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絶刀のヴァレリーア  作者: ラーメン上のマチク
1章《鉄の男、鋼の女》
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20話 一段落しよう

「つ、疲れたぁ〜……」

「ハーッハッハ! 流石に俺もきつくなってきたぞ!」

「そうだな」


 リーロイゼを斬ったシオリと二人は、恩人の二人から「よくやった」と賞賛の言葉を掛けられ、あとの処理は任せろという言葉に甘えてそのまま疲れた身体を引きずり街に帰還し、ギルドで参加報酬だけ受け取って家路に着いた。


「じゃ、ギルバート君……、今日はありがとうね……」

「いや……シオリよ、礼を言うのは俺の方だ。だが、その話はまた明日にしよう」

「うん……」


 それだけ話して三人はそれぞれ自分の住む家へと帰り着いた帰り着いた。シオリは滞在する安宿の部屋に、ギルバートはその隣の部屋に。

 そして弓神月子(ゆがみつきこ)は何故かシオリの部屋に。


「……あの、月子ちゃん、なんでここにいるの」


 シオリは当たり前のように部屋まで付いてきて、平然とベッドに陣取る月子に聞く。なんで君ここにいるのと。


「有影と勝負をするからと宿は引き払ったんだ。今日だけ泊めさせてくれ」

「隣の部屋を借りればいいでしょ……」

「一枚でどうだ?」

「そういう問題じゃないからぁ!」


 先ほど報酬として支払われたガラム金貨をチラつかせる月子。この安宿の部屋を借りるには多すぎる料金だが、同じ部屋に泊まられるのはシオリは勘弁願いたかった。月子の金に頓着が無い素振りが怪しすぎる。自分の部屋で何がしたいのか。


「もう、わかったよ……。月子ちゃんは大丈夫かもしれないけど……僕はもう疲れてるから……寝るから……。ベッド使わせて……」

「ん、すまん」


 退いてくれた月子を尻目にベッドに潜り込む。精神に作用される奥義を限度いっぱいまで使い精神を消耗した弊害か何も考えることができない。弓神月子が自分の部屋に居て、椅子に座り自分を見つめていることさえ気にならない程にシオリは疲れていた。


「棚に毛布置いてるから……好きに使って……おやすみ……」

「ああ、おやすみ」


 ……今日は本当に色んな出来事があった。

 弓神月子との決闘、モンスターの襲撃、城壁を飛び降りて最前線で戦った、大いなる山々の民(エルスト・レント)のリーロイゼを相手に、月子が縦横無尽に跳び、ギルバートが攻撃から守って、そしてリーロイゼを斬った。


 ――長い一日だったなぁ……。


「…………」


 思い返していくとシオリの身体が強張りガタガタと震え出す。技で誤魔化して抑えていた恐怖が今になって蘇ってきたのだ。

 当たり前のことだが、今日、シオリは何度も死にかけていた。

 始めにガーラスに不意を突かれた時もギルバートに助けられた。後で知ったがファンドンというイノシシのモンスターの突進で何度も轢かれかけた。リーロイゼと戦った時も、ギルバートが、月子があの場に居なかったら……。

 そう考えるほど身体の震えを止められず眠ることもできない。戦うのが怖い、戦場が怖い、殺されるのが怖い、殺すのが怖い。この先こんな事ばかりが続くのだろうか。自分は誰にも見届けられず死んでいくのだろうか。身に取り巻く全てが怖い。全てが――。


「私が傍に居る」


 ふわふわと浮いたまま震え続ける意識の中で何かが自分の頭に触れているのを感じた。すり、すり、とゆっくり撫でさすり誰かが優しげに言葉を続ける。


「大丈夫だ、お前は一人じゃない」


「私がずっと一緒に居てやる」


「安心して眠れ。私は傍に居るから」


「ずっと一緒だ、一人じゃない、傍に居る、私だけは、何があっても、いつまでも、私の大切な――」


 頭を撫でられ、優しい言葉を投げかけられていく内に恐怖で震えるシオリの心は暖かな光で包まれるような錯覚を覚えると共に、不安と心細さがほろりと崩れて消えた。知らぬ間にシオリは眠ってしまっていた。

 すうすうと寝息を立て始めたシオリの頭を撫でている少女が微笑む。


「死ぬまで一緒だぞ……有影」



 2



「ふぁ……んん……」


 シオリが目を覚ましてベッドから上半身を起き上がらせる。目が覚めてからここまで行くのに普段は何十分も掛けていたのに、今日はなんとも気持ちのいい目覚めであった。


「おはよう、有影」

「あっ、えーと、おはよう……ん!?」


 そこでようやくシオリは自分の部屋に月子が居ることに気付いた。月子は椅子に座ってシオリの大陸語の練習用の筆記帳を勝手に読んでいる。


「えっ、うわ、なんで、えっ!? 月子ちゃん、なんで!?」

「お前が良いって言っただろう」

「言ったっけ……!? ……あー言った、言ったよ……!」


 シオリは昨日言ったことを思い出して頭を抱える。形だけ見れば女の子を部屋に連れ込んで自分だけ勝手に眠っていたのだ。押しかけてきたのは彼女の方だが、なんだか申し訳ない気持ちになってくる。


「……ああ、そうだ。糸と針を使わせてもらってもいいか」


 見れば月子の、戦いで破れていた服がそのままだ。一応ソーイングセットは持っているが、簡単な縫い方しかできないシオリならあれだけ破れていれば大人しく買い換えているだろう。


「……まあ、いいけど。凄いね、裁縫なんてできるんだ」

「いや、できない」

「えぇ……」


「この服は……母星から持ってきた思い出の品だ。出来る限り使い続けたいんだ」


 そう言ってシオリが居た世界の、スーツのような服を撫でる月子。思い入れがあるのだろう。月子の生まれた火星(アレス)の流行着らしいが、どう見ても男装ファッションなのが地球との文化の違いを感じてならない。

 街に来てすぐ纏まった金を得る為に未来の服を売ってしまったシオリとはえらい違いだ。しかし、思い出を大切にする心は良いのだが、彼女には問題が一つあった。


「大丈夫? 針なんてポッキリ折っちゃわない……?」

「……力を加減する訓練はしている」


 そう、彼女、弓神月子は突然変異体(ミュータント)の超人なのだ。男装の下はただの女性の身体だが、その五体には怪力を宿し、それに耐え得る強度も持ち合わせている。

 先日の戦いでは拳で地を割り己より巨大なモンスターをぶっ飛ばした挙句、空中を蹴るという荒技までやり遂げてみせた。生まれながらに異能に(あら)ず異能の域に達した、人の形をした化け物(ガルデラージ)。それが弓神月子。

 これほど強靭な肉体を持っていれば、もっと楽しく人生を謳歌できたはずだとシオリも思って憚らない。


 だが、それだけの怪力を有していれば、当然付いて回る問題がある。日常生活で行う細かな動作が難しいのだ。

 力加減を誤れば色んなものを壊してしまう。蛇口を捻ろうとすれば蛇口が壊れる。ドアを開けようとすればドアノブが壊れる。人と握手しようとすれば相手の手を潰してしまう。怪力を持つというのは、ある意味では障害を負っているような物なのだ。


 当然ながら月子も力加減を調節する訓練は施しているようだが、針ほどの小さな物となると流石に難しかったようだ。


「ああっ! ちょっ、針が! もうやめてぇ!」

「うっ、クッ……」


 既に何本かの針が尊い犠牲となっている。指先で持とうとするだけでこれだ。おそらく月子が生きてる内に裁縫をするのは不可能だろう。


「おーい、シオリよー。珍しく早くから起きているのかー?」


 そこでギルバートが部屋の戸をノックしながら呼び掛けてきた。その声は、廊下で大声は出さないようにと宿屋の主人から注意されているのでいつもより小さめだ。


「あー、うん。起きてるよー。どうぞー」

「うむ、今日は随分と早いな! うおっ!! 鋼の女がどうしてシオリの部屋にいるんだ!? そしてなぜ裁縫をしている!?」

「ああ、実はね――」


 案の定部屋に入るなり月子が一緒にいることに驚いたギルバート。シオリは今何が起きているかを簡単に説明する。それを聞いたギルバートは成る程と言った様子で腕組みしながら頷いた。


「確かに前世から持ってきた服は大切な品だ! どれ、俺が少し見てやろうか?」

「え、ギルバート君は裁縫できるの?」

「実は俺の実家が洋裁をやっていてな、俺も手伝わされていたのだ! まあ一通りのことはできるぞ! 俺の服も修繕しながら使い続けているのだぞ!」


 そう言ってシンプルな上着とシャツ、ダメージジーンズに見せかけたジーンズを見せびらかすギルバート。見ればリーロイゼとの戦いであちこち破れていたはずだが元通り綺麗な状態となっている。よくよく見れば裏地に当て布らしき物が縫ってあったりしている。ギルバートの意外な特技にシオリは目を丸くし、月子の表情が少し動いた。


「すっごい! それで月子ちゃんのも直せるかな?」

「うむ。まあ未来の物は見たことがない故な、やってみないことにはわからん」

「鉄の男、頼む」

「ハッハッハ!! この鉄の男に任せ……待て!! ここで脱ぐな!!」


 ギルバートが修繕してくれると分かって月子が唐突に服を脱ぎ出した。安宿の狭い部屋に男二人、女一人の空間で。上着を脱いで中身がぎゅうぎゅうに詰まっているサラシを巻く上半身の素肌が露わになるところで野郎二人が凄まじい勢いで顔を背ける。


「月子ちゃんッ!! 僕たち廊下に出るから! ちょっと待ってね!!」

「別にこの程度なら構わんが」

「俺たちが構うわ!! 行くぞシオリよ!!」


 慌てて扉を開けて部屋から突風のように飛び出た。二人とも大して動いてないのにゼーゼーと息遣いが荒い。


「……シオリよ、あの女はいつもこうなのか……?」

「僕もちょっと……わかんないや……」


「……しかし凄かったな」

「うん……凄かった」



 3



「凄いなこれは。鉄の男、ありがとう」

「ハーッハッハッハ! いやなに、気にするな! 俺も良いものゲフンゲフン!! 珍しい未来の服を見せてもらったからなッ!!」


 少ししてから月子からドアの隙間越しに受け取った服を受け取ったギルバートは、月子がたった今まで着ていた服に悶々としながらも何とか破れた部分を修繕してみせた。どうやら現代の物と大して作りは変わらないらしく修繕は滞りなく終えた。

 シオリは扉の向こう側の自分の部屋で男装を脱いだ姿の月子を想像しようとして一日に最大六回の切り札の一回目を切った。今日のとこは再戦は勘弁してやる。


「やっば! そろそろお仕事の時間だよ!」


 落ち着いたところでシオリは時計を見て本日の仕事のことを思い出して声を上げた。


「なんだシオリよ、昨日しか休みを取っていなかったのか」

「有影、まだそんなことを……」

「こういうのは続けるのが大事なの! 月子ちゃんはここに居ていいからゆっくりしてて! じゃ!」


 昨日街の危機を救ったばかりにも関わらず今日の仕事をこなしに走り出るシオリ。それを二人は呆れた顔で見送った。






「アルハイドー、もう上がっていいぞー」

「はーい! お疲れ様でしたー!」


 時刻は夜、危機から救われたばかりの街は戦勝気分のように盛り上がって。シオリが働く酒場でも同じように、参加してたらしき冒険者が武勇伝を語り酒の席を盛り上げ、街の高い場所からリーロイゼを目撃したという者がその恐ろしさを酒の勢いに任せて尾鰭を付けながら語っている。


 そんな中シオリは相変わらず皿洗いに勤しむ。今日はモンスターの襲撃というイベントに興奮して色々とくだらない事を言う先輩に愛想よく相槌を打つのが大変であった。

 働いている間、リーロイゼにトドメを刺した自分たちの扱いがどうなるのかを考えていたが、どれだけ想像を働かせても色々と面倒な結果になったので、まあ成るように成るだろうという結論に至った。


「おーい、シオリよー!」


 仕事から上がり正面口から出ようとするシオリを呼び掛ける声が上がった。見てみるとギルバートと月子が木製の丸いテーブル席に座ってシオリを見ている。


「あっ、二人とも来てたんだね」

「うむ! 俺たちはまだやっていなかったからな! お前が上がる前に席をとっていたのだ!」

「稼ぎもあったからな」

「……やってなかったって、何をさ?」


 シオリの疑問にギルバートがしゅわしゅわと泡を立てるジョッキを上げて答える。


「決まっているだろう! 打ち上げだ!!」

「あー……戦勝記念的な」

「そうだ!! この鉄の男ギルバートと! 鋼の女弓神月子と! 絶刀の男有影シオリの! 三人でリーロイゼを打ち倒した記念の宴だ!!」


「ごめん、その前に絶刀の男ってやめてくれないかな?」

「やめん!!」

「ギルバート君、実はもう酔ってるよね?」

「大丈夫! これは泡を出すだけの甘いジュースだ!」


 とうとうシオリにまで付いてしまったギルバート式の不思議なあだ名が恥ずかしい。今更だけど飛鳥君の以外はそのまんまのイメージだよねこれ……。


「……フッ、絶刀の男か。お前にふさわしいな」

「もう……月子ちゃんまでからかわないでよ……」

「そう言うな、私なんて鋼の女だぞ。どんな理屈で命名したのかわからんくらいだ」

「鋼の女は第一印象が鋼のように冷酷そうな女だと思ったからだ!」


 ジョッキをくるくると傾け回しながらうるさく喋るギルバートと、彼が付けた呼び名の仕様もない理由を聞いて無言で殴りかかる月子の様子を見ながら席に着いたシオリは安堵の息を吐く。

 この異世界でなければ決して相容れない組み合わせの三人で街を危機から救い、こうしてささやかながら宴の卓を囲むこともできた。シオリはそれがとても嬉しい。


 ――どうか、このまま誰も欠けずに楽しく暮らせますように……。


 そうシオリは想う。しかし、それは難しいだろう。


 なぜなら弓神月子との決闘がまだ残っているから。シオリの持つ最強の技が完成した今、彼女と戦ってどちらも生き残るような結果で終わらせるのは難しいからだ。


「シ、シオリよ! 助けてくれ! 鋼の女を止めてくれ!」

「無駄だぞ。選択肢は二つ、鉄の男が私の呼び名を取り消すか、お前が死ぬかだ」

「わあー! 月子ちゃん! 殺しちゃダメだって!」


 とりあえず、今のところはこの宴の席を楽しむことにしよう。その前にギルバート君を助けよう。そう思ってシオリは席から立ち上がって月子を後ろから抑えに掛かった。


 結局、ギルバートは自分の顔がひん曲がる前に己の意志を曲げて鋼の女呼びを辞めた。

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