!?」


 突然母国の言葉で語りかけられたシオリは驚きと嬉しさで硬直する。


 日本語! ああ! 日本語だ!


「……アー、コレ、ちがた、かな……」

「ああっ、大丈夫です! すみません、それで合ってます!」

「オオゥ!よかった、話し、ツージタ」


 女性が右手を左胸に当てて会釈する。


「ディー……、ワタシ、セリエ・エルフォード。そっち、デカいの、ドルタス。キサマは?」

「……有影シオリ……です」

「あい……ありかぇ……あいかげシオイ!」


 セリエがうまく発音できず顔を赤らめている。別にふざけているわけではないようだ。どうも、あちらの言語では日本語の発音が慣れないみたいである。


「ア・リ・カ・ゲ・シ・オ・リ……」


 彼女は一つずつゆっくり確認するように発音の練習を始めた。

 シオリは、少し悩んでから、昔に師匠がふざけて作ったあだ名で名乗ることにした。


「……アルハイド、でいいですよ」

「アルハイド、ヴェーネ。よい、名前」

「ありがとうございます……」


 シオリは心の中でため息を吐く。まさか、師匠の悪ふざけが役に立つとは思わなかった。

 ともかく、これで意思の疎通は一応成功したように思えた。だが、片言とは言え、何故この女性だけが日本語で話せるのだろうか。


「マチ、まで行く。クルか?」

「あっ、は、はい! よろしくお願いします」


 とは言え、命が助かっても依然として頼る当てもないシオリは藁をも掴みたい気持ちだったのでセリエの言葉に一も二もなく乗った。



 3



 世界の端まで続いているような丘を恐竜のような化け物が荷車を引いてのんびり歩いている。

 この恐竜のような大きな生き物はアポロノス、という草食の生き物らしい。馬や牛のような役割の労働力としてよく飼い慣らされているようで、野生のものでも危害を加えなければ基本的に無害なようだ。


 シオリはトカゲの化け物についても聞いてみた。トカゲの化け物はガーラス、と言う肉食の生き物で、常に群れで行動するらしい。ガーラスはこの世界で二番目に有名な化け物(モンストラ)で、奴らは一匹見かけたら(サン・ガーラット・)十匹は居ると思えトーン・ドルテ・デカットと言う諺まで存在するという。


 今、ドルタスは前席でアポロノスの手綱を取っており、シオリとセリエが荷車の後部席で話している。ドルタスは僕と会話ができないのでたまにしか参加しない。


 案の定、シオリの命を助けてくれたのはセリエとドルタスだった。その節については二人に深く頭を下げて礼を言った。


「たまたまガーラスの生息地の森の近くを通り掛かって、ガーラスとは違う獣の吠え声が聞こえたので念の為に見に来たついでだ」と笑い、むしろ二人は僕がガーラス達に襲われていたことよりも謎の獣の正体が掴めなかったことで不審がっていたようだ。


 そのことについては黙っていた。

 シオリがこの世界に来たばかりで何も知らないと言うことで、セリエはこの世界について色々なことを教えてくれた。日本語で会話するのが面白いのか、聞いてないことまで拙いながらも頑張って喋ってくれる。


 セリエとドルタスの二人は、今この竜車で向かっているヒュルックと言う街の警備隊のような組織に所属しているらしい。今は別の街での派遣任務からの帰りだと言う。セリエが帽子に付けている証明書代わりの、鷲のような鳥のエンブレムが入っているバッジも見せてくれた。


 セリエの身に付けている革鎧は自らの手で倒したゾルアジスと言う化け物の素材で作ったのだと自慢話までしてくれた。

 セリエの言葉遣いがおかしい箇所を少しずつ矯正しながら会話を続ける。


「つまり、セリエさんは僕と同じような人から、日本語を習ったんですね」

「イェー。キサマの、よーなヤツ、ちょくちょくい、る」

「なるほど……。あと貴様、じゃなくて貴方って言うと女の人らしくなりますよ。」

「アナタ」

「はい。気に入らない相手とで使い分けるともっと良いです」

「奥が……フカい、な」


 ――そうか。やはり、そうだったのか。やはりここは、バーチャルリアリティの世界なんだ!


 シオリはそう確信する。

 きっと、このゲームは今まさに何か重大な不具合を起こしていて、システム操作が行えなくなりプレイヤー達が閉じ込められているだけなんだ。


 大昔のオタク作品でそんな感じの話があったのを思い出して、あの時ガーラスに殺されていたらどうなったのかと考えた。しかし、あのフィクションの時代よりずっと技術が進歩している現代で、似たことが現実に起こってもそれ程危機的状況にもならないだろうと無理やり結論付けた。


 シオリがそう考えていると、セリエが妙なことを言い出す。


「でも、フシギ、アナタと、同じヤツら、アナタのように、コトバ交わせないこと、ないのに」

「え? 僕以外の人は、ちゃんとセリエさん達の言語で話せるんですか?」

そうだ(イェー)。話したコトはそんなに、無い。でも、大陸語(エスノローグ)使えないの、アルハイドだけ」


 はて、それは一体どういうことだろう。

 何故か僕にだけ日本語化パッチが当てられてない……とかだろうか?いや、いーやいやいや……。そんな間抜けな話があるだろうか。


 何か妙に引っかかるが、未だに運営やゲームマスターから何の通知もない状況なので深く考えるのはやめた。

 今は、この素晴らしい景色と風の感触を堪能しながら二人との会話に花を咲かせよう。


 そう考えて不穏な思考を打ち切ったシオリを乗せる竜車は、こうして順調になだらかな山の平原の中をゆっくりと進んでいった。

 背後のずっと遠く、地平線の向こうからこちらをジッと観察し続けている存在に気付かずに。

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