37話 少しだけ語ろう
狩りを終えて部落まで帰ってきた頃、ニーサンが唐突に思い出したように声を上げた。
「そういえばシオリ君、族長が今日も話があるみたいだからこのまま行ってきなよ」
「あ……はい」
ダンジョン内でモンスターの肉を適切に処理するのは危険なので適当に切り分け持ち帰り、いつもならこのまま川に向かって仕上げに掛かるのだが、その作業で自分に特に出来ることも無いのでニーサンの言葉に従いニゾウの住居に行くことにした。
呼ばれたから行くしかないけど、あの人怖いから苦手なんだよね……。
などと思いながら、シオリは一際大きな住居へ向かった。
「こんにちはー……」
殆ど戸の体を成していない幕の前で声を掛けると、中から威厳の込められた言葉が一つだけ返ってきた。
「入れ」
「お、お邪魔します」
「ああ、まあ座れ」
「は、はい」
大きな革のテントの中に入り胡座をかいている男と、篝火を挟み向かい合って座る。
シオリの日課となっているニゾウとの対談でする事は大して無い。最低限の報告と外界の世間話、それと死堕の峡谷についての話題が少しだ。
「魔女の様子はどうだ」
「はい、昨日より良くなっていると思います。それとまた言葉遣いが変わりました」
「そうか。良いことだ」
これで最低限の報告が終わった。
「ここの暮らしには慣れたか?」
「ああ、あはは……ええ、はい。なんとか……」
「すまんな。外と比べるとここは何かと不便だろう」
この部落に来てようやく気付いたが、シオリの居たヒュルックの街では割とインフラが整っていたのだ。一つ例を挙げると上下水道。トイレや風呂なんかがそうだ。
過去に転生者が多くの現代技術を伝えていたお陰で、本来なら生活状態が中世ほどの筈の異世界でもほぼ現代に近い生活が可能となっている。幸い現代の暮らしぶりは未来と大した違いも無く、未来人のシオリにも違和感なく暮らす事が出来ていた。
だが未開のダンジョン上部で穴蔵暮らしのタレ族の部落にはそんな物は無く、慣れるのに大層苦労したものだ。唐突に原始時代にタイムスリップしたと錯覚する程なのだから。
「今日はニーサンと狩りに出ていただろう。どうだった?」
「あっ、はい。ニーサン……さんって若いのに凄い腕前ですよね! タレ族の戦士さんは皆あんな感じなんですか?」
「いや、あいつは特別だ。儂がシゴいてやったのもあるが、何より要領が良い。それに才もある」
仕方ないのだがいつもニーサンの名を呼ぶ度に言い淀んでしまう。シオリは初対面の人間と年上にはいつもさん付けで呼ぶが、大陸語のポピュラーな敬称の発音が日本語と同じ「サン」なのでニーサンの名が非常に呼びづらい。女神の恩恵で自動で言語が変換される転生者が彼をさん付けしたらどう聞こえるのかが気になるところだ。
話は戻るが、どうやらニゾウは何かとニーサンに目をかけているみたいだ。次の族長として後を継がせるつもりなのだろうか。
「遺跡を見ただろう。どう思った」
「どう、ですか……。ええと……その、あんまり見る余裕は無かったんですが、地上と比べてこちらの方がダンジョンっぽかった……です」
「ああ、大方その通りだ。地上の骸の谷は本来のダンジョンではない」
「……あの、ではなぜ?」
「詳しい原因は分からん。死堕の数字の仕業なのは確かだ」
やっぱり関係があるのは例の悪魔のようだ。
「大昔には骸はもっと少なかったそうだ。奴は影で少しずつ骸を積み重ね、虎視眈々と良からぬことを企んでいる。必ずな」
「……失礼な事を聞くんですが、その……例えば、悪魔を、殺したり、なんて事は考えなかったんですか……?」
その悪魔とやらはタレ族の手によって封印され続けていると言う。だが悪魔は裏で何かを目論んでいると族長は言う。ならいっそ殺してしまえば解決するのではないか。
そう思って口にした言葉を聞いて族長は目を閉じて俯き、少し間を置いて返した。
「そう考えるのは何ら不思議な事じゃない。誰でもそう考えるだろう。恐らく昔から試されていた筈であるし、儂の代でも試した。奴を殺せる方法を探す為に一人で旅にまで出た。
そうして思いつく限りの知識と道具を掻き集めた。時には退魔士に教えを請い教会で神の奇跡を学んだ。
だが、駄目だった。あの悪魔だけは殺せなかったのだ」
シオリは何も言葉を返せなかった。悪魔を殺すのに四苦八苦する過程を語るニゾウの表情に、深い哀しみと諦念が垣間見えた気がしたからだ。
自分の息を飲む様子を見てニゾウはフッと鼻を鳴らした。それはまるでシオリを馬鹿にするのではなく己の運命を嘲るかのようだ。
「あのふざけた悪魔を封印し続けるのが我らの役目だ。例え奴を殺せなくとも、生きている限りは儂が阻んでやる」
2
あの後すぐに「儂はやる事があるので貴様は帰って休め」と言われて追い出された。別れてからだいぶ時間も経っているから今更ニーサンの作業の手伝いに戻るのも何なので、そのまま帰ることにした。
「よっ、アルハイド!」
「……よっ」
と、言ったところで道すがらに声を掛けられた。ユーとミンタラだ。道端で児童ほどの少女と大きな児童の女性が花飾りを作っている。
「あ、どうもユ……りー、ちゃん、ミンタラちゃん」
「はいよく言えました! ほい! これ、あげる」
出来たばかりと見える冠の花飾りをユーが差し出してきた。
日光の差さない地下でも強く育つ植物に咲く花はどれも燻んだ色をしており、花飾りには向いてないように思える。
だが、どんな物も誰が作ったかで価値は変わるものだ。ユーが手ずから作った花飾りを受け取り礼を言う。
「どうも、ありがとうございます。りーちゃん」
「いいってことよー!」
今日は何故か男前な言葉遣いになっているユーがえっへんと得意になる。その仕草を見ているだけで幸せな気持ちが込み上げてきそうだ。
「……二人って、恋人同士なの?」
「えっ」
ミンタラの唐突な発言に変な声を上げてしまう。
恋人? 僕とユーさんが?
「い、いやいやいや……え? なんで?」
「わたし知ってる。冒険に男女の冒険者が一組……何も起きないはず無いって」
その冒険者に対しての間違ったような無駄な知識の出所はニゾウだろうか。
「ち、ちーがーいーまーすー! そういうのじゃないから! りーちゃんは、僕にとってそのぉ……!」
「……でもアルハイド、りーちゃんを見る目が……なんか違う」
確かに最近の自分はユーに対して違う目線で見ている気がする。けれどそれは少なくとも異性として見る物では無い筈だ。
そもそも初対面の時から恋愛対象として見た事は無い。
「た、たぶん、妹みたいに思ってるの……かな?」
そもそも五つ程も歳が違うのにそれはおかしな物ではあるものの、彼女に対して抱く感情に最も適切な表現を口にしてみた。これでミンタラは納得してくれるだろうか。
「……そ。合点がいった」
思っていたより素直な子だった。こういう話題はした事がないので全く自信は無かったが、変な誤解が解かれたことに内心ホッとする。
「わ、分かってくれた?」
「……うん。わたしも……妹だから」
どうやら兄妹で通じるものがあるらしく似たような物だと判断してくれたようだ。
「……りーちゃんはどう? アルハイドのこと……」
「えっ」
ミンタラがユーを振り返って訊き出した。
不味い、そっち方面の答えは恥ずかしいので聞きたくないぞ。
「――ん? なんか言った? なんの話?」
「………」
先程から全く話を聞いてなかったらしいユーのあどけない笑顔にミンタラは頭痛を堪える風にこめかみに手を当てた。




