187話 はみ出し者達
それは暗い雲の隙間から希望を照らす光。
シオリとギルバートの奮戦は報われ、王都中に散らばっていた仲間達が集結した。
ここからは自分たちの反撃の時間だと、ギルバートが高らかに叫んだ時。
「あゆはいどぉぉーーー!!!」
「ぶっ……!!?」
シオリが駆け寄るなり飛び込んできたユーに押し潰された。
「ああっ!? おま……え……うらやま……いや違う! シオリは死にかけなのだぞ原初の魔女! 早くやめるんだ!」
「やーー!」
ギルバートが離れるように言うと、ユーが子供のように首を横に振って駄々をこね始め、腕を回して態度を強固にする。
……どうやら今は大人状態ではないらしい。
顔が胸の中に埋もれてしまったシオリは、動く力も残っていないため、反応を示す事もできず、静かに酸欠で意識を失い始めようとしていた。
――し、死ぬ……折角ここまで来たのに、ゆ……ユーさんにトドメを刺される……胸で殺される……!
「何やってんのよフリージア!! その男の穢らわしいのが移るでしょーが!!」
と、シオリが最期の走馬灯を最後まで見終えようとしていたところで、やってきたリザが力づくでユーを引っぺがした。
まるで病原菌のような酷い言われようだが、助かった。本当に危うい所だった。
「あーーーん! あるはいどぉ!」
「いくら精神が子供だからっていい加減分別くらい持ちなさい! 知らない男には近付くな触れるな話し掛けるな! 私何回も何回も言ったわよね!? 覚えてる!? わかってんの!?」
シオリに向けて泣き顔で懸命に手を伸ばす。その腕をリザに羽交い締めされて、耳元でお説教を受け始める。お母さんか?
そんな説教には聞く耳を持たないと、ユーがぷいと顔を背けた。
「ふん! しらないもん! りざきらい!」
「……はぁぁぁぁあん!!!? 私だってアンタなんか大嫌いよッ!!」
「キミ達、喧嘩は後にしてまずはシオリくんを助けてくれないかな?」
喧嘩が白熱しようとする所に、弓矢での援護を続けているニーサンが少し強めの語気で割り込んだ。
それに頭を冷やしたのか、リザがむすっとした顔で見やり、鼻を鳴らす。
「ふん……何でコイツまだ生きてんのかしら。全身刀疵だらけで右腕がどっか行って脚もちぎれ掛けじゃない。死んでないのが信じられないくらい。なにか死霊術でも使ってんの?」
「その通り。彼は今、死ぬ寸前の所を死霊術で無理やり留めて生き長らえさせている状態なんだ。そしてその効果がいつ消えるのかはわからない。だから、一刻も早くちゃんとした治療が必要なんだ。そちらにソレが出来る子が居ると聞いてる。ここに連れてきてくれないかい?」
リザが、冷徹な目でシオリを見下ろして言った。
「……治したくないって言ったら?」
「それを決めるのはキミじゃないと思うよ」
ニーサンの糸目が少し開かれ、鋭い眼光が覗く。横目にリザを見つめながら、引き絞った弓の弦を手放した。
現在は《七界破天》との交戦状態にある。エチゼンサイトがゾルアジスの目を一手に引き受け、単独で戦っている。
時と場所を鑑みず私情を持ち出し、ろくでもない理由で睨み合っている時間は一秒も無い状況であった。
「……あそこの建物の陰にシルヴィア様が居るわ。今はちょっと動けないから、どうにかそこまで持って行くわよ。糸目のアンタは援護でもしてなさい」
すぐに折れたリザが渋々言いながら離れたところの建物を指差す。確かに、よく見ると金髪の少女が陰から顔を出してこちらを伺っている。
「ほら、そこの金髪に染めた不敬者のアンタ。さっさとコレを引きずるなりお姫様抱っこするなりしなさいよ。私は絶対触らないから」
「わ、わかった。……って、不敬者とは俺のことか!?」
「あったり前でしょうが! 金色の目や髪は高貴な人間だけが持っていいものなの! 下賤な生まれの輩がそれを真似するのは重罪よ重罪! 西大陸なら良くても人権剥奪されて奴隷、国によっちゃ極刑よ!」
「し、知らなかったぞ……!」
「ふん、これだから転生者は! 大体アンタらはどいつもこいつも――」
シオリを両手で抱えたギルバートと心配そうに頭を撫でるユーを連れて、リザが延々と辛辣な言葉を吐きながら走っていく。
ギルバートの助けを求める目を苦笑いで見送ったニーサンは、深呼吸を一つ、弓を持つ手に力を入れた。
「さてと……ボクだけ辛い目に遭ってないのは、不公平だよね」
そう呟き、矢を番えないまま、弦を引いた。
鎖鋸が唸り声をあげ、炎が吹き荒れる音と、三重の銃声が幾度も鳴り響く。
竜の肉は炎になり、鎖鋸が虚しく通り抜ける。その隙を突かんとした爪が間一髪で回避される。
仰反るように地面に手をついたサイトが、もう一方の手を向けて叫んだ。
「《走れ水塊》!」
放たれた水の大砲が直撃し、即座に蒸発して気化する。
既に向けられていた手には銃が握られており、ゾルアジスが舌打ちをした。
砲声――金属同士がぶつかり合うような音がこだまし、無敵の竜の肉体から血が噴き上がった。
「アイイイイッ! ギャハハハハハ!! ――うおっ!?」
下品な笑い声をあげたサイトの表情が一転して必死の形相に様変わりする。ゾルアジスが被弾を意にも介さず巨腕を振り回してきたのだ。
人間離れした跳躍力を見せ、なんとか逃げ切ったサイトが舌を出して笑い飛ばした。
「ハイ、ざんねんでちたァー!! そんなもん喰らうワケねーだろブワァーカが!! おててぶんぶん振り回しちゃってまァー必死だねェェ!!」
――なんだコイツなんだコイツなんだコイツ。なんなんだこの生き物はァ。クソがアアアアアふざけやがってェェェェ。
息つく暇がねえ、攻撃範囲が広すぎる、喰らったら即死、全力で動いてるのに回避するのでやっとだ、隙が全然見当たらねえ。
どれだけ攻撃通しても即座に再生しやがる。たまたま通せても再生するから構わず攻撃してきやがる。良いのが入っても深追いしたら絶対死ぬのが感覚で分かる。
ふざけんな、ふざけんな、クソがふざけんな!!
せっかく強くなれたと思ったのに、せっかく強くなってみせたのに、どこまで行っても『上には上が居る』ってことかクソが……!
なんでステータスが文字化け起こしてやがるんだよ。具体的な戦闘力が何もわからねえじゃねえか。
俺の能力じゃ測れねえ強さって事かよふざけやがって。
その上コイツ……超手加減してやがる! ロン毛のアイツ見てたからわかる!
今どのぐらいの力で戦ってんだ? 50%? 20%?
どの道ムカつくのに変わりはねえ。けど……ムカついて仕方ねえのに、心のどこかで加減されてることに安心してしまってる自分が一番気に入らねえ。
クソクソクソクソクソクソクソクソ!!
これが《七界破天》かよ畜生……!!
足元が崩れる感覚。身を焼くような焦燥。幾度も死の影が首元を掠めている。サイトは刃と爪を交わしているだけで頭がどうにかなってしまいそうであった。
ゾルアジスの放つ威圧感で身慄いが止まらない。立ち止まったら、その瞬間に膝を屈してしまうのが肌で理解できる。
ニーサンの援護が無ければ死んでいた瞬間が何度もあった。
彼我の差が理解出来ないほどの圧倒的な力の差に、もはや悔しさすら感じられない。
弓神月子は、〝通り名持ち〟達は、あのバカとうるさいバカは、こんな化け物と戦っていたのか。
死を厭わず、臆する事なく……。
「クソが……!! 舐めてんじゃねェぞクソトカゲがァァ!! 俺のほうがァァァ!! 強えええええええ!!!!」
そこに身悶えするような悔しさを感じ、サイトは息が切れるのも構わず、精一杯の強がりを叫んだ。
攻撃は、通るには通る。一つだけ習得していた〈魔術〉で水をぶつければ、竜は一瞬だけ実体を得る。そこを突けばダメージが通る。
だがそこまでだ。再生されればそこで終わり。その速度は段々と落ちているように思えるが、未だに再生力の底は伺えない。
このまま来年まで戦い続ければもしかすれば底が見えるかも知れないが、ハッキリ言って夜明けまで体力が持たない。と言うか、今日は一月の十三日だ。無理死ぬ。
「クッソ――ッ!!」
体力の限界よりも先に、ゾルアジスがサイトを捉えるのが早かった。
竜の手が周囲を飛び回る矮小な虫を捕まえ、その場に押さえ込んだのだ。
《貴様の驚嘆すべき身体能力、紛れも無く『英雄』のそれだ。其れは認めよう。然し……その下劣な精神性は『英雄』に非ず》
身動きの取れなくなったサイトを傲然と見下ろし、ゾルアジスが言った。
「ハッ……バカかテメー……! そんなん見りゃわかんだろが……! 俺は救いようもねえ……愚かモンだ! てか言わせんなクソが!」
自らは相手の手中にあり、生殺与奪の権を握られながら、サイトは尚も挑発的に叫んだ。
《ほう、自ら愚を認めるか。では訊くが、何故貴様のような愚者が此処に居る。何故背を向けて逃げなかった。我を屠れる算段でも付いていたのか?》
「ねーよそんなもん……! 倒せる気なんか全然しねェ。流石は《七界破天》だってビビりっぱなしよ! しかしよ……恥ずかしい話だがよ……約束しちまったんだよ!」
《誰にだ?》
「俺にだ!」
気合を入れてこの状況を脱しようともがく。しかしゾルアジスが握る力を込め、激しい圧迫感がサイトを襲った。
「グッ……! 俺は自分が無え人間だった……! いっつもいっつも誰かに人生左右されて……思い通りにならない人生が嫌で嫌で堪らなくて、逃げて逃げて、結局首吊ったりまでして、そしたら女神様に第二の人生なんか貰っちまった! 誰にも指図されねェ世界! それでも俺は楽なほうに逃げた!」
過去を思い返しながら叫んでいると、思わず自分の不甲斐なさに涙が溢れてきた。それでも、サイトは叫び続けた。
サイトは、最初からまともに戦うつもりは無かった。適当にあしらって、時間を少しだけ稼いでトンズラするつもりだった。
ここに来た理由も、決して自主的に提案したものではなかった。
ここまで来て死にたくはないから、仲間が『倒そう』なんて言い出したら勝手に逃げるつもりだった。
なのに――もう明らかに自分の中で予定していた時間は過ぎていたにも関わらず、サイトは逃げなかった。
何故かは、もう分かっている。
手の中にある武器が、そう言っているのだ。
『ドゥーム・スレイヤー』と『デス・ペナルティ』が、言っているのだ。
『仲間を助けろ』と、『逃げずに戦え』と。
言葉ではなく衝動となって、サイトの尻を力強く叩き続けているのだ。
――うるせえわかってんだよ。アイツら別に仲間じゃねえけど、むしろ嫌いだけど、見捨てて逃げるのは気が引けるんだ。わかってんだよ、俺は逃げねえ。
もう逃げねえから、あんまりケツ叩くなよ。
俺はむしろ激励でやる気が萎える性質なんだから。
「逃げるだけの一生が! 俺は生きづらくて仕方がねえ!! もう勘弁なんだよ!! だから、俺は自分に約束したぜ!! 誰かに『どうしても』って泣き付いて頼まれたら!! 何があっても絶対に断らねェってなァァァ!!」
此処に来た理由は、たった一つ。
フリージアに、『どうしても』と必死で頼まれたからだ。生前、仲が良かった養護学校の友達と重なる彼女に頼まれたから、サイトは仕方なさそうに引き受けたのだ。
引き受けたからには、必ずやり遂げる。
そう自分に約束した。あの時、オダガワハイクと戦った時、サイトは過去の自分に別れを告げたのだ。
ただ――たった今、サイトの中でもう一つ、ゾルアジスと戦う理由が生まれていた。
「そういやテメーがこの街に来なけりゃ俺のダチは死ななかったよなァ!? 何にも良い事ねえのに俺のケツ何度も叩いてくれる良い奴だったのに!! テメーが殺したのと同じだ!! 絶対許さねェからなァァ!!」
サイトの火がついた闘志が燃え上がる。それに応えるように、鎖鋸が奇怪に唸った。
竜の手の中から血飛沫が上がる。密着した状態なら通る事が分かったが、時既に遅し。
最後の抵抗を甘んじて受け入れたゾルアジスが、もう一方の腕を振り上げた。
自分の手ごと、サイトを砕くつもりだったのだ。
《……そうか。貴様は『英雄』では無いが、心に芯を持つ骨のある人間だった。我は永劫貴様の事を忘れない。では――然らばだ》
その時――雨のような矢の嵐が、ゾルアジスの肉体を穿った。
否、それはただの矢では無かった。塊のような風の一矢だ。
それは巨体を揺るがすに値する威力を宿し、腕を丸ごと消し飛ばし、サイトを救った。
「……カットの言った通りだったな」
手の中から脱したサイトが見やり、かつて友が言った言葉を思い返した。
『――戦乱の時代にたまに居るんじゃ。ああいう影が薄いのが。それも〝わざと〟目立たないように振る舞う奴じゃ。爪を隠して狡猾に立ち回り、決して機を見逃さん鷹のような人間がのお』
能ある鷹は爪を隠す。
彼は、その言葉通りの男だった。
《小癪な……ッ!?》
再び飛来した矢を弾き飛ばそうとしたゾルアジスが、横から矢に貫かれた。
離れて見ていたサイトは、確かにそれを目にした。
正面から飛んできた矢が――何度も直角に軌道を変えるのを。
「魔術師の戦いは、『どれだけ事前に準備したか』で決まるらしいね。ボクはね、魔術師もたまには良い事を言うなと思ったよ。だから言葉に倣って万全を期させて貰った」
燻んだ色の髪をした民族衣装を纏う糸目の男が、矢を番えないまま弦を絞る。
「ここは既にボクの〝狩場〟だよ。キミという竜を狩るためのね」
ニーサンが爽やかに言い放ち、ニコリと微笑んだ。
「……いや、カッコつけるのは別にいいんだけどさ、もっと早く助けて欲しかったわ。マジ死ぬとこだったんだが。もしかしてタイミング図ってた?」
「図ってないよ!? ボクの初めての見せ場なんだから変な口出ししないで貰いたいなあ!?」
「すまん……つい癖で……俺そういう性分でさ……ほんとすまん」
ゾルアジスの人物ごとの好感度
シオリ→正直好きだけど殺さないといけない理由が多すぎるね♡殺す♡
オリト→う〜ん……イイ♡
ユリウス→やっば♡マジ大好き♡100点あげちゃう♡頑張ってね♡
ブライド→昔殺さなくてよかった♡良い果実が実ったね♡食べちゃお♡
セリエ→ルテンの技を乱用するな死ね
アスカ→いいねェ〜〜〜今後に期待♡
フリージア→うわあ魔法すっご♡あっ、ちょっと殺す♡
リザ→ちょっと効いたゾ♡自己犠牲に免じて魔女は生かしといたげる♡……な、なぜ生きている
リンネ→ひぇ……殺されるかと思った……見逃してくれてありがと……
弓神月子→なんだこのバケモン!?育つ前にぶち殺す!
サイト→う〜ん、人格が下劣過ぎるけど光るとこがあるから迷うなぁ…♡
ニーサン→様子見
ギルバート→すぅーーーきぃーーー♡♡♡好き好き超好き♡愛してる♡♡♡殺せない♡一生推す♡は〜胸の高鳴りすんごい♡しんど♡尊すぎ♡




