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絶刀のヴァレリーア  作者: ラーメン上のマチク
2章《原初の魔女、深淵の悪魔》
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29話 貴方はどうして

 あれから少し経ち、冒険者ギルドで報告を終えたシオリ達はテーブルを囲んでいた。街に着くまでの和気藹々としていた空気は一変しており、シオリは微妙な表情で居心地が悪そうにそわそわとして、月子とギルバートは腕を組んで釈然としない態度。そしてユーはテーブルに突っ伏して沈黙している。


 シオリとの、圧倒的有利だったはずの勝負を自分からひっくり返して呆気なく破れたユーの処断についての相談をしていた。


「シオリよ、どうしても……難しいのだな?」


 ギルバートは俯くシオリに何度目とも分からない確認をして、月子に目を向ける。向けられた視線に気付いて、しかし月子は首を振る。


「有影が無理だと言うなら私は従おう」

「お、おい。鋼の女よ……」

「短い付き合いのお前でも有影の性格が分からないわけでもないだろう。それが有影の出した結論なら私から言うことは何もない」

「だがなぁ……」


 それから二人は黙ってシオリに目を向ける。どちらも呆れと諦めの表情だ。そもそもこんな雰囲気になってしまった原因はシオリの臆病さが出した結論によるものだ。


「ご、ごめんねぇ……」

「謝るな。自分の判断にケチが付くようなことを言うのなら初めからしなければいいだろう」

「ご、ごめん……」


 言われてまた謝ってしまうシオリ。月子は溜め息を吐いて席から立ち上がる。


「私は帰る。鉄の男、お前もだ。この場に居続けても未練が沸くだけだぞ」

「……そうだな」


 月子に諭されてギルバートも立ち上がる。気の毒に思う目でユーを一瞥してシオリに先に帰ることを伝えて月子と共に去った。


 ――二人に気を遣わせてばっかりだなぁ。情けないなぁ、僕……。


 二人はユーの加入に肯定的であった。彼女の魔法は想像を絶するほど強力であるし、冒険に意欲的で場を和ます活発な性格からパーティに入れない選択肢は無かった。

 だが、成り行きからパーティを纏める立場となったシオリの判断は違った。「彼女の行動と身元の家柄が危険な状況を招く」と。三人に対し、シオリは冒険に意欲的ではなかった。怖がりで臆病なシオリは放っておけば死ぬまで街から出ようとさえしないのではないかと思える程だ。

 場に残された二人の間を沈黙が流れる。


「……ユーさん、少し外を歩きませんか」


 空気に耐えられずシオリは思わずそう提案してしまった。もう関係無いと彼女を放ってこのまま帰ってしまえば良かったのだが、夜風に当たれば少しは考えが纏まり後腐れなく別れられるかもと思ったからだ。


「……」


 シオリの提案を聞いてユーは黙って立ち上がる。ふらふらと覚束なく歩くユーに続いてシオリもギルドを出た。



 2



「ごめんね……」

「……」

「……ごめん」


 夜の街を二人で歩く。夜風に当たり満天の星空を眺めても、自分の前をトボトボと歩く彼女に本当に掛けるべき言葉が特に思い浮かばない。


「………」


 また二人に沈黙が漂う。たまにシオリが消極的な言葉を掛けてユーは沈黙で返事を返すのみである。


 ――このままじゃいけないな。


 とうとう良い言葉が見つけられなかったシオリは言い訳のように懺悔するように自分の心情を零し始める。


「ごめんね。僕は怖がりだから、恩人達とギルバート君と月子ちゃん以外は、その……、ユーさんが良かれと思ってやったことでも危ない目に遭うのは怖くて。その、僕は真の意味での冒険者じゃないから、だから、こんな情けない男の居るパーティに入るのは――」


 外の世界に興味はあっても、外の世界に触れるのが怖い。元居た未来の世界で学校に行く以外は極力家から出ずとも不自由なく過ごせていたシオリには冒険に繰り出すのは難しいものであった。


 それはユーのチャンスをふいにすることだと。そう言おうとしたのをユーが言葉で制して止めた。


「いいのですわ。ワタクシ、分かってましたもの」

「――えっ?」


 ユーが振り返ってシオリをしっかりと見据える。既に先ほどまでの落ち込んでる様子ではない。


「ワタクシに勝っても煮え切らない表情のアナタを見てから分かってましたのですわ。普通、勝負に勝てば少しは誇らしく思う気持ちが出るはずですのよ。それまではただ自分の保身を優先しているだけのカス野郎かと思ってましたが、違いましたのですわ」

「あの、え、えっと……」


「それ以上は仰らないでですの。決心が揺らいでしまいますのですわ。お互い後腐れなくやりますのでしてよ」


 ――なんだ、この子、真面目になれるんじゃないか……。


 口に指を当てて微笑むユーを見ながらシオリの心にそんな後悔の言葉が染み込む。もっと落ち着いて話せていれば……。そんな後悔の念ばかりが浮かぶ。しかし、今更引き止めるのは彼女の決心を無碍にしてしまう行為だ。


「ワタクシはまたカッ飛んで別の拠点を探すことにしますのですわ。またお縁があれば……そのぉ、お友達から始めさせて欲しいのでしてよ……」


 もじもじと人差し指をつつき合わせるユー。


「……そうですか。分かりました。ユーさんもお元気で」


 未練が残らないよう街を去ると告げるユー。別れの言葉を聞いてシオリも頷いて微笑む。

 彼女は一度冒険へ出れば問題ばかり起こすが、シオリはユーのことは嫌いではなかった。むしろ高い好感を持っていた。こんな別れ方で言ってしまうのは悪いと思うのだが、シオリはユーに笑顔を向けて、ギルバートに教わったコミュニケーションスキルを発動する。


「あと、僕たち、もう友達ですよね?」

「ッ……そうですわ!」


 離れても寂しくないようにとシオリが言う言葉を聞いて、ユーは頰をふわりと赤らめて嬉しそうな笑顔を浮かべる。


「ありがとうなのですわ!」


 二人は握手を交わして、いつかまた友達として会えることを願い合ってお嬢様と別れる。




 ところで、


「――だからお前はいつまでも弱いままなのだ。シオリ」


「――えっ?」


 人気のない通りに女の声が響いた。


 シオリはこの声にとても聞き覚えがあった。聞き間違うはずもない。それはこの世界に来るずっと以前から聴いて育った女の声。


「私が再教育してやる」


 建物の上から通りに降り立ち、姿を現した女を目にしてシオリの確信に近い予想は確かなものに変わった。腿まで伸びる黒髪、着物のような赤いコート、そして腰に差した同じ長さの二振りの刀。前とは違う格好だが、シオリは突然現れたこの女が誰であるかを言い当てた。


「輪廻師匠……!?」


「久しぶりだなっ、シオリ」



 3



「相変わらず甘っちょろいなぁ、お前は」

「し、ししょおぉ……!」


 もはや叶わないと思っていた育ての親との再会に、シオリは感涙に咽ぶ。これは幻なのではないかと何度も瞬きするが彼女の姿は変わらない。


「ほ、本物ですよね……?」

「ああ、この通り本物の、お前の師匠だとも。触れて確かめてみるか?」

「どうしてこの世界に? 師匠も……死んだのですか?」


「いいや。私は元々、この世界の住民なんだよ」


 その言葉にシオリは少し驚く。今までずっと師匠のことを間違った時代に生まれただけの可哀想な人なのかと思っていたのだ。いや、もうそんな事はどうだっていい。今はただ、師匠と会えた、そのことが今までこの世界に来てからあった事のどれよりも何倍も嬉しい。


「僕……ずっと、ずっと師匠に、会いたかっ――」


 よろよろと師匠に歩み寄り、いざ再会の抱擁を――。と言うところで、


 突如として音もなくシオリの喉元に刃が突きつけられた。


「えっ……?」

「悪いな、私もお前との再会に喜びたいとこだがな。今回は違うんだ」


 いつの間にか師匠は刀を抜き放ち、シオリに向けていたのだ。師匠は真剣な表情だ。突然真剣を向けられたことにシオリの思考が止まる。静止した脳に続けて師匠の言葉が突き刺さった。


「唐突で悪いが、稽古の時間だ」


 ――稽古ッ!


 その言葉を耳に入れた瞬間、止まっていたシオリの意識が覚醒する。師匠が稽古と口にして酷い目に遭わなかった日など無かったからだ。

 切っ先が喉元から離れ、師匠は刀を振り下ろす。わざと剣速を遅くしているように思える一振り。シオリは刀を腰から鞘ごと抜き、師匠の一撃を鞘で受けようと――。


「それだと死ぬぞー」


 呑気な調子で師匠が言葉を伸ばす。その言葉にハッとしてシオリは腕を引いて全力で回避行動に移り真後ろに全身を投げ出し転がって避ける。

 ただ刀を縦に振られただけで大袈裟かも知れないが、師匠の刀法に関しては、ただ刀に当たらなければいいという物では無い。


 振り下ろされる師匠の刀から、細かい何かがぶわりと舞い出でて地面を粉々に斬り刻んだ。それを目の当たりにしてシオリは冷や汗をかく。


 ――久しぶりに見た……。輪廻師匠の無尽剣……!


 師匠のこの技に対しては、大袈裟なくらいが丁度良い。


「――ッ! 師匠……! どうしてこんなこと!」


 突然現れて稽古を始めた師匠に疑問を投げかける。


「次はしっかり無尽剣で受けろ」


 師匠はその質問には答えずシオリに指示する。今日はもう使用限度に達しているはずだが、しかし、師匠との実力に天地ほどの差がある以上やらねばならない。確か月子との決闘の際は限界を超えて使用できたはずだ。きっと出来ると願って最強の奥義に手を掛ける。


「……ッ、無尽剣!」


 一瞬で肉薄してきた師匠に願望を込めた剣で迎え撃つ。黒い気が溢れて刀身を纏い、真っ黒になる刀。シオリは気を失っていない。互いに星空の軌跡を描いて師匠とシオリの刀が激突し合うが――。


 斬れない。無尽剣同士では相殺してしまう。

 無尽剣に対抗できるのは、無尽剣だけ。


 そんなことを師匠が言っていたことをシオリは思い出した。

 鎬を押し付け合いながらも師匠は余裕綽々と言った表情だったが、突然眉を潜めて語気を強くする。


「――やはりな」


 なんだか怒っている。師匠は、なぜ?わからない。


「シオリ、お前……こっちに来てから一度も自主的に修行してないだろ」

「えっ……えっと、まあ……」


「この……バカモンがッ!!」


 師匠が言い終わる前にシオリの視界がぐるりと反転する。ついで、背中に凄まじい衝撃が襲う。


「がっ……!?」


 気付くとシオリは建物の壁に叩き付けられていた。師匠の刀に押し負けて、刀に乗せる力だけで吹っ飛ばされたのである。遅れてシオリは地面に胴体着陸して全身の痛みに呻く。


 ――クッソ、まるで月子ちゃんと戦ってるみたいだなぁ……っ!


「そんなことでこの世界で生き残れると思っていたのか? バカが。ムンダスはお前が思っているほど生易しい世界などではない。いつまで子供の気分でいるつもりだ?」

「くっう……! そんな、僕は、そんなつもりじゃ……」


「そんなつもり? 何のつもりだ、言ってみろ」


 とうに無尽剣の効果時間は過ぎて手に握る刀は普通の刀身へ戻っているシオリに反して、黒に変質したままの刀から黒いオーラを立ち昇らせながら、師匠はゆったりと歩み寄る。

 次は受けられない。そう予感したシオリは痛む身体に鞭を打って何とか立ち上がる。だが、師匠の問いに答えは出せない。


「身体も強くない、技術も高くない、心さえも弱いお前が、この世界でどうやって生きるつもりだったんだ? どうせ地位も冒険者としての身分だけだろう? お前には天地無空流しかないんだ。それ以外にお前の存在価値を示すものは無い」


「なのになんだ、その体たらくは。今の一合でわかったぞ。お前が技術を磨いていないことを。シオリ、お前はまだ《夢幻》と《無尽剣》を『使える』だけに過ぎない。『使いこなして』はいない」


 正直なところ、図星であった。確かにシオリは今まで一度も自主的に特訓していない。曲がりなりにも剣士にあるまじき体たらくだ。

 今までずっと分かっていながら目を背けていた。それを指摘されてようやく現実を見てしまった。シオリが何も努力していないことを。楽観的に「ただ何となく生きていたい」という気持ちがシオリに楽な道を選ばせ続けていた。今までだってそうだ。ヒュルックに来てから、ただ皿洗いをしていただけではないか。

 その事実を再認識したシオリは、何も言い返せないまま、戦う気力さえ萎えてしまった。今更ながら、以前、弓神月子の言っていた言葉の意味が分かった気がする。「何も無い」という言葉の意味が。


「……漸く理解したか」

「どうして、師匠……。どうしてですか……」


 どうして今、そんなことを言いに来たのか。何とかやれていると思い始めてきた今になって。


「……言うなら、気まぐれであり、親代わりとしてであり、師匠としてであり、試練を与える為。と言うところだな」

「試練……? どういう、ことですか?」


「今、お前が知る必要は無い。だが、これからお前にはこの街から消えてもらう」


 言いながらシオリの元まで歩み寄った師匠は、戦意を喪失したシオリに向かって容赦なく刀を振り上げ――。


「――《火よ、静かな娘の様に(ハイ・ヒスケスハイド)》ッ!」


 斬られる寸前、師匠の頭上の何も無い空中が唐突に発火して炎が降り立ち、逆さまに火柱が立った。


「おっと」

「う、うわっ!」


 反応した師匠が飛び退いて避ける。当然、その場にいるシオリにも炎の熱気が届くはずなのだが、何故か暖かく感じるだけで全く熱くはない。


「ご免遊ばせ!」

「ユーさん……!?」


 シオリを助けたのはユーであった。そういえばその場に居たよね、とシオリは今更ながらに思い出す。シオリを庇って師匠に立ちはだかるユーは両手に火を灯して構える。


「すみませんですわ、何やら込み入った話でしたので離れて見ていましたが、アルハイドがヤバいと思ったので邪魔させて頂ましたのですわ! この展開はワタクシお好きでありませんでしてよ!」

「……まったく、立ち入るつもりは無いと思って放置していたが、良いとこで邪魔してくるとはな」


「いいえ、邪魔したのではありませんのですわ。ワタクシはただ、お友達を助けただけでしてよ!」


 現実に打ちひしがれていたところに友達と言う言葉を使われてシオリは少し涙ぐんでしまう。なんだ、この子本当はいい子なんじゃないか……。しかし、現実問題としてユーがこの状況で割り込むのはとても不味い。


「ちょ、ちょっと待ってユーさん! 君じゃ師匠には――」

「勝てない。そう言いたい事くらい分かるのですわ」

「じゃあどうして……!」


 シオリの心からの訴えにユーが振り返ってはにかむ。


「あら、もう忘れましたのですわ? ワタクシ達はもうお友達ではなくて? お友達を見捨てるのは淑女として恥ずべき行為でしてよ!」


 シオリはその姿、振舞いに少し見惚れてしまった。そうだ、例え自分に何も無くても、一人ではないのだ。


「……ああ、良い友達を持ったな。シオリ」


 先ほどまでの威圧感はどこへと行ったのやら、師匠は満足そうに嬉しそうに微笑んでいる。


「アナタ、アルハイドの師匠と言うだけあって中々のお猛者ですわね。血が滾りますのですわ! 名を名乗ってもらいましょうのよ!」

「はっは、威勢がいいな。だが、まずお前から名乗ってもらおうか」

「うっ! ……本名は言えませんの。ただ、ユーと名乗らせてもらいますのですわ」


「そうか。ならユー。私はリンネ。悪いがお前を見込んでシオリと一緒に試練を受けてもらおうかな」


 そう言って師匠は無尽剣を解く。何をするつもりなのか、そう思った時、師匠の握る刀に異変が起き始める。

 きいんと音を発しながら細かく振動し始めたのだ。振動は更に深く速く細かく走り、刀身が空間と共鳴を起こし始める。シオリはこの剣を知らない。


「何をするつもりですの?」

「――」


 ユーの質問に答えず、師匠はシオリ達に向かって剣を振った。

 すると、何も無いはずの空間に切れ込みのようなものが入り、ぱかりと空間が()()()


「な、なんですのー!?」

「ではな、シオリ。少しは世界の厳しさに揉まれてこい」


 師匠の言葉は全て聞こえなかった。何故なら、空間に開いた何かが猛烈な勢いで空気を吸い込み始めて、シオリ達も引っ張られて空間の穴に吸い込まれてしまったからだ。


「うわっ!! どうして、し、ししょぉーーー!!」

「あらららららららーーー!?」


 空間に開いた穴が閉じて、シオリ達は消えてしまった。静けさを取り戻した暗い通りで一人、リンネは呟く。


「決して挫けるなよ、シオリ……」

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