私も行く
雨が降っている。
どれだけ技術が進歩しても、どれだけ科学が発達しても、例え地球外に足が届こうとも、人は死にだけは抗うことが出来ない。人は生き死にを自由にすることだけは出来ない。今日もまた、時代の薄暮で千が死に、万が生まれる。
今、その千に加わった人間の、小さな小さな葬式が行われていた。
故人の名は有影シオリ。私の終生の好敵手となるはずだった男だ。
具体的な死因は不明。発見された時には既に事切れていた。彼の通う学校の通学路で、下半身が無くなった状態で発見されたと言う。
式に参列しているのは、私以外に、輪廻と名乗る妙齢の女性だけだった。女性は葬儀にも関わらずドレスコードを弁えず着物を着崩し袴を履いていた。
彼女は有影シオリの同居人であったと言う。私は彼女こそが彼に、私に打ち勝ったあの技を教えた張本人であると確信していた。
彼女が唐突に呟き出す。
「もう先に逝ってしまったか。まだ少し早かったのになぁ」
私は棺桶の彼に語り掛けたのだと思って黙って聞き流す。
「なぁ、お前がそうなのだろう。シオリが倒すと息巻き執念を燃やしていたあの少年なのだろう」
そこでそれが私に話し掛けていた言葉だと言うことに気付いた。
「……身なりは男ですが私は女性です」
「おおそうか。女だったか。シオリも隅に置けんな」
「……」
「ところで、シオリがどこに行ったか気になるか?」
「……そんなのは当たり前のことでしょう。どこにも行けません。死んだら無に消えるだけです」
「それだけじゃないんだなぁ。それが」
この女性が何を言っているのかわからない。私はこの女性が気が触れたのだと思って口を閉ざす。
「シオリはな、『先』へ戻ったのだよ」
「……『先』?」
「そうだ。あの世でもない、無でもない、先の世界へとな」
「……生まれ変わった、とでも?」
「そうだ。ああそうだ。シオリはな、シオリに相応しい世界に生まれ変わったのだ」
「貴女が何を言っているのかわかりませんが、仮にそうだったとして、それを私に言ってどうしたいのです」
「別に。どうもせんよ。ただ――」
「……」
「私も、もうこの世界に居る理由が無くなったからあちらに戻る。だから、お前にだけは教えておこうと思ってな。シオリの好敵手にな」
「……」
「お前はこの世界が詰まらないのだろう。その資格はある。シオリに会いたいのだろう。あいつはその先にいる。戦いたくて仕方が無いのだろう。ならば、いっぺん――――だな」
「……」
「では、その気があるのならまた会おう」
女性は去った。私は黙って見送った。
次の日、あの時の言葉が気になり、有影シオリが住んでいた家に赴いてみたが、女性の姿は消えていた。
それから、世界から色が消えた。
つまらない、つまらない、つまらない。あいつが居ない時間が、私の愛するライバルが居ない世界がつまらない。こんなにも愛しているのに。あいつの全てに惚れ込んでいるのに。
あいつだけが私の生き甲斐だったのに、どうして先に行ってしまうのか。あいつが居なければ、私はつまらない人間になってしまうのに。
会いたい。
会って戦いたい。会って愛し合いたい。溶けるほどに戦い続けたい。溶け合うほどに、生と死を貪り合いたい。
そう思った私は、この世界に見切りをつけた。
そして、私は――。




