133話 千年祭前夜
森を出て少し経った頃、シオリ達は竜車にガタゴトと揺られてエールトベーレに向けて移動していた。
途中にあった村で竜車を譲って貰えたのは幸運であった。竜車での移動ならば今日の陽が落ちる頃にはエールトベーレに到着する事ができる。徒歩だったらもっと時間が掛かっていただろう。
村の人達が何故かユーのことを『聖人様』と呼んで妙に恭しい態度で接していたのには驚いたが、そのおかげで貴重な竜車を快く譲って貰えたのだから感謝のしようがない。
実際、竜車での旅は物凄く楽だ。乗り物に最後に乗ったのがこの世界に来たばかりの時の一回切りだったので久しく忘れていたが、やはり文明の発達は素晴らしいものだと思う。
ずっと揺られているとお尻が痛くなるのは難点だが。
「それでね、夢の中で僕はシャルって名前で呼ばれてたんだけど――」
「ふむふむ」
それで今は、夢で見た内容を御者席で手綱を握っているニーサンに話しているところだ。
森を出たあと、彼は隠していた事を全て話してくれた。自分が捕まり、月子が凶刃に倒れる時までを黙って見過ごした事を詫びて、殴ってくれと頬を差し出してきたので、平手打ちしておいた。
そしてニーサンが言うには、タレ族はこれまでの歴史を集め保管する使命を持ち、公的に明かされてない情報もある何千年もの膨大な歴史を貯蔵しているそうだ。
それで夢の内容が本当だったとしたら、大昔のことを知っているニーサンなら何か知っている事もあるのかと訊いてみたのだが、
「すまないが、シャルやルナフリーデと言う名前に聞き覚えはないなあ。タレ族が歴史を集め始めたのは五千年前で、それよりも前の事になると失われる前の王国でも御伽噺扱いだった神代の話になってしまうんだ」
「そうですか……」
「流石に人類の誕生史みたいな話になるとね。身も蓋もない話だが神様に直接訊いたほう早いじゃないかな?」
さすがに望む答えは得られなかったが、彼の言葉でふと思い付いた。
「それじゃあミアンなら何か知っているかも?」
「……あり得ない話じゃないね。アレも悪魔だとは呼ばれているが元は神様の一人だから」
「じゃあ、訊いてみようかな」
「え?」
「いや何でもないです!」
タレ族は隠し事が多いらしいが、こちらにも幾つか人には言えない隠し事がある。
慌てて誤魔化しながらも、シオリは心の中に意識を向ける。件の悪魔が目覚めているのは知っていたから、今なら何か聞けるかもと思ったのだが、
『教えねェよバカが』
と、一蹴されてしまった。ミアンは目覚めてから物凄く不機嫌だ。自分にしか見えないミンタラの姿をした悪魔は、荷台の隅っこで不貞腐れている。そしてその横でジールが所在なさげに縮こまっていて、助けを求めるような目をこちらに向けてきている。
悪魔の機嫌が悪いのは、リンネに受けたダメージが回復したというのに未だに大人しくしている理由にあった。
シオリの意識を乗っ取れなくなっているのだ。
既に何度か試みたらしい悪魔は「何故か魂の強度が上がってやがる」などと愚痴を零していた。
もしかすると、意味深な言葉だけを遺して消えていったシャルと呼ばれていた男が、『少しだけ残った力』を分け与えてくれたからなのだろうか。
確かにあれから『無尽剣』の強度が劇的に上がった。それこそリンネの『無尽剣』に対抗し得る程に。基本色だった漆黒から夜空のような光を孕む群青色に変わり、リンネが真の絶刀と云っていた最終段階を自分の意思で使う事が出来るようになった。
だがアレを使った後は物凄く疲れるのだ。村で竜車を譲ってもらうまで歩くのも辛くて何度も休憩を挟んでしまった。それにずっと裸足だし。
使いこなせるようになればきっと頼れる武器になると思うけど、それだけで強くなれるわけではなさそうだ。なにせ本体がまだまだ弱い。
リンネにはもっと色々と聞きたい事が多い。しかし、つい持ってきていた『巫御仙』に仕込まれた遠方通信術式で何度呼び掛けても返事が返ってくる事はなかった。
エールトベーレに着いたら、まずは月子に会いたい。
ニーサンが言うには彼女は一命を取り留めているとの事だ。正直、これが一番嬉しいニュースだ。
それで会った時どんな風に会話しようなんて悩んでいると、ユーがこちらを見ているのに気付いた。
「…………あ」
目を合わせると、ユーは視線を逸らして俯いてしまった。耳まで顔を真っ赤にして。
……ユーさんの調子が今までにないくらい明らかにおかしい。
あのいきなりの告白をしてから、一旦冷静になったのだろうか、花も恥じらうほどの乙女っぷりだった。
ここでシオリは、なにか気の利いた事を言わなければならないと思った。
「あ、あ、あの……水飲みます?」
「え、いえあ、えいえ、いえ、結構です……」
「そそ……そうですか」
「はい、はいそうです」
ダメだ、自分も様子がおかしい。なんだこれは。二人とも中学生か?
彼女の視線に気付いたと言うのは正しくない。ずっと見てきているのは知っていた。ただ気付かないフリをしてただけだ。
いや、無理でしょ。
それこそあんな事件があった月子とどう会話するべきか分からないように、告白してきた女性を相手にどう接すればいいかなど、交際未経験のシオリに分かるはずもないのだ。
キスまでされたし……。キス……。
ついユーの唇の柔らかさを思い出して、悶絶してしまいそうだ。
「あの……」
「っ! は、はい!」
急にあちらのほうから話し掛けられて、気が動転しそうになる。頭の中で意味不明な熱がぐるぐる空回りして、何を言われても挙動不審な対応しか取れない気がした。
「お返事はまた今度でいいので……できたら……その、良い返事を……お考えに…………なられて……頂けたら……嬉し……」
言葉は段々と小さくなり、最後は殆ど聞き取れなくなった。そしてそのまま、俯いて動かなくなった。
ここでもうシオリは否応なく確信してしまった。
ユーは、フリージア・ユーディーンは、自分の事が好きだ。
どうやら彼女は今が一番正気な状態らしく、思考も言動にも子供らしさはなく、瞳には理知的な光が宿っている。
つまりあの告白は、紛れも無い本物の好意なのだ。
そう考えると、どうしようもなく意識してしまう。ユーは美人だし、可愛いし、明るいし、可愛いし、頭も良いし、頼りになる大人だし、可愛い。
どうしようメチャクチャ可愛く見えてきた。ユーさんはこんなに可愛かったのか。
人間は真に現金な生き物だと思う。だって、たった一回想いを告白されただけでこれ程までに印象が変わるのだから。
それまで全く意識してなかったかと言えば嘘だが、あまりそういう対象だと見ないように心掛けてきた。
弓神月子に操を貫く覚悟でいたからこそだ。
だが、それが揺らいでしまうのは大きな問題であった。現れたダークホースはあまりにも強大だった。
一人の女性への操を貫き通したいのなら、シオリが取るべき行動はたった一つ。
ユーを振る。
大丈夫だシオリ、お前になら出来る。
ちっとも凄くも偉くもないお前が誰にも負けないのは月子ちゃんを愛する気持ちだけだ。
勿体無いなんて思っちゃいけない、思っても口にはするな。月子ちゃんへの想いだけは行動で貫き通せ!
例えユーさんを悲しませてしまおうとも!
はああああああっ!! 夢幻泡影!!
「ご、ごめ――」
「……?」
謝罪の言葉から始めようとして、ユーがこちらを振り向いた。
「その……前向きに検討させていただきます……」
「……!」
ユーは嬉しそうに笑顔の花を咲かせ、隣に移動してきて、自分と手を重ねて鼻歌を歌い出した。
『意気地なし過ぎるだろお前……』
ミアンの隣でやり取りをずっと見ていたジールが、呆れたように呟いた。
孤独感に襲われたときはいつもこうしていた。
別にその感情に根拠があるわけではない。
ただ無性に、『世界中で自分を理解してくれる者など一人としていない』。『地球上に生きている人間は自分だけ』。そんな独り善がりな気持ちを抱き、独りぼっちになったような感覚に膝を突きそうになるのだ。
だから、そうなったらいつも空を見上げる。
この瞬間、世界のどこかで別の誰かが、同じように空を見上げてくれているかもしれない。その人はもしかしたら自分と同じ気持ちなのかもしれない。無力感と孤独感に襲われて、この一瞬を風に乗せて、空へと逃避しているのかもしれない。
だから、自分は独りぼっちではないと感じられた。
明日が千年祭か。
そんな事を思いながら、越前采人は太陽の落ちる赤い空を見上げる。
夕暮れ時。
村の門前でぼけっとしている日々もそろそろ終わりだ。
千年祭の準備や平時の仕事は今や村一番の働き者として人気者となったカイがやってくれているから、自分はやる事がない。
あったとしても別にやらないが、せめて門番だけでもしていろとカットに怒られたので、仕方なく門前で景色を眺める仕事に従事しているのだった。
と、そんなどうでも良い事を振り返っていた時だ、スレイが門を抜けて出て行こうとしていた。
何やら急ぐように遮二無二走っているが、何かあったのだろうか。
「おーい、どうしたスレイ。また森に行くのか? 俺も混ぜてくれよ」
もし仕事か何かだったらそれを手伝うという適当な口実にして森で時間でも潰そうかと考えて声を掛けたのだが、立ち止まって振り向いたスレイの表情を見てそんな気持ちが失せた。
「なんで泣いてんの?」
何があったか知らないが、スレイは目元を赤く腫らして泣いていた。
もしや村の他の子供にいじめられでもしたのだろうか。もしそうなら年上の権力を最大限に振るって報復しなければと考えたが、
「おじいちゃんに……千年祭が終わったら旅に出たいって言ったら……怒鳴られて」
「はーん、それで今から家出しますって所か」
「ふふーん! その通り! 悪い!?」
いや別に悪くはないんじゃないかな。得意げにしなくてもいいって。
懐かしいなあ家出。俺もアホだからお母さんに死ぬほど怒られる度に家出したな。いつも家からすぐ近くの公園の滑り台で暮らそうとして、腹が減ったら家に帰った。
帰る家がある事の有り難みがわかるから子供は一度やっとくべきだ。
「……なんでわたしが旅しちゃダメなの……カイもやめとけって言うし……わたしが子供だから?」
「いや当たり前だろ」
「でも可愛い子供には旅をさせろって言うじゃん!」
「その諺こっちにもあるのか……。でもなあ、こんな世界で一人旅なんかしたら絶対すぐ死ぬぞ?」
「でもっ! 食べられる木の実とか見分けられるし! 火も自分で起こせるし! 小さな獣のだけど罠も作れるし!」
「山暮らしでもすんのか?」
「旅をするの!」
火を起こせるのは凄いなと思ったが、そういう問題ではない。
この前にも話をした時はちゃんと自分が子供であるという自覚があったと言うのに。子供とは性急で常に居ても立ってもいられない生き物なのだろうか。
全てが新鮮に見える子供のほうが時間の感覚が大人より長いらしいとは言うが。
「旅ってのは街から街へが基本だろ? 常識的に。それで街行ったらお前どうすんだ? 金はどうする?」
「お金は働いて稼ぐわ!」
「何ができんだ? ただの子供じゃまともな仕事は貰えんだろうし、だとしたら普通の人じゃ出来ない何か特別な事があんだよな?」
「それは……無いけど冒険者になればいいし」
「おう、いいね冒険者! じゃあその木の棒一本で強いモンスターでもぶち殺すか!」
そう言うと、スレイは手に握る木の棒を見つめる。
それはカットと三人で森で遊んでいた時に彼女が拾い、わたしの宝物だからサイトには絶対あげない、だとか得意ぶって言っていたものだ。
なかなかお目に掛かれない丁度良い長さと太さの真っすぐな木の棒をちょっと羨ましく思ったのは内緒だ。
だが、スレイはその木の棒を地面に放ってしまった。
「じゃあどうすればいいのよ……」
彼女はかなり真剣に思い悩んでいるようだ。
そのまだ幼い体に滾る冒険心が村の垣根の中という小さな世界から飛び出したいと叫んでいるのだろう。
それだけ強く夢を持てているのは正直羨ましい。
自分もかつてそういった夢を持っていた人間だが、いざ異世界にやってきて思い描いていたやりたい事が出来る身になって、やる気が無ければどれだけ環境が変わっても自分自身が変えられる事はない事を思い知った。
失った熱意は永遠に戻ってくる事は無い
サイトはその気持ちを裏切ってやりたくないと思った。
「そんじゃ、俺もついてってやるよ」
「……サイトが? でもあなた使えなさそう」
「バリバリ使えるわ! これでも俺冒険者だからな!? あと大人だし! 一応! お前なんかちょちょいと養ってやるっつーの!」
「……へへ」
ノリで叫んでやると、ようやく笑顔が戻った。
ちょっと意地悪そうだけど。
「サイト、わたしのことそんなに好きなんだー」
「ハァッ!? 好きじゃねーし!? どっちかと言うと年上が好みだし!? 具体的に言うと三十路手前の婚期逃しそうで焦ってるお姉さんがタイプだし!」
「え、キモッ!! 今すごい寒気がしたわ!」
「うるせえ! この話するとみんなそうだ! 畜生お前らみんな馬鹿だ!」
元気が戻ってきてよかった。ムカつくが、そのほうが似合っている。
地面の木の棒を拾い、スレイに手渡す。
「……ただし、もう少し待ってスレイが大人になってからだからな。それまで宝物はちゃんと持っとけ」
「え〜、具体的に言うと?」
「……三年くらい?」
「それまでこの村に居てくれるの?」
「わ、わからん……それまでに追い出される可能性が高い……」
「サイト働かないもんねー」
子供は素直にものを言いすぎる。言葉の刃で身体が穴だらけになりそうだ。
「じゃあ、もし今の家を追い出されたらわたしが飼ってあげる! わたしが大人になるまでずっとね!」
「お、おう。期待してるわ」
「期待しないでまじめに働けよ、このこのー」
すっかり元に戻った意地の悪い笑みのまま肘で小突いてくる。
この時点で言わなければよかったと後悔し始めたが、言ってしまったものは仕方がない。
こういう子供ほど昔の約束を覚えているものだ。自分も幼い頃に顔も忘れた女の子と結婚を約束した事があるが、その事を今でも覚えている。あちらはどうかは知らんが。
自分は約束を忘れるような卑怯な大人が嫌いだ。だから、自分がそんな卑怯な大人になるのも御免だった。
その時には忘れてくれている事を願いつつも、ちょっとは働いて村に貢献しておこう。
こんな事を言っておいてすぐに村に自分の居場所が無くなってしまったらちょっと申し訳ない。
「スレイ、こんなとこに居たのか。爺さんが飯の時間だから戻って来いって言ってるぞ」
と、くだらない会話をしていると村の中からカイが捜しにやってきた。
「おう、カイ。こいつ家出しそうだったから頑張って説得しといたぞ」
「え、マジ? 超ウケる」
「やあやあ迎えに来てくれたのね。流石わたしの飼い犬! でも言われなくても今から帰るとこだったもんね!」
「はいはい、じゃあ帰りますよ飼い主さん」
カイにスレイを引き取ってもらい、黙ってその姿を見送る。自分もお腹が減ってきた。
今日の晩飯はなんだろうな。交代の人まだかなー。
などと考えていると、家に帰ろうとしていたスレイが振り向いて、
「三年後! 約束だからね!」
「ん、約束?」
「んーん。カイには内緒!」
「おいおい俺だけ置いてけぼりか。寂しいなあ」
笑いながら去っていった。
その未来に期待する後ろ姿を見て、なぜだか胸がチクリとした。
三年後、自分がどうなっているか想像もつかない。ただ予想するとすれば、今とそんなに変わってないはずだ。アホでだらしなくて、クズのまんま。
ただ、ちょっと自分も期待してしまっていた。
スレイと旅をすれば何か変わるのかもしれない。あの天然少女と色んなものを見て回って、色んな事を知って、そうすれば今のどうしようもない自分が面白い人生を歩めるようになるかもしれない。
そんな、叶うかもわからない遠い夢にだ。
「…………ん?」
ふと、かなり暗くなってきた景色の中に、妙に目立つものを見つけた。
村を囲む堀の下でなにか光っている。
あれは何だろうかと気になって堀を降りて、手に取ってみると、それが見覚えのあるものだと気付いた。
拳大程の大きさの、鈍い光を放つ石ころのようなもの。
少し前に森で狩ったガーラスの腹の中にあったものだ。
その時は仄かな光だったそれが、今や煌々と眩い強い光を放っていた。心なしかスパークしているような。
「なんじゃこれ……」
どうにも気になり、そのまま手の中で転がしながら堀を登り終えると、
「――やれやれ、こんな所にあったのか。控えめに言って、しょうもない」
そこに誰かがいた。
黒い衣装に全身に何本ものベルトを巻いているような格好をした、ロン毛の男。顔付きは日本人のそれだった。
突然現れた同郷の転生者に驚いたサイトは堀に落ちそうになったが、ロン毛の男にその手を掴まれて助かった。
「う……! わり、助かった」
「君を助けたんじゃないが? 小生はその手の中にあるものに用があるんだ」
「え、これ? うわへえええ――!」
掴まれたほうの手に握っていた石ころをむしり取られ、用済みとばかりに放られた。
無様な叫び声をあげながら堀の下まで転げ落ちたサイトは、痛みに苦しむ前に怒りが湧いてきて急いで這い上がる。
なんだあのロン毛、一人称が小生とか気取ってんのか。一発殴ってやる。
「おいコラふざけやがって! テメーもしかして人の気持ちが分からないやつか!? 俺もわからん! よかった仲間だな歯ぁ食い縛れ!」
石ころを眺めていたロン毛の横顔に拳をねじ込もうとする。
だが、普通に片手で受け止められた。なんか本当に普通に受け止められた。男はこちらを見てすらいない。
「やれやれ」
「『やれやれ』じゃねえよ何だスカしやがって。俺のほうこそやれやれだっつーの。パンチは顔で受け止めるのがマナーなんだぞ知らなかったのか? ちゃんとマナー講師のブログ見て学んでこい」
「喧しいね、君。控えめに言って――」
男がもう片方の手で、身体中を縛るベルトを一つ解いた。
その瞬間、サイトの拳を握る手の力が劇的に増した。
「うげっ!?」
力が強い。振り解けない。
女神の加護で常人よりは力がある自分でも、全く抵抗する事ができなかった。
なんだこいつ、思ってたより100倍強え! 力が!
そして痛みで苦悶の表情をするサイトに、男が顔を向けた。
「――死んで欲しいな」
その顔が、生前の母親と重なった。
同時に重い衝撃が全身を走る。気付くと、サイトは宙を舞っていた。
言葉にショックを受けたとかではなくて、単に何らかの攻撃を受けたからだ。
「――!! ぶっ!!」
背中から地面を打った衝撃で肺の中の空気が一斉に抜ける。
まるで凄い力で殴られたようだ。
自分はどうやら堀と村を囲む高い柵を飛び越し、村の中まで吹っ飛んでしまったらしい。
サイトが今し方自分がいた柵のほうを見やると、その柵の上に、ロン毛の男がバランスを崩さずに立っているのが見えた。
「ああ、そうだそうだ。目撃者は死ななければならないんだから死んで欲しいなんて言わなくてもいいのだった」
「しかし――」とベルトを付け直しながら、男が明後日の方向を向く。
「わざわざ小生が手を下すまでもないようだ」
どういう意味だと、まだ痙攣の残る体で言い返す事はできなかったが、すぐにその意味が理解できた。
いつから――それは起こっていたのだろう。
きっと最初は全く気付かないくらい小さいものだったはずだ。
だが、少しずつ少しずつ大きくなっていったそれは最早、無視できない程に存在感を増していた。
鳴り響く大地。幾つもの足音。
ようやく立ち上がったサイトがその方向に目を向けた時には、広がる大地の山向こうから迫っていたものが否応なく目についてしまった。
「〝超巨大種〟……!?」
それは、人類の手では決して地図に書き記せない世界が広がる方向であった。
大陸の最東端の、そのまた更に東。
過去の祖先達が関わらない事でしか互いの均衡を保てなかった世界。
人はそれを『断絶地帯』と呼んだ。
「リーロイゼなんかより全然デケえ……!!」
事態に気付き始めた村の者も、家の外に出てその方向を指差している。
遠大に広がる山々よりも、少し上のほうを。
リーロイゼとは、大陸語で雑兵という意味。
全長五十メートルを越す岩の巨体をそう呼称したのには、理由があった。
掌上の鶏卵を握り込むと割れるのは何故か、などよりもずっとずっとシンプルな理由。
リーロイゼが、断絶地帯で最も矮小な存在だからだ。
その岩の巨人が小人に見えるような幾つもの存在が、
この村へ向けて進撃していた。




