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絶刀のヴァレリーア  作者: ラーメン上のマチク
1章《鉄の男、鋼の女》
15/264

15話 飛び降りよう

「……え? アレを今からみんなで倒すの?」

「いや無理だろう!! なんだあのデカさは!!」


 非常事態につき迎撃クエスト受注者の冒険者のみ上がるのを許されたヒュルックの城壁の上でそれを目撃したシオリとギルバートは驚愕しながらそう言った。二人の目に映るのは、無限に広がるアーストラスの丘と、遥か彼方で微かに見える山々。


 そして、ゆっくりと街に向かって進行している、一つの動く山の如し巨人であった。


「切り崩し甲斐がありそうだ」


 城壁の上の出っ張りに足をかけ勇ましくそう言うのは弓神月子(ゆがみつきこ)。既に腰に差す刀に両手を預けた臨戦態勢で今にも飛び出して行きそうだ。


「月子ちゃんブレないねぇ……。僕はもう逃げ出したいよ」

「逃げても構わんが、その前に私と勝負しろ」

「ごめんやっぱり今のなし!」


 街に迫る脅威を前に軽く冗談を交わす。シオリは半分本気だったが、もう逃げることも許されない状況なのだと悟って覚悟を決めろと自分に言い聞かせる。


 ――落ち着け、落ち着け、落ち着け。大丈夫大丈夫。なんとかなる、なんとかなる。だから、落ち着いてくれ、僕の心臓……!


 本日四回切りの夢幻の温存せざるを得ない為、左胸に手を当てて冷や汗を掻きながら己に暗示をかけるように言い聞かせ続けているシオリ。ふと気がつくと、その不安げな様子の自分を月子が見つめている。


「有影……、本当に帰ってもいいんだぞ」

「えっ……?」


 珍しく優しげに接してくる月子にシオリは首を傾げる。


「私は何としても、お前との決着を付けたい。その為なら、お前がこの場から逃げ出すのも構わないと思っている。逃げるなら代わりに私がアレを倒そう」


 弓神月子はそう頼り甲斐のあることを言う。しかし、シオリはその言葉に矛盾している物を覚えて、慎重に言葉を選びながら返す。


「…………じゃあ。じゃあ……なんで僕を無理にでも止めようとしないの?」

「……」


 シオリがそう問うても月子は何も言わない。シオリの知る弓神月子はそんなまどろっこしいことは好まない、己の一本の筋を無理やりにでも通す頑なな女性のはずなのだ。

 それなのに月子はあえてシオリを止めず共に戦うと宣言しこんな所まで付いてきて、あまつさえこの期に及んで逃げ出していいと言う。あの弓神月子ならそんないい加減なことなどしないはずだ。少なくともシオリはそう思っていた。


「……私はな」


 月子が口を開いた。キリッとした目つきでシオリの目をしっかりと見据えてゆっくりと、薄く微笑んで言う。


「戦う有影シオリが好きだ」

「えっ!?」


「刀を振るう有影が好きだ。私に殺意を向ける有影が好きだ。地べたを這いずりながら私を睨み付ける有影が好きだ。諦めない有影が好きだ。死ぬまで足掻き続ける有影が好きだ」


 月子は淡々とした調子で言い続ける。シオリは唐突な告白に耳まで真っ赤にしながらも聞き入る。隣でギルバートは口笛を奏でながら他所の景色を眺めている。


「……そして、私に打ち勝った有影が大好きだ」

「あっ……うん……」


 ――やばい!!月子ちゃん眩し過ぎて直視できない!!あ〜めっちゃくちゃ恥ずかしいよ!!


 と心で叫ぶシオリの高揚した意識を叩き落す次の言葉が繰り出される。


「だが、今のお前はその有影シオリではない」


 そう言って月子は目付きをキツくさせてシオリを睨み付ける。ただの告白ではないことに気付いたシオリは喉をゴクリと鳴らして判決を待つ罪人のように次の言葉を待った。


「だから私は待つ。お前が真の有影シオリを取り戻すその日まで、自分より強い者は居ないと絶望していた私を、弱かったお前が打ち倒したあの時の再来をいつまでも待っている」

「……そっか」


 シオリにはその言葉の真意はまだ見えない。何だか答えをはぐらかされたようにも感じる。だが、月子はその瞬間まで共に居てくれると言っているように思えて、不思議と今まで感じていた不安感が雪のように溶けていった。


「じゃあ、それまではよろしくね。月子ちゃん」


 シオリが右手を差し出す。月子はそれを見て、フッと笑みを浮かべて同じように右手を出す。


「ああ……よろしく頼む」


 二人は握手を交わした。シオリはこの手を離すまいと全力で握り込み、月子はシオリの手を潰さないよう気をつけて慎重に握り返す。


「んおっ! いいなそれ! そういえば俺も握手したことがなかったぞ!」

「ギルバート君もやる?」

「ハッハッハ! 既に俺たちは友人同士! 何を憚ろうものか! さあ鋼の女もやるぞ!」

「はあ……鋼の女はやめろと言うに……」


 そこに頃合いを見計らってギルバートが入り込んでくる。それぞれ握手し合った三人は、決意を新たにリーロイゼを迎え撃つ。ギルバートは月子に左手を握り潰されそうになって高らかに叫んだ。



 2



 ずしん、ずしんと大地を響かせてゆっくりとリーロイゼは城郭都市さながらのヒュルックの街へと迫る。その光景はまるで怪獣映画そのものだ。


「うーむ……。改めて見ると、ガジラよりでかいんじゃないか? アレは」

「ローデンガルド……超大型種って意味らしいね。ノルデン山脈の向こうの未踏地域からたまにやって来るらしいよ」


 既に目測で大きさが割り出せる程に近くまで来たリーロイゼを城壁の上から眺める二人。月子は「武器が足りない」と言い出して何処かへと行ってしまった。


「……大体四十メートルと言ったところか……? おそらくこの城壁より少し高いぞ」


 ギルバートは指と腕を使い大まかにリーロイゼの大きさを測る。その巨人の姿は測る意味すら無いほどに大きいが、具体的な数字を聞くとシオリもとうとう言い出せなかった言葉を呟いてしまう。


「これ倒せるの?」

「無理だ!!」

「だよねぇ〜」


「……と言いたいところだが、倒せなければこの街は滅びるだろうな」

「……」


 ギルバートは顔をキリッとさせてそう言う。それはシオリもよく理解していることだった。リーロイゼを倒せなければヒュルックは滅びると。


「だがなに、心配するな! この街にはあの騎士団長セリエ・エルフォード殿と副団長ドルタス・ザイガス殿がいる! それに鋼の女、弓神月子と、……そしてシオリがいる」


「……うん」

「ハーッハッハ!! これだけの武人がいて何を恐れることがあろうか! ローデンガルド・リーロイゼ何するものぞ!」


 そう言って励ましたギルバートは高らかに笑う。ギルバートが連ねた名の中に自分を含めていないことにシオリは気付いてクスリと笑って返す。


「それと鉄の男、ギルバートもいるでしょ?」

「……おっと! 当たり前のこと過ぎて忘れていた! この鉄の男!! ギルバートがこの街を守護する限り! 何者であろうともこの地を踏み荒すことは許さん!」


「大丈夫。僕はギルバート君が本当は凄い奴だって信じてるから」

「……ッ。ハーッハッハッハッハ!! ハッハッハッハ!!」

「……ふふ、はーっはっはっはっは!」


 二人は互いに励まし合って共に苦境を乗り越える心構えを固める。景色を眺める振りをしながらギルバートはシオリに聞こえない小さな声で呟いた。


「ありがとう……俺の友よ」



「ギルバート君……ありがとね」


 シオリも同じように小さく呟いていた。


「有影、鉄の男!」


 月子が急いだ様子で戻ってくる。背中と腰には何本も刀を差している。中には西洋の剣も混じっている様子から相当急いで準備してきたらしい。


「あっ、月子ちゃんおかえり」

「おおっ、鋼の女よ! 随分と揃えてきたな!」


「ああ、それより下を見ろ。デカブツに釣られて雑魚も集まってきてるぞ」


 月子の言葉に釣られて二人が城壁から身を乗り出すと、確かに見えた。リーロイゼの行進に先駆けてわらわらと好戦的なモンスターが集って街に迫っている。


「うへぇ! おっきなのだけで良いのに!」

「どうするシオリよ!? 俺たちも下に降りて戦うか!?」

「う、うん……! 怖いけど……! 行かなきゃ――」


「そう来なくてはな。では行くぞ」


 月子が笑みを浮かべてシオリとギルバートを抱え出す。ヒョイと軽々と持ち上げられて月子が何をするのか悟った二人は急に焦り出して叫ぶ。


「は、鋼の女よ! 早まるな! もっと他の安全なやり方で降りよう! おい!!」

「これが一番速い」

「ちょっと待って!! お願いちょっと夢幻使わせてぇ!!」

「必要ない」


 二人を抱えて月子は城壁の上から身を乗り出し、重心を前に出し身体を傾け出す。


「……行くぞ」

「お願い! 待ってええええーーーっ!!!」

「や、やめ……うおおおおおおおお!!!」


 弓神月子は、二人の人間を抱えたまま、一気に城壁を駆け下り始めた。



 3



「ガーラスだ! でかいのもいるぞ! あっちにゃファンドンもいやがる!」


 大柄な冒険者が叫ぶ。下は迫るモンスターの群れとの激突に備えて大勢の冒険者と騎士が右往左往していた。

 その中にシオリの恩人達の姿も見える。


「死にたがりの冒険者は全員前に出させろ! 訓練通り隊列を組め! 福者の豪腕(ビエトロ・ヴァルグ)に一匹も近寄らせるな!」


 そう叫んでいるのはドルタスだ。保険の全身鎧に身を包み、本命の死角なく取り付けられた敬虔な聖堂騎士にのみ使用を許される聖者の掌(イエーメン・トロッフ)で身を固めている。


「若手の騎士は後ろで見とけ! 勇敢な馬鹿野郎は前に行ってろ! よおし、馬鹿野朗共! 一匹に三人で掛かるよう心掛けろ!」

「ドルタス、あんまり若い子を煽っちゃダメよ?」


 兜を脇に抱えて調子良く指揮を取るドルタスにセリエが後ろから釘を刺す。セリエはかつて国を挙げての別個体のゾルアジス討滅戦にて一番槍を決め、その功績を称えられ勲章代わりに賜った素材で作られたオーダーメイドの鎧を身に包んでいる。


「まあそう言うなって。若え奴らには中々実戦の機会がねえんだからよ」

「こんな無謀な戦いで死なれても困るのよ。ちゃんと頃合いを見て若いのを退却させるのよ? 本命はあのリーロイゼなんだから」


 そう言ってセリエが指差すのは既に少し見上げるほど近くまで迫るリーロイゼ。冒険者と騎士で分けられた迎撃隊と接触するまでもう数十分も無い。


「ああそうだな。……シオリの奴はここに来てねえだろうな」

「……さっき酒場を覗いてみたけど姿は見えなかった。部屋か避難所に居てくれればいいんだけど……」


「まあ大丈夫だろ! あいつは意外としっかりしてやがっからよ! それにギルバートの野郎も居るんだ。何とかやってるって!」


 少し心配性な一面を見せるセリエにドルタスは安心させるように声を掛ける。


「そうね。もうあの子なら大丈夫でしょう。私達ができることは、今はせめて、アルハイド君のためにこの街を守ってあげないとね」

「おうよ!」




「ハハハッ、僕の異能(ヴァニア)でこんな雑魚共、簡単に蹴散らしてみせるとも」

「飛鳥さん素敵!」

「あんな雑魚モンストラなんてやっつけちゃえ!」


 そう宣っているのは飛野森飛鳥(ひのもりあすか)の四人パーティ。飛鳥以外は全員美少女で構成されていることから周囲からはハーレムパーティと揶揄されている。

 飛鳥と同じ黒髪の少女が、飛鳥をベタ褒めする青髪の少女と緑髪の少女に釘を刺す。


「あんた達、真面目にやんなさいよ。いくら飛鳥の異能(ヴァニア)が強くても、あんなデカいのに通用する保障はないのよ」

「なによ! あなた飛鳥くんのこと信用してないって言うの!?」

「そうですよ! 飛鳥さんは凄いんですから!」


「ハハ、こらこら。僕の為に言い争うのはやめたまえよ」


 飛鳥が両手で抑える仕草で言う。その会話の様子を見て周りの冒険者は鼻を鳴らした。


 飛鳥は周囲の冒険者達を見回して、先ほどギルドで声を掛けたあの可愛らしい少女と怪力の美少年とカス能力のギルバートの姿を探したが、一向に見つからない。


 ――はんっ、ここには居ないみたいだな。臆病者のギルバートめ。あいつとゴリラみたいな馬鹿力のナルシストのキザな野郎が居なけりゃ、この戦いでシオリ君に良いとこを見せられたのにさ。


 飛鳥は心の中で軽く落胆しつつシオリを囲む二人の男を罵倒する。しかし今はこのパーティの三人で我慢することにしようと考え、雑念を振り払う。

 そろそろ小型のモンスター達が冒険者達と激突する頃合いだ。


「さあて、僕が一番槍をキメさせてもらおうかなっと!」

「いっけえー飛鳥くん!」

「もう、飛鳥はあたしが居ないとダメなんだから。背中は任せなさい!」


 囲いの美少女三人とキメ顔の飛鳥が走り出そうとした瞬間。背後から二人分の絶叫が冒険者と騎士達の耳に届いた。


「――うわあああああ!!!」

「死んでしまうぞおおおおお!!!」


「な、なんだ!?」


 飛鳥が足を止めて振り返ると、信じられないものを目撃した。その場の全員もその光景を目にする。

 二人の少年を抱えた男装の少女が城壁を凄まじい勢いで駆け下りているのだ。


なんてこった(アレン・ラビリット)! あいつら正気じゃねえぞ!」

「おい!誰かあいつらを受け止めろ!」


 城壁近くの騎士達が叫ぶ。異常な参戦者の登場にセリエとドルタスも口を揃えて叫んだ。


「シオリィ!?」

「アルハイド君!?」


 弓神月子は、城壁を駆け下りながら二人に聞こえる大きさで叫ぶ。


「衝撃に備えろ!」


 そして、地面に激突する前に月子は思い切り壁を蹴る。城壁に大きな亀裂を入れるほどの脚力で飛んだのだ。二人を抱えた月子は殆ど水平に飛んで長く長く跳躍する。そのまま冒険者達の群れと隊列を組む騎士隊を飛び越えてぐんぐんと飛んでいく。


「どうやって備えるのさああーーっ!!」

「女神様ーーーッ!!!」


「フンッ!」


 ズガガガガッ。ジェットコースターよりも恐怖度の高い短い空中遊覧を経て、遂に地に長い跡を残しながら不時着する。

 小型モンスターの群れの目の前に。


「着いたぞ。私達が一番乗りだ」


 奇跡的に無傷で済んだもののげっそりとした様子のシオリとギルバートを放って刀を抜いた月子は、獰猛な笑みを浮かべてそう言った。

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[一言] こんなバケモン月子ちゃんに勝つって シオリさんどんな修行積むんだよ…
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