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絶刀のヴァレリーア  作者: ラーメン上のマチク
1章《鉄の男、鋼の女》
13/264

13話 戦おう

 ムンダス。それがこの異世界の名前である。この世界はシオリ達が居た世界と仕組みは大して変わらない。宇宙があり、星があり、空と、海と、幾つかの大陸で構成されている。シオリ達が居る大陸の名は、ルクレイア。


 ルクレイア大陸にも当然国はある。イジュナ、ホールワーズ、タルタニア、ヴィルジュ、ドレニカ。そして、それ以外の全ての国を一つの王政の元に束ねたシュレイド連合王国。北から南へと大陸をぶった切るように伸びるアルフレッドの川のど真ん中に存在する王都を中心に広がる千年王国。それがシュレイド。


 そして、王都から東に広がるアーストラスの丘に、偉大なるアルフレッドの川と遠大な自然から恵みを分けて貰い栄える街がある。その街の名はヒュルック。シオリ達が住む街である。



 1



 時刻は昼前、街の中心に繋がる広い道は様々な人間でごった返している。この街の住人、子供、流れの冒険者や大道芸人、行商人と商売道具の竜車。そしてシオリとギルバート。二人はいつも仕事場として通っている酒場へと向かっている。弓神月子(ゆがみつきこ)との果し合いをする為に。


 シオリはこの街に来てから未来の服を高値で売り、得た金で新しく買った庶民風の服装に、セリエから譲り受けた抜き身の折れた刀身に布を丁寧に巻いた刀を腰に差している。対してギルバートは異世界に来てからも着ている現代のシンプルな上着とシャツ、ジーンズに派手な色の赤いマントを肩に掛けて、丸腰である。


 シオリは、腰に差した刀の柄を触り感触を肌に馴染ませながら歩く。これを使う為に握るのは三ヶ月前にゾルアジスに一太刀入れて以来だ。

 何故この世界に日本刀があるのか、その理由はシオリは詳しく知らない。だが、シオリが持つ刀の元の持ち主であったセリエが言うには、かつて同じような武器を扱い「刀」と言う文化を流行らせた凄腕の人間たちが居たらしい。百年以上も前の出来事ということで詳細な文献を探そうにも王都にでも行かねばならない為、現時点でそれ以上のことは分からなかった。


 果たして待ち人は、弓神月子は酒場の入り口の横で待っていた。未来のかっちりとした黒いスーツのようなファッションの男装に、両手に一本ずつ新品の真剣を握って目を閉じて儚げに少し俯き、しかしながらくつろいだ様子で足を組んでいる。その姿は通りかかる人の目を惹きつけてならない。


 シオリが月子の前に立つと、待っていたとばかりに片方の瞼を開きつつ顔を上げ、薄く笑みを浮かべる。まるで今までデートの待ち合わせをしていて、たった今相手が現れた時の彼氏のような態度だ。


「お待たせ、月子ちゃん」

「ああ、待っていた。とっても、待ち侘びていたぞ。有影」

「あー、えーっと……ごめんね」

「別に、いい。刀は持参してきたのか……まあいい。さて、ここで待ち合わせたはいいが、どこでやろうか。……それと――」


 月子がシオリの横で腕を組んでふんぞり返るように立つギルバートを見やる。その目は、二人きりで遊ぶと思い切っていたら相手に友達を連れて来られたかのような邪魔者を見る目である。


「紹介してなかったよね。彼の名はギルバート君。この勝負の立会人だよ」


 シオリが月子に紹介する。紹介されたギルバートの方は不満げに鼻を鳴らして、シオリと初めて会った時のようにポーズを取って叫ぶように言った。


「鉄の男ギルバートだ! 大事なとこだぞ! 弓神月子と言ったな、この俺、鉄の男ギルバートが!! この勝負の立会人となってやろう!!」


「……なんなんだこいつは?」

「まあ、そういう人……かな。でも、僕の友達だよ」

「……そうか」


 少し呆れた様子で言う月子に、若干同意を示しながらもシオリは友達だと宣言する。月子は、それを聞いて少し寂しそうな顔をした。

 容姿端麗の美男子のような少女と、見ようによっては少女にも見える少年と、まるでごっこ遊びをしてるかのような騎士然とした少年。通常であれば明らかに混じり合うことの無い奇異な組み合わせに、当然のことながら周囲から好奇の目が集まる。


「ここでは人目も多い、場所を変えるぞ」

「うん、そうだね」


 ギルバートが右腕を高く掲げて主張するように言う。


「俺が良い場所を知っているぞ! 西の壁近くの広場は墓地の隣でな、滅多に人は通らん!」

「じゃあ、そこで。月子ちゃんもいいかな?」

「私はどこでもいい」


 昼餉の店を決めるかのようなノリで果し合いの場所を選んだ三人は歩き出す。ギルバートが先行し、シオリと月子が並んで歩く。

 どこかで聞いたことがあるようなアニメで登場する騎士の歌をふんふんと鼻歌で奏でながらずんずん歩くギルバートを余所に月子がシオリに語り掛ける。


「まさか、こうして並んで歩く機会があるとはな」

「……うん、そうだね。実はね、僕はずっと君とこうして歩いてみたかったんだ」

「奇遇だな。私もだ」


 まるで付き合い始めたばかりの男女のような会話に、シオリは急にどぎまぎとし出す。結構勇気を出してこっぱずかしいセリフを言ったのに、当たり前のように返してくる月子が眩しく見える。

 あれほど恐ろしく思っていたのに、やはりシオリは月子と言う女性に一目惚れした一人の男の子であったのだ。それは今も変わらないようだ。シオリは更に勇気を出して言う。今だからこそ言える言葉を。


「僕ね、実はね、ずっと月子ちゃんと……友達になりたかったんだ」

「……」

「笑っちゃうよね。あんなことがあったのに、僕は月子ちゃんにあんな酷いことされたのに、まだ友達になりたいって思ってるんだからね。でも、さ――」

「なんだ。私と友達になりたくて有影はあんなことを言ったのか」


「だが、ダメだ」


 少しばかり色好い返事を期待していたシオリに、月子が突き放すように言う。


「えっ……?」

「私は、お前とは友達になれない。ならない。……友達には、なりたくないんだ」


 月子は、更に続けて言う。シオリはそれを聞いているのに、言葉が耳から耳へ通り抜けるように脳が認識しようとしない。認識したくなかった。


「ど、どうして……」


 シオリは漸く理解して、強くショックを受けて、震える声で聞く。

 だが、月子はその質問には答えなかった。二人の間に静かな沈黙が流れる。


 いつの間にか、ギルバートの鼻歌が止まっていた。



 2



「さて……。ここがその場所だ」


 ギルバートが珍しく真面目な表情で静かに言う。


 それから三人は沈黙を保ったままヒュルックの西の壁付近にある広場に到着した。手入れは行き届いておらず、草は伸びっぱなしで枯れた木が何本かあるだけ。隣の墓地も寂れている。別の場所に新しい墓地が出来てからは使われておらず、死者が亡霊に乗っ取られて亡者として蘇らないよう定期的に祈りを捧げに訪れる聖職者以外は、墓地も含めてこの場所に人が来ることは滅多にない。


「ここなら少しばかり騒いでも騎士を呼ばれることはあるまい。俺は離れて見ている。あとは二人の好きにするがいい」


 ギルバートが淡々とした様子で言う。ここまで神妙な様子のギルバートなど一度も見たことがないシオリは少し居心地が悪い。


「だが、危ない時は無理にでも割って入るぞ! 安心しろ。俺の能力はそういう使い方に関しては一家言あるからな! ハーッハッハッハ!!」

「……!」


 シオリのそんな様子を感じ取ったのか、ギルバートがいつもの調子に戻って高らかに宣言する。元々そういうつもりだったのであろうが、励まされていると感じたシオリは顔を引き締める。


「なら、ルールは一つだけにしよう。命は取らない。それでいいな? 有影」

「……うん、いいよ」


 これから立ち会う二人は、広場の中央で向き合って立つ。それを月子から余りの刀を預かったギルバートが少し離れた所から黙して見ている。


「ああ、待っていた。待っていたぞ。この瞬間をずっと待ち焦がれていた」

「……僕もさ」


 シオリは、腰のベルトに差していた刀を抜き放ち、刀身に丁寧に巻かれていた布をゆっくりと取り払う。


 キンッ。


 小気味の良い音を立てて月子が鯉口を切る。修行の間に星の数ほど聞いた、古の侍が取る臨戦態勢の音を耳にしてシオリが反射的に霞に構えた。


 最早合図など必要無い。しかし、あえて月子は自分の口で戦いの堰を切った。


「いざ、尋常に……勝負!!」




 3




 月子が言葉を放った瞬間、シオリが月子に向かって飛ぶように駆け出す。駆けながら霞を解き右の脇に刀を運び、折れた刀身の間合いを隠す。


 月子は鯉口を切った状態から抜き放ちもせず微動だにしない。シオリは間合いに入るまで真正面から突き進む。


 折れた刀の間合いに入る直前、左半身を前に出し右脇に伏せていた刀を月子の視界から限界まで隠したまま翻す。


 同時に左半身を引きつつ右半身を前に送り出し、月子に全力の袈裟斬りを繰り出した。


 右半開に始まり、左半開に終わる。古の流派の技。シオリが師匠から習った数少ない、人間を斬る為の身体の動かし方であった。


 ――さあ、どう出る!


 シオリは考える。弾かれたら身体ごと翻し、左下から逆袈裟に掛ける。流されたら腕と手首を翻し、左上からもう一度袈裟に掛ける。


 立ち会いの場に着く前からシオリの開幕のプランは既に整っていた。

 しかし、初めて立ち会った時と同じように、月子はシオリの想像を遥かに上回っていた。


 今まで鞘に左手を掛けていただけだった月子は、逆手のまま白刃を抜き、鞘から抜き切らないままに受け止めてみせたのだ。


「えっ――」


 人差し指から小指までを柄に握り込んだまま、親指だけを使って、シオリの一太刀を柄との間に挟んで止めた。

 弾きもしない、流しもしない。ただ一本の指のみで止めただけの、それだけの話だった。


 それがどれだけ超人的な行いだったかに目を瞑れば。


 そして――。


 弓神月子を前に、至近距離で、両手を塞いだままにするのは自殺行為であった。


(ぬる)い!!」


 ゴッッ。


 鈍い音がシオリの頭を駆け巡る。月子に頭突きをかまされたのだ。脳が揺さぶられ、衝撃で仰向けに倒れそうになる。容易く隙を見せてしまったシオリを、弓神月子が逃すはずがない。

 月子は、受け止めた刃を親指から離し、逆手に握る柄を持ち上げる。とうとう白刃を抜き放ち、勢いのまま瞬時に逆手持ちを解き、順手に握り直して、今まさにシオリの頭に目掛けて振り下ろそうと――。


 ――夢幻ッ!!


 刹那の長さで再生されるトラウマ。そのトラウマの対象を前にシオリの脳が高速で処理を開始し、迫る刃の勢いが少しだけ悠長になる。


 シオリは、奇跡的に刀を離さなかった右手を反射的に前に出した。月子の刀が振り下ろされる直前、出した握り込む右手と勢いが乗る前の月子の握り込む左手が接触し、その勢いは止まった。


「フンッ!!」


 しかし、力押しこそ彼女の土俵。少なくとも通常の生き物に彼女に力で敵う者は居ない。シオリに止められた左手をそのまま力で降ろしねじ伏せにかかる。シオリは夢幻の効力を目一杯使って脚に火事場の馬鹿力を込める。


 シオリが後ろに飛ぶのと、月子が刀を振り下ろしたのはほぼ同時であった。


 シオリの鼻先を切っ先が掠め、ヒュルックの名産品の糸で編まれた布を引き裂く。落ちる刀の勢いは止まらず、地に叩き付けられた。衝撃に耐えられずビキビキと、地面にヒビが入る。


 おでこと上着を犠牲にしてシオリは弓神月子の間合いから生きて生還することに成功した。だが――。


「最初の一合で相手の実力を知る」とは古い剣道の言葉である。

 たった一合。ただ一度打ち合っただけで、それだけでシオリは弓神月子との圧倒的な差を改めて痛感していた。まだ夢幻の効果時間が続いている状態のクリアになった思考で、シオリは過酷な現状を理解する。


 初っ端から六枚しか無い切り札を二枚切らされてしまっていた。一枚目は既に勝負の場に立つ時に月子に振られたショックと迷いを振り払い、恐怖を誤魔化す為に使ってしまった。最初から迷い無く行動出来ていたのはその為だ。


 あと二回。それは絶刀の使用も含めた場合の夢幻の使用限度である。


 ――クッソォ、半端ないくらい目が良いな……!やっぱり滅茶苦茶強い……!べらぼうに強い……!!壁が分厚くって高すぎる!


 シオリの実力では手に余る現状。勝負を決める一手までが笑ってしまうほどに遠い。


 ――やっぱり無尽剣を使うしか……。



「――やはりな。有影……お前、記憶が無いんだな」

「えっ」


 唐突に、真剣勝負の最中に、月子が喋り出す。いきなり図星を突かれてシオリは驚いて声を発する。


「今の一合は、お前が私を倒した時、一番初めにやったのと全く同じだった。お前ほどの剣士なら、私に対して二度も同じ手は打たないはずだ」


 月子は理解したのだ。シオリに記憶が無いことを。最初はちょっとした疑問から始まったのかも知れない。だが、今し方たった一度打ち合っただけでそれを確信するに至ったのだ。シオリの顔から思い出したかのように冷や汗が噴き出る。


「さっさとアレを使わないのもそうだ、何らかの理由で使えないのだろう。使えるなら、始めの袈裟から使っていたはずだ。違うか?」

「……ッ、……そう、かもね……でも、もしかしたら違う、かも……?」


 苦し紛れの言い訳をしながらシオリは必死に思考を巡らせる。


 ――覚えてないけどやっぱりリベンジした時も同じことしてたのかぁ、芸がないなぁ僕。しかし、もう全部見抜かれてる?無尽剣が完成していないことまで?……どうする、未完成でもゾルアジスの角を折ったんだ。当てられれば何とか行動不能にはできるんじゃ……。


 月子が溜息を吐いてから、シオリを優しげな目で見据えて微笑んで言う。


「はぁ……。あまり失望させるなよ有影。記憶喪失なら、そう初めから言ってくれればやりようはあっただろう」

「や、やりよう……って?」


「お前が記憶を取り戻すまで、痛め付ける」

「ッ!」


「私を倒したあの時のお前に戻るまで、私が恐れた、あの剣鬼、有影シオリに成るまで……。覚悟はいいな! 有影ェ!!」


 ――あの弓神月子が恐れた?剣鬼の僕?わからない。月子ちゃんは何を言っているんだ。


 月子が風よりも早く駆けてくる。先ほど使用した夢幻の効果時間などとうに過ぎている。遅れてシオリは辛うじて反応し、未完成の必殺の一撃を放つ為に、心の中で叫ぼうとした。


 ――ッ!むげ――。



「――鉄の英雄(アイアン・ヒーロー)!!」


 三枚目の切り札を切ろうとした瞬間、二人の間に重厚な金属音とともに何かが空から現れた。


 ――盾?


 二人は同時に全く同じ感想を心で呟く。二人の間に現れたのは、分厚い盾のような金属の塊。装飾を凝らした半月形の盾はシオリを守るように覆い月子を拒絶していた。


 二人の果たし合いに水を差しその盾を召喚したのは、いつの間にかシオリに近い位置で何もない空間に右拳を突き出す姿勢のギルバートだった。


「――ふうッ! 危ないところだったな! シオリよ!」

「――ッ!!! 鉄の男!! 邪魔立てするかッ! ならばお前から――!」


 大切なひと時を邪魔されて激昂する月子に、ギルバートは両手を広げて主張する。


「まあ待て。先に言っておく! 素晴らしい戦いだった!! 俺にはあんな真似はできんな! しかしだ、二人とも気付いていなかったのだろうが、耳を澄ましてみろ。この音の意味がわかるか?」


 気付けば、町中に鐘の音が鳴り響いている。シオリ達が戦い始めてすぐに鳴り始めたようだ。全くもって間が悪い。


「……私は初めてだ。鉄の男は知っているのか?」


 興が削がれた様子の月子が胡乱げにそう聞く。聞かれたギルバートは、少し間を置いて真面目な顔で言った。



「ああ。モンスターだ。それもヤバイ奴がこの街を襲ってきている」

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