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絶刀のヴァレリーア  作者: ラーメン上のマチク
第2部1章《御伽噺の怪物、二十一人目の通り名持ち》
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235話 御前試合

 夜を従える者。霧に姿を変える者。支配の力を持つ者。血を貪る者。

 そう呼ばれ、かつて実在した怪物が描かれた御伽噺がある。

 最後には神が遣わした光の使徒によって怪物は打ち倒され、その御伽噺は幕を下ろす。

 そしてここから先は、ごく限られた者しか知らない物語。


 怪物は死なず。


 二度と無闇に人を傷つけないことを永遠に誓い、人々の役に立つ生き方を、光の使徒より命じられた怪物は、ただの人としての生を歩む事となる。

 失った力を補うかのように複数の『魔剣』を集め、辛うじて残された不老不死としての性質を活かす事で。

 そうしてかつての怪物は、【魔剣天翔(コール・ロマンス)】の通り名を賜った――。


「陛下。私事(わたくしごと)でいたずらに神聖な場を混乱させてしまったこと、深くお詫び致します」


 シオリ達が会議を終えて離れ、残りの者も何処かに行き、謁見の間に残っているのは三人だけとなっていた。

 マカジヤヒロが、床に膝を突き、深々と頭を下げる。


「どの様な処罰も御受けします。ですが、処罰を下すことを今暫くだけお待ち頂けませぬか」


 彼がヴィンサーラ王に詫びる理由は無論、勝手にシオリとイデアに決闘させると決めた事に対してだ。更に、罰は甘んじて受ける事とするが、それを少し待ってくれないかとも頼んだ。

 図々しい物言いにも見える彼の言動には、ひとつの理由がある。


「ヤヒロくん、分かってると思うけど、リンネちゃんはそう簡単に戦える相手じゃないんだよ」


 それはヴィンサーラが彼の考えをとうに見抜いているという事を前提にしているが故だ。

 七界破天《救済の槍(ファラン・シュレイド)》の光は遍く東大陸を包み込む。彼女の目と耳は、その気になれば二つ隣の国の路地裏までの些事を見聞きできるのだ。

 そんな彼女がマカジヤヒロの企みを暴けぬ訳がない。


「あの子ってすっごくもの草だからさ、自分の弟子が危ない目に遭ったところで、必ず助けに行く保証はないんだから」

「……承知しております」


 『永世剣聖』と果し合いがしたい――。

 そんな淡い願いを彼がずっと胸の奥で抱いていた事も、その『永世剣聖』が表舞台に現れた事を知り、居ても立っても居られなくなっていることも。

 ヴィンサーラ王はとっくに見抜いている。

 先程起きた決闘騒ぎは、イデアをけしかけ、シオリを窮地に追い込ませる事で『永世剣聖』を炙り出そうとするための企みである。

 しかし、王に糾弾されるのを分かっていながら強硬手段とも言える策を弄した彼の心情を、汲み切れぬヴィンサーラでも無かった。


「ふぅ……。あの時から五十年も待ったんだものね、大切なものも、誰もが認める称号を手に入れる機会も失ってしまったあなたを咎める事なんて、私にはできないよ」


 〝ナバルギアの旋風〟が死んで、いっ時はその姿を見せた『永世剣聖』が再び表舞台から消えて五十年近くが過ぎた。

 絶望の中で燃え尽きかけようとしていたその頃のマカジヤヒロを拾ったのは、ヴィンサーラであった。

 そして彼に新たに生きる道を与えた。

 〝断絶地帯(エレデニア)〟という、人類の新たな可能性に満ちた土地。その開拓の指揮官という相応しき地位。

 かつての潰えた想いに蓋をして、【不動(ウゴカズ)】はこれまで王の忠実な家臣として仕えてきた。

 化け物(ガルデラージ)を恐れぬ、誰よりも冷徹な指揮官として。

 恐るべき不動の心を持つ者として。

 そんな彼に心揺らぐ事があるとすれば、それは――、

 『永世剣聖』と相見える機会が訪れた瞬間のみ。


「でも、あんまり期待はしないこと! オッケー(イエール)?」

「…………はっ」


 誰よりも心優しく寛容である王の言葉に、マカジヤヒロは再び深々と頭を下げて返す。

 その懐の広さに胸打たれた心までも蓋をして。

 この人の為ならどんな事でもしてやりたい。それは、多くの〝通り名持ち〟の共通した感情だ。

 そして、そんな人の大事な御子を利用し、無用な戦いに巻き込んでしまった事に胸を痛めた。

 故に、これは借りである。借りは、返さなければならない。

 たとえ一生を掛けてでも。


「事の後には、シオリ殿下の御身を守る忠実な家来として、改めて御挨拶申し上げることを、この刃に懸けて御約束致します」


 跪いたまま取り出した刀を鞘から僅かに抜き、誓いの言葉を捧げる。そして、チキッと、音を立てて納めた。


 これは、マカジヤヒロ流の誓いの立て方。

 抜けばそれは相手を斬る時と定めている彼の、必ず遵守することを誓う一種の儀式のようなものである。

 つまり彼は――シオリを第二の主と定めたのだ。

 それに対しヴィンサーラは意外そうな顔をした。


「え、ヤヒロくん、いいの? 私も後で適当な誰かに頼むつもりだったけど」

「私に、二言は御座いませぬ」


 自分の知らないところでとんでもない家来ができている事を知ったら、シオリはどんな顔をするのかと考え、王は思わずクスリと笑う。


「ん、じゃあよろしくね!」

「承知」


 あとは、無事に決闘が終えられればそれでいい。

 だがそれは、全て彼の機嫌次第で決まること。


「くだらない……何が誓いだ」


 イデアが、憎々しげな声で柔らかな雰囲気に水を差した。

 やりとりをずっと隅で見ていた彼は、込み上げる薄暗い感情を堪え切れず、ぎしぎしと音を立てて歯軋りをする。


「何が誓いだ。何が…………。やはり貴様も偽物だったか。偽物の剣士、嘘吐きの、醜い、穢らわしい、人間め」

「……イデア、陛下の御前だぞ」

「黙れ、もう貴様らの茶番になど、付き合っていられるか」


 イデアは魔剣を扱うが、剣士ではない。

 魔剣を使うのに技を得ないのは勿体無いと、技の習得を強く勧められた事はあったが、彼はその全てを拒絶してきた。

 【魔剣天翔(コール・ロマンス)】にとってどんな流派の技も児戯に等しかったからだ。


 何が奥義だ。

 何が道を極める、だ。

 どいつもこいつも井の中の蛙。

 『本物』を知らない『偽物』の剣士どもがオレは、哀れで、憐れで、仕方がない。


「オレは貴様らとは違う。あの子羊に忖度しない。躊躇も、遠慮もない。貴様らのような哀れな偽物の剣士に、掛ける情けは一片もありはしない。あってたまるか」


 それは、化け物(ガルデラージ)として潰えた時に魅せられた、神の領域とも言える次元の剣に対する強い情念によるもの。


 イデアは、『永世剣聖』の剣のみを崇拝している。


「本物の剣士は、この世でアルハイドだけだ」


 ――貴様がリンネ・アルハイドの弟子だと?

 よくもそんな嘘が言えたものだ、哀れな子羊め。

 その化けの皮を剥いでやる。

 尊厳のことごとくを喰らい尽くしてやる。

 勝つのは、オレだ。








 いつの間にか建てられていた観覧席に〝通り名持ち〟の面々が座っている。一番広く設けられた場所には王が居る。

 陽が沈み掛ける頃。《真紅の竜(アジズ・ドレッド)》との戦いの傷跡が深く残されている城の中庭。

 力示しの決闘が、執り行われようとしていた。


 有影シオリは腰に二振りの刀を差して、その時を待っている。


「よっ、緊張してんの? 肩の力抜きなー」


 緊張を和らげようと何度も深呼吸を繰り返していると、突然肩を叩かれた。少年が、いつの間にか近くまで寄ってきていた。

 あの中に居るのが信じられないくらい、普通という印象の彼だ。だがその肩に掛かる称号はあまりに大きい。


「わっ!! ……ええと、たしか、勇者?」

「そ、勇者(ユーリ)だよん。これが名前」

「へ、へえ……そうなんだ。珍しいね……」


 【六十五代目勇者(アユデュラス・ユーリ)】――。

 『勇者』と言うと、まあ要するに、ゲームだとかファンタジーな作品でよく使われる印象がある。

 悪い魔王がいて、それを仲間と力を合わせて倒す存在。

 シオリはその名を最初に聞いた時から、どうしてそう呼ばれているのかが気になっていた。

 そんな気持ちが伝わったのか、ユーリはなぜか大きな溜息を吐いた。


「はぁぁぁ〜〜……ひょっとして、しおりんも勘違いしてるクチ? 転生者(ヴァレル)と会うと、コレ毎回聞かれて鬱陶しいのよねぇ。確かにこの世界には昔魔王がいたけど、俺ちゃんはまったく全然、魔王とは関係無いんだって」

「え、そうなの?」

「そうなの。俺ちゃんは勇者で……ああ、今はいっか」


 彼は途中で言うのを止めて、踵を返す。

 そして振り返って、ニカっと笑ってみせた。


「決闘が終わったら教えてやんよ。楽しみにしてなー?」

「うん……わかった」

「緊張は解れた?」

「肩叩かれた時にね。もう平気、ありがとうね」

「いえ〜〜〜い」


 ユーリがVサインをダブルで立てながら観覧席に戻っていく。

 その背を見送り、シオリは、しっかりと眼前の敵を見据えた。


 対するは、【魔剣天翔(コール・ロマンス)】。

 その左側の足元には、九つの魔剣が納められた黒い長方形のケースが佇んでいる。

 彼は、決闘の前に魔剣を一振りしか使わないと宣言した。実際にイデアはその通りにするのだろう。


「覚悟はできたか」


 相手はずっとこちらを凝視していたようで、目が合うと、話し掛けてきた。

 相変わらず抑揚の少ない声だ。

 こういうところは、月子と似ている。

 ひょっとするとこれが生まれついての強者に共通した特徴なのだろうか。


「そっちこそ、今から考えといてよ」

「……なにをだ?」


 強気に言い返すシオリ。


「負けた時の言い訳」

「……すぐにその見苦しい強がりを言えなくしてやろう」


 強がりなのは実際その通りである。

 この強敵に対し勝算があるかと言われれば、かなり苦しい。

 自分の実力では、普通に戦おうとすればすぐに決定的な敗北を叩き付けられるだろう。それをシオリは分かっていた。

 なにせ、あの『スパラマオ』という魔剣の本領を発揮する前から深い傷を負わされる程だったのだから。

 もしも『無尽剣』の『第二段階』でも今から使えたら、話はもっと変わるのかもしれないが。――いいや、下手な期待はよそう。

 今はただ、ベストを出し切るだけだ。


「双方、用意は良いか」


 決闘の考案者であるマカジヤヒロが二人の間に進み出た。

 シオリとイデアは沈黙で以てそれに応える。

 戦いの火蓋が、切られようとしていた。


「この決闘は互いの合意によって執り行われ、偉大なる我らが神王陛下と、十四名の〝通り名持ち〟が、この立ち会いの証人となる」

「頑張れしょうねーーん! クソイデアを黙らせろー!」


 ちょっと空気の読めない声援が割り込んだが、【不動(ウゴカズ)】は動じる事なく続ける。

 見ていると、ドルフはわざわざ遠い席に居たのにずかずかと近寄ってきたセリエから拳骨を喰らっていた。


「シオリ殿下の勝利条件は、相手に決定打となり得る一太刀を加えること。

 イデアの勝利条件は、相手を降参させるか、自らの攻撃で気絶させた時のみとする」


 知らない人が聞けば実にシオリに都合の良い勝利条件に聞こえるが、それが如何に困難な事であるかを、この場にいる全員が知っている。

 イデアは人の形をした化け物(ガルデラージ)である。

 それも彼は格別の吸血種(ラールガーズ)。かつて世界を平らげようとしていた時には、イデアの危険度は『準破天級レイエルン』と認定されていた。

 人間では倒せないから化け物(ガルデラージ)

 人を超えた者でしか覆せないからこそ化け物(ガルデラージ)なのだ。

 だが――。

 シオリの天地無空流は、それを最も得意とする。


「では武運を祈る。決闘、始め」


 そして、マカジヤヒロの振り下ろした腕によって決闘が開始された。

 もはや後戻りはできない。前に進むしか道はない。

 ならば進むだけだ。疾駆する。紅い刀を抜き放つ。

 『スパラマオ』の力を発現される前に、最短距離で決着を着ける。それがシオリの導き出した勝算。

 イデアは、まだあのケースから魔剣を取り出していない。その隙を狙ってシオリは駆ける。

 そして。

 シオリが四歩目を踏み出した時。


「っ――……え」

「え?」


 気の抜けた声。同時に観覧席の誰かも漏らした。

 それは、決闘が始まってすぐに起きた出来事。

 左手の中にあった剣の感触が、無い。

 いや――無くなった。


「……やはり良い手触りだ」


 無くなった感触を探す。刀が手元に無い。彼女が。

 あいつの、手の中に。


「眷属化の力! あいつもうしおりんの刀に触れてたのか!」


 ユーリの悲鳴のような叫び声が聞こえる。

 だが、突然の事に訳の分からなくなったシオリには、開始早々に武器が奪われたことしか頭に無かった。

 彼女が奪われたことに。


「か、返…………っ」

「返せ……か? 何を言う。これはもう、オレのモノだ」


 【魔剣天翔(コール・ロマンス)】にとって戦いの趨勢は、既に始まる前から決まっていたのだ。

 そして既に、イデアのもう一方の手には、刀身に細かな層が幾重にも連なる直剣が握られていた。

 増殖する魔剣――『スパラマオ』が。

 腕の動きに合わせて何本にも増える。


「死ね、哀れな子羊」


 それら全てが、武器を失ったシオリに殺到した。

お互いのフィールドにそれぞれ1種類の属性のモンスターしか表側表示で存在できないぜ

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